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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5.5章 鴉たちの休日編
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第176話 過ち巡りて報いを受けよ

三ヶ月ぶりの更新です。

読者の皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません(_ _)

 スルピキウス公爵領にある森、そこからさらに皇都方面に行くとフレネル辺境伯領とはまた別の領地との領境になっている大きな川が存在する。


 アングイス川の名で知られるその川は、通常の魚だけでなく凶暴な水棲の魔物も多く生息しているため、架けられた橋からうっかり落ちようものなら食い殺されてしまう程度には危険度が高い。


 そんな危険な川の畔に、腰に剣を差した一〇人前後の不審な集団がいた。



「この辺りで休憩にしよう」



 リーダー格の男が言えばメンバーたちはようやくといった調子で地面や隆起した木の根に腰掛けて休んだ。リーダーの男もそうだが全員が疲弊しており、中には傷を負っている者もいた。壊滅寸前の面々を見て、リーダーは悪態を吐く。



「にしても……あのクソアマぁ! よくも俺らの仕事の邪魔しやがって! せっかく捕まえた魔物を逃がしちまったじゃねぇか!」


「どうすんだよ、頭。急いで逃げたから馬車も檻も置いて行くことになっちまったし、きっともう回収されてるぞ」


「んなこたぁ分かってらぁ!」



 苛立ちが収まらない彼らの正体は、エリノア嬢が取り逃がした密猟者たちだ。エリノア嬢率いる私兵団をグリフォンの巣に誘導することで撒き、這う這うの体で数日かけてここまで逃げたのは良いものの、代わりに馬車も檻も置いて逃げる羽目になった。


 あれから数日が経っているので、今取りに戻っても私兵団に証拠品として押収されているだろう。



「このままじゃ大損だ」



 馬車も檻も失い、魔物には逃げられ、彼ら自身も怪我を負っている。魔物の一匹でも捕まえなければ購入費と治療費で赤字なのに、修理と治療をしなければ魔物を捕まえるのは難しい。


 堂々巡りの状況にリーダーは近くにあった木に拳を打ち付ける。どうすれば状況を打開できるか。必死になって考えるが、良案が浮かぶわけもない。



「クソがッ!」



 乱暴に頭を掻いた男性は苛立ちのままに右手に握っていた剣を投げた。バキッと何かを破壊する音がしたが、それを気にするほどの余裕なんて今の彼にはない。



「……傷の浅いヤツらだけでもう一度魔物を捕まえるぞ」


「はぁ!? 何言ってんだよ、正気か!? こっちにどれだけ損害が出てると思ってんだ!!」


「なら他に何か案があんのか?! どの道、金がねぇことにはどうしようもねぇだろ!!」



 魔物を密漁しているような彼らに、支払いを待ってでも治療してくれる医者なんていない。非合法の闇医者に頼ろうものなら法外な治療費を請求されるのがオチだ。



「分かったらとっとと準備しろ!」


「チッ! 分かったよ!」



 舌打ちをしながらも代案を提示できない部下は口を噤み、指示通りに動く。自分も準備をするために剣の状態を確かめようとして……そういえば剣は放り投げたのだと思い出した。



「はぁ。ったく……面倒くせぇ」



 さて、どちらに投げただろうか。


 一度周囲に視線を巡らせたリーダーは当たりを付けて剣を探しに行く。少し歩けば、剣はすぐに見付かった。何しろここは川の畔。川の反対側にある森を除けば、遮るものなんて何もないのだから。


 剣があったのは、森に入ってすぐの場所だ。だが、その場には剣以外に木片が散乱していた。訝しげに眉をひそめたリーダーは屈み、木片を手に取る。木片は明らかに人の手で加工されているが、元が何だったのかは分からなかった。



(……まぁいい。今はそれよりも準備が先だ)



 考えるのを止めたリーダーは剣を回収して仲間たちの所に戻る。すると、近付くにつれて部下たちの話し声が聞こえてきた。



「どう思うよ?」


「どうもこうも……もう終わりだろ。こんなに被害が出てるのに魔物の捕獲に行くなんて無謀もいいところだ」


「だよなぁ。無茶苦茶な指示ばかり……もう、ついて行けねぇよ」


「どうする? いっそのこと逃げるか?」


「逃げたいのはやまやまだけど、どこに行くんだ? 俺らみたいなのに、行く所なんてねぇだろ」


「そりゃあそうだけど。でもこのままじゃ俺ら、犬死にだぞ」



 ピクピク、と思わず顔が引きつる。最善とは言わずとも次善の手を打っているとリーダーは思っていた。それなのにこの言いようはなんだ。今まで誰のおかげで甘い汁を吸って来られたと思っているのだ。


 沸き起こる怒りに顔が真っ赤になるリーダーの存在に気付かないまま部下たちは口々に文句を漏らす。さすがに目に余ると、リーダーは部下たちに叱責を飛ばそうとした。


 だがそれと同時に、ゴゴゴッ! と地鳴りが起こった。



「っ!?」



 揺れる大地に驚き、思わず体を屈めて地面に手を付く。地震だろうかと思いながら立ち上がるが、揺れは収まらない。断続的にだが続いていた。



(……随分と長いな。一応、ここから離れた方が良いか)



 地震のせいで文句を漏らしていた部下たちを叱責する機会を逸してしまったが、地震の最中に水辺にいては危険だ。


 しかも揺れは徐々に大きくなっているようにすら感じる。普通の地震ではなさそうだ。僅かな焦りを覚えたリーダーは部下たちに指示を飛ばす。



「おい! 早くここを離れ――」



 言葉を掻き消すように、背後から爆ぜる音が響き渡った。振り返れば天に向かって垂直に土煙が舞い上がっており、その勢いで木の枝や小石が彼らの方にまで飛んできた。



「何だ、あれ?」



 メンバーの一人が何かに気付く。何かが爆ぜたことで立ち上った土煙の中に何やら黒い影があり、爛々と輝く光点が二つ、こちらを見ていた。


 土煙が晴れてまず見えたのは、爬虫類を思わせる鱗に覆われた顔。しかし上半身は筋骨隆々な人間の体をしており、下半身は蛇のそれだ。右手に持つ三叉槍の刃はギラリと凶悪な光を放っている。



「……ナーガ?」



 インド神話に起源を持つ蛇の精霊あるいは蛇神とされる存在だが、アストラルでは魔物の一つとして討伐対象となっている。


 見た目からすぐさま正体を暴いたリーダーだったが、次の瞬間には「いいや違う」と否定の言葉を口にした。



「嘘だろ……まさか、ハイナーガか!?」



 リーダーの言葉に全員が青褪める。


 ハイはジェネラルよりも数段上のクラスで、Aランク冒険者のパーティが全力で挑むような魔物だ。彼らのような者では相手にすらならない。


 魔物を密漁しているから彼らもそのことは分かっていた。だから一目散に逃げ出そうとして……しかしそれは叶わない。



「グオオォォォォォォ!!!!」


『ッ!!!???』



 蛇とは思えないほど野太い、体の芯にまで響くような獣の雄叫びに威圧される。たちまち全員が【硬直】の状態異常にかかり、身動きが取れなくなった。威圧系スキルの効果だ。



「グルル」



 ハイナーガの唸り声に、「ひっ!」と悲鳴を上げることもできない。ズルズルと蛇の下半身をくねらせて、ハイナーガは密猟者たちににじり寄る。


 全員が内に広がる恐怖に顔を歪めているが、指一本動かせない。迫り来る見上げるほどの巨体を前に、恐怖に支配された心が、脳から体への信号を送る命令を下せない。


 僅かに動くのは、反射的に戦慄く唇のみだ。


 何で、どうして、とリーダーの胸中は疑問で満たされた。



(ハイのクラスほどの大物となりゃ、否が応でも接近に気付く。だから断言できる。そんなものはなかった! なのに何で……何の前触れもなくハイナーガが現れるんだよッッ!?)



 彼は知らなかった。

 この場所には古くから小さな祠があり、近辺にある村が管理していたことを。


 彼は分からなかった。

 その祠は、とある魔物を封じるものであることを。


 彼は思い至らなかった。

 小さな村がひっそりと守ってきた封印の祠を、彼自身が投げた剣によって破壊してしまったことを。


 彼は気付いていなかった。

 あの地鳴りこそが、封印から解放される前兆であったことを。


 だから。


 行動に伴う結果がこうして現れたのだと、理解することができなかった。


 断末魔の叫びを上げることさえも許されず、憐れな密猟者たちはハイナーガの餌食となった。








 ぐちゃぐちゃごっくん、と最後の一人を飲み込んで目覚めの腹ごしらえを終わらせたハイナーガは、食後の運動とばかりに手に持った三叉槍を無造作に振るう。


 木々が切り倒され、高枝で休んでいた野鳥たちが我先にと飛び去って行った。視線を野鳥から自身の三叉槍に落としたハイナーガは不満そうに喉を鳴らす。攻撃の結果に満足がいかないようだ。


 ハイナーガは飢えていた。加えて長年の封印のせいで体も衰えている。万全にするには、もっと沢山の獲物が必要だ。たかだか一〇人前後の人間族(ヒューマン)では足りない。


 遠くを見渡し、ハイナーガは笑む。


 蛇を始めとした爬虫類が持つ熱源探知に加え、【魔力感知】と【気配察知】のスキルによって近くに集落があることに気付いたのだ。


 そう。ハイナーガを封印していた祠を管理していた村だ。


 封印されていたのでハイナーガはその事実を理解していないが、近くに村があるのはハイナーガにとって好都合だ。


 ハイナーガを封じていた祠を管理していたとはいっても、村規模しかない集落に碌な戦力はない。村は瞬く間に壊滅し、すぐさま次の獲物を狙うだろう。戦力を集めて早急に対処しなければ、被害は拡大する。


 Aランク冒険者がパーティで対処しなければならないほどの厄災が動き出す。

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