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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5.5章 鴉たちの休日編
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第174話 両片想いの魔女と騎士

 阿頼耶たちがスルピキウス公爵領ガルスに着いた、その翌日。


 午前九時頃。『鴉羽』の工房、四階にて。


 紫のカーネーションと黒い羽根で飾られた唾広の魔女帽子を被り、谷間を強調するように胸元が大きく開いたロングワンピースに丈の長いマントに身を包んだ、まるで絵本に出てくる魔女の格好をした浅紫色の長髪と瞳を持つダウナー系美女――『秘薬の魔女(キルケ)』の選定者であるテレジア・エアハルトは机の上に並べられた数々の道具を使って作業をしていた。


 阿頼耶に連れられて冒険者登録をした彼女だが、今日は副業の方をするつもりらしい。


 床から天井までびっしりと埋まった百味箪笥(ひゃくみだんす)から香草・薬草や木の皮や何かを乾燥させた物などを取り出しては、すり鉢や薬研(やげん)を用いて新しく香料を作り――かと思えば試験管のなかにあるいくつもの液体を混ぜ合わせ、出来に満足すればレシピを用紙に書き込んでいく。


 格好も相俟って、その様子は傍から見れば怪しげな実験をしている悪徳の魔女そのものだ。


 出来上がった香水を瓶に移し替えて蓋を閉め、判別のためにボトルネック部分にタグを掛ける。それを棚に入れていき、作業がひと段落したテレジアは窓際の椅子に腰掛けた。


 いつもならリラックスするために煙管(キセル)を取り出すところだが、香水という香りが命の品物が大量にある作業場で煙管(キセル)の匂いが移るような真似はしない。


 代わりに取り出したのは噛み煙草だ。阿頼耶が見たら『どうしてもニコチンを摂取したいのか』と呆れていただろう。


 窓を開け、縁に肘を乗せて頬杖を着く。ボーッと眺める彼女の視線の先には、工房の裏手に作られた畑で農作業をしている純血の巨人族(ギガース)――テオドール・クロイツァーの姿があった。


 いつもの騎士鎧姿ではなくオーバーオールに麦藁帽子を被り、流した汗を首元に巻いたタオルで拭いつつ、せっせと畑を耕している。どこからどう見ても農夫だ。



(……上から見ているせいで勘違いしそうだけど、あの畑ってかなり大きくない?)



 本人の体躯と比較すれば少々こじんまりした畑なのだが、何しろ巨人族(ギガース)であるテオドールは体を小さくした今の状態でも身長が二メートル近くある。加えて大剣を扱えるほど筋肉質だ。


 そんな巨漢と比較して少々こじんまりしているのだから、普通の人ならばそこそこの広さがある。


 視線に気付いたのか。振り上げていた鍬を地面に下ろしたテオドールは体全体をテレジアの方に向け、麦藁帽子を脱いで頭を下げた。白髪が混じった麦藁色(むぎわらいろ)の短髪が良く見える。


 手を振って応じてやれば、彼はニカッと笑って作業に戻った。実に楽しそうだ。



「楽しそう」



 あそこまで活き活きとしているテオドールを見るのは、はていつ以来だろうか。テレジアはすぐには思い出せなかった。


 たしか、そう。



「……あっちこっち渡り歩き始めたくらいからか」



 今から三〇〇年ほど前の話だ。


 元々テレジアとテオドールの二人は、かつてクサントス中央大陸に存在していた『魔女の夜国(ヘクセンナハト)』という、魔女たちの国に住んでいた。平民だったテオドールの剣の腕を見込んで、魔女見習いだったテレジアが専属騎士に抜擢したのだ。


 周辺諸国に魔術的な支援を行うことで繁栄していたのだが、その魔術知識を欲した周辺諸国が連合を組んで戦争を仕掛け、『魔女の夜国(ヘクセンナハト)』は滅んでしまった。


 その時にほとんどの魔女は死に、当時まだ一六歳で力のない魔女見習いだったテレジアはテオドールの助けもあってどうにか逃げ出すことができた。そこからは放浪の日々だ。連合の追撃を恐れて各地を転々とし、旅の中で『秘薬の魔女(キルケ)』の称号を得た。魔人に進化したのもその時だ。


 しばらくして連合が崩壊し、所属していた周辺諸国も滅んだり名を変えたりしてものの、すでに『魔女の夜国(ヘクセンナハト)』もないので放浪の旅を続けていたのだが、キュアノス東方大陸に渡って活動していた時にゲノム・サイエンスに捕まったというわけだ。


 それまでの旅の間、辛いことも悲しいことも楽しいことも嬉しいこともあった。だから『魔女の夜国(ヘクセンナハト)』が滅んで以降、テオドールは全く笑わなくなったわけではないのだが、それでも今のように何の憂いもなく活力に満ちている笑顔を見るのは久しぶりだった。



「……やっと腰を落ち着ける場所が見付かって、心に余裕ができたからかな」



 そう思うと、『鴉羽』に入れてもらったのは英断だったのかもしれない。



「受け入れてくれた阿頼耶君たちには感謝しないと」



 いざパーティに加入してみれば予想以上の待遇だった。


 冒険者登録に伴う登録料を負担してくれたばかりか、副業として活動する際に必要となる、魔女としての能力をフル活用できる道具を揃えてくれた。しかも用意してくれたのは自分の分だけでなく、テオドールの鍬や椎奈の錬金術関係の道具もだ。


 それをカルダヌスに着いてから昨日の夕方までの間に、バンブーフィールド商会に手配して屋敷に運び入れまで終わらせたのだから恐れ入る。ちなみに運び入れ作業時に阿頼耶はいなかったのだが、スルピキウス公爵領へ出発する前に『灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)』の面々に作業を指示していたので滞りなく進んだ。


 彼だって疲れていただろうに、一体いつの間に手配したのやら。しかも週休二日制で、副業で得た収入は丸々自分の取り分にして良いときた。メンバーのことをよく考えているなと感心する。



「……風が気持ちいい」



 さあっ、と夏の暖かな風がテレジアの髪を撫でる。


 昔では考えられなかった穏やかな時間。それがどれだけ貴重なのかを理解しているため、安住の地をくれた『鴉羽』には感謝してもし切れない。


 だがそれ以上に、



「今までずっと守ってくれてありがとう、テオ」



 靡く髪を空いた方の手で抑えた彼女は作業に戻るまでの間、ずっと熱のこもった視線をテオドールに注ぎ続けた。








 農作業を終えたテオドールは午後になるとテレジアと共に街中に出た。さすがに身長が二メートル近くもあるし、その隣にはダウナー系の美女もいるのでかなり目立つ。周囲の人たちは物珍しそうに二人を見ていた。



(うーむ。これでも【縮小化】スキルで小さくしているのだがなぁ)



 テオドールの持つ【縮小化】のスキルは体のサイズを小さくするものだ。彼はこのスキルの効果により元の体型からかなり小さくしているのだが、それでも小さくできるサイズには限度がある。


 これ以上、体を小さくすることはできないのだ。


 視線を向けられて少々居心地が悪いが、仕方ないと諦めることにした。一度体を跳ねらせ、背中に背負った物の位置を調整する。彼が背負っているのは何段にも積み重ねて紐で固定した木箱だ。中にはテレジアが作製した香水、お香、傷薬、軟膏などが入っている。


 故郷である『魔女の夜国(ヘクセンナハト)』が滅びてからというもの、旅の間はずっとテレジアが作った薬をテオドールが売って生計を立てていた。時には冒険者ギルドに卸したり、時には路上で販売したりとやり方は様々だが。


 ただ、今回はそのどちらでもない。



「ここかー」


「む?」



 立ち止まった二人の視線の先には『ヒュドロス薬局』という看板が掲げられた店があった。個人経営のためそれほど大きな店ではないが、良質な薬を販売しているので住民や冒険者たちから人気が高い薬局だ。



「いらっしゃい」



 ちょうど昼休憩中だったのか、中に入れば店の奥から白衣を着た三人の女性が出てきた。


 一人は、赤紫色の髪と瞳孔が縦に割れた金眼をした女性――イザベル・ヒュドラだ。『灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)』のナンバー2であり、メンバーたちの中でも毒や薬の扱いがトップである彼女は表向き薬師として働いている。


 女子大生くらいの年齢に見える、長い茶髪に龍族(ドラゴン)の金眼を持つ女性はコルネリア・ラードゥン。彼女は『黄金の林檎』を眠らずに守る百の頭を持つ黄龍系統の龍族(ドラゴン)で、『ヘラクレスの十二の功業』の繋がりからイザベルとも仲が良いため、こうしてイザベルの店で店員をしている。


 最後の女子高生くらいの見た目の、ツインテールの青髪に二人と同じ龍族(ドラゴン)の金眼を持つ彼女はエルザ・ミドガルズオルムと言い、北欧神話において世界蛇の名で知られ、世界を締め上げられるほどの巨体で海の底で体を何周にも巻いて横たわっているとされる青龍系統の龍族(ドラゴン)だ。コルネリアと共に店員として働いている。



「イザベルさん、納品に来た」



 これが今回のやり方。


 すでに販路を持っているイザベルに頼み、テレジアが作った薬を販売してもらうことにしたのだ。今はその納品に来たというわけだ。


 背中から降ろした木箱の中から瓶を一つ取り出して【鑑定】スキルを使ったイザベルは、にたぁ~と不気味な笑みを浮かべた。



「くひひ。さすが『秘薬の魔女(キルケ)』の選定者、素晴らしい出来ですね」


「まぁなー」


「儂自慢の主だからな」



 テレジアは気怠そうにしながらもどこか嬉しそうに言い、自らが忠誠を誓った相手が褒められて喜んでいるらしいテオドールは誇らしげだ。



「それじゃあ私はテレジアさんと一緒に納品の確認をするので、エルザは品物を店の奥に、コルネリアは陳列をお願いします」


「テオはエルザさんの手伝いな」



 指示を出し、テレジアはイザベルと共に納品書と見比べながら受注した種類と品数が合っているかを確認していった。それを見遣って、テオドールはエルザと共に店の奥に木箱を運んで行く。

 ヒュドロス薬局の裏手から一度外に出てみれば倉庫が建っていた。広さは大体十畳ほどなのだが、壁際や倉庫の中央にいくつかの棚があるため言うほど広くは感じない。



「んじゃ、パパッと終わらせよっか。テオドールさんは入れそうにないし、入り口んとこで木箱をアタシに渡してちょ」


「うむ。承知した」



 テオドールは木箱の山を置いて、そのうちの一つをエルザに渡す。倉庫の中に入って整理しつつ木箱を置いて、出入り口で待機しているテオドールからまた木箱を受け取って、を繰り返して作業をしていると、



「テオドールさんってさー」


「む?」


「テレジアさんのことが好きなわけー?」



 ガタガタガタッ! と危うく商品を落として台無しにするところだった。



「な、あ……」


「アッハハハ☆ めっちゃパニクってんじゃん」



 ウケるんですけどー、とケラケラ笑うエルザ。テオドールは乱れた白髪交じりな麦藁色(むぎわらいろ)の短髪を整えながら訊く。



「……なぜ、分かったのだ?」


「えー? そんなん見てたら一目リョーゼンっしょ!」


「…………それほど分かりやすかったかのぉ? 騎士としてあるまじきことだが、旅をしている間にな。とはいえ、儂の一方的な想いだが。さすがに四〇〇を越えた爺では相手にされんだろうて」



 自嘲気味なテオドールの言葉にエルザは信じられないものを見るような目をした。



「(え? ええ!? うっそ、マジで!? まさかの気付いてない系? うそうそ、ありえなくない!? だってテレジアさん、あんなあからさまに熱っぽい視線送ってたんだけど!? どんだけ鈍チンなわけ!!!??? 兄様(あにさま)もクレハ様たちの好き好きアピールに気付いてないっぽかったけど、男の人ってみんなこんなに鈍感なん??)」


「国が滅んだにも拘わらず、テレジア様はめげずに大層努力なされてなぁ。その甲斐もあって魔人に進化し、魔女の職を得たわけなのだが。そのような姿を間近で見ていたら自然との。……おや、エルザ殿? 作業が止まっているようだが、何か問題があったかの?」


「え? あ、あー……何でもなーい」



 少しの逡巡の後、エルザは取り繕うように言って作業を再開した。わけが分からず首を傾げるテオドールにエルザは気付いていたが、それでも言うつもりはなかった。



「(さすがにアタシが言っちゃうのは野暮だもんねー)」



 じれったいなぁと思いながらも、エルザは誰にも聞こえないようにこそっと呟いた。

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