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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5.5章 鴉たちの休日編
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第172話 魔を祓う聖職者

 空を見上げれば太陽が頂点に位置していた。


 領都だからか、案内された教会はそこそこの規模があって、併設されている孤児院の方も大きい。教会には太陽と十字架が合わさったようなレリーフがあることから、女神教女神宗派の教会のようだ。



「私は食材を置いて来ますので、孤児院の方でお待ちくださいますか? ほら、みんなも孤児院の方に戻っていて」



 シスター=アマンダが言えば、年長の少年が子供たち全員を連れて孤児院の中へと入って行った。



「シスター=アマンダ、俺は教会の方で礼拝しても構いませんか?」



 せっかく女神教の教会に足を運んだんだ。アレクシアに祈りを捧げたい。


 始めの頃は勇者召喚の件で思うところはあったが、アルフヘイムで知った聖戦の真実を聞いて、二代目以降の召喚はアレクシアも不本意だったということが分かった。転移前での会話の時は八つ当たりしてしまったから、そのことを謝りたい。アレクシアに伝わるかは分からないけど、やらないよりマシだろう。


 本当はすぐにでも礼拝したかったんだけど、カルダヌスの教会は前領主の領地運営の問題のせいで撤退してしまったからもぬけの殻で使えなかったんだよな。


 ちなみに、カルダヌスの教会は現領主のバジルさんが戻ってきてもらえるよう教会と交渉している最中らしい。



「構いませんよ。ただ、今は他に礼拝している人もいらっしゃるので、入る時は静かに入ってくださいね」


「分かりました」



 ミオとクレハとヴァイオレット嬢の三人は孤児院の方へ行くことになり、俺は一人で教会に足を踏み入れた。


 そっと音を立てないよう気を付けて観音開きの扉を開けて礼拝堂に入る。内装は以前に入ったアルフヘイムの王城の地下にある、聖戦時代の記録を保管している礼拝堂と同じだ。


 視線を巡らせれば、両サイドに等間隔に並んだ長椅子の向こう。祭壇の前で跪き、礼拝堂上部のステンドグラスの光を浴び、両手を握り締めて一心に祈りを捧げている聖職者がいた。


 シスター=アマンダの言っていた先客はこの人のことだったんだな。


 足音を立てないように気を付けて歩を進めれば、その聖職者(後ろ姿からして女性だろう)の傍には一振りのロングソードが置かれていた。オレンジ色で統一されたその剣から微かに純度の高い聖なる魔力を感じる。


 となると、あの剣は聖剣か。


 先客の聖職者が聖剣使いであることに少々驚きつつも邪魔をしないように黙って見ていると、祈りを終えた聖職者の女性が聖剣を腰に差して立ち上がる。後頭部の辺りで一つに結ばれた長いオレンジブラウンの髪が揺れ、振り返った彼女と視線が交差する。



「うわぁ! ご、ごめんねぇ! いることに気が付かなかった!」



 わたわたと狼狽えて苦笑いする少女に俺は『いいえ』と気にしないように告げる。


 後ろ姿では分からなかったが、随分と若いな。俺と同い年くらいだろうか。委員長と似たツリ目の瞳は青く、しかし彼女よりは親しみのある雰囲気を出していた。


 長く伸ばした前髪で顔の右半分を隠しているが、整った顔立ちをしている。その前髪の下から包帯が見えるので、おそらくは怪我をしているのだろう。


 白地に青で彩られた詰襟で長袖の祭服(ちなみに下はスカートではなくスリムなパンツ)に丈の短いマントを着用し、両手はしっかり手袋までして極端に露出が少ないが、主張の激しい豊満なバストに思わず視線を奪われそうになる。実に窮屈そうだ。


 真っ黒なコートを着ている俺が言えたことじゃないが、雷の月(九月)というこのクソ暑い季節にあんな格好をして暑くないのだろうか。汗をかいている様子はないから大丈夫そうだけど……俺たちのように【温度調節】の効果を持った服なのかもしれない。



「えっと……アナタは?」


「阿頼耶です。雨霧阿頼耶。Bランク冒険者パーティ『鴉羽』のリーダーをしています」


「阿頼耶さんね! 私はリナ・デュアメル。女神教死霊神宗派所属の祓魔師(エクソシスト)だよ。リナって呼んで」



 よろしくね! と少女――リナは快活に笑う。


 祓魔師(エクソシスト)か。悪魔・悪霊祓いを専門とする聖職者のことだったな。地球だと一九世紀半ばにはほとんど形骸化して二〇世紀には正式に廃止されたが、アストラルでは定義通りの役割を担っているんだったか。彼女はその祓魔師(エクソシスト)である、と。



「ここには礼拝に来たんだよね? 礼拝のやり方は知ってる? 見たところ異世界人みたいだし、知らないよね? 良かったら教えてあげよっか?」



 彼女の指摘は物の見事に的中している。


 俺が知っているのは教会でのやり方ではなく神社なんかの二礼二拍一礼だけで、しかも地球の教会でのやり方がそのままアストラルでも通用するとは限らない。



「えっと……じゃあお願いできるかな」


「もっちろん! ほらほら、こっちに来て!」



 自然な動作で手を取られる。あまりに自然だったから気付かなかったが、片目が見えていない状態なのに、よく距離感が狂わずに俺の手を取ることができたな。



「――ん? どったの、阿頼耶さん?」



 俺が不思議に思っていると、俺の顔と繋いだ手を交互に見た彼女は『あぁ!』と得心したような声を発した。彼女は自身の右目を指差して、



「もしかして右目(これ)のこと? たしかに怪我はしているけど、古傷なの。ちっちゃい頃に魔物に襲われてねー。その時にざっくりやられて失明ちゃったわけ。眼球ごと損傷しちゃったから部位欠損扱いで治癒系魔術も回復薬(ポーション)も効かないしさ」



 何てことない風に言っているが、内容はとんでもないものだ。彼女の言葉はつまり、小さい頃からずっと片目で過ごしてきたってことじゃないか。片目の生活に慣れるのにも一苦労するだろうに、彼女は剣を扱えるまでになっている。それも実戦レベルで。手袋越しでも繋がれた手のひらから伝わる剣ダコでそれが分かった。


 何より彼女の笑顔。


 きっと当時は辛かったに違いない。片目を失うなんて、どれほど苦痛だっただろう。それなのにここまで笑えるなんて。



「随分と、努力したんだな」



 思わず零れた言葉にリナは青い左目を丸くしたが、すぐさま嬉しそうに顔を綻ばせた。『ありがとう』と一言だけ言うとそのまま握った手を引かれ、二人並んで祭壇の前に立つ。



「じゃあまずは両膝をついて跪いて。で、あとは両手を組んで目を閉じて祈ればダイジョーブ!」



 え? それだけ? 思ったより簡単なんだな。


 …………そういえば、神々と交信できる【啓示】っていう知覚系エクストラスキルがあったな。ラ・ピュセル支部長が持っているヤツ。俺にはスキル獲得難易度低下の効果を持つ『創造神(アレクシア)の加護』があるし、もしかしたら獲得できるかもしれない。


 言われた通りに祭壇の前で跪いた俺は両手を組んで目を閉じ、試しにと何度か心の中でアレクシアに語り掛けてみたが、



「………………………………」



 返事はなかった。


 セツナの話だと獲得しているのは聖職者が多い傾向にあるっていうし、俺じゃ信仰心が足りないんだろう。無神論者ってわけじゃないが、かといって敬虔な信徒のように神を敬っているわけでもないし。まぁ、獲得できたらラッキー程度にしか考えていなかったのでそこまで落胆はない。


 気を取り直して、ひとまず転移前のことの謝罪と、こちらの世界に来てから今までのことを報告してから立ち上がる。



「何だか簡単に終わったけど、本当にこれだけで良かったのか?」


「式典とかでやるような正式な礼拝だったら聖書の朗読とか必要な手順があるけど、今回は略式だからね! コレで問題ないよ!」


「そんな元気よく言われても……何だか緩いなぁ」



 まぁ日本でも礼拝――というか参拝を常に正式なものでやっている人なんて稀だけど。



「女神教は沢山ある宗教の中でも一番寛容なことで有名だからね。私は死霊神宗派の信徒だけど、同じ女神教系列だからちょっと詳しいの」


「そういえば、死霊神宗派の人がどうして女神教の教会に?」


「今ちょうど聖地巡礼から帰るとこなの。母国のリュミエール教国から順に各地を回っていたんだけど、帰る道すがらここに寄らせてもらっててね。別の宗派だけど、同じ女神教だからいろいろと都合が付くってわけ」



 リュミエール教国とはエリュトロス南方大陸に存在する大国の一つで、王族や皇族ではなく邪神教を除く全ての宗教を束ねる総代教皇が国を治めているという珍しい国だ。



「なるほど、それで。聖地巡礼っていうと、やっぱり聖戦関係の場所なのか?」


「沢山回ったよー! エリュトロス南方大陸はもちろん、メラス北方大陸にキュアノス東方大陸に、このクサントス中央大陸もね! さすがにレウコテス西方大陸には行けなかったけど」



 それはまた随分と多くの土地を巡ったものだ。しかも大陸を渡って。一体どれくらい時間をかけて回ったのやら。


 ――っと、ちょっと長居し過ぎたか。



「そろそろ戻るよ」


「あ、ごめんねー。長々と引き止めちゃって。何か用事でもあった?」


「シスター=アマンダに孤児院の方に招かれているんだ。迷子になったリーシェを見付けたんだけど、そのお礼がしたいって言われて」


「ほほーん。そうだったんだ。あ、じゃあ私も何かお礼をしなきゃだね!」


「え? いや、もうシスター=アマンダからお礼をって言われているから……」


「まぁまぁ、そう遠慮しないでって」



 遠慮とかじゃないんだけどな、と思いながら彼女に背中を押されるようにして礼拝堂を後にし、孤児院の方へと向かった。


 その後、俺たちはお礼にとリナが作ったお菓子を振る舞われたり孤児院の子供たちと遊んだりして過ごすことになった。





 俺がリナの、その元気の塊のような笑顔の裏に隠された『悲劇』を知るのは、そう遠くない先の話だ。

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