第20話 生まれ出ずる名も無き英雄
主人公無双祭じゃああああ!!!!
◇◆◇
先輩が魔術を解除したみたいで、【堅固なる城壁】がガラガラと音を立てて崩れ去ります。
その瞬間を好機と見た骸骨兵たちが一斉に襲い掛かって来ました。壁が迫って来るような光景に、しかしまるで風景を眺めるかのように見遣った先輩は漆黒の刀を真横に構えます。
「“その神威を示せ”――【極夜】」
とても短く、聞いたことのない呪文のようなものを唱えた直後、漆黒の刀の刀身から眩い白銀色の光が宿ったオーラが瞬きました。凄まじいほどの光量です。
けどどうしてでしょう。
こんなにも強い光なのに、どこか優しさを感じます。
と、そこで私は衝撃の光景を目にします。
白銀色のオーラに晒された途端に、骸骨兵たちが消滅していったのです。しかもそれにとどまらず、私の怪我も回復していました。
ステータスを開いて確認しましたけど、HPのみならずMPも凄い勢いで回復しています。
これは、どういうことなのでしょうか。
骸骨兵を消滅させるばかりか、私のHPもMPも回復させるなんて――って、これって!?
私は自分のステータスをよく見て、目を疑いました。
う、嘘……そんな、まさかっ!
こんなことって……有り得るんですかっ!?
衝撃の事態に驚いていると、先輩は満足そうに頷きました。
「少しは数が減ったな。これでいくらか戦いやすくなる」
数を大きく減らした骸骨兵たちを前にして、今ではオーラが抑えられて仄かな白銀の魔力光を宿すオーラを纏っている漆黒の刀を肩でトントンと叩きながら言います。
大量の骸骨兵が消滅したあの現象は浄化で間違いないでしょう。
だとしたらあの魔力光のオーラは神聖属性の?
ということはあの刀は聖剣なのでしょうか?
そこまで考えて、けれどすぐに否定します。
違う。違います。アレは聖剣ではありません。
神聖属性のオーラが放つ魔力光は黄金色です。白銀色ではありません。
白銀色の魔力光を持つオーラ。それって確か――
「し、神力だと!? 馬鹿な!!」
骸骨兵たちの包囲網が崩れた先にいたエルダーリッチが、先輩の刀に纏う魔力を見て驚愕の声を発しました。
やっぱり!
アレは神力だったんですね!
驚く私とエルダーリッチでしたが、それに先輩は反応を示すことなく肩から刀を下ろします。同時に、ゾン……と放たれる濃密な殺気。
私自身に向けられていないのでそれほど感じませんが、それでもこちらに漏れてくる殺気だけでも底冷えするようなものを感じます。
その殺気で戦闘の続行を感じたみたいで、エルダーリッチは命令を下しました。
「訳が分からぬが、所詮は一人! 集団の前では無力なのだよ!」
叫びながら長杖の先を地面に叩きつけます。それが骸骨兵たちへ命令を伝える動作だったようで、骸骨兵たちは再度先輩に向かって攻撃しようとしますが、それよりも先に先輩が動いていました。
「遅い」
目の前の骸骨兵を一閃。縦に両断された骸骨兵はガラガラと音を立てて崩れ、活動を停止しました。その骸骨兵を一瞥し、次の敵に向かっていきます。
横薙ぎに振るわれた漆黒の刀を骸骨兵たちは剣で受け止め、楯で防ぎ、矢で反撃しようとしましたが、その一切合切を先輩は破壊してしまいました。
「ちぃ! 神力なんぞを纏う武器が相手ではやはり耐久値が持たぬかっ!!」
さすが神話級の武器、といったところでしょうか。
ミスリル製の武器がまるでガラス細工です。
一口に魔道具と言ってもその効力や希少価値の高さ、起動の難しさなどの様々な要素によって割り振られた等級が存在します。
家庭で用いられるレベルで大量生産され、魔力を操れるならば誰でも簡単に起動することができる一般級。
量産可能で使い手を選ばないものの少し値が張る四等級と三等級。
素材の入手が難しく、組み込む術式が複雑であるため量産には長い時間と大量のお金を必要とする二等級と一等級。
フェニックスや龍の鱗といった、入手することがほとんど不可能に近い素材を使っており、それ故に破格な効力を持つ秘宝級。
この世に一つしかない一点もので尚且つ使い手を選び、意思を持っている伝説級と神話級。
この八つの等級があります。
この内ミスリル製の武器は三等級に相当し、これを破壊するには単純に考えてもそれ以上の等級が必要になります。これだけですと先輩の持つ漆黒の刀が神話級と判断するには足りませんが、あの刀は神力を纏っていました。
神力は神様にしか扱うことができない力です。神族や龍族を除けば、天族にしか使うことができない神聖属性の魔力や、同じく神族や龍族を除けば魔族にしか使うことができない暗黒属性の魔力よりも高位の力であるため、そんなものを纏うことができるとなると、それはもう神話級としか考えられないのです。
そんな神話級の武器を携えて、ギリギリ視覚で捉えられるほどの速度で先輩は骸骨兵たちを倒していきます。
振り下ろされた剣を半身になって躱してカウンターで刀を振り上げて両断して、横合いから突き出された槍でアバラに一撃をもらってしまいましたが、片手で掴んで固定して蹴りを放ち、頭部を粉砕します。
薙ぐような斧の一撃を、しかし宙を舞って躱します。空中で行使した闇属性魔術によって生まれた闇の塊が枝分かれして十体ほどの骸骨兵を貫き、着地と同時に斧の骸骨兵を踏み潰しました。
着地の瞬間を狙って背後に迫った骸骨兵を、振り向き様に腕を掴んで密集した場所へ投げ飛ばし、そこへ大火力の火属性魔術を放って一掃。
漆黒の刀を投げ槍のように投擲したと思ったらすぐに駆けて追従し、骸骨兵に刺さった所で柄を掴み直して更に深く刺して奥にいたもう一体も貫きます。
そのまま横に振り抜いて胴を絶ち、先輩はまた次の敵へと向かって行きました。その後も、骸骨兵から何撃か攻撃を受けてしまっていましたけど、それでも圧倒して確実にその数を減らしています。
体術と魔術と膂力に物を言わせた暴虐のオンパレード。
理不尽を理不尽で斬り裂いているかのような、そんな横暴で冗談みたいな馬鹿げた光景。
「…………」
私は、その光景に魅入っていました。
それはまるで神話の再現。
御伽噺で聞くような清廉潔白の英雄ではありませんでしたけど。
誰もが憧れるような完全無欠の英雄ではありませんでしたけど。
敵にどれだけ斬られても、どれだけボロボロになっても、何度でも不条理に立ち向かっていくその姿は、史実として語られる英雄そのものでした。
いつの間にか先輩は骸骨兵たちを軒並み全滅させてしまいました。傷付いた体が高速で回復しつつ、骸骨兵たちの残骸が散乱するその中心で佇む先輩は、ゆらりと視線をエルダーリッチへと向けました。
瞬間、先輩がエルダーリッチへと駆け出します。
「【骸骨騎士】!!」
命令と同時に横に控えていた骸骨騎士の眼窩が瞬き、先輩が放った剣戟を楯で受け止めようとしましたが、防ぎ切れず粉々に砕け散ります。すかさず骸骨騎士はその大剣を先輩に向けて振り下ろしましたが、先輩はそれを片手で受け止めるという離れ業を遣って退けました。
そのまま彼は骸骨騎士の右腕を切り落とします。切り落とされて力を失った右手は大剣からズルリと落ち、器用に大剣を反転させて柄を掴んだ先輩は骸骨騎士を袈裟斬りで両断しました。
残りはエルダーリッチのみ。
「まさか、我のアンデッドたちが全滅するとはな。だが……舐めるでない!!」
叫んだ瞬間、無数の魔法陣が展開しました。
な、何て量なんですかっ!
でも、先輩ならあれくらい……
中級以上の闇属性魔術が先輩に殺到します。
漆黒の刀と大剣に魔力流しを使った先輩はその二振りを振るって魔術を迎撃します。見るのは二度目ですが、信じられない光景です。
理屈は分かります。魔力が通った武器なら、例え闇属性魔術だろうと干渉することはできます。けれど、それで魔術を斬り伏せることができるかと言うと、それは難しいと言わざるを得ません。一体どんな流し方をすればあんな芸当が可能なのか、詳しく話を聞く必要がありそうです。
無数の魔術を斬り伏せる先輩でしたが、その迎撃も長くは続きませんでした。
先輩の迎撃の合間をすり抜けて、【貫く闇枝】という闇を枝のように伸ばす中級の闇魔術が先輩の脇腹を貫きます。
その衝撃で先輩の体がよろめき、隙が生まれます。そんな隙をエルダーリッチが見逃すはずもなく、怒涛の勢いで無数の魔術が先輩に襲い掛かります。
ドドドドドドドドドドッ!!!!という轟音が響き、土煙が舞い上がります。
「先輩!」
私は思わず叫びましたが、ボフッ!と土煙から何かが飛び出しました。
それは先輩が骸骨騎士から奪った大剣。それが風を切る音を奏でながらエルダーリッチへと飛来しますが、それをエルダーリッチは杖を振るって弾きます。
……もしもエルダーリッチの体にお肉があったなら、きっと驚愕の表情を浮かべていたでしょう。何故なら大剣を弾いたその後ろに、先輩が迫ってきていたのですから。
避けることも迎撃することもできず、漆黒の刃をその体に突き立てられました。
瞬間、白銀色のオーラがエルダーリッチを包み込みます。その影響でしょう。【鑑定】スキルでエルダーリッチのHPを確認しましたが、物凄い勢いで減少しています。HPが完全になくなるのも時間の問題でしょう。
先輩がエルダーリッチから刀を抜いて数歩下がると、エルダーリッチは仰向けになって倒れ込みました。
「カカ、カカカッ。まさか、こんなことに、なろうとは……思わなかったのだよ。いつもの如く、ただ冒険者を狩るだけかと、思っていたのだがな。まさか……我が負けるとは、予想だにしなかった」
神力によって浄化されながら、エルダーリッチは声を詰まらせつつ言います。
「思い、出した。ようやく、思い出したの、だよ。カカッ。五千年も、前のこととはいえ……どうして、忘れていたのか」
エルダーリッチは先輩に顔を向けます。
気のせいでしょうか?
先輩に向ける視線が、何故か懐かしさを感じているようなものでした。
「その顔立ちに、その瞳、その刀……そして、泥に塗れても……立ち止まらない、その戦い、方は……五千年前の戦争の……あの御方たちの、ようではないか。なる、ほど。あの御方たちの……予言は、当たって、いたと……いうわけなのだな。カカカッ。このダンジョンで、待ち続けた……甲斐があったという、ものだよ」
彼は、何を言っているのでしょうか。
五千年前の戦争って、まさか聖戦のことですか?
あの御方たちって、誰のことを言っているのでしょうか?
何一つ理解できません。
先輩も同じことを思ったようで、怪訝な表情を浮かべています。
「……何の話だ?」
「カカカッ。我に語れることは、そう多く、ない。詳しいことが、知りたくば……世界を見て、周ると良い。さすれば、貴様の知りたいことも……いずれ分かるであろう」
それ以上問い質しても無意味だと判断したみたいで、溜め息を吐いた先輩は話題を変えます。
「お前はこのまま消滅するのか?」
「否。我は、ダンジョンコアと融合、した、存在。コアが破壊されぬ限り、我が消滅することはない」
ダンジョンコアとは、全てのダンジョンに必ず存在する、いわば心臓のようなもの。そんなものと融合しているということは、実質的にこのエルダーリッチは不滅の存在ということになります。
三十層からなるこの【魔窟の鍾乳洞】ですが、ダンジョンコアがまだ見付かっていないので、まだ攻略されていない階層があります。エルダーリッチの本体はダンジョンコアのある階層にいて、今回のように何度も【規定外の階層主】として姿を現してきた、といったところでしょうか。
ダンジョンは自然発生するものなのですが、この【魔窟の鍾乳洞】は生まれてから百年ほどが経っています。百年間、ダンジョンコアが見付からなかったのに、それに繋がりそうな情報が転がり込むんですから、このことを冒険者ギルドに報告したら凄いことになりそうですね。
「気が向いたら……このダンジョン、の最下層の更に、奥……裏ダンジョンの最奥、に来ると……良い。……茶くらいは、出して、やる……のだよ」
それだけ言い残して、エルダーリッチは消え去りました。
それを見届けた先輩は周囲を見渡して残念そうに言いました。
「ドロップアイテムは出なかったな」
「あ、そうですね」
言われて私はやっと気付きました。
ドロップアイテムが出る時はその場に出現するのですが、それがないので、先輩の言うようにドロップアイテムは出なかったようです。
「予定外の敵だったことが原因か? まぁいい。ここで目当ての魔道具がドロップしなかったんなら、次の階層主を倒しに行けば良いだけだ」
そう言って地面に突き刺した鞘を引き抜いた先輩は、エルダーリッチが消えたことで開いた、下の階層に続く扉へと歩を進めます。……って!
「待って待って待って! 待ってください、先輩!」
私は急いで先輩の服を掴みますが、それでも止まらずにズルズルと引き摺られます。
ちょ! 力、強くないですか?
扉の前まで引き摺られて、ようやく先輩は止まってくれました。
「どうした?」
「どうした?じゃないですよ! まさかそのまま下層に行くつもりなんですか?!」
どのダンジョンでもそうなのですが、地上に戻るための近道というものが何種類か存在します。階層主戦の後の場合は、あの扉の中に下に降りる階段と、地上に戻るための転移魔法陣があって、普通はこの転移魔法陣を使って一度地上に戻ります。
階層主と戦った後にそのまま下の階層に挑むなんて、余程余裕のある状態でないとしません。
それを説明したにも関わらず、何故か首を傾げられてしまいました。
「手も足もまだ動く。目当てのドロップアイテムは手に入れてないし、お前の呪いも解けてない。立ち止まる理由なんて一つもないだろ」
あ、駄目です。
この人、こうと決めたら死ぬまで進み続けるタイプの人みたいです。
「いくら回復したといっても無茶です。HPが回復しても、疲労が取れてるわけじゃないんですから」
アレだけ激しい戦闘をしたんです。確実に疲労は蓄積されています。
「今は気力が満ちているのかもしれませんが、それは戦闘で気分が高揚しているだけです。ここが退き時です。じゃないと、本当に死んでしまいますよ」
自覚していない疲労は絶対に後々命の危機に繋がります。
だから、ここで一度地上に戻らないといけません。
というか……もうダンジョンに潜る必要はないんです。
「一回地上に戻るなんて無駄な時間を使ってたまるか。俺なら平気だ。階層主のリポップまでは充分に時間があるから、セツナはここで休んでろ。それかお前だけでも先に地上に――っ!」
と、そこで何の脈絡もなく、まるで糸の切れた操り人形のように先輩が倒れました。
「先輩っ!?」
うつ伏せに倒れた先輩を仰向けにして、口元に耳を近付けます。
息は……していますね。
脈も正常。
魔力の流れも乱れていません。
「……良かった」
はぁ~、と私は安堵の息を吐きます。
どうやら気を失っただけみたいですね。
疲労が限界に来ていたんでしょう。
先輩を引き止めていて良かった。
あのまま行かせていたら、取り返しの付かないことになっていたかもしれません。
「……」
膝枕をして、先輩の頭をそっと撫でます。
体に怪我はありません。けれど血塗れでボロボロになった服を見ただけで、彼がどれだけ無茶を通したのかが分かります。
「普通は、「やってられるかー」って私を見捨てたとしても、私は文句を言える立場じゃなかったんですよ?」
先輩の報酬は、この依頼で得た利益の二割。
ダンジョンに潜って様々な魔物の素材を入手しましたが、それでも全体のお二割となると、はした金にしかなりません。明らかに、今回の依頼にかかった労力と見合いません。そんなこと、先輩なら分かっていたはずなのにこんなにボロボロになって、エルダーリッチを倒した後も【能天使の首飾り】がドロップしなかったからって下層に潜ろうとするなんて。
「本当に……無茶をする人ですね。それで救われちゃったら、もう「無茶をしないで」って言えないじゃないですか」
けれど、本当に事を成してくれた。
奇跡を起こしてくれた。
「ありがとうございます、先輩。大好きです。ギルドの掲示板で貴方の姿を見た、あの時からずっと」
そう言って頭を撫でつつ私は、泥塗れの英雄の寝顔を見続けました。
……先輩の容体が急変したのは、それからすぐの事でした。




