第2話 神々との謁見
2016/4/9に改定しました。
2019/11/2に改定しました。
気付けば、俺は真っ白な空間にいた。大地も空も、彼方まで真っ白で、方向感覚が狂いそうな場所だ。
明晰夢、というヤツだろう。これは夢だという自覚はあるし、自覚症状のある夢のことをそう言ったはずだ。
「だとしても、真っ白っていうのは味気なくないか? もう少しこう、面白味がある世界でも良いだろうに」
「それは申し訳ありませんでした」
「っ!?」
突然の声に驚いた俺は後ろを振り返る。
そこにいたのは、腰にまで届くほど長く伸びた銀髪に同色の瞳をした二〇代くらいの綺麗な女性だった。大らかな感じで落ち着いた雰囲気を醸し出しており、心が持って行かれそうなほど強烈に美しかった。神懸った、という言葉が相応しい。
そしてこの、思わず平伏してしまいそうなプレッシャー。
俺の頭の中でできているはずの夢の世界で、これほどの存在を想像できるわけがない。俺の理解の範疇を超えている。
「初めまして、雨霧阿頼耶君。私の名はアレクシア。キミのいる地球とは別の世界で神をしている者です」
頭の中で必死に状況を理解しようとしていると、目の前の女性は笑みを浮かべてそう名乗った。
「神、ですか?」
本来なら新手の宗教勧誘かと疑うところなのだろうが、どういうわけか俺はその言葉を疑う気にはならなかった。
「えぇ、そうです。念のため、神であることを認識させるために微弱ですが神力を放っていて正解でしたね。……まぁ、魂魄等級が凡人クラスなのに耐え切っていることには驚きましたが」
「?」
最後の言葉だけ小声で言ったせいで聞き取れなかった。何て言ったのか聞こうとしたが、それよりも先にアレクシアが言葉を続けた。
「すんなり理解してくれたようで何よりです。キミが信じてくれないと話が先に進みませんでしたから」
「そう、ですか。ちなみに神力というのは?」
「神が持つ不思議な力、といったところでしょうか。神から神力を受けることで、その者は相手を神と本能的に認識するのです」
ということは、さっきから感じるこのプレッシャーがそうなのか。ちょっと強引な手段じゃないかとも思うが、かと言って言葉で説明されても納得できなかっただろうから文句は言えない。
「それで、別の世界ということは、つまり異世界の?」
「そうです。キミのいる地球とは別に存在する、アストラルという世界で創造を司る女神――創造神をやっています」
創造神? ということは、世界を造った神ってことか?
だとしたら、実はかなり凄い神ってことになるのか?
「そうでもありませんよ? 創造神とは言っても、地球の神々と比べると私はまだ若輩者ですから」
そういうものなのか。……ん? 今、俺口に出してなかったよな?
素朴な疑問を抱くと、笑みを絶やさない彼女は肯定した。
「出していませんよ。神ですからね。【読心】はお手の物ですよ」
ふふっと楽しそうに言うアレクシアだったが、こちらとしては笑い事ではない。
「【読心】というのは? まぁ、察しは付きますが」
「察しの通りですよ。相手の心を読む力のことです。私の管轄の世界では、魔術として存在しています」
やっぱりか。だから口に出さずとも会話が成立していたわけか。けど、勝手に心を読まれるのは気分の良いものじゃないから止めてもらいたい。
「そうですか? ではそうしましょう」
どうしても【読心】を使いたいわけじゃないらしい。アレクシアはあっさりと止めた。……だったら始めからやらなければ良いのに。
「それで、魔術っていうのは? あのファンタジー的な魔術ってことで良いんですか? そもそも、何で異世界の神が俺の夢の中に?」
「疑問は尤もですね。順を追って説明しましょう。ですがその前に、この方の説明もしなければなりません」
この方? と首を傾げると、アレクシアの隣で光が瞬く。その光量は凄まじいもので、俺は反射的に手で顔を覆った。
一体何なんだと眉をひそめていると、光は徐々にその輝きが弱まり、直視できるほどまでに落ち着いたところで俺は改めてアレクシアの隣に視線を向ける。
そこにいたのはアレクシアと同じ、銀髪に銀の瞳をした好青年然とした人物だった。
このタイミングで現れたということは、この好青年も神の一人か? あ、神は一人じゃなくて一柱って数えるんだったか。
「この方はキミの世界で最も有名な神――『聖書の神』です」
「なっ!?」
紹介されて瞠目する。
「それって、キリスト教の?」
「他にもユダヤ教とイスラム教の神でもあるけど、その認識に間違いはないよ」
俺の質問に答えた『聖書の神』は爽やかな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「初めまして、雨霧君。僕は『聖書の神』だ。一応、北欧のオーディンや日本の天照大神のように固有名詞はあるんだけど、あまり名を口にしてはならないって解釈があってね。その関係で他の神々からも『聖書の神』と呼ばれているよ」
自己紹介の流れでとんでもない名前が出てきた。オーディンや天照大神ってそれぞれの神話の主神じゃないか。
いや、でもそれよりも気にするべきは別にある。
「神話の神って、実在するんですね」
「もちろんいるさ。僕ら神々は外側から世界を見守る存在だからね。まぁ、その世界が存亡の危機に陥るとかなったらその限りじゃないんだけど」
笑顔で恐ろしいことをサラッと言わなかったか!? 世界存亡の危機って何だよ!!
しかし『聖書の神』はそれ以上話を掘り下げることはしなかった。
「さて雨霧君。色々と話をしようとは思うけど、まずは祝辞を述べさせてくれるかな」
祝辞? わざわざ神から祝われることなんてあったっけ?
思い当たる節がなくて、俺は怪訝な顔をした。すると、アレクシアと『聖書の神』が声を揃えて言う。
「「一七歳の誕生日、おめでとうございます。雨霧阿頼耶君」」
「え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。まず、明日……というか二柱が「おめでとう」と言ってくれたのだから今日か。今日が俺の誕生日だということを俺自身が忘れていたというのもあるし、そもそも神がわざわざ一般人に誕生日を祝うだなんて思わなかったからだ。
「えっと……ありがとう、ございます?」
「礼は不要だよ。何せ僕らが来たのは『今日』が関係していて、少々キミに理不尽を強いてしまうからね」
理不尽、と聞いて思わず眉間に皺が寄る。それは、俺が一番嫌いなものだ。今日――つまり俺の誕生日が関係しているということだが、その真意は如何に。
「どういうことなんですか?」
「きちんと説明するさ。けれどその前に少し昔話をしないといけなくてね。――アレクシア」
頷いたアレクシアは説明を始めた。
「私の世界のアストラルでは、かつて大きな戦争がありました」
彼女が言うには、大昔にアストラルには世界を滅ぼそうと動いていた『魔の者』が率いる勢力が存在した。もちろん、滅亡をただ黙って見ているわけにもいかない。地球から召喚された勇者たちとアストラル出身の英雄たちが立ち上がり、激戦の末に『魔の者』を封印することで阻止に成功する。
後に『聖戦』と呼称されることになるこの戦いで、地球から召喚された勇者たちとアストラル出身者たちを含めた二〇人を『解放者』と、勝利するために各種族をまとめ上げた者たちを『大英雄』と呼び、聖戦終結の折に『解放者』の女性と『大英雄』の男性は異世界を渡ることを決めた。
だがそう簡単に異世界を渡ることなんてできない。そこで、女神であり創造神であるアレクシアと『聖書の神』の二柱と一つの契約を結ぶことで異世界を渡ることを可能とした。
その契約内容は「異世界へ渡る代償に、自分たちの子供が一七歳になった時にアストラルへ転移させる」というもの。
「日本人であるキミの前に天照大神じゃなくて僕が現れたのも、その契約を交わしたのが僕だからでね。そもそも僕が契約をしたのも、一番信徒の数が多いから僕が担当することになったのさ」
『聖書の神』は軽い調子で説明してくれたが、俺はその話の流れから「まさか」と思うような考えに至っていた。
いやいやまさか、そんな馬鹿な。そんなことってありえるのか?
でも、二柱の話から察すると、そうとしか考えられない。
「一つだけ確認させてください。俺の両親は、アストラルを救った救世主なんですか?」
「「そう(です)だよ」」
「……」
否定してほしかった。なのにあっさりと肯定されてしまい、俺は絶句した。
「いやでも、俺には救世主の息子に見合うような才能なんて何一つありませんよ」
「全く以ってその通り! 驚くべきことにキミには目立った才能なんてない。特別顔立ちが整っているわけでも、超人的な身体能力を持っているわけでも、天才的に何かの分野に突出しているわけでもない。どこにでもいる極々平凡な少年だ。英雄たる素質は遺伝するわけじゃないから、こういうこともありえると言えばありえるんだけど、それも極少数でね。まさか僕らもあの二人からこれほど才能のない子供が生まれるとは思わなかったよ」
アッハッハッハ! と心底面白そうに『聖書の神』は大笑いする。
ていうかさっきから「才能がない」って言い過ぎじゃないか!? 喧嘩売ってんのかこの神は!!
無遠慮極まりない『聖書の神』に対してうんざりした顔をしていると、申し訳なさそうにアレクシアが口を開いた。
「それで、ですね。ここからが本題になるのですが、キミにはアストラルへ来てほしいのです。契約上、これに拒否権はないので強制になってしまうのが心苦しいのですが」
アレクシアの言葉に、なるほどと俺は納得した。
『聖書の神』が言っていた理不尽っていうのはこのことか。たしかに、ふざけるなと叫びたくなるような状況だ。俺の意思とは関係なく、俺の生まれる前から異世界へ行くことが決まっていたなんて。笑えない。全く以って、これっぽっちも笑えない冗談だ。
俺は今まで、何のために頑張ってきたんだ?
学生生活が終わるまでの辛抱だと、そう思って、けれどやっぱり理不尽は許せなくて。中途半端にやれば手痛いしっぺ返しを食らうだろうから、裁判でこれでもかというくらいの刑罰が執行されるほどの証拠を年単位で集めてきた。
だから耐えてきた。もう少しで、それを実行に移せる段階にまで来たのに……異世界に行くのなら意味がなくなる。全てが無に帰してしまった。
それだけじゃない。俺に良くしてくれた委員長、姫川さん、修司の三人に、理由も話せず突然いなくなることになる。
あんまりだ。あまりにも理不尽だ。
俺の怒りは、俺自身が思っていたよりも溜まっていたらしい。思わず言葉が滑る。
「……何なんですか、それ。俺はずっと、罵倒されて、殴られて、蹴られて、虫を食わされて、水をかけられて、恐喝されてきた。ただでさえ散々だったっていうのに、いきなり異世界に行け? 契約だから拒否権はない? ふざけるのも大概にしろ! 世界を見守るなんてご大層なことを言っておきながら、実際には救いの手も差し伸べてくれないクセに自分の都合ばかり押し通しやがって! 神だか何だか知らないが、契約だからって、親が決めたことだからって、納得すると思うな! 神ごときが何様のつもりだ!」
叫びながらも、俺は頭の中で考える。理屈を捏ねる。
理不尽は許せない。でも契約を解消することはできない。何があっても。
どちらもどうにかできないのであれば落としどころを見付けるしか方法はない。そして、それはきっとここだ。
「けど立川たちと離れられるならそれに越したことはない。俺の友人たちのフォローをしてくれるのなら、立てた誓いを果たせるなら、俺はこれ以上拘泥するつもりはない」
納得したわけじゃない。理不尽を許容したわけじゃない。彼らの契約に頭から従うわけじゃない。神である彼らからしたら、きっと小さな抵抗だ。けど、それでも、ただ従うだけで抗うこともできないのはまっぴらだ。
断言するように言った俺の言葉に対し、それでも一向に笑みを崩す気配のない好青年男神は納得したように言う。
「キミは地球から出ても良い。僕たちはキミをアストラルに連れて行きたい。つまり利害は一致しているということだね」
憎たらしいくらいの笑顔で言う『聖書の神』に向かって創造神アレクシアは頭痛を堪えるように頭に手を当てた。
「『聖書の神』、その言い方はあまりにも不謹慎です」
「良いじゃないか、アレクシア。その場その場で主義主張が変わる感情論よりもこちらの方が分かりやすくて良い。そうだろう?」
うんざりしたように「はぁ~」と溜め息を吐くアレクシア。何だか、ちゃらんぽらんな上司に頭を抱える部下のようにも見えたけど、アレクシアの方が若輩者だという話だったから、あながち間違いでもないのかもしれない。
「それで、そのアストラルというのはどんな世界なんですか?」
怒りに振られた感情を深呼吸して整え、意図して冷静に努めながら肝心な部分を問う。異世界に渡ることが覆しようのないことである以上、せめてその世界がどんなものなのかは把握しておきたい。
「キミの言葉で分かりやすく言うなら、ファンタジーの世界ですね。剣と魔法の世界と言えば想像が付くでしょう」
つまりオークやゴブリン、果てにはドラゴンまでいる世界ということか。
「まぁ、あるのは魔法ではなく魔術なのですけれども」
「その二つには何か違いがあるんですか?」
ほとんど似たようなものだと思うんだけど、何か明確な定義があるのだろうか?
「まず魔術と魔法の共通する箇所としては、どちらも魔力と呼ばれる力でこの世の事象・万物に干渉し、操ります」
「……魔力で摩訶不思議なことを起こす術ってことですか? それが魔術であり魔法であると?」
「物凄くざっくばらんな言い方ではありますが、概ねその通りです」
肯定したアレクシアはさらに説明を続ける。
「それで魔術と魔法の違いは、魔法陣と詠唱を用いるかどうかです。魔術は魔法陣を展開して詠唱を唱え、術式名を言うことで成立します。ですが魔法は魔術の上位に位置するということもあり、魔法陣の展開も詠唱を唱える必要も術式名を言うこともなく、魔力と想像力だけで成立させます」
魔力と想像力だけでって……それを聞くだけでも魔法が凄まじいものだということが分かる。
「魔法へ至れる者は極少数であるため、魔法を使える者はまずいません。大抵が魔術を使用します。なので魔力を流すだけで込められた――炎を出す、風を纏わせるといったレベルの単純な魔術的効果を発揮する魔法剣や魔法弓を扱う者は、厳密には魔法を使っているわけではないので、魔術剣士や魔術弓兵と呼ばれるのが一般的です」
ふむ。それほど魔法というのは特別なものなんだな。
「それと、アストラルではスキルやステータスも存在します」
「まるでゲームみたいですね」
「実は能力値を管理するのに都合が良かったので、そのゲームを参考にさせてもらいました。ただ、これについてはまだ阿頼耶君は見ることができません。厳密にはまだキミは地球にいますから」
まぁ、見たところで大したステータスじゃないだろうから、アストラルに行ってから確認すれば良いだろう。聞きたいことはそれこそ山ほどあるが、先立って聞かなければならないことは粗方聞いたかな。
「大体のことは分かりました。それで、父さんと母さんが契約を交わして俺が一七歳になったので、このままアストラルへ転移するんですか?」
おそらくそのために来たのだろう。わざわざ説明してくれたのはリップサービスで、彼らの本来の仕事は俺を異世界転移させることのはずだから。
そう思って聞いた俺の言葉に、しかし『聖書の神』は首を横に振った。
「ところが、実は今すぐというわけにもいかないんだ。ねっ、アレクシア」
ん? 一体どういうことだ? この二柱は俺を転移させるために来たんじゃないのか?
疑問を抱いていると、『聖書の神』が求めた同意に頷いたアレクシアが説明を始めた。
「実はアストラルのとある国で【勇者召喚の儀式】が行われようとしていまして、その術式が阿頼耶君の転移召喚に干渉してしまったのです」
「タイミングが悪かったってことだね。本来ならキミの言う通り、今すぐ転移してもらう予定だったんだけど、その【勇者召喚の儀式】に引っ張られて召喚されてしまうんだ」
「じゃあ、その勇者召喚に巻き込まれる形で、勇者と共に召喚されるということですか?」
「そういうことだね」
「ちなみに、その【勇者召喚の儀式】について詳しく聞いても?」
「魔王討伐のために異世界から勇者たちを召喚する大規模魔術儀式のことです。召喚される人数は毎回四〇人と決められています」
何度も勇者のことを複数形で話していたからもしやとは思っていたけど、やっぱり勇者は複数人いるのか。それにしても、四〇人だって? たしか聖戦時に活躍した『解放者』は二〇人で、その中にはアストラル出身者も含まれる。圧倒的に数が少ないが、他の勇者たちは聖戦の時に戦死したのだろうか?
「聖戦の時に召喚されたのも四〇人でしたが、その中で最も強かった一三人とアストラル出身者の七人が『解放者』と呼ばれていたのです」
「他の二七人はどうしたんですか?」
「もちろん、活躍していましたよ。突出していたのがその一三人というだけで、他の戦闘職の勇者も戦っていましたし、生産職や補助職の勇者も自らのスキルを活用してバックアップしていました」
目立たなかっただけで活躍はしていた、と。そもそもその一三人が目立ち過ぎたのか。
「ここでまた謝罪せねばならないのですが、今回の【勇者召喚の儀式】で呼ばれることになったのは……阿頼耶君、キミのクラスメイトたちなのです」
「…………は?」
予想外の言葉に、俺は頭の中が真っ白になった。