第169話 新人近衛侍女の受け入れ
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阿頼耶たちがエクレストン公爵令嬢と偶然の邂逅を果たしていた頃、セツナとセリカの二人は妖精王国アルフヘイムに訪れていた。
案内されたのは王城内にある広々とした応接室。隣り合わせでソファーに座る二人はテーブルの上に並べられた紅茶やクッキーを食べながら会話する。
「今日、対応してくれるのはどなたなんですか、セリカさん? ティターニア女王陛下じゃないんですよね?」
「ティターニア女王陛下はお忙しいとのことで、本日はアザレア様が対応してくださると伺っております」
忙しい理由は、以前に起きた『瘴精霊事件』の後始末に追われているからだ。
役職を解任された元軍務大臣兼妖精兵団団長ジスルフィド・カルドーネの後釜の選出、壊れた闘技場の修繕、事件をきっかけに表面化した混血差別に対する意識改革などなどやることが多い。
そういった事情からアルフヘイムを救った『鴉羽』にティターニア女王が対応できないので、アザレアが対応することになったのだ。
「つーか、今回受け入れるっつー新人ちゃんって何人なわけ?」
「おいパウル。あまりチャラチャラした喋り方をするな。失礼だぞ」
「んな固ぇこと言うなって、ルーカス。誰にも迷惑かけてるわけじゃねーんだしさ☆」
「まったく。兄様が何も言わないからと調子に乗り過ぎなのだ、貴様は」
彼女たちの背後から話し掛けてきたのは二人の男性。
チャラ男のような軽い口調で話す赤い髪にバンダナ、袖を捲って着崩した赤いワイシャツに似た服を着た青年――パウル・ドライグと、反対に固い口調なのは白い髪を七三分けにした白スーツのような服を着た青年――ルーカス・グウィバーだ。
二人は『ウェールズの赤い龍』と『ウェールズの白い龍』という、イギリスはウェールズにおいてセットで語り継がれている龍族で、今回セリカとセツナはこの二人にアルフヘイムまで送ってもらったのだ。
「四名ですね。前回の武闘大会で勝ち抜いた本選出場者をスカウトしたようです」
前回は武闘大会開催中に、セリカの従姉妹であるブルーベル・ガリアーノが魔水晶に封入されていた瘴精霊を解放してしまったため大会は中止となったが、だからといって大会出場者に何の救済処置もないというのは不憫な話だ。
そこで、ティターニア女王は本選通過者に限りスカウトしたわけである。
本選出場者は全てで一六名。先の事件で刑に処されたブルーベル・ガリアーノと死亡したアルキン・カルドーネ、それと『鴉羽』に所属したセリカを除けば残りは一三名で、内八名は男性なのでそちらは妖精兵団が引き取り、残り五名が近衛侍女にスカウトされた。
スカウトを断った一人を除いた四名が『鴉羽』で預かる新人の近衛侍女となる。
(とはいっても今回はあくまでも一時的に預かるだけなのよね。期間が終了すればアルフヘイムに帰さないといけないから、カルダヌスに帰ったら人材募集をかけないと)
頭の中で予定を立てていると、カチャと応接室の扉が開いた。
「待たせちゃってごめんなさいね」
謝罪の言葉と共に入室したのは、森妖種の特徴である緑色系統の髪と瞳に豪華なドレスに身を包む姫君――アザレア・フィオレンティーナ・ニコレッティだ。彼女の背後には御供に近衛侍女が二人随伴していた。
セリカとセツナはソファーから立ち上がって低頭する。
「Bランク冒険者パーティ『鴉羽』所属、セリカ・ファルネーゼ並びにセツナ・アルレット・エル・フェアファクス、参上しました」
「よく来てくれたわね。さぁ、掛けてちょうだい」
元々今回の話を受けたのがセリカということもあって、彼女が代表して挨拶をすればアザレアは一つ頷きを返して着席を促す。
二人はアザレアが先に座ったのを確認してからソファーに座り直した(パウルとルーカスは護衛兼運搬の役割として同伴しているだけであるため、アザレアが入室してからもずっと直立不動のままだ)。
話は真っ先に新人近衛侍女……ではなく世間話から始まった。
「ここまで来るのに問題はなかった?」
「はい。『瘴精霊事件』での報酬として用意してくださった勲章のおかげで、スムーズにここまで通してくださいました」
「そう。役に立ったようで良かったわ」
彼女の視線の先――二人が着ている黒い外套『夜天の鴉』の左胸に施された『鴉羽』の紋章の下には、とある勲章が輝いていた。
火精宝樹章。
アルフヘイムを表す世界樹を模した国章と四大元素を司る四大精霊のうち火精霊の紋章が描かれている、アルフヘイムにおいて二番目に栄誉ある勲章で、以前の『瘴精霊事件』でアルフヘイムを救った報酬にセツナ、ミオ、クレハ、そしてセリカが『アルフヘイムにおいてその身分を保証する』という意味で授与されたものだ。
ただ、セリカの場合は理由が少々異なり、『有史以来、初めて瘴精霊の魔物化から逃れた存在』として授与されたのだけれども。
ちなみに、阿頼耶の持っている勲章は彼女たちより上の『四精宝樹章』という、アルフヘイムで最も栄誉ある勲章だ。
世界樹を模した国章と四大精霊すべての紋章が描かれており、授与者の身分を『妖精女王』と『精霊の巫女姫』が保証し、その名をのもとにアルフヘイムの実権を有することを認めるという、『精霊の巫女姫』と同等の権限を持つことを許された勲章だ。
この勲章があったため、セリカとセツナの二人は本来なら厳しい身元の検査を大幅に省略して王城へ入ることができたのだ。
「その後、『鴉羽』での活動はどう?」
「大変充実した毎日を過ごしております。この前も極東の島国『ヤマト』へ赴いたのですが――」
セリカはアザレアに、アルフヘイムから旅立った今日までの出来事を話した。もちろん、ヤマトの事件のように内政に関わるようなものはボカしてだが。
「ふふふっ。そう、御子息は梨花も救ったのね」
口元に手を当てて、クスクスとアザレアは懐かしげに笑う。
(そういえば、アザレア様は梨花様とリリア様と幼少期から交流があったのだっけ)
アザレアは『妖精の巫女姫』であるため、同じ三大巫女姫の『付与の巫女姫』楊梨花と『召喚の巫女姫』リリア・メルキュール・オクタンティスとも昔から交流があったのは有名な話だ。
しかし、幼少期はまだしも今ではそれぞれ国政を担う立場で忙しいため、気軽に会うことはできない。お互いの状況を知ることはできないため「今頃どうしているか」と気に掛けていたが、セリカから話を聞いて安心したのだ。
「では、そろそろ新人受け入れの件に関しての話をしましょうか」
雑談もそこそこに本題に入る。傍に控えている近衛侍女の一人から四枚の紙を受け取ると、彼女はそれをテーブルに広げた。
「今回、『鴉羽』の皆様に受け入れてほしい新人たちはこの四人よ」
広げられたのは新人たちの経歴書だ。
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カトレヤ・プロネル 231歳 女性
レベル :73
種族 :妖精族/森妖種
職業 :精霊魔導士
契約精霊:火精霊、水精霊、風精霊、土精霊
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キャラウェイ・ロッシーニ 290歳 女性
レベル :70
種族 :妖精族/暗森妖種
職業 :魔術弓兵
契約精霊:水精霊、樹精霊
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イキシア・バスティアニーニ 226歳 女性
レベル :75
種族 :妖精族/嘆妖種
職業 :魔術剣士
契約精霊:火精霊、風精霊
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ラナンキュラス・ドロヴァンディ 268歳 女性
レベル :72
種族 :妖精族/絹妖種
職業 :魔術槍兵
契約精霊:水精霊、土精霊
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一通り経歴書を見てからセツナ(数人の関係者しかいないということもあって今は認識阻害と染髪の効果を持っている魔道具は外している)はポツリと言った。
「予想はしていましたけど、やっぱりコンスタンツォさんはスカウトを断ったみたいですね」
「彼女は武闘大会優勝に拘っている変わり者だから」
同意を示すように肩を竦めたアザレアは紅茶を口に含む。
マリーゴールド・コンスタンツォも武闘大会本選に出場したのでスカウト対象者なのだが、本人は武闘大会優勝にしか興味がないので毎回妖精兵団や近衛侍女からスカウトがきても断り続けている。
今回もスカウトを断ったようだ。
「じゃあ、この四人で確定ですね」
「準備の方は整っているのでしょうか?」
「ごめんなさい。それはまだなの。まさかこんなに早く来てくれるなんて思っていなかったから」
これについては仕方ないだろう。アルフヘイム側もまさか連絡してからこれほど早くセリカたちが来るなんて予想できるはずもないので、新人四名に荷造りの指示を出せなくて当然だ。
それを分かっているセリカとセツナは頷き合って理解を示す。
「これから新人たちに荷造りの通達を出すから……そうね、二日ほど待ってくれるかしら? それまでは森都でゆっくりしていって」
アザレアの言葉で、森都での数日の滞在が決まった。




