第166話 冒険者たちからの嘆願書
朝食を済ませば後は各々で好きなように過ごすことになった。
ここ最近はいろんな事件に首を突っ込んだのでしばらくは休息を取ることになり、仕事をするにしても軽めのものにすることになったのだ。
そんなわけで、俺は椎奈、テオドール、テレジアさんの三人を連れて冒険者ギルド『アルカディア』フェアファクス皇国フレネル辺境伯領カルダヌス支部へとやって来た。
目的は三人の冒険者登録だ。昨日は三人が住めるように最低限の家具を用意するだけで終わったからな。
万全の状態なら家具の用意と冒険者登録くらい一日で終わらせることができたんだけど、さすがにみんな疲労が溜まっていた。冒険者登録は翌日の今日にして、各々で必要な物は後日購入することになった。
「おはよう、レスティ」
「あら、おはようございます、阿頼耶さん」
冒険者ギルドの制服に身を包む白い兎耳を生やした人兎種のレスティに挨拶はすれば、彼女は笑顔で応えてくれた。これだけで何人かの男は勘違いして言い寄りそうだ。
事実、冒険者ギルドの受付嬢は全員顔立ちが整っているので、冒険者からデートを申し込まれる人は多いらしい。というのも、受付嬢からしたら腕の立つ冒険者は優良物件という認識のようで、受付嬢たちの方もランクの高い冒険者にはアプローチを掛けているのだとか。
だから彼女たちは自分磨きには余念がない。彼女たちの外見が整っているのも、そういった努力の賜物というわけだ。
「お久しぶりですね。ここ数日ほど依頼を受けていなかったみたいですけど……風邪でも引きました?」
「ちょっとヤマトに行っていたんだ」
「……はい?」
率直に事実を伝えるが、レスティは顔を引きつらせる。本来なら船で片道二週間はかかる距離を数日で往復しているのだから驚いているのかもしれない。
しかし彼女も俺たちが高速で移動する手段を持っているのを知っているのですぐに持ち直す。それを確認してから俺は言葉を続けた。
「で、ちょっといろいろあってな。この三人が仲間になったから、冒険者登録をお願いしたいんだ」
「三人、ですか? 二人しかいないようですけど」
え? と後ろを振り返ってみれば、たしかにそこにはテオドールとテレジアさんの二人しかいなかった。
「…………………………椎奈? お前なにしてんの?」
「ぴぃ!?」
気付けば椎奈はいつの間にか俺の背中にピッタリ引っ付いて身を隠していた。人見知りなのは知っているが、何もここまで怖がらなくても良いだろうに。めちゃくちゃガタガタ震えているじゃないか。
「どうしたんだ?」
「だ、だって……人が、いっぱい……」
あぁ、注目されて萎縮しているのか。
身長が二メートル近くある騎士鎧を着た男に魔女の格好をしたダウナー系の美女、それにフードを目深に被った謎めいた女性とくれば、エントランスにいる冒険者たちが気になって視線を向けるのも仕方ない。
肩を落とすように息を吐けば、ボソボソと背中から震える声が聞こえた。
「(怖いよぉ……視線怖いよぉ……なんで、そんなジロジロ見てくるのぉ? ヤだよぉ……怖い顔ばっかりぃ……おうち帰るぅ)」
……俺と戦っていた時はあんなに凛々しくて勇ましかったのになぁ。戦闘時と普段とのギャップが凄い。
ただ、何かこう……びくびく怯えている椎奈を見ていると妙に加虐心がくすぐられるんだよな。無理やり前に出したらどんな反応をするんだろう、とか考えてしまう。本気で嫌がりそうだからやらないけど。
刺激される加虐心を抑えて、レスティに向き直る。
「今日はその三名の登録だけでしょうか?」
「そうだけど……何か急ぎの用でもあるのか?」
「実は支部長から『顔を見せたら支部長室に通すように』と言われているんです」
「支部長が? (……例の件で何か問題でも起こったのか?)」
声を潜めて問い掛ける。
例の件とは、以前ミオとクレハが関わった違法奴隷事件のことだ。事件解決後はフェアファクス皇国護国騎士団第八部隊が売り飛ばされてしまった奴隷たちを探すことになり、皇家御用達の情報屋エストの情報網によって違法奴隷たちの居場所は判明し、次々と救出された。
残りの違法奴隷たちがいる場所が三ヶ所ほどになったのが、俺たちがヤマトに行くちょっと前のことだ。
その残りの居場所で何か問題でも発生したのだろうかと思ったのだが、どうやらそういうわけじゃないらしい。レスティは首を横に振った。
「いえ、その件ではなくて、昇格の話です」
これはこれで首を傾げる内容だった。
本来、冒険者の昇格――ランクアップには同専門系同ランク以上の依頼を十回以上達成しなければならない。例えば、Cランクの討伐専門冒険者ならCランク以上の討伐系の依頼を十回達成する必要がある。これは最低条件で、他にも人柄などを見る。
で、俺はBランクの全般専門冒険者。Bランク以上の討伐、採取、護衛、雑務、特殊の依頼を十回ずつ達成しないといけないのだが、討伐、採取、雑務はこなしているが護衛はセリカの時に一回で特殊は全く受けていない。
だから昇格に必要な最低条件をクリアしていないはずなんだけど……どうしてここで昇格の話が出るのだろうか?
疑問に思ってレスティに訊くが、彼女は困ったような表情を浮かべた。
「それが私も詳しくは聞いていないんです。なので、そちらのお三方の冒険者登録だけで今日は何も予定がないのでしたら、支部長室に来てくれませんか?」
そこで支部長が説明してくれるのだろう。幸いなことに今日は他に用事もない。支部長の呼び出しに応じることにし、三人に冒険者登録の用紙に必要事項を書いてもらってから、俺たちは支部長室へと向かった。
ただ、向かう前に登録用紙を渡した時にレスティの顔が引きつっていたけど、どうしてだろう?
「率直に言えば、キミにはAランク昇格試験を受けてもらうことになりまシタ」
支部長室に入るなり、そう言われた。
テーブルを挟んだ正面向かいに座るのは、見た目は一九歳ほどの女性にしか見えない、セミショートの金髪に青い瞳をした彼女がフェアファクス皇国フレネル辺境伯領カルダヌス支部の支部長、ラ・ピュセルである。
特筆すべき点が見当たらないほどに平凡な顔立ちをしており、田舎の村娘と言われた方が納得できるような人だが、これでも上位種の聖人で、アストラルに五人しかいない『最高位に至る者』の一人で、『御旗の聖女』という称号を持っているのと同時に魔術師系統上級職の一つ『聖女』に就いているS-3級冒険者だ。
「どうしてです? 俺はまだ昇格に必要な条件を満たしていないはずですけど」
「理由はこれデスヨ」
支部長がテーブルの上に置いたのは一つの紙の束だ。かなりの量があり、おそらくは百近くはあるんじゃないだろうか。
「カルダヌス支部で活動している冒険者たちからの嘆願書デス。キミをAランクに昇格してくれというネ」
「は!? ちょ、何でそんなことに!? たしかにアイツらとは仲良くはしているけど、だからって嘆願書を出してもらえるほどじゃない。というか、いくらなんでも嘆願書を出したからって昇格させるなんて無理でしょ」
「えぇ、嘆願書を出して昇格させる制度なんて存在しませんカラネ。普段なら棄却するところデス」
「じゃあ、どうして?」
「キミが原因デスヨ」
「俺の?」
正直心当たりがない。
聞き返す俺に、支部長はその原因を列挙していく。
「本来なら半日は掛かる下水道掃除をわずか数分で終わらせたり、一気に大量の薬草を採取して来たり、数日は掛かる複数の村で起こったゴブリンの被害をたった一日で終息させたり……Aランク上位の冒険者ならまだしもBランク冒険者じゃ不可能なことを立て続けにやったせいで他の冒険者から苦情が来ているんデスヨ。『Aランク並みの仕事をしているのにBランクのままだから依頼主が「鴉羽」を基準に考えてしまう。お願いだから早くAランクに上げてやってくれ』とネ。制度がないとはいえ、こればかりは承認せざるを得ないデスヨネェ?」
ジト目で言われ、俺は思わず顔を背ける。
やばい。ちょっと調子に張り切り過ぎた? い、いやだって仕方ないじゃん。雑務系の依頼って労力の割に報酬が少ないせいで誰もやりたがらないから溜まっていて職員の人たちも消化できず困っていたみたいだし。
「今後は自重しなサイ」
「はい。ごめんなさい」
全面的に俺が悪いので、ここは素直に頭を下げる。彼女は一度溜め息を吐いてから、
「討伐、採取、雑務は規程をクリアしているので問題はありませんが、護衛が一回で特殊がゼロなので、少なくとも三回ずつ達成している状態にしてもらいマス」
つまり護衛依頼をあと二回、特殊依頼をあと三回達成する必要がある、と。さすがに全くのゼロのまま昇格させるわけにはいかないらしい。
「依頼はこちらで見繕いまショウ。まぁ、キミなら問題なく達成できるでしょうケド」
今までミスらしいミスをしたことがないからだろう。規程で仕方ないとはいえ、受けたのは実力よりも低いランクの依頼ばかりだからな。ミスなんてしようはずもない。
差し当たり、護衛依頼を一つ受けることになった。他はまた後日に見繕うとのことだ。
「さて、私の用事はこれで終わりですが、このままキミの方の用事もついでに終わらせてしまいまショウ。そちらの三名が、冒険者登録に来た人たちデスネ?」
「えぇ、ヤマトに行った時にいろいろあって、仲間になりました。『禁獄の勇者』の椎奈、純血の巨人族のテオドール・クロイツァー、『秘薬の魔女』の選定者で『魔女』のテレジア・エアハルトです」
改めて三人を紹介すると、傍で控えていたレスティから登録用紙を受け取った支部長はピタリと動きを止めた。
「……私も歳でショウカ? 何だか、あり得ない単語が聞こえた気がしまシタ」
ハハハッ、と苦笑いを浮かべて登録用紙を見た支部長は、仰ぐようにして天井を見上げて言った。
「もうやだこの子。ちっとも自重しナイ」
登録用紙を見て、俺の言ったことが聞き間違いでも何でもないことが分かったようだ。レスティに登録用紙を渡した時に驚いた表情をしていたが……そうか、三人の職業や種族に驚いていたのか。
ポツリと嘆くように言った支部長にちょっと申し訳ない気持ちになるな。
「アストラル勇者に純血の巨人族に魔術師系統上級職の『魔女』。私でさえ一人でも会えるかどうかというレベルなのに、それが三人も集まるナンテ……」
頭が痛いと言わんばかりの反応だ。
国に属していればという前提条件はあるが、勇者に関してはSランク冒険者である支部長なら国に申請すれば(それでもいくつか条件があるが)会うことは可能だ。
しかし絶滅危惧種である純血の巨人族や取得条件が厳しいから中々獲得者がいない魔術師系統上級職の『魔女』は数自体がかなり少ないため、さすがの支部長といえども今まで会ったことがなかったようだ。
それなのに、俺は一気に三人も遭遇した。支部長が驚くのも当然だ。
深い溜め息の後、支部長は愚痴を溢すように言う。
「ただでさえ、キミが救世主の息子だって分かってどうしたものか頭を悩ませているというノニ」
アルフヘイムで起きた瘴精霊の事件。あの事件で俺は母さん――救世主の一人である『聖騎士』ミシェル・ローランが所持していた聖剣『デュランダル』を使って大立ち回りをした。
そのせいであの闘技場の映像を視ていたアルフヘイムの住民たちや観光客たちには俺が『救世主の息子』であることが知れ渡った。
このアストラルにおいて『救世主』という存在は五〇〇〇年の長い時の中でも色褪せないほど大きな影響を与えている。信仰と言っても良い。
だから『救世主の息子』である俺がカルダヌスに戻ったら大騒ぎになるはずだったんだが、しかし何も起こらなかった。
というのも、直接見た者はまだしも、人から聞いただけの者は五〇〇〇年前に活躍した救世主の間に生まれた息子が今になって現れるなんて信じられるようなものじゃないからだ。それこそ、俺がその場でデュランダルを使うか、ティターニア女王が公言しない限りは。
支部長が知っているのは、アルフヘイムに密偵を送っているからだろう。セツナが言うには、周辺国に自国のスパイを送り込むのは当たり前のことらしい。
「えっと……何か、すいません」
「いいえ、私の方こそ取り乱しまシタ。ともかく、記入に問題点はないようですから登録はしておきマス。キミのパーティに所属させれば良いんデスネ?」
「はい。お願いします」
何はともあれ、三人の登録は無事に終了した。




