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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5.5章 鴉たちの休日編
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第165話 たまにはその歩みを緩めよう

 キュアノス東方大陸のヤマトからクサントス中央大陸のフェアファクス皇国フレネル辺境伯領カルダヌスに帰った二日後の雷の月の九番(九月九日)の早朝。


 俺――雨霧(あまぎり)阿頼耶(あらや)はフレネル辺境伯領の領主であるバジルさんからもらった屋敷の隣にある土地にいた。


 バジルさんからもらった屋敷と同じ敷地面積があるそこは五階建ての建物と広々とした訓練場があった。元は俺たちの屋敷と似たような屋敷が建っていたのだが、そこを買い取って新しく建てたのだ。


 お金に関しては、冒険者としての仕事の他にも武器職人としてバンブーフィールド商会に武器を卸したり、妖精王国アルフヘイムや東方三大国から事件解決のお礼としてかなりの額のお金をもらったりしているので、何ら問題なく購入できた。


 購入した理由は、クレハの以前の言葉だ。



『冒険者として働けなくなった場合に備えて何か手に職を付けるべきですわ』



 そんなわけで、俺は武器作成の武器職人、セツナは魔術研究の魔術師、ミオはタリスマンを作る付与彫金師、クレハは硝子職人、セリカはメイド、テオドールは作物を作る農夫、テレジアさんは香油や薬を作る調香師兼薬師、椎奈は医者で決まったわけなんだが、それぞれが作業をするには今の屋敷では少々広さが心許ない。


 いや、セリカは屋敷で働くから場所なんていらないし、俺を含めた他の面子に関しては街中で店舗や土地を持てば良いだけの話なのだが、みんな内装や設備に拘りがあるようで、それぞれの条件を満たすものがあるか怪しかった。


 それに静かな所で作業したいから屋敷の近くが良いというのがメンバー大半の要望だった。


 そういうわけで、昨日のうちに空き家だった隣の屋敷を土地ごと不動産屋から購入して、みんなの要望を満たすように屋敷を作ったのだ。


 作ったのは俺とセツナとセリカの三人。一度俺が【錬金術】スキルで元あった屋敷を解体・分解して素材に戻し、俺とセツナが土属性魔術で、とセリカが新たに契約した樹精霊(ドライアド)による土の精霊魔術で建てていった。


 訓練場は一階建てだが、工房は全員の作業場を詰め込んだので五階建てになっている。一階には談話室や応接室といった共有スペース、二階には俺の鍛冶場とセツナの魔術工房、三階にはミオの彫金工房とクレハの硝子工房、四階にはテレジアさんの調香と調薬工房と椎奈の錬金工房、五階にはセリカの裁縫部屋がある。


 本来なら鍛冶場や硝子工房は大きな竃を必要とするので設備の重量や火の扱いなどの観点から一階が望ましいのだが、そこは俺の【錬金術】とセツナの魔術で工房全体の強度を上げたり煙を外に排出する機構を設けたりすることで問題を解決した。


 それが昨日のこと。

 さらに翌日の現在、俺は訓練場にてミオと手合わせをしている。



「……ふっ!」



 浅く力強い呼吸を放ってミオが赤の魔槍『ゲイ・ジャルグ』で突く。半身になって躱した俺は『ゲイ・ジャルグ』を左手で掴み、投げ飛ばした。



「――っ」



 空中で体を捻って体勢を整えたミオに追撃すべく接近した俺は握っていた魔法槍で薙ぐ。赤の魔槍『ゲイ・ジャルグ』と黄の魔槍『ゲイ・ボー』を交差して防御したミオは勢いを利用して俺から距離を取ってすぐさま攪乱のためにジグザグに体を振る。


 それだけではない。ミオの通った場所をなぞるように雷の軌跡が瞬く。


 ケラウノスを纏うことで瞬間的に雷の如き速さで動く強化系の技――【迅雷(じんらい)】を使っているのだろう。これを使えばミオは一瞬だけ雷の速さで動くことができるようになる。


 おそらく、単純な速力においてミオは『鴉羽(からすば)』でトップだろう。

 並みの相手では反応すらできずに槍の餌食になっただろうが、付け入る隙はある。


 雷の速度で肉薄して『ゲイ・ジャルグ』で猛烈な突きを放つミオを俺は半身になって躱し、すれ違い様に魔法槍の柄で薙ぐようにして腹部を殴打した。



「ぐっ!」



 人猫種(ウェア・キャット)の少女の口から空気が漏れ出る。


 彼女の使う【迅雷】は動体視力や反射神経ではなく単純に肉体の速度だけを強化している。これは速力を上げる無属性身体強化魔術【速力強化(アクセル)】と同じだ。


 ただ、【迅雷】の場合は出せる速度が圧倒的に上で、しかし方向転換できないという欠点がある。しかもあらかじめ通り道を設定しなければならず、動く直前には纏った雷の出力が上がってしまうので、先読みされてカウンターを叩き込まれるリスクも存在する。出した速度分の衝撃も加算されるから、受けるダメージは大きい。


 とはいえ、この速度に対応できるのはAランク上位以上の実力を持つ者くらいだ。


 苦しそうに眉間に皺を寄せて後退するが、体から発せられていた放電が止まった。【迅雷】がキャンセルされたのだ。


 ミオが魔槍を握り直して体勢を立て直そうとするが、それよりも速く俺は一瞬で近付き、魔法槍の穂先を彼女の喉元に突き付けた。



「……っ。参り、ました」



 決着が付き、俺は魔法槍を下ろした。



「【迅雷】は充分に実戦で役に立ちそうな技だけど、まだ改良の余地はありそうだな」


「……ん。直接的にしか、動けないのは仕方ないけど、技の『出』を読まれることと、攻撃を受けたら解除されるのは、どうにかしたい」


「称号の方は?」



 聞くと、彼女は首を横に振った。



「……【槍術】スキルは獲得できたけど、駄目だった」


「そうか。……【槍術】と【剣術】のスキルを獲得できればディルムッド・オディナの称号を獲得できると思ったんだけどな」



 俺が刀ではなく槍を使ってミオと模擬戦をしていた理由はこれだ。彼女に、かのフィオナ騎士団の一員であるディルムッド・オディナの称号を獲得させるためだ。


 ヤマトでの戦いでミオは『ゲイ・ジャルグ』と『ゲイ・ボー』を手に入れた。これによって彼女は『モラルタ』と『ベガルタ』を合わせて、ディルムッド・オディナが使っていた武器を全て入手したことになる。


 しかし、それでも彼女は称号を手に入れることはできなかった。


 俺はてっきり彼女がまだ【槍術】スキルを獲得していないからと思ってこうしてお互いに槍を使って模擬戦をしたんだが、どうやらそう簡単なことではないらしい。



「【剣術】、【槍術】、【魔剣適性】、【魔槍適性】。関係のありそうなスキルは手に入れたはずだけど」


「……それでも、まだ何か足りない?」


「そういうことなんだろうな」



 こういった選定者になれる英雄や偉人の称号は獲得条件が不明な箇所が多く、調べても全ての条件が分かる称号なんてない。選定者になれる人が一握りしかいないから条件を洗い出せないからだ。


 まだミオが持っていなかった【槍術】スキルを獲得しても足りないってなると、他には何が必要なんだろう? セツナが『早撃ちの射撃王(ビリー・ザ・キッド)』の称号を獲得した時はどうだったっけ?


 たしか……【銃術】スキルがLv.一〇になったと同時に獲得したって言っていたな。となると、もしかしたら【剣術】と【槍術】のスキルレベルが一〇に到達しないと獲得できないのかもしれない。


 現在、ミオの【剣術】スキルのレベルは七。【槍術】は今さっき獲得したばかりなので一しかない。俺の予想が正しいのなら、ディルムッド・オディナの称号を獲得するには、ここからさらにスキルレベルを上げていく必要がある。



「ステータスなんてゲームみたいなシステムがあるのに攻略本はないんだよなぁ。あれば一発で分かるのに」


「……?」



 攻略本という単語に聞き覚えがないようで、ミオは無表情ながらも可愛らしく小首を傾げた。その直後、訓練場の扉が開いて誰かが入ってきた。


 視線を向けると、そこにはアップヘアーにした翡翠色(ひすいいろ)の髪に同色の瞳が特徴的な女性――半森妖種(ハーフエルフ)のセリカ・ファルネーゼが、自身と契約を結んでいる風精霊(シルフ)のルルと人畜無害な蜘蛛の魔物であるフィル・アレニエのケダマを肩に乗せて佇んでいた。



「おはよう、セリカ」


「……おはよう」


「おはようございます、ご主人様、ミオちゃん」



 クラシカルなロングスカートのメイド服を身に纏い、体の前で両手を重ねて綺麗に頭を下げて朝の挨拶を言えば、ルルとケダマも『よっ』と言わんばかりに気安い調子で片手を上げた。



「朝食の準備ができたのでお呼びに参りました」


「もうそんな時間なのか」


「……むう。もうちょっと、手合わせしたかった」



 少し不満そうな声を漏らすミオ。【迅雷】の改善点が見付かったからその修正をしたかったようだ。だからといってセリカがせっかく作ってくれた朝食を無碍に扱うつもりもないようだ。


 二本の魔槍を『虚空庫の指輪』に収めるのを確認し、俺たちは揃って屋敷の食堂へと向かった。

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