第17話 初恋を捧ぐ
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私は男の人が嫌いだった。
大きい体と高い背丈が怖くて、粗暴で自分勝手で、嫌がらせをしてくる男を見咎めた優李ちゃんと喧嘩しちゃうから、尚のこと好きにはなれなかった。
だから優李ちゃんからキミのことを聞いた時は、正直すごく警戒した。もしかしたら優李ちゃんを騙して近付いたんじゃないかって思って、もしそうなら優李ちゃんを守らないと、ってそう思っていたの。
でも実際に会ってみたら、何て言うか……拍子抜けしてしまうほど『普通』だった。
だからかな。キミは他の男の子とは印象が違った。
男の子を前にしたらまず恐怖心が先立つのに、キミが相手だと全然怖くなかった。疑心から始まった繋がりだけど、いつの間にかキミとの会話を楽しむようになっていた。幼馴染みの北条君を除けば、こんなに肩肘張らずに男の子と話せるなんて初めてだった。
まぁ、キミは聞き上手ではあるけど話し上手じゃないみたいだから、いつも私が話し掛けないといけなかったけどね。
でも、そっからだった。キミに興味が芽生えたのは。
趣味とか好きな食べ物とか、そんなことが気になり出して、知れば知るほど、もっとキミのことが知りたくなった。キミが本好きで、しかも私と似通った傾向の本を読むって知った時なんて嬉しかった。
だってさ、そういう……恋愛感情抜きで真面に会話できるのは、北条君だけだと思っていたから。
今も相変わらず私や優李ちゃんをそういう目で見てくる人ばかりだけどさ、キミっていう友達ができて、私は前よりもずっと上手く男の子と接することが出来た。普通にお話ができるくらいに、男の子が苦手じゃなくなったの。
優李ちゃんと阿頼耶君の練習風景を眺めて、たまに一緒に本の話題で盛り上がる。何気ない日々が何より楽しかった。
でもキミは、いきなり夜月神明流の道場を辞めちゃった。しかも、優李ちゃんにすら何も言わずに。
通っている学校を知っていれば会いに行くこともできたんだけど、あれほどキミに興味があったのにうっかりどこの通っている学校か聞き忘れていたんだよね。
思えばキミは、自分のことはあまり話さない人だったね。口下手で自分語りが苦手な感じがしたし。もしかしたら、そんなキミの雰囲気を読み取って、無意識に話題に出さなかったのかな?
結局、何も変わらないまま三年が過ぎて、お父さんがお友達の借金の連帯保証人になったことで代わりに返済しないといけなくなった時――私はキミと再会した。
キミは昔と変わっていなかった。
三年前より成長した姿は変わらず平凡な見た目で、昔のように覇気のない雰囲気をしていた。
何も変わっていない。そう思っていたのに、私が――姫川家が抱えていた借金問題をたった数日で解決しちゃった。
こんなの一体誰が予想できる?
キミは間違いなく凡人で、こう言ったら馬鹿にしているようだけど、私よりは確実に学力は低い。それなのに、私どころか大人だってそうはできないことをやってのけた。
常識外れもいいところだよ。私と同い年なのに、警視庁の刑事さんたち、公安のホワイトハッカーさん、有名女優さんと交友関係を持っているなんてさ。それだけで普通じゃないよ。
意識しないと記憶に残りそうにないくらいに平凡なのに。
お世辞にも格好良いとは言えないくらいに普通なのに。
特徴の無さが特徴だと言えるくらいに凡庸なのに。
苛烈なくらいに諦めない人だった。どうしようもない事柄を、『仕方ない』で終わらせない人だった。理不尽に対して当たり前に憤る人だった。
『そんなものであの人たちが救われるわけがないだろ!!』
私は忘れない。
『「娘を頼みます」って! 大の大人二人が! 誰よりも助けたかったはずのお前の両親が! そう言って部外者に頭を下げたんだよ!! 何よりも大切なお前を助けたいがために!!!!』
あの身を焦がすような激しい熱情を。
『助けたいからに決まっているだろ』
あの涙が滲むような真摯な言葉を。
『俺の言っていることは夢物語だ。ご都合主義だらけで、こんな残酷で冷たい現実しか突き付けてこない世界じゃ、あっさりとへし折られかねないような淡い理想だ』
あの現実を見据えながらも理想を追い求める心を。
『だからこそ、それを叶えようと動くヤツが一人くらいいたって良いじゃないか。みんなが笑って明日を迎えられる。そんな理想があったって良いじゃないか』
あの生命力に溢れた眼差しを。
『選べ、姫川紗菜。世界のクソッタレな現実を受け入れて一つの家庭が暗く沈んでいる未来か、甘い理想に手を伸ばしてそこを中心にいくつかの笑顔が増える未来か。お前は、どっちを選びたい?』
私は、一生忘れない。
……きっと、これがきっかけだったと思う。キミは私にとって、大切な友達から唯一無二の好きな人になった。
助けられただけで好きになるなんて、チョロいって思う? あははっ。確かにそうかもね。でもさ。自分のために自分以上に必死になってくれる人なんて、どれだけいるんだろうね? それで実際に助けられちゃったら、惚れるのも当然だよ。
大好きだよ、阿頼耶君。でも、この想いはまだキミに伝えられない。
キミから貰った恩は大き過ぎて、多過ぎて。
今はこの幸せを受け取ることで精一杯だから。
それでも、約束する。具体的な案はまったく浮かんでないけど、いつかはキミの役に立って、キミから貰ったものを返すね。
キミの役に立てるようになったその時は。
この初恋をキミに捧げるね。




