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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
閑章 追慕:姫川紗菜~初恋を捧ぐ~編
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第15話 天網恢恢疎にして漏らさず

仕事が忙し過ぎて全然書く時間が取れず、本当にすいません(_ _)

 同日の深夜、都内で夜の街とも称される場所にある雑居ビルの一つにて。


 年齢を誤魔化すためにスーツとカツラと眼鏡をかけて印象を変えている阿頼耶、それと荻野刑事と真壁刑事の三人はいた。スーツ姿なのはいつも通りだが、二人も阿頼耶と全く同じデザインの眼鏡をかけている。


 違法賭博が行われる場所というのはだいたいが雑居ビルで、それ以外の場所で行われることは非常に稀だ。今回もその例に漏れず、雑居ビルで違法賭博が行われていた。



『Anyway。場所が雑居ビルで良かったわね。これが一二海里離れた公海上のクルーズ船とかでやられていたら違法にならないから面倒なことになっていたもの』



 サンドリヨンから送られたメッセージが三人の眼鏡に表示される。


 三人がかけているのはスマートグラスだ。作戦を遂行するにあたって外部との連絡手段をどうするかという話になったのだが、さすがに堂々と耳にインカムを付けるわけにもいかないので、サンドリヨンがそれならばと提案したのだ。


 ちなみに元から銀縁眼鏡をかけていた荻野刑事はコンタクトレンズをしてからスマートグラスをかけている。


 パッと見て普通の眼鏡にしか見えないほどすっきりしたデザインなので、これならバレる心配はない。


 ちなみに阿頼耶たちから連絡する方法もきちんとあり、ネクタイを締めた襟の下には特殊な機械が声帯の位置に張り付いている。


 骨伝導マイクと呼ばれるもので、声帯の振動を拾うことで騒音をカットしてクリアに音声を伝えることができる。トンネル工事など伝達ミスが命取りになるような現場で導入されている代物で、声帯の振動を拾うという性質からコツさえ掴めば口を開かずに会話することも可能だ。



『サンドリヨンのおかげで無事に潜入できた。今のところ怪しまれている様子はなさそうですね』



 骨伝導マイクによって発せられた阿頼耶の言葉が変換され、二人のスマートグラスに表示される。骨伝導イヤホンというのもあるにはあるが、それをスマートグラスに取り付けると少々不格好になってしまうため断念した。


 しかしかえってこれで良かったのかもしれない。


 何しろ雑居ビルの中は激しい光と音で満たされていて、隣にいる人間の声すら掻き消される。骨伝導イヤホンでも上手く聞き取れたか分からない。



『さすが公安のホワイトハッカーね。阿頼耶のスマホから向こうのシステムに侵入して俺たちを顧客リストに加えるなんて』



 こういったアングラな場所では参加者は招待された者か常連かのどちらかだ。一見さんなんてまず現れない。それを突破するために、出入り口にいた入場者確認のために配置された二人の男性が持っていた端末に阿頼耶のスマートフォンから短距離無線で侵入し、システム内にある名簿に三人の情報を追加したのだ。


 むろん真正直に個人情報を入力してはいない。三人のデータは嘘っぱちだ。名前も経歴も職業もデタラメで、阿頼耶なんてデータ上では童顔の大学生という立ち位置だ。


 人間とは不思議なもので、いくら自分の目では疑問に思っても手元のリストに情報があれば真実だと思い込んで疑わない。……本当にそのデータが真実であるとは限らないのに。



『サンドリヨンはマサチューセッツの大学で飛び級をかました本物の天才ですからね。……それじゃ、手筈通りに』



 荻野刑事が発した文字列にレスを返した後、三人は別々に行動を始める。荻野刑事と真壁刑事は各々で追う相手がいる。二人はその相手をマークするために向かった。かくいう阿頼耶も同じで、彼は彼でやることがある。


 二人を見送った後、阿頼耶はスマートグラスの位置を指先で調整して、



『こっちも始めよう』


『Sure』



 違法賭博の巣窟となっているこの雑居ビルの中にはルーレットやスロットなど様々なゲームが並べられている。が、阿頼耶の目的のゲームは別にある。ゲームに熱中している人混みをスルスルと進み、阿頼耶は目的の場所へと歩を進める。つまりは、ポーカーやブラックジャックなどのトランプゲームが行われているエリアだ。


 そして彼は、いくつかあるテーブルの内の一つに腰掛け、ゲームを開始した。








 この違法賭博場の管理を任されている指定暴力団、麟鳳会(りんほうかい)の若頭、稲川(いながわ)春虎(はるとら)は、目の前の光景が信じられなかった。



(俺は……夢でも見ているのか? 一体何が起こっている? 何故、どうして……大学生くらいの青年がずっと勝ち続けているんだ!?)



 春虎が見ているのはトランプゲームエリアの一角――ポーカーのゲームが行われているテーブルだ。そこでは童顔の大学生に見える男――阿頼耶が、何度も何度もディーラーを打ち負かして勝ち続けていた。


 彼からすれば、これはあり得ない状況だった。


 この賭博場は麟鳳会が運営しており、運営側が絶対に損をしないようにディーラーが細工をしている。中には大企業の社長や政治家といった、麟鳳会が懇意にしている大物もいるので、そういった相手には気持ち良く勝って帰ってもらっているのだが、それ以外の下っ端や何かしらの理由で巨額の借金を抱えた一般人が相手だと勝たせることはしない。


 下っ端にはそこそこで、一般人には尻の毛まで毟る勢いで搾取している。

 だから、こんなのはおかしいのだ。



(大物じゃないあの男が勝ち続けるなんて絶対にあり得ないっ!!)



 イカサマをしている。春虎はそう確信していた。そうでなければこの状況に説明が付かない。この状況をどうにかするべく春虎も参戦してゲームをしたが、どういうわけか手元に来るカードはクズカードばかり。ディーラーと協力関係にある以上、こんなことは起こり得ないはずなのに。


 視線をディーラーに向けてみる。しかし当のディーラーの何が何やら分からないようで困惑しているようだった。何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。



「ッ!?」



 しかし頭を回転させて、春虎は即座に理解する。この男はたしかにイカサマをしている。だがそれを他者に悟らせないほどの技量を有している。だからこそ、これまで春虎も、イカサマを見抜く技量を持つディーラーも見過ごしてしまった。


 この男は、自分たちが認識できないほどのイカサマ技術を持っている、と。


 全てこの男の手のひらの上だったのだ。

 ぼろ勝ちしている彼が手にした配当金は総額で三〇〇〇万程。たった三〇分未満のゲームでこれなら、お開きになる時間までゲームをしたら一体どれだけの額を持っていかれることか。


 頭の中で計算した春虎はどんどん顔面が真っ青になっていく。



(マズい。このままだと麟鳳会は大きな損失を出してしまう!!)



 どうにかして彼を止めなければ、自分をそのツケを支払わされることになる。



「い、イカサマだ!!」



 だから焦った春虎は叫んだ。


 勝ち続けている彼の幸運にあやかろうとして集まって騒いでいる野次馬たちの視線が春虎に集まるが、そんなことに気を取られている余裕すらない。


 突然の声に視線を向ける野次馬たちは、それが誰なのかが分かった途端に前を丸くした。春虎はこの場においてトップとも言える、違法賭博場の運営責任者であるため常連たちからは有名なのだ。同時に、彼に目を付けられた者は過去碌な目に遭っていないことも。


 そんな彼からの糾弾に、しかし阿頼耶は冷静だった。



「その根拠は?」


「な、なに?」



 春虎は一般的に強面の分類で、しかも麟鳳会で長い間働いていたこともあって雰囲気も堅気の人間のそれではない。だから彼と相対した者はほとんど萎縮するのだが、阿頼耶は平気そうな顔をしていた。


 こんな反応は初めてで、春虎は僅かに動揺する。



「私がイカサマをしているというのなら、もちろんそれを証明する根拠があるんでしょう?」


「そ、それは……」



 あるわけがない。


 分かっているのは、神懸った幸運でも持っているかのように彼があり得ないくらい勝ち続けているということだけ。イカサマをした場面を見たわけでも、イカサマの手口に当たりを付けているわけでもない。



「こ、こんなに勝ち続けるなんて普通じゃねぇだろ。イカサマでもしてなきゃ無理だろ!!」



 事実として阿頼耶はイカサマをしている。というのも、阿頼耶はギャンブルが苦手で、イカサマなしで普通に勝負をすれば対戦相手が申し訳ない気持ちでいっぱいになるほど弱い。


 故に春虎の言葉は正しい。春虎自身はそのことを知らないが、彼の予想は当たっている。しかし、



「根拠も何もない。アナタ個人の勝手な言いがかりというわけですか」



 それがどれだけ真実だとしても、確たる証拠がなければ全ては流言でしかない。そして証拠を掴ませるほど阿頼耶は間抜けでもない。



「いくら普通ではないからって、一〇〇%あり得ないわけじゃありません。可能性としてはあり得ます。それなのにアナタは自分が認められないからってだけでいちゃもんを受けるんですか?」



 可能性はあくまでも可能性。航空機による死亡事故だって遭遇する確率は〇.〇〇〇九%だ。現実問題としてはほとんどあり得ないと言って良い現象で、それでいて可能性としては絶対にあり得ないことではない。しかしそれを現実のものとして受け入れられるかは別問題だ。


 阿頼耶はそのことを理解しているし、普段であれば誤解を招かないように訂正するが、この場では訂正しない。ここでそんな行いは不必要なことだ。



「自分勝手な判断でゲームを台無しにした。このことを組長さんが知ったら、果たしてどう思うのでしょうね?」


「ッッ!!??」



 ニヤリと悪魔のような笑みで言われ、春虎の背筋が凍る。確かにこのことが組長に知られでもしたらせっかく沸騰していたゲームの熱気に水を差して台無しにした責任を取らされる。さすがに指を切り落とされたり殺されたりすることはないだろうが、別の形で責任を取ることになるだろう。


 そうなれば、若頭という地位も危うくなる。



「まぁ俺は別に事を大きくしようとは思いませんが、いかがなさいますか?」



 つまり彼は、ゲームに水を差したことには目を瞑ってやるからこちらのことは詮索するなと言っているのだ。しかしこれを許容してしまえば、麟鳳会に大きな損失を招く。そう容易くイエスとは言えない。


 どう返答したものか、と考えている時だった。



「あぁ、残念、時間切れのようです」


「時間、切れ?」


「アナタを狩る、猟犬たちのお出ましです」



 彼が眼鏡のブリッジを指先で押し上げて位置を調節した時だった。

 バンッッ!!!! と阿頼耶たちのいるフロアの扉が乱暴に開け放たれた。



「警察だ! 御用改めである!!」


「全員動くな!!」



 新選組のような口上を述べ雪崩れ込んできたのは、経済犯罪を取り締まる警視庁刑事部二課と警視庁組織犯罪対策部第一課第七対策係の面々だった。


 突然のことに何が何やら分からなかったのだろう。関係者たちは目を丸くしているが、扉の近くにいた者たちが捕縛され始めたのを見てようやく理解が追い付いた。ほぼ一斉に駆け出した彼らは正面の扉とは反対側に位置にある裏手に殺到した。


 しかし、そこにも警察が待ち伏せしていた。


 まるで銃乱射事件にでも遭ったかのように場は騒然とし、次から次へと賭博をしていた関係者たちが捕縛されていく。



(サツだと!? 馬鹿な! 今まで尻尾を掴まれたことはなかったのに、何でここの場所が分かったんだ!?)



 大混乱に見舞われる中、春虎は周囲を見渡すが、表や裏手の他にも非常用に用意した隠し通路からも警察が入り込んでいた。



(クソッ! 表や裏手はまだしも、どうして隠し通路までバレているんだ!!)



 出入り口を全て抑えられた。これでは逃げることができない。どうして隠し通路の場所まで向こうに知られているのかは気になるところだが、それよりも先にこの場を切り抜けないとどうにもならないと判断した春虎はスマートフォンを取り出して応援を呼ぶために組長に連絡を取った。



「オヤジ! すまねぇ、ヘマした! こっちに応援を寄越してく……」


『春虎ァ!! てめぇ、一体どうなってやがる!!』



 こちらの言葉を被せるように放たれた怒声に春虎は息を呑む。



「え……あ?」


『サツが踏み込んできやがった! お前の! 賃金巻き上げの仕事を理由に令状を持って来やがったんだよ!!』


「ッッ!!!!」



 こちらだけではなく麟鳳会の本拠地にまで警察が踏み込んでいる。しかもその理由が自分の仕事によるもの。つまり警察に春虎の犯罪の証拠を握られているということだ。どうしてなのかが分からなかった。今までだって賃金の巻き上げはやって来ていたが、今日の今日まで尻尾を掴まれるようなミスはしていなかった。



(なのにどうして……どうやってサツどもは証拠を……?)



 スマートフォンの向こう側から聞こえる組長と組員たちの騒ぎ声に反応できず、春虎は唖然とする。


 この違法賭博場の隠し通路の他にも自分の犯罪の証拠を掴んで本拠地に乗り込むなど尋常ではない。警察では不可能だ。始めからそんなことができるなら、とっくの昔に春虎たちは捕まっている。



(組織犯罪部や二課の連中には無理だ。何か別の理由が……)



 そこまで考えて、春虎は見た。関係者たちが捕縛されている中、悠然と立って警察たちから見逃されている、童顔の大学生に見える男――阿頼耶がうっすらと酷薄な笑みを浮かべているのを。



「お前、か……」



 理由も理屈も分からない。本当にこの男の仕業なのか、その根拠も証拠もない。だが、今まで暴力団の若頭という立場にあったが故に一般人ではまず経験することのない荒事を数多く経験している春虎の直感が告げていた。この男が全ての元凶だと。



「お前の仕業かァァァァ!!!!!!」



 春虎は阿頼耶に向かって駆け出した。手を伸ばし、残り数センチという距離まで近付いて……しかしその手が彼に届くことはない。それよりも早く春虎はいつの間にか接近していた荻野刑事と真壁刑事によって床に押さえ付けられたからだ。



「ぐはっ!!」



 押さえ付けられた衝撃で肺から空気が出る。苦悶の表情を浮かべる春虎が自分を取り押さえた人物を見遣れば、



「真壁! てめぇ!!」


「よぉ、稲川。今まで逃げられてきたが、ようやく年貢の納め時が来たな。これで俺も枕を高くして寝られるってもんだ」


「クソッ! ふざけやがって!! 離しやがれ!!」


「はっはっはっ! そりゃ無理ってもんだ。アイツに目を付けられたのが運の尽き。例えここで逃げたとしても、ヤツは地獄の底までお前らを追い続けるぞ」



 そう言う真壁刑事の向けた視線の先を追えば、阿頼耶が距離を詰めて目の前にまで接近していた。かけていたスマートグラスを外した彼は床に伏せる春虎を見ながら言う。



「今まで散々悪行を重ねてきたようですが、それもここまで。……まさか、悪事がいつまでも続くとでも思っていたんですか? 悪さをすればいずれは罰を受けることになる。当たり前のことじゃないですか」



 ケラケラと笑う彼は、しかして次の瞬間には笑みを消して底冷えするような低い声で言った。



「精々これまでの行いを悔い改めろ、外道共」



 そして。


 この日、まるで天に張り巡らされた網が悪事を働く者を捕らえるかのように、天罰を受けた麟鳳会は壊滅した。

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