第159話 歌えや踊れ、大宴会
夜になった。
最高神の『運命神』フェイティアと謁見するなんて特大イベントがあったが、それも無事に終わった俺たちは、皇居内にある大宴会場で開かれる宴に参加することになった。というのも、明朝にヤマトを発つことを三大国に伝えたら、大慌てで準備を始めたのだ。
皇居内の使用人たちを総動員して準備を進めるので申し訳なく感じ、そこまでして歓待しなくても良いと言ったのだが、『御子息を持て成さなかったら歴史に残る一国の大恥となります! どうかここは!』と三大国の全員に懇願されたので仕方なく承諾した。
出席しているのは然程多くはない。俺たち『鴉羽』、椎奈、テオドール、テレジアの他には三大国の面々だ。
ヤマトは皇の桜小路陽輪陛下と娘の咲耶姫に、『天下五剣』の古手川宗次郎と朝比奈雅。
ヤン獣王国は『獣王』楊梓豪と『付与の巫女姫』楊梨花に『六煌刃』の四人。
ジャウハラ連邦王国は国王のサイード・イルハームに『モルタザカ』のアイシャ・ターヒルと他二人。
それとS-2級冒険者『剣聖』夜月千鶴だ。
三大国のトップたちは有力貴族も呼びたかったらしいが、時間がない中でギリギリ集められたのがこの面子だったのだとか。正直、顔も知らないオッサン連中からアプローチをかけられても面倒臭いのでありがたい。
三大国主催の宴と言ってもそれほど格式ばったものではなく、楽しく騒ぐことを目的とした緩いものだった。現に、『モルタザカ』の面々は楽しそうに踊っているし、それを見たセリカがさらに盛り上げようとヴァイオリンを弾いている。
で、俺の方はというと、
「せ~んぱ~い、せっかくのお酒の席だっていうのに何で真面目な顔をしているんですか~? ほらほら~、もっと飲みましょうよ~」
右隣りに座るセツナがべろべろに酔ってしまっていた。
「さすがに飲み過ぎじゃないか?」
「えぇ~? そんなことないですよ~? まだまだ、全然、これっぽっちも、酔ってなんかないですも~ん。アハハハハ!!」
誰がどう見ても酔っている。
ヤマトの清酒は飲んだことがないからと挑戦した彼女は、始めの方こそ『甘くて飲みやすいですね』と穏やかに飲んでいたんだが、酔いが回って次第にテンションが高くなってこんな状態になってしまった。
アルコール度数が一六%ある清酒を五合も飲んでいれば酔うのも当然だが、まだまだ飲めるみたいなので、セツナは酒には強いが面倒臭い酔い方をするタイプらしい。
俺の右腕に自分の腕を絡めて酒を飲み続ける彼女の顔は赤らみ、目はとろんとしていて吐く息は熱っぽい。それだけなら大変色気のある姿なのだが、如何せん酒の臭いが酷い。
せっかくの色気も吹き飛んでいる。
「それくらいにしておかないと、明日が辛くなるぞ」
「これくらい平気ですよ~。えへへ~」
いまいち信用できない言葉だな。愉快そうに笑っているけど、ふらふらと頭が揺れているし。二日酔いになってもらっても困るので、俺は彼女から透明の液体が入ったグラスを取り上げる。
「あぁ!! 何で取るんですか私の清酒ぅぅ!?」
取られたグラスを奪い返そうとしてくるが、俺は腕を伸ばしてグラスを遠ざけながら、
「飲み過ぎだ。もう水にしておけって。な?」
「やだぁぁ!! まだ飲むんですぅ!!」
「あぁもう、駄々をこねるな! 子供かお前は!」
「せっかくの宴の席なんだから良いじゃないですかぁ!!」
……ここでしょうがないなぁと思うあたり、俺は甘いんだろうな。
けどまぁ、隙を見て水に取り換えれば問題ないだろ。見た目はほとんど同じだから気付かないだろうし。
「た、楽しそう、だね」
酒を返してもらって満足げなセツナが俺の右腕を離したのを見計らって料理に手を付けていると、俺たちのやり取りを近くで見ていた椎奈が少し楽しそうな声で言った。
「あ、椎奈さん! 飲んでます? ほら、乾杯しましょっ!」
「え? えっと、その……」
「絡むなよ、椎奈が困っているだろ」
「むぅ~。まるで私が迷惑を掛けているみたいじゃないですか」
みたいじゃなくてまさしくそうなんだけどな。酔っ払いは放っておくとして、
「お前は平気そうだな、椎奈」
「……?」
ウィスキー(アルコール度数四〇%前後)をパカパカ飲んでいるのに、むしろキョトンとされてしまった。
「そ、そう言う所有者君だって……平気そう、だよ?」
「まぁな。思ったより俺の肝臓は丈夫だったらしい」
椎奈ほどではないが、俺も清酒や焼酎をセツナの倍ほど飲んでいる。それでも頭ははっきりしていて一向に酔った感じがしないから、酒にはかなり強いみたいだ。
「オ、所有者君は、半分は龍族だから……お酒に強い、とか?」
「どうだろう? クレハたちを見る限り、一概にそうとは言えないみたいだけど」
今は暗殺者装束のフードとスカーフを外しているクレハは一緒に連れて来た『灰色の闇』の三名と共にキツい酒を飲んでいるのだが、クレハは平気そうな顔で酒を飲み続けているのに他の三人は泥酔してしまっているのだ。
たぶん、人と同じように個人差があるんだろう。
「……お酒が飲めるだけ、良いと思う。私なんて、まだ飲めないもん。羨ましい」
小鳥が囁くような声で不満を口にしているのは、俺の膝の上を占領しているミオだ。彼女はまだ一四歳で成人していないから酒が飲めないので、こうやって不貞腐れて料理をひたすら食べている。すでに俺の目の前には彼女が食べた皿が大量に積み重ねられていた。
こんな小柄な体のどこに収まっているのだろうか。
顎の下を撫でて機嫌を直してもらおうとしたが、がぶりと(甘噛みだが)噛まれてしまった。今はそういう気分じゃないらしい。それでも料理を分けてほしいと言えばくれるのだから、この辺りは猫っぽく気まぐれだ。
「じゃ、じゃあ、所有者君は……元々、お酒に強いって、こと……なんだね」
「かもな」
それはそうと先ほどから椎奈は俺のことを『所有者君』と呼んでいるが、これにはきちんと理由がある。
『人工勇者計画』については俺たちが一手に引き受けることになったが、公的に体裁を整えるためにも椎奈を含めた実験体のホムンクルスたち一〇〇名の所有者名義を俺に変更しなければならない。
でないと、あくまでもホムンクルスは錬金術によって生まれた『製品』であるため、『徘徊資産』としてどこぞの錬金術師が事情も知らずに手を出してくる可能性がある。
彼女たちを物扱いしていることに思うところはあるが、かといってやらないわけにはいかないので名義を変更した。それに伴って彼女――というか椎奈たちは俺のことを所有者と呼ぶようになったのだ。
「それで、俺たちと一緒に来るって言っていたけど、本気なのか?」
「う、うん。みんなで……話し合って、決めたこと、だから」
「……そうか。全員が納得しているなら、別にいいか」
「(ま、まぁ……誰が一緒に行くかで、軽く口論に、なっちゃったけど。みんな、所有者君のこと……気に入っちゃった、みたいだし)」
「ん? 何て?」
「う、ううん。何でも、ない。それよりも……そっちこそ、良いの? 私が一緒で、迷惑じゃ、ない?」
不安げに問い掛ける彼女に、俺は頷いて肯定する。
「良いに決まっている。俺たちとしては、優秀な人材がパーティに入ってくれるのはありがたいことなんだし」
「ですねぇ」
俺の言葉に、セツナが楽しそうに笑いながら同意した。彼女の意識が酒から椎奈へと向いたので、その間に清酒をこっそり水にすり替える。
「それに、テオドールさんとテレジアさんも来るみたいですしねぇ。二人も三人も、変わりないですよぉ」
彼女の言うように、今は三大国の人たちと話をしているあの二人も実は一緒に来ることになったのだ。何でも『他に行く所もなく、当てのない旅をするよりかは俺たちと一緒の方が刺激的で楽しそう』らしい。
椎奈は弱体化支援職、テオドールは楯職、そしてテレジアさんは薬師・調香師としてもそうだが強化支援職としても優秀らしいので、一気に人材が豊富になった。
いまだに生粋の回復職はいないけど、どんどんパーティメンバーが充実していく。できることも増えていくから、これは大手を振って喜べる。
「ん~? あれ? これ、お水ですね? あ、せんぱい! 私のを取り替えましたね!?」
「べろべろに酔っているくせに何でバレた!?」
「味で分かりますよ、そんなの!」
「無駄に敏感な舌だな!」
再びギャーギャーと騒いでいる時だった。『御子息』と誰かが呼び掛けて来たのだ。




