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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5章 東方魔境の悪鬼編
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第158話 『運命神』フェイティア

 白い閃光で閉じていた目を開けると、そこは真っ白な空間が地平線の彼方まで広がっていた。明らかに先ほどまでいた地下三階の保管庫じゃない。そしてこんな場所、現実には存在しない。


 あそこから強制的に転移させられたか。


 ただ、転移したのは俺だけじゃない。正面にはセツナがしがみつき、背後には数珠つなぎになるようにして、ミオ、クレハ、セリカ、椎奈、テオドール、テレジアさんも一緒だった。俺が転移されそうになった瞬間、咄嗟に俺に触れることで一緒に転移したのだろう。



「せーつなー?」



 しがみついた状態で胸に顔を埋めている黄金色(こがねいろ)の少女に向けて呼び掛けると、彼女はビクリと体を揺らした。恐る恐るといった調子で顔を上げる彼女はバツの悪そうな顔で冷や汗を流している。



「あ、あの~」


「何か言うことはあるかな、セツナ・アルレット・エル・フェアファクス?」


「え、え~っと…………て、てへ?」



 ……………………………………。



「ひにゃああぁぁぁぁ!!!??? 痛い! 痛い痛い痛い!! 痛いです!! 両方からほっぺを引っ張らないでください!!!!」


「おーまーえーがー! 迂闊に魔法陣を直したからこんなことになったんだろうが!!」


「だってだってぇぇ! 摩耗したままなんて気になってしょうがなかったんですもん!! 直したかったんですもん!! 好奇心を抑えられなかったんですもん!! 仕方ないじゃないですか!!」


「仕方なくない! だから大丈夫なのかって聞いたじゃないか!!」



 しばらく両頬を摘まんで反省させたところで、手を離して改めて周囲を見渡す。



「そ、それにしても……ここはどこなんでしょう?」



 涙目で両頬を摩りながらセツナが疑問を口にする。他のみんなも不思議に思っているようで、一様にこの真っ白な空間を見ていた。


 だが、俺には心当たりがあった。ここは、アストラルに渡る前に『創造神』アレクシアと『聖書の神』と話をした空間に似ている。


 つまり、



「精神世界か」


「近いが、正確には封印の『要』の中だ」



 言葉に応じる声があった。


 俺たちの目の前にまるで騙し絵のように白銀色(しろがねいろ)の小さな歯車が現れ、それは瞬きの間に一人の女性の姿へと置き換わった。


 見た目は二〇代ほどの色白の女性に見える。着ているのは、大小様々な種類の歯車が描かれた、着物のような白い神衣だ。歯車を模した髪留めで一つに束ねた長い銀髪は前に垂らしていた。目蓋は涼やかに閉じられているが、きっと瞳も銀色だろう。


 そしてその神懸った美貌を持つ女性の背後一帯には、天まで届きそうなほど恐ろしい数の歯車で満たされていた。木製の歯車もあれば金属製の歯車もあり、大きさも形状も様々。それが複雑に噛み合い、しかしあまりの滑らかさに噛み合う音さえ鳴ることなく動いていた。


 よくよく観察すれば赤い糸のようなものが幾重にも張り巡らされていて、さらには正四面体、正六面体、正八面体、正十二面体、正二十面体といったサイコロの数々が宙に浮いてランダムに回転している。


 あれはきっと『運命』だ。避けられない宿命そのものを統率・管理する、運命の集合体だ。


 人の姿を取りつつも背後に高次元存在の威容を示す彼女から感じる威圧感は、神力をこちらに向けて放っているからか。たしかアレクシアも初めて会った時に同じことをして自分が神族(ディヴァイン)であることを証明していた。威圧される側からすれば堪ったものではないが、神族(ディヴァイン)にとっては名刺代わりのような感覚なのかもしれない。


 『運命神』フェイティア。


 至高神たる『創造神』アレクシアと『破壊神』デズモンドには及ばないものの、それでも並み居る神々とは一線を画す最高神の一柱。


 あぁ、間違いない。楚々とした佇まいで両目を伏せたままでいるこの女性は、アレクシアと同じ神族(ディヴァイン)だ。



「よくぞ参った、異世界の客人。そしてその(ともがら)共よ。我は最高神が一柱、『運命神』フェイティアだ」



 荘厳な喋り方をする女性――フェイティア様は開くことを頑なに拒むように両の目を閉じたまま告げる。気付けば、セツナたちは地面に額を擦り付けて平伏していた。アストラルは地球と違って神は身近な存在だ。それを前にして畏怖しているようだ。


 言葉どころか身じろぎ一つさえしない彼女たちを一瞥したフェイティアが軽く右手を横に振ると、銀の光が舞った瞬間に畳と広々としたちゃぶ台が現れた。全員が並んで座れるほどの広さがある。



「持て成そう。座ると良い。背後の者たちも遠慮せず楽にせよ」








 フェイティア様に促され、俺たちは座った。


 ただ、俺はともかくとしてセツナたちは『楽にせよ』と言われて、はいそうですかとはいかない。当人からお許しは出たが神と同席するなど畏れ多いと感じ、どうするのが正解なのか分からず立ち竦んだままだった。


 俺が先に座ることでようやく彼女たちも腰を下ろしたが、それでも体に力が入ってガチガチに緊張している。


 ちゃぶ台の上には木製の皿に乗せられた煎餅と急須に人数分の湯呑みが置いてあり、すでに中には緑色の液体が注がれていた。試しに手に取って一口飲んで――って、美味っ!? 何だこれ!! お茶に詳しくない俺でも分かるほど美味いんだけど!?


 程良く渋味が効いていて、自然と心が落ち着く。


 チラリと横目で見ると、俺と同じようにお茶を飲んだセツナたちもホッと一息ついたように顔を緩めていた。


 あれほど緊張していた七人をお茶一つで和らげるか。さすが神が用意したお茶だ。



「美味しいですね」


「口に合ったようで何よりだ」



 胸を張って背筋を伸ばし、見ていてうっとりするレベルで美しい正座でお茶を飲むフェイティア様。目蓋は閉じているから見えていないはずなのに、見えていると思わせるほど自然で迷いのない動きだ。もしかしたら、視覚以外にも周囲を認識する何かしらの手段を持っているのかもしれない。


 少なくとも、補助なんて必要なさそうだ。



「さて、貴様らをここへ招いた理由だが、礼を言いたくてな」


「礼、ですか?」


「然り。その者、セツナ・アルレット・エル・フェアファクスと言ったな」



 まさかの名指しにセツナは面白いくらいにビクゥゥゥゥ!! と肩を揺らした。



「わ、わわわわ私でしょうか!!!???」



 もうこの時点で一杯一杯らしい。声が裏返っている。何だかちょっと可哀想になってきた。



「貴様であろう? 我が担当している封印の『要』、その術式を修復したのは」


「は、はい!! 差し出がましいことをして申し訳ございませんッッッ!!!!!!」



 土下座する勢いで謝罪するセツナだったが、しかしてフェイティア様はくつくつと笑った。



「良い、謝罪は不要だ。言ったであろう、礼を言いたいと。修復してくれて、我は助かったのだ。あのままでは後七〇〇〇年か八〇〇〇年もすれば術式は自己崩壊し、デズモンドは復活していた。だが、貴様のおかげでさらに五〇〇〇年は安泰になった」



 七〇〇〇年も八〇〇〇年も、こちらからしたらもう想像できないほど遠い未来なんだけど、神族(ディヴァイン)からすれば数十年、もしかしたら数年くらいの感覚なんだろうな。何気ない感じで言っているし。



「魔道の申し子とはいえ聖戦時代の魔法陣を修復するなど並大抵なものではない。相当な努力を積み重ねた結果であろう。魔力の純度も人間族(ヒューマン)にしては高く、洗練されている。慢心せず、今後も励むと良い」


「は、はい!! 勿体無きお言葉です!!」



 神族(ディヴァイン)、しかも最高神から直々に褒められたセツナは感激していた。神から直接言葉を賜る。それだけでも大変栄誉なことなのに褒められもしたのだ。彼女の反応も当然だ。


 にしても、とフェイティア様は話の矛先を俺に向け直した。



「貴様がアレクシア様の加護を持っていて助かった。封印の『要』となっている我ら最高神神とその他諸々の神は、条件に合致した者しかここへ招くことができんからな」



 フェイティア様は自身の背後を指差す。彼女の司る『運命』を象徴する歯車・赤い糸・サイコロの集合体に視線を向けると、いくつかの人影が歯車の後ろからこちらの様子を窺っているのが見えた。


 銀色の髪と瞳。天族(エリオス)じゃないな。あれは……もしかして、最高神以外の、封印の『要』となった他の神々か。最高神がいる手前、自分たちは奥に控えているのだろう。



「その条件というのが、アレクシアの加護……あぁ、いや。アレクシア様の加護というわけですか?」



 さすがに最高神を前にして、その上の存在である至高神たるアレクシアを呼び捨てにするのはマズい。慌てて言い直したが、フェイティア様は首を横に振った。



「アレクシア様は敬称を外して呼ぶことを容認なさっておるのだろう? であればそのままで構わぬ。……しかし、アレクシア様が敬称を外して呼ぶことを認めておるのに、我がそのままというのも些か問題があるか。我のことも敬称を外して呼ぶが良い」



 雰囲気から礼儀作法には厳しそうだったから、てっきりアレクシアを呼び捨てにしていることを怒られるかと思ったんだけど、印象に反して実は柔軟で懐が深い寛容な神なのかも。



「ありがとうございます。では、そのように」


「うむ。話を戻そう。貴様がアレクシア様の加護を持っていたからここへ招くことができた。これは『要』へと招くための条件が神格クラスの加護を持っていることだからだ」


「誰でも好きに招くことができるわけじゃないということですか」



 で、セツナたちも一緒だったのは転移間近に俺と接触したからか。



「貴様を見込んで、一つ頼みたいことがある。今回と同じように、他の封印の『要』の術式も修復してもらいたい」



 お茶を飲んでいた手が思わず止まる。



「封印の『要』の構造は、最高神を中心に据えて他の神が補助についている。それ故に封印の『要』の数は我の分を合わせて三つある。『生命神』と『時空神』が担当している『要』の術式も同じように摩耗していることだろう。自分で直せればそれに越したことはないが、生憎と『要』の内側から術式を直すことはできぬのでな」


「だからそれを俺たちに頼みたいと?」



 実際に直すのはセツナなので、俺にではなく彼女に了承を得るべきだと言うところなのだが、神族(ディヴァイン)の頼みを断るなんて冒涜的な真似をセツナたちができるわけない。だから形式だけでも俺に話を持ち掛けたのか。



「今回、ここの封印の『要』が分かったのは全くの偶然です。そう簡単に見付かるとは思えません。どこにあるのかはご存知なんですか?」


「いや、邪神教徒に察知されるのを防ぐためにも、お互いに封印の『要』がどこにあって、どんな形をしているのかは分からぬようになっている。人界へ現界するための触媒である神体もない故、互いに接触を図ることもできぬしな」


「何の手掛かりもない状態で、どうやって見付けろっていうんですか」



 思わず辟易として言ったのは許してほしい。


 セツナの技量があれば、今回のように術式を修復することは可能だ。だが、そもそも封印の『要』がある場所が分からなければどうしようもない。それなのにどうにかしろっていうのは無茶振り過ぎる。



「くっくっ。独力でここに辿り着き、常人では気付かない違和感に気付くほどの空間把握能力を見せておいて弱気なことを言う。辿り着きさえすれば、神格クラスの加護を持つ貴様が注視することで魔法陣を浮かび上がらせることができる。加護と術式が共鳴するからな。でなければ誰にも認識することなどできぬ。つまり、資格は充分にあるということ。ならば問題はない。縁があれば、自然と運命が導く」



 何だか神託のように言っているが、条件は何一つ変わっていない。つまるところ運任せってことじゃないか。運命を司る神からすればそれで充分なんだろうけど、こっちとしてはそんなもので確約なんてできない。



「あくまで封印の『要』を見付けたら、で良いのなら」


「それで構わん」



 満足したように笑みを浮かべた彼女は、切り替えるようにパンッと両手を叩いた。



「さて、小難しい話はここまでにしよう。せっかく招いたのだ。貴様らは我の客人として扱う。ほらほら、遠慮せずに煎餅も食べると良い」



 明確に空気が弛緩し、フェイティアは俺たちに煎餅を食べさせようとする。


 何だろう。さっきまでは仕事のできる女性って感じだったが、今は久々に会った孫に食べ物を勧めてくるお祖母ちゃんみたいだ。祖父も祖母もいないから想像でしかないけど。


 せっかくなので頂くことにして、それからしばらくフェイティアと雑談することになった。








「(運命神様と対等にお話ができるなんて凄いです、先輩。私なんて、お姿を拝謁しただけでも息苦しくなって、満足に会話なんてできなかったのに)」


「(……受け答えできただけでも、充分に凄いと、思う。比べるのが、馬鹿馬鹿しいくらい、格が違う。纏う魔力と神力の圧が、強大過ぎて、全身が総毛立つ)」


「(ですわね。セツナさんの反応が普通ですわ。わたくしなんて、『これ』だと認めた相手にしか膝を突かない龍族(ドラゴン)だというのにあっさりと平伏してしまいましたもの。ある程度力を持つ者でも畏怖するのに、兄上様はどうして平然と会話ができるのかしら?)」


「(ご主人様はこちらの世界に来る前に『創造神』アレクシア様と、地球の神であるという『聖書の神』と会話したと言っておりましたから、神族(ディヴァイン)とお話するのは慣れているのでしょう)」


「(そ、それって……な、慣れるような、ものなの?)」


「(さてな。何にせよ、神族(ディヴァイン)相手にあのような態度ができるのはアラヤだけであろうな)」


「(つまり、アラヤがおかしいってことだな)」


「「「「「(なるほど)」」」」」



 なるほどじぇねぇよ! コソコソ言いながら人をおかしい判定するな、全部聞こえているんだよ!!

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