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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第1章 名も無き英雄編
17/214

第17話 死霊の悪夢

 部屋の中は暗かった。

 真っ暗で、入ってきた扉から射し込む光だけしかない。


 その扉も、俺たちが少し奥の方まで進むと重量感のある音を立てて独りでに閉まってしまった。魔道具による作用なのか、それとも何らかの魔術の効力なのかは分からないが、扉が閉まったのを合図とするかのように入ってきた扉の方から奥へと順に、壁に備え付けられた松明や台座に火が灯る。


 そして一番奥の一際大きな二つの台座に火が灯ると、その台座の間に大きな扉があるのが見えた。


 アレが下層へ行くための扉なんだろうな。

 ただ、階層主を倒してない俺では開く権限を持っていないため開かないだろうが。


 部屋の広さは大体、体育館くらいか。壁はここに来るまでと同じように岩肌。地面には乱雑に隆起した岩山がいくつかある。


 そうやって部屋の中を観察していると、下層に続く扉の前に魔法陣が展開された。階層主の部屋に入ると召喚魔術の魔法陣が展開され、階層主が召喚される仕組みらしい。


 召喚の様子を見ながら、俺はロングソードを手にいつでも飛び出せるように前傾姿勢になって構える。セツナは俺の背後に周り、魔法銃を抜いて待機した。


 正面から真面にやっても勝ち目なんてない。なら、奇襲をかけて先手を取るのが一番だ。


 だからすぐに特攻をかけられるように構えていたのだが、召喚魔法陣から現れた魔物を見た俺は予想外の光景に動き出せなかった。召喚魔法陣から現れたのはジャイアントトレントではない。


 細かな意匠が施された長杖を持ち、全身をボロボロのローブで身を包んでいる。魔術師のような格好だ。しかしそのローブの奥にあるのは肉の体ではなく、白骨化した骸骨。フードから覗く髑髏の眼窩には紫色のオーラが怪しく灯っている。



「――っ!」



 想定外の事態に俺は頭をフル回転させて王城で得た知識の中からこの魔物のことを調べる。


 スケルトンのようにも見えるが、あの杖は飾りではないだろう。ヤツは魔術を使うに違いない。魔術を扱うアンデッドとなると、おそらくはリッチ。だがこの威圧感はミノタウロスを軽く凌駕している。普通のリッチじゃない。


 だとしたら、まさか……!



「エルダーリッチか!」



 俺のその言葉に反応したのは、後ろで息を呑んだセツナだけじゃなかった。



「ほう。見た目は素人のようだが、一見して我の正体を看破するとは意外なのだよ。ただのリッチと判断するものと思っていたが、存外博識なのだな、異界の者よ」



 言外に俺の言葉が正しいと敵は語る。


 リッチやエルダーリッチは魔術師が魔術の道を極めんがために、闇属性魔術に属する死霊魔術(ネクロマンシー)にて肉体を捨てた存在だ。どれくらいの自我や記憶が残っているかで強さが決まり、生前での魔術の腕前も影響してくる。俺が異世界人だと分かったのも、過去の記憶や知識が今もなお健在だということだ。加えて、普通のリッチは魔術を行使してくるだけで言葉を交わすことはできない。そこはそこら辺の魔物と同様だ。だが目の前の敵は余裕の態度で会話に応じている。充分にヤツが強敵であることの何よりの証左だ。


 こういう手合いは厄介だ。ただの魔物なら知略を巡らせて戦うなんて真似はしないが、コイツはそうじゃない。知恵を働かせ、罠を張り、油断を誘う。対人戦闘を意識しなければ即座に殺されてしまう。



「我はエルダーリッチ。久々の出番だ。存分に楽しませてもらおう……と思ったが、気が変わったのだよ。時間をくれてやろうではないか」


「何だって?」


「なに、我もすぐに戦っても良いのだがな。貴様らもこれまでの侵入者同様、ここにいるのがジャイアントトレントだと思い、当てが外れてしまったクチなのだろう? それに見たところ、然程レベルも高くないように見える」



 チッ。

 こっちの事情どころか、レベルまである程度読まれたか。



「このまま戦えば労せず我が勝つであろう。だが、それでは面白くない。せっかくなのだ。存分に策を練り、我にぶつけよ」


「どうしてわざわざ自分が不利になるようなことをする」


「言ったであろう? それでは面白くないと。アンデッドでも長生きしていると、退屈になってくるのだよ」


「……こっちが作戦会議をしてる時に攻撃をしてきたりは」


「そんなことをするくらいならば今すぐ戦った方が早いとは思わぬか?」



 確かにその通りだ。

 そのまま戦っても勝てる相手に、わざわざ謀って罠に嵌める理由がない。

 なら、エルダーリッチが言ってることに嘘はないか。


 かと言ってヤツの言葉をそのまま鵜呑みにするわけにもいかないので、俺はエルダーリッチの方を向いたまま摺り足で後ろに下がり、セツナの隣に並ぶ。


 エルダーリッチと会話をしている間に落ち着いたようで、彼女の動揺は収まっているようだった。



「セツナ。どうしてここでジャイアントトレントじゃなくてエルダーリッチが出てきたのか分かるか?」


「おそらく、あのエルダーリッチは【規定外の階層主(イレギュラー・ボス)】なんだと思います」


「【規定外の階層主】?」



 二人して最大限に警戒しながら会話を進める。



「通常出現する階層主を凌駕する階層主です。レベルが倍近くほど、種族からして全く別物であることから、冒険者泣かせの階層主とも言われています」



 なるほどな。

 レベルが倍近くもあって種族が別物ってなると、確かにそれはイレギュラーだ。


 【鑑定】スキルでも確認したが、あのエルダーリッチのレベルは三十六。

 クラスメイトの勇者たちよりも上回っている。



「撤退しますか?」



 できればそうしたいところなんだけどな。



「させてくれると思うか?」


「……無理でしょうね」



 そう。あのエルダーリッチ、さっきからずっとこちらを待っているのだが、心なしかウキウキしているように見えるのだ。俺たちと戦うのが楽しみだと言わんばかりだ。



「おそらく、先輩が異世界人だからだと思います」


「どういうことだ?」


「特別なスキルだったり、称号だったり、異常な魔力量だったり、筋力だったり、耐性だったりと様々ですが、異世界人は何かしら突出した力を持っています。あのエルダーリッチは、それを見たくてたまらないんでしょう」


「……すまん」



 まるっきり俺のせいってことじゃないか。

 反射的に謝るが、セツナは気にしていないようだった。



「先輩のせいじゃありませんよ。それよりも、ここをどう切り抜けるか考えましょう」



 ……そうだな。

 全くもってその通りだ。



「作戦はどうしますか? エルダーリッチが相手だと、いくらか変更しないといけませんが」


「弱点自体はジャイアントトレントと大差ない。基本的な部分の変更はなしで、後は戦いながら探っていこう」



 作戦を練るにしても、相手の情報がほとんどないのだ。

 戦闘の中で戦い方の癖や弱点を探るしかない。



「分かりました。先輩、死なないでくださいね」



 格上のエルダーリッチが相手だからか、セツナは神妙な声音で言ってきた。


 だが、それは確約できない。

 生死がかかった局面だ。何が起こるか分かったものではない。



「善処はする」



 だが先ほどのセツナの涙の件もあったので、俺はそう返事を返して前へ出る。



「話し合いは終わったようだな。では始めようか、異界の者よ!」



 エルダーリッチの声を合図に、命懸けの戦いが始まった。








 エルダーリッチの攻撃は初っ端から過激だった。



「【影鞭(シャドウ・ウィップ)】」



 詠唱をすっ飛ばして術式名を唱え、魔法陣がエルダーリッチの足元に展開された直後、エルダーリッチの影から四つの鞭が現れる。


 【影鞭】って闇属性の初級魔術だったよな?


 アレ、普通は一本のはずだぞ。

 まさか、あの一瞬で四つも並列展開したっていうのかっ!?

 それも無詠唱で!?


 相手がエルダーリッチだから分かってたけど、やっぱり生前はかなり腕の立つ魔術師だったってことか!



「まずは小手調べなのだよ」



 ユラユラと揺れていた四つの鞭が一斉に俺へと殺到する。

 右上から来る一本目をロングソードで斬り払おうとして――そこでセツナからの制止の声が響いた。



「ダメです、先輩!」



 その言葉の意味を、俺はすぐに理解した。【影鞭】に向かって振ったロングソードの刃が、鞭をすり抜けたのだ。


 驚く暇もなく、【影鞭】が俺の右側頭部を強かに打つ。ガン!と金槌で殴られたような衝撃で体がよろめくが、どうにか踏ん張って堪える。だが攻撃が止むことはない。二本目の下からの攻撃で顎を殴られ、その衝撃で無理やり上体を起こされたところを三本目の薙ぐような一撃が俺の腹部に命中する。止めとばかりに四本目が頭上から振り下ろされてきたが、そこでセツナからの魔弾が飛来し、四本目の【影鞭】を弾き返した。


 その一瞬の隙に俺はエルダーリッチと距離を取る。


 未だクラクラする頭を振っていると、俺を追撃してきた【影鞭】をセツナが後方から魔弾で迎撃しながら説明してくれた。



「闇、光、暗黒、神聖属性の魔術は向こうから攻撃することはできますが、魔術や魔道具でない限りこちらから干渉することはできないんです」



 セツナが撃ち漏らした【影鞭】をどうにか回避しながら、彼女の言葉に納得した。


 なるほどな。だから普通の武器である俺の剣はすり抜けて、セツナの魔弾だと弾くことができたってわけか。一方通行の干渉だなんて面倒な属性だな、ったく。


 だが幸いなことに手立てがないわけではない。

 やりようはある。


 それにこちらは二人。しかも一人は手練れの銃士だ。知恵を働かせれば、勝機は見出せる。実際に、【銃術Lv.3】スキルを持っているだけあってセツナの射撃能力は高い。対応が間に合わず撃ち漏らしもあるが、ほぼ正確に【影鞭】を撃ち落としている。腕は確かだし、何より信頼できる。今回の依頼が終わったら正式にパーティを組んでくれないか相談しようかな。


 と、そんなことを考えているとエルダーリッチが【影鞭】の数を六本に増やした。



「戦闘中に考え事をするなど愚の骨頂なのだよ!」



 セツナに向けた三本とは別の三つの【影鞭】を、俺は難無く回避していく。



「カカッ! これは驚いたのだよ! 先程とはまるで別物の動きなのだよ!」



 変化した俺の動きに、エルダーリッチは楽しそうに声を弾ませる。


 夜月神明流(やづきしんめいりゅう)歩法術(ほほうじゅつ)初伝(しょでん)――【夜歩(よある)き】。


 俺が昔、地球にいた頃に習っていた剣道場――夜月神明流の技で、緩急を付けた特殊な歩き方で相手の攻撃のタイミングをずらす技だ。数年振りだからちゃんと使えるか不安だったけど、意外と体が覚えているものなんだな。何の問題もなく使える。



「やるではないか! 全く攻撃が当たらないのだよ! ならば少々本気で行かせてもらうのだよ!」



 魔法陣が更に展開され、ズルッと【影鞭】が追加された。最初の六本を含めて、二十三本。四倍近くも増やすなんて段階を上げ過ぎじゃないか?


 【夜歩き】で躱し続けるのも限度がある。台座や岩山を楯にして攻撃を防ぐが、それでも防ぎ切れない。躱し切れなかった【影鞭】が俺の左肩を裂く。


 チッ。数どころか、威力まで増してるのかよ!


 肩を裂かれた勢いで体がよろける。その隙を突かれ、更に右腕、左脇腹も攻撃された。だがまだだ。ここで退いてはいけない。


 歯を食い縛り、【身体強化(フィジカル・ストレングス)】で向上した身体能力に物を言わせて跳躍する。フィールド内にせり出した岩山に着地したところで【影鞭】が迫るが、直撃する前に再度跳んで躱す。それを繰り返し、大きく跳躍した俺はエルダーリッチにロングソードを振り下ろす。



「甘いのだよ。――【闇夜の遮光(ミッドナイト・カーテン)】」



 だが俺の剣は、エルダーリッチの前に現れた黒い幕のようなモノに飲まれてしまった。


 何だ、コレ!?

 押しても引いてもビクともしないぞ!



「中級闇属性魔術【闇夜の遮光】。物理攻撃を飲み込み、縛る、闇の暗幕なのだよ」



 要するに物理攻撃無効化ってことかよ!



「碌に魔術を使うことができぬ貴様にこれを破壊するなど不可能なのだよ。残念であったな。せめて魔術専門職がもう一人いれば、戦況はもっと変わっていただろうに」



 俺の後ろでは、セツナが【影鞭】を相手に魔弾を撃ち続けている。彼女の足元には魔力回復薬(マナ・ポーション)の小瓶が二つ転がっていた。


 セツナ。もう魔力回復薬を半分消費しちまったのか。



「ここで貴様は終わりなのだよ」


「……いや。そうでもないさ」



 何が終わりなものか。


 確かに状況は切迫している。だが、切迫しているからといって全く手立てがないわけではない。打つ手なら、まだある。それに俺は前衛だ。後衛のためにも、逆境を斬り伏せなくてどうする!


 【虚空庫の指輪】からロングソードをもう一本取り出し、空いた左手で掴んで【闇夜の遮光】に向かって切っ先を向ける。



「無駄なのだよ! ただの剣では闇属性魔術を突破することはでき……なぬっ!?」



 自信満々に述べるエルダーリッチは、しかしその途中で驚愕の声を上げた。


 刃を突き立てた途端に、【闇夜の遮光】はガラスを割るかのように粉々に砕け散ってしまったのだ。



「ぐぬぅ……っ!」



 そのまま突き出し、切っ先がエルダーリッチの右肩に突き刺さる。

 まだまだ。もう一撃だ。



「はああああああ!!」



 【闇夜の遮光】から逃れた右の剣で袈裟懸けに斬り、ここで畳み掛ける!

 ヤツに肩に刺さっている剣を抜き、俺は二本の剣で連撃を放つ。


 夜月神明流剣術中伝――【五月雨月(さみだれづき)


 いわゆる二刀流の技であり、相手に息つく暇も与えない斬撃を左右から放つ技だ。


 戦士タイプならともかく、エルダーリッチは生粋の術師だ。接近戦は苦手としている。その証拠に戦闘が始まってからずっと遠距離攻撃をしていたし、今も【五月雨月】を防ぎ切れていない。防御をすり抜け、何撃かヒットしている。だがそれは何も俺だけの功績じゃない。セツナがタイミングを見計らって撃ってくれている魔弾あってこそ成り立っている。


 今だって、俺が【影鞭】数本による上からの攻撃を、剣を交差させてガードすると、横合いからセツナの魔弾が飛来してエルダーリッチの側頭部に直撃した。



「おのれっ!」



 エルダーリッチは彼女に手のひらを向けるが、そこで防いでいた【影鞭】を弾き、ヤツの腕を斬り上げる。


 セツナを攻撃しようとしたんだろうが、そうはさせない。

 けど、キリがないな。


 傍から見れば優勢に見えるかもしれないが、実のところはそうではなかった。


 レベル差があるせいで斬っても斬っても致命傷にならない。まるで薄皮だけを斬っているみたいだ。見た目は骨のクセに予想以上に硬い。


 ヤツの胴体に蹴りを放つ。しかし当たる直前に【影鞭】によって止められ、そのまま巻き付かれる。


 しまった!



「吹っ飛ぶのだよ!」



 体を強制的に振り回され、空中に投げ出される。岩肌の壁に激突するコースだ。俺は身を固くしたが、壁に当たる前にふわりと優しい風が体を包み込んだ。


 何だ、コレ? 魔術? セツナか?


 視界の隅に、セツナが俺に向けて魔術を展開しているのが見えた。


 そうか。風属性魔術で勢いを殺してくれたのか。


 もう大丈夫だと判断したのか。セツナは魔術を解除した。それに伴って俺は地面に落下する。難無く着地したところで、エルダーリッチが感嘆の声を漏らした。



「いやはや。驚いたのだよ。まさか貴様らのレベルでここまで食い下がってくるとはな。まだ改善点はあるが上手く連携が取れている。それに魔術が碌に使えないかと思いきや、【魔力流し】で我の闇属性魔術に対抗してくるとは思わなんだ」



 ヤツの言う通り、俺がただの剣で闇属性魔術に干渉できたのも、セツナが教えてくれた【魔力流し】のおかげだった。


 考えてみれば単純なことだったのだ。


 魔術や魔道具の類でしか干渉できない属性。それはつまり、魔力が伴った攻撃であれば干渉できるということだ。ならば、魔力を纏わせる【魔力流し】だって例外じゃない。



「【魔力流し】はただ武器を強化するのみ。いくら手加減していたとはいえ、普通であれば魔術を破壊するなどできぬのだがな。貴様、一体どのような流し方をした?」


「さてね。わざわざ手の内を晒すわけないだろ?」



 そもそも隠してる手の内なんてないんだけどな。


 俺からしたら普通に魔力を流しただけだし。けどまぁ、本当のことを言う必要もないから勘違いさせておこう。



「それよりも、のんびりと話なんてしてて良いのか? こちらはまだ、手を休めたわけじゃないぞ」



 そう言って持ち上げた右手には剣と一緒に縄が握られており、反対の手に剣はなく(剣は【虚空庫の指輪】に戻した)、代わりに縄に巻き付けられたナイフが大量にある。エルダーリッチが何か反応を示す前に、右手の縄を力の限り引っ張る。


 縄の先に地面に繋がっており、引いた勢いでそれが地上に現れた。この縄はセツナが仕掛けたものだ。彼女の風属性魔術でモグラのように地中を掘り進み、縄を引いたのだ。本当は土属性魔術の方が手軽にやれるみたいなのだが、俺も彼女も使えないので妥協した。


 ただセツナよ。風属性でしかも見ないで掘り進めるからほとんど適当になるとか言ってたけど、充分に仕掛けてくれてるじゃないか。ナイスだ。


 地中に埋め込まれていた縄はフィールド内に張り巡らされ、まるで蛇のようにエルダーリッチの体に巻き付き、縛り上げる。無論、エルダーリッチがこのまま体を揺さ振れば、ステータス値の差で俺も巻き添えを食らってしまう。だからこそ、縄の要所に巻き付けたナイフが役に立つ。エルダーリッチに絡まるようにナイフを投げる。それらは地面、天井、壁、岩山へと突き刺さり、最後に右手の剣に引っ張った縄を括り付けて地面に刺したところで、あっという間にエルダーリッチは身動きが取れなくなった。



「やれ、セツナ!」



 跳んで後方へと下がりつつ声を張り上げる。


 エルダーリッチと会話をしている間にも、細々と俺にしか聞こえないほどの小さな声で詠唱しているのが聞こえていた。だからタイミングとしては申し分ない。詠唱を終え、彼女は即座に術式名を口にした。



「――【轟炎の爆裂(ブラスト・デトネーション)】!」



 爆炎がエルダーリッチを包み込んだ。


 セツナが放った魔術は中級の火属性魔術で、大火力の爆炎を放つものだ。エルダーリッチもジャイアントトレントと同様に火を弱点としている。本当ならばジャイアントトレント相手に、召喚直後に奇襲を仕掛け、俺が縄を括り付けて動きを止めたところをセツナの【轟炎の爆裂】で一気にHPを削る算段だった。


 召喚されたのがエルダーリッチだったから紆余曲折あったが、作戦を流用できたから良かった。さしものエルダーリッチもこれでいくらかHPを減らせただろう。


 追撃の意味も込めて【轟炎の爆裂】の爆炎で着火するよう、縄に油を染み込ませてあるしな。


 爆炎に晒されたエルダーリッチはこちらの目論見通り、縄に着火した火によって火達磨状態になっている。


 一応、【鑑定】スキルで確認してみるか。



「――っ!?」



 おい。おいおいおい。

 ふざけんなよ。


 いくら致命傷にならない攻撃だったからって、レベル差があるからって、アレだけ斬撃を浴びせて、魔弾にも被弾して、終いには爆炎を食らったんだぞ。


 それなのに……何でヤツのHPは四分の一しか減ってないんだよ!!!!


 闇が溢れ出る。炎の中心から飛び出した闇はユラユラと揺蕩っているかと思うと一斉に動き出し、次々と炎を飲み込んでいった。飲まれ、炎が消え去ると、少し焼け焦げたような状態になっているエルダーリッチが佇んでいる。


 彼は歓喜に震えていた。



「カカカッ! よもやHPを四分の一も減らされるとは! 良い! 全くもって良いのだよ! レベル=実力というわけではない良い例なのだよ!」



 そうかよ。

 こちとらギリギリの状態で何とかやってんだぞ。

 それなのに楽しそうにしやがって!

 これくらいの攻撃は問題にもならないってか?

 くそったれめ!



「存分に楽しませてもらった! であるから汝らに死霊魔術の一端を見せてやるのだよ!」



 両手を大きく広げ、エルダーリッチは魔法陣を展開し、詠唱を始めた。


 ちょ、ちょっと待て!


 何だその規模は!?

 こっちの世界に転移する時に教室で見た勇者召喚の魔法陣と同じ大きさだぞ?!


 フィールド全体を魔法陣が覆いやがった!!



「“冥界の亡者よ。この世に出で生者を食らえ”――【骸骨兵(スケルトン・ソルジャー)】!」



 地面に解けるように魔法陣が消えると、僅かに揺れる。地面の方へ意識を向けると、ボコッとまるで死者が現世へと呼び寄せられたかのように、防具と武器を装備した骸骨の兵士が這い出てきた。

 レベルは十と然程高くなく、俺でもどうにか一対一で勝てる敵だ。


 なら、やれるか?


 【虚空庫の指輪】から剣を取り出して構えるが、俺の思いは裏切られた。ヤツが呼び出したのは一体だけではなかったのだ。


 一体、また一体と地面から剣、斧、弓、槍などを持った骸骨兵(スケルトン・ソルジャー)が次から次へと這い出てきた。しかもその数は十や二十では済まない。おそらく百近い数が呼び出されていた。



「さぁ! 命の散り際の輝きを我に見せるのだよ! 若き冒険者どもよ!!」



 百に届く骸骨兵たちが一斉に動き出す。



 ……悪夢は、これからだった。

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