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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5章 東方魔境の悪鬼編
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第154話 一〇〇の枠に収まるからこそ

 霊刀使い、小野寺善之助と御子柴十蔵。魔槍使い、馬劉帆。召喚師、マリアム・モフセン。この四名を倒したのは良いものの、これで全ての戦いが終わるわけではない。


 『百物語計画』によって生まれ落ちた腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)骸骨将軍(スケルトン・ジェネラル)、炎獅子、サンドワーム、それにまだ大量の骸骨騎士(スケルトン・ナイト)が残っていた。


 召喚師であるマリアムは血を流してはいるものの気を失っているだけなのだが、さて召喚師が気絶したら召喚獣はどうなるだろうか?


 手綱を離した暴れ馬と同じ。制御を失って暴走するだけだ。


 戦線復帰した『天下五剣』と『六煌刃』も合流し、無秩序に暴れ出した召喚獣たちを全員で対処する。統率を失えばどれほど強かろうと烏合の衆に過ぎず、全滅までそれほど手間取らないだろう。


 しかし、まだ一つ解決しなければならない問題がある。


 腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)の『核』に使われている椎奈と、召喚の触媒にされた陽輪陛下の救出だ。二人ともまとめて腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)に取り込まれているので、この問題を解決する必要がある。


 阿頼耶は意図的に緩めていた【虚脱の鋼糸(コラプス・ワイヤー)】の拘束を締め直し、辺り構わず蜘蛛の糸を吐き散らす腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)を抑え込む。



「どうするんだ?」



 自らが仕える君主が取り込まれているからだろう。『天下五剣』筆頭の古手川宗次郎が焦燥感を滲ませて問い掛けてきた。



「俺たちが総出でかかれば腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)は倒せる。だが下手に倒せば陽輪陛下がどうなるか分からねぇぞ!」



 宗次郎の懸念は正しい。おそらくあのまま腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)を倒してしまったら椎奈も陽輪陛下も命を落とす。



「策ならある」


「……?」


「青行燈は鬼女とされているが、文献によっては蜘蛛だとも言われている。……さっきから蜘蛛の糸ばかりを出していることから察するに、暴風雨や雷鳴や火の雨を降らせると言われる大嶽丸じゃなく青行燈の特徴が色濃く出ている」



 となるとやはり魔王の復活は失敗している。この分だと、椎奈は反転することなくそのままの状態で『核』になっているのかもしれない。


 一見、腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)は問題なく行動しているが、失敗している以上は不安定な状態になっている。微妙なバランスで存在しているのならば、腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)の存在を支えている要素のバランスを崩してしまえばいい。


 では、その要素とは? 腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)は椎奈を『核』にし、陽輪陛下と伝説級魔道具を『触媒』にする以外に、一体何を参考にして召喚された?



「『百物語』! それが腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)を倒す鍵だ!」



 アイコンタクトを取った阿頼耶とセツナは示し合わせたかのように同時に後退する。その途中で立ち止まったセツナはいくつもの魔法陣を展開した。


 ギョッと目を丸くしたのは、彼女が『魔道の申し子』として有名なフェアファクス皇国第三皇女のセツナ・アルレット・エル・フェアファクスであるということを知らない『鴉羽』以外の面々だ。


 構わず、セツナは魔法銃『コメット』と聖銃『サンダラー』も構え、一斉掃射した。


 ガガガガガガガガッッッ!!!!!! と、まるでガトリング砲だ。サンダラーは制限なく魔弾を撃ち続けられるので撃ち続け、コメットは『魔弾の薬莢』が使えなくなったら器用に片手で再装填(リロード)している。


 魔術の方も展開して発動してはまた即座に展開してを繰り返しており、『最年少魔導士』の名に恥じぬ才能を遺憾なく発揮していた。


 先ほどまでとは違って多種多様な魔術も展開してリソースを割いているため、一発の威力は落ちている。だがそれでいい。セツナの目的は時間稼ぎだ。


 セツナよりもさらに距離を取る阿頼耶。彼は極夜を鞘に、デュランダルを『虚空庫の指輪』へと収め、呪歌を唱える。



「“左胸を抉る痛みが、いつまでも消えない”」



 ズッ……、と阿頼耶から静かに威圧感が放たれた。



「“救いを求めて泣く声が耳に残響して。

 噛み締めた唇の痛みが悔しさを教えた。


 明けない夜に涙を流して。

 欠けた月に孤独を分け合う。


 正しいだけの正義に心を軋ませる僕ら。

 次へと踏み出す一歩を刻み付けよう。

 自分が信じて選んだ道を突き進もう”」



 以前にも唱えた自己暗示の歌。しかし、今回は完全な人間族(ヒューマン)になるものではない。



「“綺麗事ばかりの理想論を破り捨てて。

 不足に怯える恐怖心が力を渇望する。


 過去も現在も全て背負って。

 僕らは抱く熱情で未来を掴み取る”」



 それは、己が身を完全な龍族(ドラゴン)にするための呪歌だ。



「“黒く染まった想いは、鮮血の如く赤く濡れた”


 ――【夜天舞う黒き龍(アラヤ・ノクティス・バハムート)】」



 唱え終わると阿頼耶を包むようにして暴風が吹いた。自然現象によるものではない力の奔流。それが晴れると、そこに黒髪の少年の姿はない。


 代わりに、夜の闇のような黒い鱗に覆われた全長一五メートルほどの巨体に瞳孔が縦に割れた金眼を輝かせる一体の黒龍がいた。


 周囲は言葉を失う。


 人間族(ヒューマン)であるはずの救世主の息子が完全な龍となったからというのもそうだが、それ以上に彼から発せられる、たった一人で一国の軍そのものと対峙したような、息が詰まるほどの重苦しい威圧感で本能的に畏怖を感じて声一つ上げることができなくなっていた。


 召喚獣たちも同じように圧倒されて動きを止めている。いや、むしろ彼らより怯えていた。


 ッッッパン!! と阿頼耶が飛膜の翼で羽ばたくと空気を叩く音が響き、一気に距離を詰めた阿頼耶は腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)を力尽くで抑え込んだ。


 蜘蛛の糸を吐かれないように顔面を地面に押し付けるようにして、阿頼耶は中級の暗黒属性魔術の魔法陣を展開する。


 聖武具使いや魔武具使いでもない限り、神族(ディヴァイン)龍族(ドラゴン)天族(エリオス)魔族(アスラ)以外の種族は神聖属性と暗黒属性の魔術は使えない。


 しかし阿頼耶はこの世でただ一人の半人半龍であるため暗黒属性魔術の適性を持っている。とはいえ人間の部分が邪魔してしまうため、やはり完全な龍になった方が扱いやすい。だから彼は暗黒属性魔術をより正確に使うのと、龍の力も使用する必要があるため黒龍化した。



「暗黒属性魔術は扱い慣れていない! 魔術の維持はこっちでやるから制御は頼む! 制御式をそっちに渡す!」


「私は暗黒属性魔術の適性はないんですよ!? 精霊祭の時といい、無茶ばかり言いますねっ!」



 腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)に接近した時に魔術を強制終了して阿頼耶に飛び移っていたセツナは彼が展開した術式に干渉する。


 一つの術式を複数の術者で制御するというのは、実は特別な技術ではない。複数の術式を一つに統合する構成になっている上級以上の魔術を行使するとなると、大人数で使うことも珍しくないからだ。


 それでも、複数人の術者と呼吸や魔力の出力などを合わせないと暴走・暴発の危険性もあるので、かなり難しい高等技術であることに変わりはない。それをセツナは、全く練習なんてしていないのに難無く阿頼耶の術式に干渉して同調してみせる。


 阿頼耶が発動した魔術は【流出する過去(メモリー・リーク)】と呼ばれるもの。


 これは被術者の記憶を強制的に取り出す魔術なのだが、暗黒属性だけあって同時に精神干渉もする。しかしゾンビのようなアンデッド系の魔物から引き出せる記憶なんて無いに等しく、精神干渉しても大した効果は期待できない。


 分かった上で阿頼耶は術式を少し書き換えた。記憶を引き出す対象を、相手ではなく自分に。



「事件一〇一、精霊祭を襲った『瘴精霊(ミアズマ)動乱事件』」



 術式を書き換えた意図を、その言葉の意味を、理解できたのは果たしてどれだけいただろうか。



「事件一〇二、カルダヌス前領主が起こした『違法奴隷事件』。事件一〇三、皇国の第三皇女が呪われた『第三皇女呪殺未遂事件』」



 言葉にする度に、その意を汲んだセツナが明け渡された制御式を操作して、阿頼耶の記憶から指定された情報を腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)に送る。



腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)は大嶽丸の羅門を復活させるために、同じ鬼である青行燈と紐付けされて召喚された。その青行燈は一〇〇の怪談を語り終えると現れるとされている」



 百物語は、怪談が一〇〇だからこそ意味がある。九八でも九九でもなく、一〇一や一〇二でも意味はない。



「マリアムたちは今まで起こした事件を『怪談』と見立てた。なら俺が今まで体験して解決してきた事件を送り付ければいい。同じように『怪談』としてカウントされるように!」



 だから阿頼耶は術式を書き換えたのだ。自分がこれまで体験してきた数多くの事件を、腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)に流し込むために。



「一〇〇の枠に収まるからこそ百物語! 不足していても、過剰でも不具合が生じる! 一〇〇の枠から外れただけ、その存在のバランスは崩れていく!」


「オオォォオオオオオオオオオオ!!!!」



 雄叫びがあった。阿頼耶に抑え付けられている腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)は暴れ続けているが、そこに込められた意味が変わっていた。これ以上自らの中に余計なものを入れられないように、これ以上自らのバランスを崩されないように、必死になって暴れ回る。


 だが無意味だ。曲がりなりにも全種族最強の龍族(ドラゴン)が、力だけでなく関節も極めているのだ。いくらステータス値の差があるにしても、そう簡単に逃れることなどできようはずがない。


 腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)が悪足掻きを続ける中、明確な変化が起きる。腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)の体が、まるで陽炎のように揺らいだのだ。腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)の体を構成する要素のバランスが崩れた何よりの証。


 直後の出来事だった。


 ドバンッッ!!!! と内側から弾けるようにして腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)の腐った肉片が周辺に飛び散っていく。後に残るのは、椎奈と陽輪陛下。そして九七個の伝説級魔道具。地下二階の実験場に通じる大穴に落ちそうになったそれらを全て回収した阿頼耶は地面の上にそっと降ろす。


 かすかに意識はあるのか、二人ともぼんやりとした表情をしている。取り込まれていた影響なのだろうが、とりあえず命に別状はなさそうだと安堵した。


 ここまでくれば、後は周囲に残っている召喚獣たちを掃討するのみ。



「先輩!」



 そう思っていた阿頼耶に向かって、セツナが注意を引くように彼の体の上から呼び掛けた。振り返ると、驚くべき光景が広がっていた。



「なにっ!?」



 四散したはずの肉片が、勝手に集まり始めていたのだ。

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