第152話 独り善がりな『キミのため』
一方、別の戦場では『六煌刃』の四名とミオが、馬劉帆と戦っていた。
始めの方こそ、ミオは率先して劉帆に斬り掛かることはしなかった。各国の趨勢を左右する事件ではあると同時に、反乱分子を出してしまった各勢力の問題でもあるため、あくまでもサポートに徹して周囲に展開している合成獣と骸骨騎士と戦うだけに留めていた。
だから魔剣『モラルタ』と『ベガルタ』に纏わせたケラウノスの雷撃を斬撃と共に放つ【遠雷】で遠距離攻撃をして対応していたのだが、それもすぐに対応を変えることになった。
『六煌刃』の四名が、劉帆によって倒されてしまったからだ。
ミオができる限り彼らの戦いの邪魔が入らないよう、合成獣と骸骨騎士たちを引き受けて戦っていたとはいえ、全てを受け持つことはできない。大半はミオが倒していたが、打ち漏らした分は『六煌刃』が対応する必要がある。
合成獣と骸骨騎士と魔槍使いの劉帆を、裏切りによる精神的ショックを受けている状態で相手をするには少々分が悪かった。
だから自然とミオが劉帆と戦う羽目になった。
(……あの四人は、もう戦えない)
血を流しながら苦しげに地面に倒れている四人の獣人族を横目で見つつ劉帆の魔槍を避けながらそう判断した。
あの四人が戦えないとなると、庇いながら合成獣と骸骨騎士と劉帆を相手に戦わないといけない。
(……普通に考えたら、一人じゃ無理。なら、四人を庇いながら戦えるように、環境を整える)
放たれた強烈な突きを、身を翻して躱したミオは刀身に纏わせるケラウノスの電圧を上げた。高電圧状態になった刀身で溶断する【紫電清霜】で周囲にある建物を幾重にも斬る。
バターのように切り裂かれた建物がズズン! と地面を揺らして崩れた。さらに劉帆を引き連れるようにして移動しつつ次々と建物を切り倒していく。大きく円を描くように移動した結果、負傷した『六煌刃』たちや劉帆を円形で囲うようにして瓦礫が積み上がった。
見上げるほどの高さがあるので、合成獣と骸骨騎士もそう簡単に乗り越えてくることはできなさそうだ。
(……これで、オッケー)
合成獣と骸骨騎士を自分たちから分断さえしてしまえば劉帆に注力できる。ミオは改めて劉帆に意識を集中させる。
「情けない」
吐き捨てるような声を発したのは、赤の魔槍『ゲイ・ジャルグ』を肩に担いで黄の魔槍『ゲイ・ボー』を小脇に抱える劉帆だった。その言葉は、ミオの後ろにいる『六煌刃』たちに向けられていた。
「多勢に無勢の状況だったとはいえ、まさかこんな早くダウンするとは思わなかった。お前ら、栄えあるヤン獣王国の最高戦力『六煌刃』だろ。こんな小さな外部協力者に守られるなんて、恥ずかしくないのか」
嫌悪感でいっぱいの顔だ。
「俺たち『六煌刃』を裏切ったお前に、言われたくない」
すると背後で『六煌刃』の一人、人獅種の男性が反論した。彼からしたら、裏切り者である劉帆に『六煌刃』についてとやかく言われたくはないだろう。しかし、劉帆は『ハッ!』と鼻で笑った。
「表面上の出来事しか追えないのか。やっぱりお前らは『六煌刃』に相応しくないな」
「それは、どういう意味だ」
「教えるつもりはない。どの道、お前らはここで全員始末するんだからな」
魔槍を構え直すと、殺気が膨れ上がった。態度や言葉に気負った様子がない。かつての仲間を殺すことをすでに決定付けている。それが分かった人獅種の男性が息を呑んだ。
「……私が、やる」
「……すまない、ミオ殿」
敵から目を離すことなく、ミオは背中で人獅種の男性から状況を明け渡す言葉を受けた。
したがって彼らの表情を確認することはできなかったが、自分たちでケジメを付けなければならないのに部外者のミオに守られる状態になってしまったことに悔しさを感じているのは、その声音だけで分かった。
「ふぅん。……なら、お手並み拝見といこうか!」
ダッ! と地面を蹴って劉帆が肉薄する。突撃の勢いを利用して放たれた赤い魔槍の刃による刺突を後ろへ倒れるようにして躱すと、地面に両手を付いて全身のバネを使って劉帆の顔面を目掛けて蹴りを入れる。
だがミオの放った蹴りは顔面にヒットせず、黄の短槍で防がれてしまった。
黒地に茶色で縁取りされたケープの魔道具『夜天の鴉』を翻し、防がれた勢いで飛び退いて二回三回とバックステップを踏んで『ベガルタ』を投擲する。
ダーツのように放たれた『ベガルタ』を劉帆はいとも簡単に上へと弾いてしまったが、ミオはネコ科の猛獣の如き俊敏性で劉帆の間合いの内側に入った。
「チッ!」
反射的に劉帆は顔を思いっきり逸らす。そのおかげで下段から振り上げられた『モラルタ』の刃を回避することに成功するも、刀身に纏う雷撃のせいで顎が焼けたような錯覚を覚えた。
劉帆は苦し紛れに『ゲイ・ボー』を振る。『モラルタ』を振り上げた状態でミオは回避行動を取ることができない。確実に一撃入るかと思われたが、しかしミオは【獣化】スキルを使って子猫状態になって回避した。
「なっ!?」
予想外の回避方法に驚愕するのも束の間。【獣化】を解除して元の猫耳美少女に戻ったミオはちょうど落下してきた『ベガルタ』を空中でキャッチして劉帆の横っ面を回し蹴りした。
地面に両手を付いて着地した彼女は獣人族らしく全身のしなやかな筋肉に物を言わせて、顔を蹴られてたたらを踏む劉帆に向かって弾丸のように発射。小柄な体格を利用し、低い体勢で素早い攻撃を繰り出す。
槍のような長柄武器はそのリーチの長さが強みだが、取り回しが悪いので近接戦闘は苦手としている。
だから彼女はできる限り近接で戦っていた。彼女は何度も阿頼耶と実戦形式の模擬戦をしているのだが、その時に剣術のみならず槍術での模擬戦も行っていたため、長柄相手の戦い方も心得ているからだ。
二振りの魔剣を巧みに操って連撃で攻めながらミオは分析する。
(……彼が持っている、二本の魔槍の効果はたしか、赤の長槍『ゲイ・ジャルグ』が魔術を打ち破って、黄の短槍『ゲイ・ボー』が癒えない傷を残す、だったはず)
自身が持つ『モラルタ』と『ベガルタ』について知るためにいろいろと調べた時に、自然とその二本の魔槍の名前も出てきたから知っていた。ミオの持つ二振りの魔剣と劉帆の持つ二本の魔槍は、ケルト神話に登場するフィオナ騎士団の一員であるディルムッド・オディナが所持していたとされる武器だ。
(……私は、魔術は使えないから、『ゲイ・ジャルグ』の警戒レベルは、低めで良い。注意すべきは、『ゲイ・ボー』の方)
獣人族は素の身体能力が高い種族ではあるが、保有する魔力量は少なく、獲得できる魔術系スキルの数も多くない。ミオ自身も、持っている魔術系スキルは【付与魔術】だけだ。
なので警戒すべきは『ゲイ・ボー』である。何せ傷が癒えないのだ。ひとたび傷を負えば、自然に治癒することなく血が流れ続ける。『六煌刃』たちが流す血が一向に止まる気配がないのも、『ゲイ・ボー』の効果を如実に証明している。
とはいえ、だ。
(……剣と槍。使う武器は違うけど、起源は同じ、ディルムッド・オディナ。なら、負けられない)
全く仕事をしない表情筋とは裏腹に、彼女はしっかりと闘志を燃やしていた。
地面を削って両サイドから挟むようにして二本の魔槍が迫る。
軽快にジャンプして躱したミオは体操選手よろしく体にひねりをつけて回転した。地面と水平状態になっているが、『軸』のある回転のおかげで体勢は維持されている。自らの意思でつけた回転の勢いを上乗せして、再度蹴りを見舞う。
だが、劉帆が一歩下がったことで蹴りは空振りに終わった。
「二度も同じ手は通用しない!」
してやったりと劉帆は笑みを深めるが、直後にミオは『ベガルタ』を地面に突き刺して支えにし、振り抜いた左足とは別の右足で強烈なかかと落しを鳩尾に叩き込んだ。
「かはっ……!?」
人体の急所の一つに激痛が走るが、ミオが魔剣を振って追撃しようとしているのが見えた。雷撃だけではなく、暗黒属性を示す鋼色の魔力も灯って上乗せされている。食らえばただでは済まない。劉帆は全力で後退し、どうにか魔剣の攻撃を回避した。
「ゲホッ、ゲホッ……やるな。剣術は我流みたいだが、それでいて基礎はしっかりしている」
元々ミオは他の人の剣術を見様見真似で覚えていた。それを阿頼耶が(夜月神明流の流派そのものではないが)変な癖が付いているところを修正したりして基礎を教えたのだから当然だ。
「お前、俺と一緒に来ないか?」
言っている意味が分からず、ミオは小首を傾げた。
「【獣化】を使える獣人族は稀少だ。俺ら『六煌刃』ですら使えるヤツはいない。しかも魔剣使いで、雷も使えるときた。その力、『六煌刃』に相応しい」
「……他の四人の仲間は、あっさり切り捨てたのに、私をスカウトするの?」
「そいつらは『六煌刃』に相応しくなかった。良いか? 梨花様は三大巫女姫の一人『付与の巫女姫』だ。美しく、気高く、強い御方なんだ! そんな梨花様が率いるヤン獣王国最高戦力である『六煌刃』は最強でなくちゃならないんだよ!」
ようやく、ミオは劉帆の考えが分かった。
彼は楊梨花に固執している。彼女が率いる『六煌刃』は最強でなくてはならないと考え、彼らは相応しくないと断じた。限られた獣人族が獲得する【獣化】を持っているミオを勧誘したのもその考えに基づいてだ。
(……勇者システムを破壊しようと考えたのも、『六煌刃』より強い存在、つまり勇者の存在を、認めたくなかったから)
「全ては梨花様のため」
魔槍使いの人虎種は吠える。自らの行いが正しいのだと信じて疑わないで。
「『六煌刃』が最強であることを世に知らしめるんだ!」
「誰が望んだ、そんなこと」
「「!?」」
空から男勝りな少女の声がして、何かが劉帆へと飛来した。彼は本能的に後退したので事なきを得たが、先ほどまで彼がいた場所は土煙が舞う。立ち込める土煙が晴れると、そこには一人の少女がいた。
動きやすさを重視した漢服と両腕に装着された籠手に、ツーサイドアップにした長い癖毛。頭と尾てい骨辺りから生える狼の耳と尻尾は人狼種の証か。
「梨花様」
ヤン獣王国国王の娘。『六煌刃』のリーダー。そして、『付与の巫女姫』である楊梨花が立っていた。
「どうやってここに? アナタは地下三階の保管庫で拘束していたはずなんだが」
「それならそこにいる騎士が出してくれたよ」
親指を立てて彼女は自分の背後を指す。ミオがチラリと横目で確認すると、テオドールが負傷した『六煌刃』の四人を守る位置取りで大楯を構えていた。彼がここにいるということは、テレジア《キルケ》エアハルトは救い出したのだろう。
(……ついでに楊梨花様も、助けたってこと、なのかな?)
戦力増強のためにもついて来たのだろうとミオは推測する。どうにも喧嘩っ早そうな印象があるから間違ってはいないはずだ。
そうか、と呟いた劉帆は一息で距離を詰めて梨花に刺突を放つと、彼女は慌てることなくその一撃を籠手で受け止めた。
「なら少し大人しくしていてくれ。俺の目的は梨花様が、『六煌刃』が最強であると証明すること。戦災孤児である俺を拾ってくれたアンタを傷付けるのは本望じゃない」
すかさずミオが斬り込む。躱して間合いを開ける劉帆だが、梨花とミオの二人は接近して拳と刃を振るった。
激しく武器をぶつけてオレンジ色の火花を撒き散らしながら、劉帆と梨花が言い合う。
「オレを襲って捕まえたくせに、随分とデカい口を叩くじゃないか! えぇ!?」
「手段なんて選んでいたら、大望を成就させることなんてできないからな!!」
二対一。劉帆が不利だと思われる状況だが、梨花とミオの即席タッグでは充分なコンビネーションは取れず、劉帆はここぞというタイミングで『ゲイ・ボー』の刃をちらつかせることで二人と渡り合っている。
それでも無傷とはいかない。梨花の打撃とミオの斬撃に晒され、『ゲイ・ボー』は躱しても『ゲイ・ジャルグ』の攻撃を受けてしまい、互いに傷を負っていく。
「そのためなら、仲間を裏切っても構わねぇってのか!?」
「そいつらは『六煌刃』に相応しいだけの実力がなかった!」
ギャリンッッ!!!! と金属同士が擦れ合う不快な音が響き、梨花とミオの武器が弾かれる。
「力こそが全て! 力こそが正義! 力がなければ何も成せない! 平民の俺が『六煌刃』に入るためには力が必要だったのと同じように!」
「ッッ!?」
その言葉は、少なからず梨花の心に衝撃を与えた。
『六煌刃』は精鋭部隊ということもあって最も力のある者が入れるという特色があるのだが、軍部から選出されるため軍属である必要がある。だが軍部に入っても上を目指すにはある程度のコネも必要になり、後ろ盾のない平民では余程のことがない限り『六煌刃』どころかそうそう上の階級になれない。
だから、魔槍使いという『余程のこと』で力を示して『六煌刃』に成った劉帆の言葉は間違っていないのだ。
心が揺れて隙が生まれる。『ゲイ・ジャルグ』の刃が梨花の脇腹を穿ち、横薙ぎに払われた『ゲイ・ボー』によってミオが遠くへ吹き飛ばされた。
「……ッ!?」
『モラルタ』を地面に突き立てて制動をかけたミオはすぐさま斬り掛かろうとしたが、まるで人質を取るようにして劉帆が片膝を着いた梨花の喉元に『ゲイ・ボー』の切っ先を突き付けた。これでは迂闊に攻撃できない。
「別にそのことを恨んではいない。力がないと自分の意見を通すことなんてできないんだからな。けどな、ヤン獣王国はぬるま湯に浸かっている! 東方三大国だと? そんなので『最強』って言えるか! 東方三大国で満足なんてできるか! 最強の座は一つ! トップに立つのは一国で良い! 俺が! ヤン獣王国を、どの国にも負けない最強の国にする!! 東方大陸統一国家にする!! そうすることで『六煌刃』は最強の部隊となり、それを率いる梨花様が頂点となるんだ!!」
ヤン獣王国を、その最高戦力である『六煌刃』を最強にすることで、楊梨花を最強の存在とする。これが、彼の目指すもの。
彼の言うことは一理ある。権力であれ武力であれ、『力』がなければ自らの意見を通すことができないのが現実だ。無力だったために奴隷の身に甘んじるしかなかったミオはそのことを誰よりも理解している。
だが。
力が必要だからこそ、それを扱う『心』が肝要なのではないのか?
「……くだらない」
「何だと?」
吐き捨てるように言ったミオに、劉帆は眉をひそめる。
「……ヤン獣王国を、最強の国にする? 嘘ばっかり。それらしいことを言っておきながら、アナタは自分の『欲』から、目を背けているだけ」
「俺が、目を背けているだと? 何を根拠にそんなことを言っている!!」
「……それ」
ミオが魔剣の切っ先で指し示したのは、彼が握る魔槍だった。
「……アナタは、その魔槍の特性を発揮はしていても、魔武具であることを示す、暗黒属性の魔力は、灯せていない」
「それが何だと……ぐっ!?」
言い返そうとした劉帆だったが、直後に両手で焼け、魔槍を地面に落とした。まるで劉帆を拒絶するように、魔槍が熱を発したのだ。
「い、一体何が……どうして、今になって」
手の火傷に呻く劉帆は知るよしもない。
彼が公言する『欲』は彼が目を背けている『本当の欲』の延長線上にあるから、魔槍は半分だけ使用を認めていたことを。
他者が指摘しても『本当の欲』から目を逸らしたから、魔槍が『資格なし』と見限ったことを。
ミオは彼に近付きつつ、
「……魔武具は、使い手の『欲望』を糧にする。欲が強ければ強いほど、それに応じて魔武具は力を貸してくれる」
だから使用者が自身の抱える『欲』を正しく認識しなければ、魔武具は応えてくれない。
劉帆が『ゲイ・ジャルグ』と『ゲイ・ボー』の特性を行使していながらも暗黒属性の魔力を灯せないのは、彼自身が『本当の欲』から目を逸らしているからだ。もしも正しく認識して認めていれば、暗黒属性の魔力を灯すことはおろかその特性もさらに強力なものになっていた。
「俺じゃ不足だとでも言うのか!?」
「……アナタは、『誰かのために』を言い訳にして、自分の欲望から、目を逸らしている。それじゃあ、魔武具はアナタに応えない」
「じゃあ、お前は……お前の欲は何だ!? 俺の欲より強いとでも言うのか!?」
小鳥が囁くような声で、彼女は端的に答えた。
「……お師匠様の、役に立ちたい」
「………………………………は?」
あまりにも意外な答えに、劉帆のみならず梨花のテオドールも『六煌刃』の四人も呆気に取られた。構うことなく、ミオは言葉を続ける。
「……よくやったって、褒めてほしい。頭を、撫でてほしい。膝の上で丸まって、一緒に日向ぼっこしてほしい。もっといっぱい、可愛がってほしい。それが、私の欲」
彼女がお師匠様と呼ぶ人物は一人。つまりは雨霧阿頼耶。彼に対する恋愛感情が、ミオにとっての欲望だった。
言葉にする毎に欲望が強くなっているのか、『モラルタ』と『ベガルタ』に灯る暗黒属性の魔力の出力が上がっており、ミオの言葉が真実であると証明していた。
「みと、めるか。……梨花様のためにヤン獣王国を最強の国にするのが、俺の欲だ! 国の命運を賭けた欲望だ!! そんな、恋愛感情が俺の欲よりも強いなど、認めるものかぁぁ!!」
欲の種類はこの際関係ない。この場で取り上げられているのは、己の欲望を正面から受け止めているかどうかという一点のみ。
それを理解していない孤独な虎は目の前の現実を受け入れられず、手の痛みも忘れて彼女に殴り掛かるが、ミオは屈んで拳を躱してすれ違いざまに劉帆の両足の腱を斬り裂いた。
苦悶の声を上げて前のめりに倒れた劉帆は、恨みがましくミオを睨み付けた。
「クソッ。この、飼い猫風情がッ!」
飼い猫で結構。ミオは望んで阿頼耶の傍にいるのだから、そんな言葉は悪口にすらならない。むしろ誉め言葉だ。
ザリッ、と音がした。梨花が貫かれて血を流す脇腹を抑えて立ち上がった音だ。
「リ、梨花様」
劉帆が最も慕う少女が、『付与の巫女姫』が冷ややかに見下ろしていた。
「俺はただ、アナタのために……」
「劉帆、オレはお前のそういうところが嫌いなんだ」
脳裏に蘇るのは、忘れかけていたかつての記憶。在りし日の思い出が、走馬灯の如く劉帆の脳内を駆け巡る。
――平民出身者? 良いんじゃね? 軍に入れてやっても。オレと大して変わらない歳みたいだが、根性はあるみたいだしな。
――へぇ、【魔槍適性】を獲得したのか。魔槍使いになるなんて、すげぇじゃん。
――後ろ盾がないから階級が上がらない? まーだ平民だの何だのに拘っている輩がいるのか。ったく、しょーがねぇな。お前は実力的に問題ねぇし、オレが推薦してやるよ。
――今日から晴れて『六煌刃』か。おめでとう、劉帆。ヤン獣王国のために、これからもよろしくな。
「お前はお前で、ヤン獣王国を想って行動したんだろうよ。けどな、他人を平気で害して周りを不幸にするお前のやり方を、一国の姫として認めるわけにはいかねぇんだ」
門前払いされていた時に庇ってくれたのも、戦災孤児の身の上で軍部に入ることができたのも、平民でありながら上の階級に上がることができたのも、全て梨花のおかげだった。
居場所がなかった自分に居場所をくれた彼女のことを、女神のようだと思った。自分が強くなれば、彼女は笑って喜んでくれた。この少女のためにヤン獣王国を最強の国にしようと、そう決意した。
きっとそれは恋慕に近い感情だった。けれど劉帆本人は全く気付いていなかった。
気付いていれば、また違った結末を辿っていたかもしれない。あくまで仮定の話。現実では彼は自身の感情に気付かないまま、思考と感情がちぐはぐになり、歪んだまま突き進んでしまった。
その末に彼は罪を犯した。犯した罪は償わなければならない。
梨花もまた、責任を取らなければならない。
ヤン獣王国の姫として、『付与の巫女姫』として、『六煌刃』のリーダーとして、そして何より彼をスカウトした者として。
馬鹿なことを仕出かした部下の責任を取るのが上司の役割だ。
「――【攻撃力向上(大)】」
彼女は術式名を唱える。【付与魔術】に特化した『付与の巫女姫』の特権によって、本来なら無機物にしかできない魔術効果の付与を自身の腕に施した。
「ま、待て――」
「もう一度原点に立ち返ってやり直して来い、この大馬鹿野郎ッッ!!!!」
強化された拳が劉帆の頭頂部に振り下ろされる。
誰かのためにと走り続けた人虎種の男は、自身の抱えていた『本当の欲』――楊梨花への恋愛感情を認めることがないまま意識を失ったのだった。




