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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5章 東方魔境の悪鬼編
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第151話 親しき仲にも知らぬことあり

 所変わって地上。召喚された腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)の周辺では、腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)を相手にする阿頼耶とセツナとは別に三ヶ所で戦いが繰り広げられていた。


 その内の一つでは、『天下五剣』の筆頭である『童子切安綱』の担い手の古手川(こてがわ)宗次郎(そうじろう)、『鬼丸国綱』の担い手の安心院(あじむ)小太郎(こたろう)、『三日月宗近』の担い手の朝比奈(あさひな)(みやび)が迫り来る合成獣(キメラ)骸骨騎士(スケルトン・ナイト)の対応に追われていた。


 彼らを裏切った、『数珠丸恒次』の担い手の小野寺(おのでら)善之助(ぜんのすけ)と『大典太光世』の担い手の御子柴(みこしば)十蔵(じゅうぞう)は目の前にいるのだが、合成獣(キメラ)骸骨騎士(スケルトン・ナイト)のせいで手出しできない。



(……何で、なんだ)



 次から次へと襲ってくる敵を斬り伏せながら、小太郎の頭は疑問で埋まっていた。


 安心院小太郎、小野寺善之助、御子柴十蔵。この三人は地方の田舎で生まれた幼馴染みだ。


 通っていた剣術道場で師範に剣の才を見込まれ、推薦状を手に帝都に訪れた。当時はまだ子供だったのだが、推薦状もあったので帝都で有名な流派で稽古を受けながら過ごし、成人になったと同時に御剣衆(みつるぎしゅう)に入った。


 入ってからは忙しく過ごしていたが、それでも三人で御剣衆でもトップの実力者である『天下五剣』になることができた。生まれてからこの方、ずっと一緒だった。一緒だったのに、どうして二人がこんなことをしたのか、小太郎には分からなかったのだ。



(一体何が二人をそうさせたんだ?)



 と、戦いの最中に思案に耽ったのが間違いだった。



「「小太郎!!」」



 宗次郎と雅が叫ぶ。気付けば、背後から三体の骸骨騎士(スケルトン・ナイト)が錆び付いた刀を小太郎に向かって振り下ろそうとしていたところだった。



(しまった!)



 防御も回避も迎撃も間に合わない。無情にも刀は振り下ろされるが、その刃は小太郎と切り裂くことはない。横合いから猛烈な勢いで放たれた魔矢が骸骨騎士(スケルトン・ナイト)の錆び付いた刀を中程でへし折ったからだ。


 骸骨騎士(スケルトン・ナイト)たちは魔矢が飛来してきた方向を見るが、その瞬間にさらに放たれた複数の魔矢によって頭蓋骨と背骨を破壊されて倒された。


 魔矢が飛来してきた先にいたのは、アップヘアーにした翡翠色(ひすいいろ)の髪と目に少々尖った耳が特徴的なメイド服姿の半森妖種(ハーフエルフ)のセリカ・ファルネーゼだ。


 矢を射った状態で立っている彼女は、実用性重視で履いているロングブーツの靴底をタンッと鳴らして駆け出す。


 傍に呼び出していた風精霊(シルフ)のルルによって行使した風の精霊魔術で速力を強化し、『ロビン・フッドの弓』で連射して小太郎たちの周囲にいる合成獣(キメラ)骸骨騎士(スケルトン・ナイト)を一通り倒した。


 もちろん、全てを倒したわけではないが、仕切り直すことができたのは彼らにとって大きい。



「助力に参上しました」



 戦場のど真ん中だというのに、彼女は楚々とした振る舞いで長いスカートを摘み上げてカーテシーをする。


 妖精族(フェアリー)特有の整った顔立ちも相俟って、見事な所作に見惚れるが、くるりと身を翻して合成獣(キメラ)骸骨騎士(スケルトン・ナイト)に魔矢を射掛けたことで彼らはハッと我に返った。


 鬼丸国綱を振るいながら小太郎は問う。



「お前は『鴉羽』のメンバーだろ。こっちに戦力を割いて良いのか?」


「問題ありません。我々『鴉羽』は各々で考え、自らができることをしておりますので」



 見れば、腐屍悪鬼(ゾンビ・オーガ)を相手に阿頼耶とセツナが聖武具を使って高速で激しい攻撃を繰り出し、『六煌刃』と劉帆が戦っている場所ではミオの雷撃が瞬き、『モルタザカ』とマリアムが操る召喚獣が戦っている所ではクレハの暗器によって血風が舞っている。


 リーダーである阿頼耶に具体的な指示を出されたわけではない。各自が考え、個人の判断で最善と思った行動を取っていた。


 規則や命令で雁字搦めな組織では成せないことだ。

 セリカは小太郎に向けてこう言った。



「安心院殿。今の内に、お二人の所へ行ってください」


「何だって?」


「彼らが敵であることは明白。しかし、幼馴染みであるアナタはその事情くらいは知っておきたいのではありませんか?」



 セリカも、精霊祭の武闘大会で従姉妹のブルーベル・ガリアーノと正面からぶつかり、彼女の心の内を知ることができた。そんな彼女だからこそ出た言葉だった。



「であれば、お話しをされると良いかと」



 きっと結果は変わらない。そこまで現実は甘くない。セリカとて、ブルーベルと分かり合うことはできなかった。このような凶行に至った事情を知ったところで、やるせない思いに苛まれるだけだ。


 けれど、自身の中で折り合いをつけるためにも会話は必要だと、セリカは判断した。


 先ほどから口出ししていないことから、宗次郎と雅も彼女と同じ判断を下していることは小太郎も理解できた。


 小太郎は神妙な顔で言う。



「……感謝する」








 宗次郎と雅、及びセリカの助力もあって小太郎は善之助と十蔵の元に辿り着くことに成功した。


 ただ、当然ながら無傷というわけにはいかない。辿り着くまでの間に合成獣(キメラ)骸骨騎士(スケルトン・ナイト)の壁を突破する必要があったので、宗次郎と雅とセリカに援護してもらっても体のあちこちに傷を負う結果となった。


 三人はそれぞれの武器に神聖属性の魔力を灯して剣戟を奏でる。


 小太郎が鬼丸国綱を振り下ろすと、兜のない武者鎧を着ている善之助は数珠丸恒次で受け止め、すかさず横から割って入った十蔵が蹴りを放った。


 腹部にクリティカルヒットして、小太郎は地面を転がる。鬼丸国綱を地面に突き立て、片膝を着いた状態で二人を見据えた。


 三人の実力はほぼ互角。それで二対一となれば、当然小太郎が不利になる。


 ギリッと歯を食い縛ったのは、現状で二人を無力化する方法が見付からないからか。それとも、幼馴染みの二人が反旗を翻したことを、いまだに信じられないからか。



「何で、裏切ったんだ」



 呻くように小太郎は言葉を絞り出す。



「金に目が眩んだとも思えない。どうして桜小路家を、『天下五剣』を裏切るような真似をしたんだ」



 そもそも二人は『天下五剣』だ。それに見合った金銭も栄誉も爵位も持っている。だからそんな単純な理由で離反したわけではないはずだ。



「知っても意味はねぇと思うが、まぁいいか。教えてやるよ」


「五年前の『スオウ麻薬密売事件』を覚えているか?」



 もちろん小太郎は知っている。このヤマトにあるスオウという都市で起こった、反社会的勢力が密かに起こした麻薬の密売事件だ。



「二人が担当した事件だな」



 当時、小太郎は別の事件を追っていたので関わってはおらず、事件解決に乗り出したのは善之助と十蔵の二人と彼らが率いる御剣衆(みつるぎしゅう)の面々だ。だから小太郎は、二人が先代の(すめらぎ)である桜小路(さくらこうじ)玄慈(げんじ)に提出した報告書に書いてあった内容しか知らない。


 読んだ報告書には二人が率いる御剣衆によって反社会的勢力は壊滅したと記載されていたはず、と小太郎は記憶を手繰り寄せる。



「麻薬密売は確かに反社会的勢力がやってやがった」


「だが、真実は少々異なる」



 善之助と十蔵が踏み込む。地面から鬼丸国綱を引き抜き、小太郎は左右から横薙ぎに振られた数珠丸恒次と大典太光世を受け止めた。



「反社会的勢力は末端組織に過ぎなかったんだ。黒幕は別にいたんだよ」


「その真の黒幕は華族の一つ、鴨志田(かもしだ)伯爵家だ。ヤツらが絡んでいた」



 鍔迫り合いの状態で放たれた衝撃的な真実に小太郎は思わず力が緩んでしまい、危うく押し込まれるところだった。



「まさか、この国の華族が犯罪行為に手を染めていたっていうのか!?」


「信じられねぇか? あぁ、だろうな。俺らもだよ!」


「だが事実だ。そしてこの事実は、桜小路玄慈によって握り潰された!」



 怒りを込めた言葉と共に太刀を押し込まれて弾かれた。勢いには逆らわない。小太郎はバックステップで後退する。


 二人が語った真実を桜小路玄慈が握り潰した理由は鉱山だ。スオウは鉱山があることが有名な都市で、その運用は鴨志田伯爵家が担っている。もしも事件を全て暴いたら伯爵は退くしかない。


 だが、退いたとしても早々に代わりが見付かるわけではない。そんな状況で鉱山のある土地の権利が空白状態になれば、そこを狙った華族たちによる利権争いに発展しかねない。


 だからその事実が広がる前に、桜小路玄慈は混乱を回避するために揉み消したのだ。



「大人だけじゃねぇ! あの事件は年端もいかねぇ小さなガキ共も犠牲になった!」


「大半は死んでしまったが、運良く生き残った者も麻薬の後遺症で今も苦しんでいる!」


「なのに桜小路玄慈は『尊い犠牲だ』と抜かして無かったことにしやがった!」


「俺たちはそれが許せないのだ!」



 一国の王としては間違っていない。伯爵家が取り潰しになってしまったら統治している都市が混乱する。大事になってむやみやたらと混乱を招くよりは、反社会的勢力に全ての責任を負わせて闇に葬った方がいい。公明正大に犯人を裁くよりも、事件を公にすることで発生する混乱の方が問題だと判断したのだ。


 けど、間違ってはいないからと言って正しいとは、納得できるとは限らない。事実、目の前の二人はそれを許容できなかった。


 二人が繰り出す斬撃をどうにか防ぎながら、



「どうして僕にも教えてくれなかったんだ!」


「お前は規律や規則を大事にするからな」


「言っても、どうせ止めていただろう?」



 二人の口調が、わずかに沈んだように聞こえた。


 それは、小さい頃から一緒にいる幼馴染みと敵対してしまったことによる罪悪感からか。



(こんなことになるなんて)



 小太郎にとって、三人で『天下五剣』になれたことは誇りだった。だからこそ、多くの御剣衆や民衆たちの模範となるべく規律や規則には厳しくして順守してきた。


 まさかそのせいで幼馴染みが内に秘めた想いを明かすのを躊躇わせることになろうとは。


 小太郎は忸怩たる表情を浮かべる。



「けど、それでどうして『勇者システム』を破壊しようだなんて思ったんだ」



 勇者の存在が広く浸透しているこのアストラルならば、普通は『勇者がいれば問題を解決できた』と考えるだろう。それだけの影響力があるのだから、破壊するのではなくむしろ勇者を求めるはずだ。


 だが、



「「あんな凄惨な事件を野放しにする勇者に、どれだけの価値がある?」」



 どれほど救える力があろうとも、救いを求める者を実際に救うことができなければ意味がない。


 もちろん、勇者と言えどこの世の全てを救うことなんてできない。それは二人も理解している。だが、それでも、肝心な時に役に立たない勇者に対して、二人は次第に憎むようになったのだ。



「だから反旗を翻したのか。陽輪陛下も咲耶殿下も、『天下五剣』も御剣衆も裏切って! 『勇者システム』も壊すために! そんな自分勝手なこと」


「許されねぇってか? だったらどうする!? 俺たちを殺すか!? それでも構わねぇ!! 俺らは所詮、裏切り者だ!! 碌な死に方はしねぇ!! その覚悟で俺らはこの道を選んだ!!」


「だが先に裏切ったのはこの国だということを忘れるな! お前はどうする、小太郎? 忠義を尽くして俺たちを殺すか、それとも友情に準じて俺たちを見逃すか。二つに一つ!! お前はどちらを選ぶ!?」


「ッ!?」



 凄まれ、小太郎は狼狽える。


 選べない。選べるわけがない。この国も幼馴染みも、どちらも大切なのだ。それなのにどちらかを選ぶなんて……。



「う、あ……ああぁぁああああああああああ!!!!」



 何かが弾けるように、小太郎は咆哮を上げる。


 洗練された動きなんて、もはやない。感情に任せて、ただひたすらに太刀を振る。だが、却って良かった。迷いを生む余計な思考は捨て去られたことで、善之助と十蔵は充分な対応ができなくなった。



「「なっ!?」」



 それぞれ太刀で防ぐも、彼の怒涛の打ち込みで防御を崩される。そして、小太郎の刃は二人の体を斜めに斬り裂いた。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


「まさか、俺らを一度に……斬るなんて、な」


「ここまで、か」



 過呼吸なのではと思わせるほどに荒く息をする小太郎。彼に斬られてドバドバと血を流す二人は太刀を落とし、たたらを踏んで地面に倒れた。死んだわけではなく、気を失っただけだ。



(けど、二人は謀叛を起こした。どの道、国家反逆罪で斬首は免れない。…………だったら、せめて僕の手で終わらせるのがせめてもの情けになるんじゃ?)



 逡巡する小太郎は意を決して生唾を呑み込んで切っ先を向けるが、そこで誰かに肩に手を置かれた。



「っ!?」



 ビクリと体を震わせて振り返れば、そこにはセリカがいた。どうやらこちら側に割かれた合成獣(キメラ)骸骨騎士(スケルトン・ナイト)たちはあらかた片付いたようだ。宗次郎と雅もこちらに歩み寄っていた。


 小太郎の肩に手を置くセリカは、彼の行動を制止するように首を横に振る。



「この場で殺す必要がないのであれば、わざわざ手を下すことはないと進言させて頂きます」


「え? あ、あぁ」



 小太郎は鬼丸国綱を下ろす。そこでようやく、彼は自分の手が震えていることに気付いた。頭の中ではどう理屈を捏ねても、幼馴染みを殺すことを躊躇っていた。彼女はそれを見抜いて止めてくれたのだ。



(駄目だな、僕は。国に忠義を尽くすことも、幼馴染みを救うこともできない。何一つ決断できず、中途半端だ。幼馴染みだっていうのに、二人の苦しみに気付かなかった。知っていれば、何か変わっていたのか?)



 自身の不甲斐無さを自覚して鬼丸国綱を握る手を見詰める小太郎は頭を悩ませる。



「僕は……一体どうすれば良かったんだ」



 その問いに答えられる人なんて、きっとどこにもいない。

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