第147話 履き違えた救済の定義
「嘘は言ってない。でも、全部を話したわけじゃない。伝えてないことがあった」
静かに、椎奈は言った。いつものおどおどとした喋り方ではなく、まるであらかじめ決めていたことを話すようにスラスラと。
「『人工勇者計画』。ホムンクルスに勇者シリーズのスキルを埋め込むことで人工的に勇者を生み出すこの計画は、私の魂魄等級が『勇者クラス』になったことでスキルが定着し、成功した。……本当に?」
計画を語る彼女は、しかし疑問を挟んだ。
「ねぇ、阿頼耶君。魂魄等級が『勇者クラス』になったからって、あっさり定着すると思う? 何のリスクもなく? そんな都合の良いことがあると、本当に思う?」
まさか、と彼女は笑む。
「自然にスキルを獲得するんじゃなくて、無理やり勇者シリーズのスキルを埋め込まれたんだよ? いくら私の体を作る時に先代の『禁獄の勇者』四上縄郭の体細胞を使っているにしても、スキルはいわゆる才能を形にしたもの。遺伝子的に同一の肉体を持っているからって、同じ才能を得るわけじゃない。素質のない者が分不相応なスキルを持てば、数日もしないうちにスキルに食い潰される」
本来ならとっくの昔に死んでいた命。けど、彼女は目の前にいる。現実として、生きている。
「一人の命では数日で死んでしまう。なら複数の命を繋げることで延命させればいい。彼らはそう考えたの」
一瞬、どういう意味なのか分からなかったが、すぐに思い至った。
「まさか……!」
「私以外の九九人のホムンクルスと霊的パスを繋げて生命力を賄う。それがゲノム・サイエンスが出した結論。私は、彼女たちの命を消費することでどうにか生き永らえているだけに過ぎない」
一人にスキルを埋め込み、延命させるために九九人のホムンクルスと命を繋げる。一〇〇人のホムンクルスを犠牲にすることで一人の勇者を生み出す。
それが『人工勇者計画』の全容だっていうのか!!
「他のホムンクルスたちは……どこにいるんだ」
スッ、と観覧席側のその向こうにあったエリアを指差す。
「向こうにあった九九基の培養槽の中。生まれてからずっと、あそこにいる。外界に適応するように作られてないから、出たら三日と持たずに死んじゃうの。今は霊的パスを繋げたことで、意識だけを共有している状態なの」
驚きよりも、やはりという気持ちが勝った。
始めこそあの培養槽は合成獣を生み出すための装置だと思っていたけど、彼女が話すにつれてその見方が変わった。でも、まさか、あんな所に助けようとしていたホムンクルスたちがいただなんて!!
「不自然な形で生きている私の寿命の残りは、もう幾ばくも無い。計算では、二〇歳になったと同時に私たちの生命力は限界に達して、スキルに食い潰されて死ぬ。培養槽にいる仲間たちも命を搾り取られることになるから絶命する」
言ってしまえば、今の椎奈は血を流し続けている状態で輸血をしているようなものだ。血を補給した傍から流れ出る。供給が間に合わなければ、途切れてしまえば、後は『死』を待つのみ。
彼女が生まれた日がいつなのかは知らない。けれど一九歳になっている彼女に残された時間はもう一年もない。
「それ自体は別に構わないの」
「何だって?」
「元々、作られた命だもの。あるべき形に戻るだけのこと。でも、いずれ死ぬにしても、このままにはしておけない。『人工勇者計画』に一定の成果があって、人工勇者が有用だとみなされて計画が本格的に軌道に乗ればゲノム・サイエンスは……ううん。勇者という魅力に取り憑かれた人たちはあっさりとこの計画に手を出す。そこにある確かな犠牲から目を背けて」
「ちょっと、待て」
「二〇歳までしか生きられないなら、もっとホムンクルスを増やして延命させればいい。そんな風に考えたら? すでに生み出された私たちは、この際仕方ない。でもこれから生まれる命まで、そんな使い捨ての消耗品みたいな扱いをされるのを見過ごすことはできない。そんなこと、絶対に許せない。この歪んだ流れはここで断ち切らないといけない」
「そのためなら自分たちはこのまま死んでもいいって言うのか!?」
「殺人事件が起きたとして、すでに殺された被害者をどうにかして救うことなんてできないでしょ?」
「……ッッッ!!!!!!」
「キミたちは何も悪くない。キミたちが知った時にはすでに全て終わっていた。ただそれだけの話」
それだけ、だって? それだけで済ませて良いことじゃないだろ!
「このまま私が死んでも、想定通りの結果として処理されるだけ。私たちという『成功例』がいる限り、『人工勇者計画』は加速し続ける。次の一〇〇人が生み出される。これは『成功例』となった私たちの責任。だから、私たちは止めなくちゃいけない。私たちが生み出した、悲劇だけは」
否定できなかった。
彼女の言うように、計画に弾みがついてしまったら『消費速度』は格段に増す。忌々しいが、ホムンクルスの命なんて簡単に蔑ろにされるだろう。それくらい、勇者という存在は魅力的だ。
好きに勇者を生み出して配備し、その力を好きに振る舞えるとなれば、一国を築こうとするゲノム・サイエンスにとっては栄光の始まりだ。
「どうやって、止める気なんだ。半端な妨害じゃ、焼け石に水だ。計画自体が何の利益も生まない、無価値なものだと思わせないとゲノム・サイエンスは問答無用で計画を進めるだけだろ!」
ちょっとやそっとのバグでは簡単に修正されてしまう。重大なエラーを出して強制終了させないと意味がない。
「『人工勇者計画』は、人工勇者が天然の勇者と同等の戦力を有していることが前提の計画」
カン、カンと手慰みに垂らした鎖を床に触れさせながら散歩するみたいに、実験の影響で変色した長い淡青色の髪を揺らす彼女は弧を描くように俺の周囲を歩く。
「じゃあもし、自慢の人工勇者がどこの誰とも知れない輩に戦闘で倒されたら? Sランク冒険者やAランク冒険者レベルの有名な実力者ならまだしも、それが無名の戦士だったら? 想定した実力を示せなかったってことになって、『勇者と言っても所詮は人工物。本物には程遠いんだな』って判断される。そうみなされる」
最初の位置から俺を挟んだ真逆の所で歩みを止める。
「つまり、キミに本当に依頼したいことは一つ」
自身の胸に手を当てた椎奈は淡い笑みを浮かべて、
「私が無価値であることを証明するために本気で戦って――殺してほしいの」
ゾクリ、と。
背筋に嫌なものが走る。
それは。
その解決策は。
「そのために、俺たちに依頼したのか。全員犠牲になったのが分かっていながら、ここに招くために」
「そうだよ。私たちの境遇に同情したユーリン《フルカネルリ》イドリスの手引きもあって、私はゲノム・サイエンスから脱出して願いを叶えてくれそうな人を探すことができた。追っ手を撒くために大陸を渡ることになったけどね」
ユーリン《フルカネルリ》イドリスの姿が見えなかったのはそのせいか。椎奈を逃がしたことがバレて拘束されたか。
「クサントス中央大陸に渡ってすぐキミたちに出会えたのは私たちにとって最大の幸運だった。キミたちは私たちにとってこれ以上にない理想的な相手だったの。公的にはBランクやCランクで知名度も低いけど、その実力はAランク並みっていう変わり者。この施設自体も壊してもらうためにも、どうしてもここに来てもらわないといけなかった」
俺たちの実力とランクに大きな齟齬があるのは、今まで関わって来た事件が事件だからだ。
カルダヌスの前領主が起こした違法奴隷事件にアルフヘイムで起こった瘴精霊動乱事件。どれも膨大な経験値を得る事柄だったが、この二つの事件はギルドの依頼で受けたものじゃない。
だからギルドの評価対象外で、ランク自体は上がらない。
セツナの時は、彼女を救う過程で得たダンジョンコアに関する情報を開示したから。ダンジョンはギルドも無関係ではないから、特別に昇格してもらった。
「依頼した時は半信半疑だったし、途中でテオドールさんを助けようとしたり、即位式襲撃を防ごうとしたりした時は冷や冷やしたけど、Sランク冒険者『剣聖』夜月千鶴との戦いで私は確信した。キミたちなら私たちの目的を果たしてくれる。私を殺してくれるって」
「そんなこと、できるわけないだろ!」
椎奈は揺るがない。ずっと穏やかで柔らかい声でうっすらと笑う。
「これは私たち一〇〇人の総意。計画を止めるにはこれしか方法はない。だから……」
淡青色の女性は両手を広げて、ボロボロの笑みを浮かべて、冷酷に告げた。
「Bランク冒険者、雨霧阿頼耶君。どうか私たちを……殺して」
計画を止めるには、要となっている椎奈――つまり人工勇者の戦力が想定よりも低くて無価値であると証明しなければならない。そのために、椎奈は無名である俺に殺される必要がある。
このまま放っておいても椎奈と九九人のホムンクルスたちは一年も経たず死ぬ。スキルを剥ぎ取ったとしても、残りの寿命もそう変わらないだろう。それに九九人のホムンクルスたちは培養槽から出たら死んでしまう。
俺が協力してもしなくても、彼女たちは死ぬ。もはや生き残る術はない。
でも、だけど。
そうだとしても!
「ふざけるな」
こんなのは、絶対に間違っているッッ!!!!
「人の都合で生み出されて! 人の都合で勇者にされて! 名前すら与えられずに人としての尊厳を踏みにじられて! 三一七人も実験で殺されて! 残りの一〇〇人だって命を消費されて! それでもこれから生まれる悲劇を食い止めるためなら自分たちは死んでも良い!? そんなわけがあるか!」
彼女は笑みを崩さない。まるで聞き分けのない子供を微笑ましく見るかのように笑みを浮かべるばかり。
「そんな薄っぺらな綺麗事で満足なんてするか! 悲劇的な結末が救いになんてなるか! 助けてほしいって時に教科書通りの博愛なんて持ち出したって何の役にも立たないんだよ! そんなことも分からないのか!」
全てを受け入れたような顔が、救いを求める言葉を口にしながらも決定的にその本質から遠ざかっていることが、腹立たしいくらいに気に食わなくて、俺は極夜の柄を握り締めた。
「だったら教えてやるよ。救済の定義を履き違えやがって。俺はお前を、いいやお前たちを諦めない! 絶対に! 誰一人失わず、全員が笑って明日を迎えられる。そんな奇跡があるってことを示してやる!」
認めない。
誰かが犠牲にならなきゃ救われない残酷な現実なんて、そんなものが救済だなんて、俺は絶対に認めないッッッ!!!!!!




