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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5章 東方魔境の悪鬼編
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第146話 その行動が意味するものは

 先ほどまでアスランと助手がいたエリアにあったのは、エリア全体を埋め尽くさんばかりに設置された大量の培養槽だ。


 直径一メートルほどの円筒形で、高さは二メートル弱ほど。それが中央を走る通路で分けるように両サイドに等間隔で並べられている。片方で五列一〇行。両方合わせて一〇〇――いや、一つ分だけ欠けているから九九基か。


 スモークガラスになっているのか、それとも培養槽を満たす液体の透明度が低いのか。培養槽の中身は、何かがあると分かる程度にしか見えない。


 酷く無機質で温かみがなく、まさしく実験室と呼ぶべき場所だ。


 さっきのエリアには合成獣(キメラ)がいたから、それを生み出すための培養槽か?



「椎奈、頼む」


「うん。分かった」



 頷いた椎奈は鍵を開けるためにエリアの最奥に向かった。


 見渡せばさっきのエリアと同じように机があって、そこにはレポートが置かれていた。例によってセツナに代読してもらう。



「どうやら合成獣(キメラ)についての記録じゃないみたいですね」



 と前置きをしてから、



「『――火の月の三一番。

 また失敗した。これで一三二回目の失敗だ。どうしても勇者シリーズのユニークスキルがホムンクルスに定着しない。ホムンクルスの素材には、確保した勇者シリーズのユニークスキル【勇者禁獄(ブレイブ・リミテーション)】の前の所持者である四上縄(よつかみなわ)(くるわ)の細胞を使用している。肉体的な同調率は問題ない数値を出している。だが成功しない。一体何が足りないというのか。

 このままでは我らゲノム・サイエンスが日の目を見る時は訪れない。一国を築くためには戦力が必要となる。錬金術系の選定者である私をあろうことか「危険思想」などとほざいて追放した馬鹿どもを見返す必要があるというのに』」



 これ、『人工勇者(アーティフィシャル・ブレイバー)計画』の実験記録か。


 日付はおよそ五〇年前。そんな昔からゲノム・サイエンスは国を作ることを目的に活動し、そのために勇者を自分たちの手で作り出そうとしていたのか。


 ただ、しばらく実験は失敗続きだった。進展したのは今から数年前の時だ。



「『――風の月一三番。

 今日は定例会議で「スキルが定着しないのは魂魄等級が『勇者クラス』じゃないからではないのか」という話が持ち上がった。残念ながら我々には魂を視ることができないので確認は不可能だが、この仮説は一考の余地があるだろう。このまま続けても実験は失敗するのは目に見えている。故に裏ダンジョンに行くとしよう。魂魄等級のメカニズムはいまだ判明していないが、少なくとも種族の進化には有効な手段であることが分かっている。これは実例がいるので明らかだ。魂魄等級にも影響を及ぼすかは未知数だが、試してみる価値はあるだろう。

 明日、実験体四一七号を連れて、Cランクダンジョン『孤島の地底湖』の裏ダンジョンに向かうこととする』」



 Cランクダンジョンで実験か。Cランクなのは、当時はまだ椎奈が強くなかったからかな。下手に高ランクのダンジョンに挑戦させて死んだら元も子もない。



「『――嵐の月の一五番。

 成功だ。裏ダンジョンに行く手順を探すのに手間取って一ヶ月もかかったが、ようやく実験体四一七号が勇者になった。魂魄等級が「勇者クラス」になったのだろう。やはり勇者シリーズのユニークスキルを定着させるためには魂魄等級が「勇者クラス」でなければならなかったようだ。だが無事に成功した。今回は偶然にも「勇者クラス」になったわけだが、これを任意に昇華させることができれば、「人工勇者(アーティフィシャル・ブレイバー)計画」は軌道に乗る。

 そうすればようやく、我々は目的を達することができる』」


「魂魄等級?」



 そう言えば、アルフヘイムの王城の地下にある礼拝堂で読んだ勇者に関する資料にも同じ単語が出てきたような……?


 実験記録に度々出てくる単語に首を傾げると、クレハがそれについて答えてくれた。



「魂ある者が持つ、魂の『格』のことですわ」



 口元を覆うスカーフの位置を調節しながら彼女は講義するように言葉を続ける。



「全てで七種類ありまして、下位が『凡人クラス』、中位が『偉人クラス』、上位が『勇者クラス』、『魔王クラス』、『英雄クラス』、そして最上位が『神格クラス』と『超越クラス』になりますわ」



 どれがどうなのかは、おおよそ想像はつくな。



「九割以上が平凡な『凡人クラス』ですが、稀に現れる天才と呼ばれる者が『偉人クラス』の魂を持っていますわ。あとは名称から連想できるでしょうが、『勇者クラス』の者は勇者に、『魔王クラス』の者は魔王に、『英雄クラス』の者は英雄に、『神格クラス』の者は神に、『超越クラス』の者は超越者になる素質がございます」



 となると、椎奈や異界勇者である元クラスメイトたちは全員が上位の『勇者クラス』ということになるわけか。


 ただ、魔王は聖戦時代において救世主の一人であったわけだし、魔族(アスラ)の王という意味でしかないのだから魂魄等級は『英雄クラス』に分類されるはず。


 どうして『魔王クラス』に分かれているんだと首を傾げそうになるが、おそらくその辺は『勇者システム』が『邪神』デズモンドによって歪められたことで整合性を取るために新たに生まれたのかもしれない。



「よくそんなことを知っているな。物知りなセツナですら知らなさそうな顔をしているのに」


「あら、わたくしは龍族(ドラゴン)ですもの。天族(エリオス)魔族(アスラ)神族(ディヴァイン)と同様に魂を視る眼を持っていますわ。精度は然程高くはございませんが」


「……俺、半人半龍なのに視えないんだけど?」


「それはまだ龍としての力が弱いからではなくて?」



 力を高めれば、いずれは視えるようになるってことか。


 クレハは獣のように瞳孔が縦に割れた金眼で全員を見てから、



「わたくしと兄上様と咲耶姫は『凡人クラス』で、椎奈さんは『勇者クラス』、あとの皆さんは全員『偉人クラス』ですわ。……ですけど、『凡人クラス』の兄上様がどうしてあれほど英雄のような偉業を成せるのかは甚だ疑問ではございますが」


「俺としては『凡人クラス』なのに『偉人クラス』のセツナたちよりもステータスレベルが高いことが疑問だけどな」



 まぁ龍族(ドラゴン)には環境に適応する【龍の栄光】っていう強化系ユニークスキルがあるからな。戦えば戦うほど際限なく強くなる。『凡人クラス』でも『偉人クラス』や『勇者クラス』を超えることも難しくない。


 だからこそ龍族(ドラゴン)は種族最強。種族からして規格外というわけだ。



「向こうの扉の鍵、開けて来たよ。先に進もう?」



 疑問が解消され、セツナに実験記録を読み進めてもらおうと思ったが、鍵を開けて戻って来た椎奈から呼び掛けがあった。


 実験記録に没頭してしまっていた。彼女の言うように、先に進むべきだ。意識を実験記録から戻し、次のエリアに向かう。そこを突破すれば地下三階。目的地に辿り着ける。



「急ごう。この先に、助けを待つホムンクルスたちがいる」


「……」



 扉は二枚あって一枚目を通ると、奥にある空間を見るための観覧席のような場所になっていた。そこを通り過ぎ、二枚目の扉を潜る。


 あったのは、長方形の広大な空間。だがここに来るまでのように物々しい檻や奇怪な機材があるわけではない。


 何もないのだ。


 ただ広い空間があるだけで、何もない。肩透かしのように思えるかもしれないが、違う。ここまで来て、見ての通りの何もない空間なわけがない。


 ここは実験場だ。


 複数の動物を掛け合わせた合成獣(キメラ)、種としての特性を組み込んで犯罪装置にされた妖怪種(スペクター)、数多くのホムンクルスを犠牲にして生み出された人工勇者。


 ゲノム・サイエンスが今まで立てた実験・計画による成果物の能力値を計測するための、殺し合いの場だ。



「やっとここまで来れた」



 不意に、声があった。

 弾かれるように振り返れば、深い青色の鎖が宙を舞っていた。



「っ!?」



 極夜を抜いて防御体勢を取った。金属同士がぶつかる重音が響き、俺は吹き飛ばされる。体を捻って体勢を整えて、床を擦るようにして制動をかけた。


 気付けば、セツナ、ミオ、クレハ、セリカ、テオドール、咲耶姫が、俺とは反対側の観覧席にまで追いやられており、防災用隔壁によって扉を封じられ、こちら側に来られないようにされていた。


 戦力の分断。これは明らかな敵対行為だ。彼女がそんなことをするなんて夢にも思わなくて、俺は困惑を隠せない。


 わけが分からない。

 どうして彼女はこんなことを?

 まさか、始めから俺たちを騙していたのか?



「どういうことだ」



 余人の邪魔が入らない二人きりの状況を意図して作り出した張本人を真っ直ぐ見る。



「仲間を助けたい。あの言葉は嘘だったのか」



 大きく開いた袖口から鏃の付いた鎖の魔道具『海魔烏賊の触鎖(クラーケン・チェイン)』を出してゆらゆらと揺らす彼女に向かって叫んだ。



「答えろ…………椎奈ッッ!!!!」



 

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