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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第1章 名も無き英雄編
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第16話 戦の前に

 セツナが泣き止み、服も乾いたので改めて状況を整理することになった。



「え? 今、俺たちは第十階層にいるのか?」


「はい。どうやらこの崖は下層に降りるための縦穴だったみたいです」



 ダンジョンにはこういった縦穴や近道がいくつもあり、熟練の冒険者たちはこれを使って下層へと降りていくらしい。第十階層より下限定になるが、帰りの近道なんかもあるのだとか。


 二層分も落ちたなんて、俺たちよく無事でいられたものだ。



「それで、俺たちがいるここはダンジョンにいくつか存在する安全区域セーフエリアだと」



 安全区域セーフエリアとは簡単に言えば魔物が寄って来ない絶対安全のエリアのこと。一フロアに数か所存在し、これを見付けて上手く探索することもダンジョン攻略の肝なのだとか。



「落ちたのが安全区域セーフエリアで助かりました。おかげで落ち着いて治療もできましたし」


「こうして装備の確認もできるしな」



 現在、俺とセツナは互いの【虚空庫の指輪】に入っている物資を出して中身を確認している。


 俺の方は、ロングソードが四本、ショートソードが二本、ナイフが二十本、槍が一本、楯が一つ、杖が三つだ。大剣とロングソード一本はさっきのミノタウロスとの戦いで消費してしまったが、貯蔵としては充分だ。


 セツナの方は、下位回復薬ポーションが三つ、中位回復薬ポーションが二つ、中位魔力回復薬マナ・ポーションが六つだ。


 回復薬ポーション魔力回復薬マナ・ポーションの等級は同一で効果も価格も似たようなものだ。下位は全体の三割くらい回復し、一本あたりの価格は大銅貨五枚で日本円だと五千円ほど。中位は全体の五割くらい回復し、一本あたりの価格は銀貨九枚で日本円だと九万円ほど。上位は全体の七割くらい回復し、一本あたりの価格は大銀貨一枚と銀貨七枚で日本円だと十七万円ほどだ。


 こういった薬の中には万能薬エリクサーなんていう、体力と魔力の完全回復に、状態異常の回復も可能にするものも存在する。ただ、さすがに永続的に効果を発揮する【呪い】に対しては効果がないみたいだが。それでも充分以上に価値のある代物なので、価格も一本あたり大金貨三枚、日本円で三千万円もする。



 高過ぎるだろ。効果を考えれば妥当なのかもしれないけど、それでも高いわ。


 ダンジョン探索中に見付けた宝箱の中には回復薬ポーション魔力回復薬マナ・ポーションもあったのでそれも回収しているのだが、それでも彼女の持ち物には魔力回復薬マナ・ポーションが多い。というのも、セツナは魔術銃士だ。魔法銃から撃つ弾丸は彼女の魔力で作られた魔弾であるため、撃つたびにガンガン魔力を消費していく。だからダンジョンに潜る前に魔力回復薬マナ・ポーションを多めに購入していたのだ。


 今までやってきた依頼の報酬、ほとんど手を付けてなくて良かったと本気で安堵した。まぁ、それも今回の出費で大半消えてしまったけど。



「とりあえず階層主戦に備えて、回復薬ポーションの大半は先輩が持っておいた方が良いでしょうね。前線で一番怪我を負いやすいですし」


「だな。魔力回復薬マナ・ポーションは……一本あれば充分か。残りは全部セツナで」


「一本じゃ少ないですよ。いざという時のために二本は持っててください。先輩、ただでさえ魔力量が少ないんですから」



 ずいっと二本の魔力回復薬マナ・ポーションを押し付けられる。



「これでも随分と魔力量は増えたんだけどな」



 肩を竦めながらも、仕方なしに魔力回復薬マナ・ポーションを受け取る。


 夜中に結界から抜け出して戦ったおかげもあって、俺のレベルは五になった。それに伴って魔力量も二百を超えたのだ。彼女もレベルが上がって、七から八になっている。どうにか彼女とのレベル差を縮めることはできたのだが、まだ俺の方が低い。階層主戦までに同じレベルになりたかったな。まだ間に合うと良いんだけど。



「第十階層の階層主はジャイアントトレントだっけ?」


「はい。大きさは一回り大きく、力も速度も防御力も普通のトレントよりも強力な魔物です。売ればかなりの金額になりますね。それと、ジャイアントトレントの素材は魔術の触媒や発動体にも打って付けなんです。魔術が苦手なら、これで魔道具を作ってもらうのも良いかもしれませんよ」



 なんと。そんな使い道もあるのか。

 “元”が付くとは言え、さすが魔術学園の生徒。

 色んなことを知ってるな。



「まぁ、普通は素材が自分に合ってるかどうか調べるところからしないといけないんですけどね」


「素材によって合う合わないがあるのか?」


「そうですよ。自分と親和性の高い属性の方が合うんです。火属性が得意なら火の素材と合いやすく、土属性が得意なら土や木の素材が合いやすいというわけですね。ですから一口に魔道具と言っても、木製の物もあれば、魔物の骨で作られた物、金属の物もあるんです」


「じゃあ、俺がジャイアントトレントから出た素材との親和性がないと、魔道具を作ったところで意味がないってことなのか」


「そうなんですけど、先輩ならどれでも大丈夫なような気がするんですよね」



 言葉の真意が分からず、俺は眉を寄せた。



「? どういう意味だ?」


「いえ。別に深い意味はないんですけど。何となく、先輩ってどんな素材でも問題なく合いそうな気がするんですよ。どんな素材でも合うなんて、普通はありえないんですけどね」



 彼女の言葉は、全ての属性の魔術スキルを習得していることを意味している。


 そんな人間はまずいないだろう。いたとしたらそれは、異世界から召喚された勇者か、偉業を成す英雄のような規格外な存在くらいなものだろう。


 俺は異世界人ではあるが、勇者でもなければ英雄でもない。

 だから彼女の言葉はきっと、気のせいというヤツだ。



「そういえばさ。レベルが上がる時やスキルを習得した時に聞こえるあの声って一体何なんだ?」



 話題を変えるために、彼女に常々気になっていたことを訪ねた。



「あぁ、あの声ですか。アレは【天の声】と言われています。女神教の聖書には【天の声】は【女神アレクシア】様のお声だと書かれていますが、直接聞いたことのある人はいませんので、真偽のほどは定かじゃないですね」



 あー、言われてみれば確かにアレはアレクシアの声だ。

 どうりでどこかで聞いたことがあると思った。



「女神教ってのは何だ?」


「【女神アレクシア】様を信奉する、一番信者の多い宗教団体のことです。この世界の三分の一ほどが【女神アレクシア】様を信仰していますね。その他にも【地母神グラツィエラ】様を信奉する地母神教、【天空神ディミトリアス】様を信奉する天空神教、【大海神マルティナ】様を信奉する大海神教、【邪神デズモンド】様を信奉する邪神教が存在します。所属人数は、地母神教、天空神教、大海神教、邪神教でそれぞれ似たり寄ったりと聞いたことがあります」


「何か、一柱だけ不吉な単語の神がいるな」


「【邪神デズモンド】様のことですね。邪神様に関しては文献も少なくて、ほとんど何も分かっていないんです。邪神教も「秘匿された教団」って言われるほど、その活動は秘されています。そもそも、一体どこに拠点を構えているのかも分かっていないんです」


「……気味が悪いな」



 普通、宗教団体ってのは活動を大々的に晒すことで信者を増やすものだ。それなのに活動を秘匿しているなんて、不気味過ぎる。



「まぁ、そんなに気にしなくても良いと思いますよ。邪神教徒と遭遇することなんて、滅多にあることじゃありませんから」


「だと良いけどな。セツナは何教に入ってるんだ?」


「教会には入っていませんが、信仰してるのは【女神アレクシア】様です。フェアファクス皇国では【女神アレクシア】様が主な信仰の対象となる国なので、自然と【女神アレクシア】様を信仰する人が多くなるんです。まぁ、それほど信仰心があるわけでも、教会に所属してるわけでもありませんけど。ちなみにオクタンティス王国は大地に囲まれた国ということもあって、ほとんどの人が【地母神グラツィエラ】様を信仰してると聞きます」



 その国の特色によって信仰する神が違ってくるのか。

 そこは地球と同じだな。神の数は圧倒的に少ないけど。


 でも、オクタンティス王国は【地母神グラツィエラ】を信仰する人が多いって話だが、それでもアレクシアを信仰する人が多いのか?


 ……あぁ、そうか。この世界には人間以外にも多くの種族がいるから、それも換算するとアレクシアを信仰してるヤツらが多い計算になるのか。


 思ったよりもこの世界は神との関わりが密のようだ。

 五千年前に起きた【聖戦】が今でも語り継がれてるくらいだし、当然と言えば当然か。



 ……聖戦と言えば、気になることがある。


 アレクシアの話だと、俺の両親は【聖戦】時に活躍した英雄だったらしい。そこから父さんと母さんは【女神アレクシア】と【聖書の神】と契約を結んで地球に渡り、その後、十七歳になった俺がアストラル側に来ることになった。


 ……経過年数がおかし過ぎる。俺はまだ十七歳だ。つまり、【聖戦】が終わってから十七年しか経っていない。それなのに、どうしてアストラルでは【聖戦】が終わってから五千年もの月日が流れてるんだ? 地球とアストラルの時間の流れが違うと仮定しても、これは違い過ぎる。


 【勇者召喚の儀式】による弊害?

 それかアレクシアが何かしたのか?

 それともただの偶然?



「……先輩?」



 はっと、俺の意識は浮上した。

 いけないいけない。思考に耽ってしまった。



「やっぱり、怪我の具合が良くないんですか? もう少し休んでからにした方が良いんじゃ……」


「あー、いや。違う違う。ちょっと考え事をしてただけだ。怪我の方はもう大丈夫だから」


「本当ですか? 痩せ我慢なんかしないでくださいよ? 一応、もう一本回復薬(ポーション)飲みますか?」


「いや、本当に大丈夫だから」



 苦笑しながら俺はセツナを宥め、準備を進めた。








 準備を終え、先へと進んでから十分後。

 俺たちは足を止めて、ある物を眺めていた。



「なぁ、セツナ」


「はい。何ですか?」


「俺の見間違いかな? 目の前に、何だか凄く物々しい扉があるんだが」


「奇遇ですね。私にも同じものが見えてます」


「……一応聞くんだけどさ。これ、何だと思う?」


「明らかに階層主がいる部屋の扉ですね」



 そうか。やっぱりそうか。

 どう見てもそれにしか見えないもんなぁ。



「おかしくね? 絶対おかしくね? あの湖から離れて十分くらいしか経ってないのに何でもう階層主の扉があんの?」


「位置的に、たまたまそうだったとしか」



 第八階層から落ちた所が、たまたま第十階層の階層主の部屋の近くだったってのか?

 運が良いのか。悪いのか。


「どうしますか?」


「そうだなぁ」



 予定としては、この階層でもう何戦かしてから階層主と戦うつもりだったんだけど。

 まぁ、仕方ないか。



「行こう。どの道、階層主を倒さないとセツナの目当ての物も見付からないし、この階層主でドロップしなかったら下の階層に行かないといけないしな」



 前に進む理由はあれど、後ろに下がる理由はない。

 ならば戦うまでだ。


 相手はジャイアントトレント。ギルドから教えてもらった情報だと、レベルは二十前後だという。四倍以上のレベル差があるため無謀な戦いになるが、力で負けているなら知恵で補えばいい。



「それじゃあセツナ。手筈通りに」


「はい。頑張ります」



 バシンと頬を叩いて気合いを入れるセツナと共に、階層主への部屋へと入った。

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