第145話 明らかにされるその所業
予定通り武器庫をセツナの初級火属性攻撃魔術【火球】で爆破した。おかげで蜂の巣をつついたような大騒ぎ。理路整然とした警備シフトもガタガタになった。
正面ゲートの警備兵たちも爆発現場へと向かったので、向こうに注目が集まっているうちに潜入する。
武器庫に保管していた火薬にどんどん引火しているようで、断続的に爆発が起きて火の勢いは増すばかりだが、それに合わせて人の数も増えていく。
何せ公式には魔石貯蔵倉庫なのに本当は武器庫だったなんてバレたら提出書類の偽造やら過剰戦力の保有やらで面倒なことになる。施設内を手薄にしてでも一刻も早く消化したいに決まっている。
「……」
俺たちに囲まれるようにして守られている咲耶姫は何だか非常識なものを見たような顔をしていたが、気にせず施設内にある隠し通路へと向かう。
今頃、三方向に展開していた『天下五剣』と『六煌刃』と『モルタザカ』も動いているだろうな。打ち合わせなんてしていないけど、爆発が俺たちの仕業だっていうのは分かるだろうし、そうでなくともこのチャンスを逃しはしないだろうし。
上手く事が進めば、地下三階で合流できるかもしれないな。
物陰に隠れてやり過ごして進む。敵は右往左往しており、悪目立ちさえしなければ足音を立てたくらいでは『自分たちと同類の誰か』としか認識されない。
「ここだ。ここに隠し通路がある」
L字になっている通路に差し掛かった所でテオドールが制止をかけた。
一見すれば右に曲がるように進むしかないみたいに見えるが、曲がり角の壁部分は偽装だ。本当はT字路になっていて、左に曲がることで地下に行くことができる。
「よし。テオドール、頼む」
テオドールが壁に設置されている燭台を捻ると、壁の一部がスライドして通路が現れた。
俺、セツナ、テオドール、椎奈、ミオ、咲耶姫、セリカ、クレハの順で地下一階に降りると、戦闘部隊らしき者たちが徘徊していた。地上での騒ぎを察知しているようで、こちらも地上と同じく慌ただしく動いて地上に向かおうとしていた。
余計な戦闘は避けたいのでここも基本的に隠れながら地下二階に行ける階段を目指す。地上の時と同じ要領で進み、あれよあれよという間に下階に通じる階段に辿り着き、地下二階へと降りた。
ちなみに、テオドールは地下一階までしか行ったことがないので、地下二階に続く扉の鍵を開けることはできない。だが椎奈なら可能なので、彼女に鍵を開けてもらった。
「凄い。こんな簡単に敵の懐に侵入するなんて」
「真正面から戦うことだけが戦いじゃないんだよ、咲耶姫。むしろこういった小手先のやり口の方が圧倒的に出番は多くて有用なんだ」
地下二階はいくつかのエリアに分かれているが、今いるエリアには驚くべきことに武者鎧を身に纏う大量の骸骨騎士が壁沿いに並んで林立していた。思わず極夜を抜きそうになったが、骸骨騎士は動く気配がない。
「おそらく召喚されたアンデッドですね。意識はあるでしょうが、待機を命じられているようなので召喚者の命令がない限り動くことはありませんよ。……それよりも」
セツナは辺りを見渡して、訝しげに声を漏らす。
エリアのあちこちには大小さまざまなサイズの檻が積み重なっており、その中にはこれまたさまざまな生物が閉じ込められていた。だが、それはよく見る動物や魔物とは違っていた。
複数の動物の特徴を持つ生物が檻の中に入れられていたのだ。
「何ですか、これ。グリフォンやマンティコアとは違う。どれも見たことのない組み合わせの生き物ばかりです」
檻の中の動物たちを見ながら、セツナは訝しげに言う。
アストラルでは複数の動物の特徴を持つ生物は珍しくない。
鷲の頭と翼にライオンの胴体を持つグリフォン。人間の顔とライオンの胴体に蝙蝠の羽と蠍の尻尾を持つマンティコア。ライオンの頭に山羊の胴体と毒蛇の尻尾を持つキマイラ。馬に鳥の翼を生やしたペガサス。キュアノス東方大陸なら、猿の頭と虎の足に狸の胴体と蛇の尻尾を持つ鵺なんてのもいるか。
だが、ここにいる動物たちはそのどれとも違うのだ。
「合成獣だ」
一体何なのだと疑問に思っていると、テオドールが答えを口にした。
「グリフォンやマンティコアも広義的には合成獣だが、普通は一つの種族として成り立っている。だがここにいる動物たちはそうではない。人為的に合成されておる。しかも……製造の過程で我が主、テレジア様の力が使われておる!!」
何でそんなことまで分かるのかと思ったら、このエリアの中央にある机の上に置かれた紙を見ていた。そこに詳細が書かれていたのだろう。彼の声には怒りが色濃く浮かんでいた。
覗き込むようにしてその紙を見てみる。読めなかった。日本語のようにも見えるが、細部が異なる。キュアノス東方大陸で使われるアシハラ語だろう。仕方ないのでレウコテス西方大陸以外の言語をマスターしているハイスペック金髪美少女セツナに代読してもらった。
どうやらこの合成獣たちに関するレポートのようだ。どの組み合わせでどのようなことができるのか、そういったことが書かれている。
中にはグリフォンやマンティコアと同じ組み合わせで、同種を生み出すことができるのかまで調べているようだった。結果は失敗だったようだけど。
そしてそのレポートには、『魔女』テレジア・エアハルトの力を流用することで合成獣を生み出した旨の記載もあった。
「テレジア様は『秘薬の魔女』の称号を持つ選定者なのだ。薬品を用いて肉体を変化させることを得意としておる。戦う時も自身の体を変化させておった。クラゲの触手を生やしたり、腕をゴリラのそれに変化させたりしてな。その力は自身のみならず、他者にも影響を与えることができるのだ。自身以外の他生物を変化させることなど造作もない」
キルケ。
ギリシャ神話に登場する、人を動物や怪物に変える魔女だな。スキュラという、美女の上半身に下半身は魚で腹部からは犬の前半身を六つ生やした怪物を生み出したのが一番有名か。
「テレジアさんは、ゲノム・サイエンスに協力したってことか?」
「いや、それはない。テレジア様は自身の体を変化させるだけに留め、その力を使って他の命を弄ぶような真似は決してせぬ。おそらくゲノム・サイエンスの研究者どもが、封印状態のテレジア様から力を無理やり抽出したのだろう」
「そうか。……その封印っていうのはどういったものなんだ?」
「テレジア様ご本人の力を封じるもので、自分で解除はできぬようにしている」
「自分で解除できる状態なら、脅されて解除を迫られるかもしれない。それを避けるための処置か」
「うむ。故に解除方法を知っているのは儂とテレジア様のみだ。儂は知らぬふりをして、テレジア様はその記憶を消したと嘘を吐いたがな」
上手いことやったな。結果としてわずかながら力を掠め取られたが、それでも自分の力をフルで利用されることだけは避けた。
「封印は儂自身がテレジア様に触れた状態で合言葉を言えば解除される」
「じゃあテオドールがテレジアさんの所まで行ければ問題なさそうだな」
さらにレポートによれば、やっていたのは合成獣実験だけではなく、雪女の結婚詐欺事件、天狗の神隠し事件、油取りの子殺し事件などなど、その特性を利用した実験・計画によって起こった事件がいくつもあったみたいだ。
その数は全部で九九。椎奈の『人工勇者計画』も入れれば一〇〇か。
「被害に遭ったと思わしき妖怪種たちのお姿は見当たりませんでした、ご主人様」
「……ずっと実験をしているわけじゃないだろうから、地下三階にいると思う。ここにいる合成獣たちは、実験中だったのかも」
このエリアを一通り見て戻って来たセリカとミオの意見に頷く。
その時、奥の方から話し声が聞こえてきた。いや、というかこっちに向かって来ているな。
顔を見合わせ、俺たちはそれぞれ物陰に身を隠すことにした。一ヶ所で全員が隠れることはできないので、俺とセツナ、ミオとセリカと椎奈、咲耶姫とクレハで分かれて隠れることになる。
このままジッとしていればやり過ごせるはず……って、あれ?
「(テオドールは? あいつ、どこに行った?)」
「(あそこで骸骨騎士たちに混ざっていますよ)」
「(なっ!?)」
テオドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォル!?
何で!? 何をどうしたらそういうことになるわけ!? そんなので誤魔化せるわけないだろ!? 和風の鎧の中に西洋の鎧が混ざっているんだぞ!? 絶対にバレるって!!
「……………………」
微動だにしねぇよあのデカブツ!! 完全に骸骨騎士の一体になりきってやがる!!
「一体何の騒ぎだ」
「そ、それがどうやら何者かの襲撃を受けたようでして」
っ!? そうこうしているうちにこっちに来てしまった! もう下手に動けない! こうなったらもうバレないことを祈るしかないっ。
「敵襲だと? 『天下五剣』か?」
「そ、それと『六煌刃』と『モルタザカ』もです。潜伏中の間者たちが上手く誘導したようで、現在は三方向に分かれて少人数で攻撃してきている模様です」
話しながら奥のエリアから出てきたのは白衣姿に髭を蓄えた眼鏡の老爺と、同じく白衣姿の年若い青年だった。老爺の質問に青年は恐縮したように答えていて、一目で上下関係が分かる。
身動きが取れないテオドールに確認はできない。椎奈に視線を向けると、彼女は静かに頷きを返した。
ということは、あの老爺がアスラン《サンジェルマン》イドリス。
数々の伝説を残すヨーロッパ史上最大の謎の人物として知られる錬金術師、サンジェルマン伯爵の力を受け継いだ選定者か。
隣にいるのは助手だろうか。てっきり妹のユーリン《フルカネルリ》イドリスと一緒かと思ったんだけどな。
乱雑に置かれた檻の間を縫うようにして歩く二人だが、その歩みがテオドールの前を少し通り過ぎた所で止まる。やっぱりバレたかと思ったが、違った。
「ふん。ヤツらは上手く働いたようだな。……ヤマト、ヤン獣王国、ジャウハラ連邦王国。この三国に嗅ぎ回られるのも、そろそろ鬱陶しくなってきたところだ。我々が国を成すためにも、そろそろご退場願おうか。こいつらの性能テストも兼ねて、な」
『虚空庫の指輪』を所持しているのだろう。アスランは虚空から豪奢な金属質の杖を取り出し、下端を床に打ち付ける。それを合図に全ての檻の鍵が外されて合成獣外に出て、壁沿いに並ぶ骸骨騎士も並んだ。
指示を待つように待機する合成獣と骸骨騎士の群れを見て、気を良くしたように笑みを深めたアスランは先頭に立ち、助手と合成獣と骸骨騎士たちを引き連れて上階へと向かってしまった。
……え? 嘘だろ?
何で気付かねぇの! いや、こっちとしては大助かりだけどさ! 普通気付くだろ!?
「……骸骨騎士が命令を受けて整列した時もテオドールは動いてなくて違和感満載だったのに気付かなかったとか、何か納得できない」
「ま、まぁ運が良かったってことにしておきましょう?」
苦笑いを浮かべるセツナに慰められつつ、俺たちは次のエリアに移動することにした。




