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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5章 東方魔境の悪鬼編
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第141話 東方三大国と対面

 聞けば、お互いに勘違いしていたことが分かった。


 彼女は即位式の護衛をしていた一人で、襲撃者を追っていたのだがその道中に見失ってしまった。諦めかけたが、即位式があるのに山の中にいた不審者――つまりは俺たちをその一味だと判断して、情報を吐かせるためにも攻撃を仕掛けてきたということらしい。


 彼女が最後の一撃を止めたのは、俺の左胸に即位式襲撃の際に加勢してくれた暗殺者たち(クレハたちのことだな)と同じ鴉の紋章があったことに気付いたからだ。



「ウチらに加勢してくれたあの暗殺者たちの仲間とは思わんかった。ほんまにすまん」


「いえ、気にしないでください」



 こっちも向こうをゲノム・サイエンスの刺客だと思い込んで戦っていたわけだし、お互い様だ。


 彼女自身のことも聞いたが、正直驚いた。彼女は『剣聖』の異名を持つS-2級冒険者だから、ではない。



「にしても、まさかウチの流派のもんと出会えるとは思わんかったわ」


「俺もですよ、開祖様」



 夜月千鶴。驚くことに彼女は地球において、かつて戦国の世で最強の名をほしいままにした、夜月神明流の開祖その人だった。彼女が夜月神明流の技が使えるのも当然だったわけだ。


 開祖様が女性だってことは俺に夜月神明流を教えてくれた師範から聞いていたから知っていたけど、まさかこっちの世界で会えるとは思わなかったな。



「ふむ」



 今、俺たちは先ほどまで戦闘をしていた小高い山(激しい戦闘のせいで禿山同然になったけど)で膝を突き合わせて話をしているのだが、開祖様は顎をさすりながらしげしげと俺の方を見る。



「何です?」


「いや、顔に似合わんとモテるんじゃなぁと思ってな」



 ニヤニヤと笑う開祖様の言葉に、俺は返答に困った。


 というのも、俺の右側にはセツナが、左側にはセリカが、さらに横向きで膝の上で座ったミオの三人が俺に体重を預けるようにしてもたれかかっていた。


 説明の二度手間を防ぐために、戦闘が終わったタイミングで彼女たちを【念話】で呼んだのだが、かなり心配していたみたいだ。合流してからずっとこの調子なのだ。


 セツナがよくくっ付いてくるからスキンシップにはある程度慣れているとはいえ、さすがに人前だと恥ずかしいのだが……心配させてしまった手前、あまり強く言えない。むしろ開祖様の前だからこの程度で済んでいると思うしかない。


 観念したように溜め息を吐いてミオの顎の下を指先で撫でると、彼女は気持ち良さそうに目を細めてゴロゴロと喉を鳴らした。


 すると、クレハから念話が繋がった。



『兄上様。即位式を襲撃した魔術師八名を捕縛しました。奥歯に仕込んでいた毒も処理済みですわ。残り一人は護衛の任に就いていたSランク冒険者が追跡しましたが……』


『ご苦労様、クレハ。ちょっと手違いがあったけど、その人とはこちらでも接触したよ。残念ながら最後の一人には逃げられたみたいだ』


『でしたらこちらにいらしてくださいません? 襲撃者たちの処遇もなのですが、桜小路(さくらこうじ)陽輪(ひのわ)姫様が助けてくれたお礼を言いたいと仰っておりまして。それと襲撃者によって首脳陣と護衛がステータス低下の呪いにかかっているので、兄上様かセツナさんに解呪をしていただけません?』



 俺とセツナは聖剣と聖銃の使い手だ。聖武具から浄化作用のある神聖属性の魔力を流用すれば疑似的に神聖属性魔術を使うこともできる。だから俺たちに解呪を依頼するのも、まぁ分からないことではない。


 だが、



『そこには「天下五剣」もいるんだろ? あの五振りは聖剣でもある。中でも数珠丸(じゅずまる)恒次(つねつぐ)は退魔能力に特化しているはず。解呪くらいなら神聖属性の魔力を当てるだけでもできなくはないないだろ?』


童子切(どうじぎり)安綱(やすつな)鬼丸(おにまる)国綱(くにつな)は「鬼を斬った」という逸話から鬼殺し(オーガ・スレイヤー)に特化していますし、魔除けの守り刀として知られる数珠丸恒次や、他の天下五剣の三日月(みかづき)宗近(むねちか)大典太(おおてんた)光世(みつよ)では上級の暗黒属性魔術の呪いを解くのに出力が足りないのではなくて?』



 何か釈然としないなぁ。


 とはいえ、完全に脅威が去ったわけではないから、護衛の戦力が低下したままでは困る。解呪はしておいた方が良いだろう。



『解呪は引き受けるけど、礼は不要だと伝えてくれるか?』


『納得するとは思いませんが、伝えるだけ伝えておきますわ』



 苦笑気味に言われて念話が切断された。俺に寄り掛かっていたセツナたちが離れ、俺も立ち上がって開祖様に視線を向ける。



「開祖様」


「ウチのことは千鶴でええ。せっかく世界を超えて同じ流派のもんに会えたわけなんじゃし、仲良くしようや」


「では千鶴さん、先ほど仲間から念話で連絡がありました。各国首脳陣及び護衛たちの呪いを解くことになったので、ついでにアナタにかかった呪いも一緒に解きましょう」


「ほう。そういう話になったんか。ウチは呪いを解く手段は持っとらんから、解いてくれるんなら願ってもないわ」



 事情は説明し終えたので、俺たちは皇居へと向かった。








 皇居へは全員で雁首揃えて向かったわけじゃない。千鶴さんはもちろんだが、俺とセツナだけで対応することにして、椎奈とテオドールはミオとセリカに任せて俺たちが泊まっている宿で待機してもらった。


 皇居は歴史を感じさせる木造建築で、敷地内には侵入者対策に作られた堀や景色を楽しむために用意されたであろう枯山水などがあり、オクタンティス王国やアルフヘイムで見た王城とは趣の違う豪華さだ。当然だけど。


 解呪の方はセツナがサンダラーから神聖属性の魔力を拝借することで疑似的に使用した中級の神聖属性魔術【呪詛浄化(カース・ピュリファイ)】で問題なくできた。


 正式に【神聖属性魔術】スキルを持っているわけではないので、使えるにしても中級まで。


 けれど彼女は俺が効率化させた方式の術式を使って既存の魔術よりも威力を跳ね上げている。加えてセツナは魔道の申し子だ。上級の暗黒属性魔術なんて、簡単に解除できる。セツナが呪われていた当時、聖武具を所持していたら彼女は自力で呪いを解除できたのにと思わずにはいられないな。


 で、だ。


 解呪できたし俺たちは俺たちでやることがある。宿に戻ってテオドールから詳しい話を聞いて計画を煮詰めないといけないので帰ろうとしたのだが、そこで陽輪姫……いや、即位したから陽輪陛下か。彼女に引き留められてしまった。



「はぁ」



 嘆息を吐いてグルッと室内を見渡す。


 部屋の一番奥には十二単(じゅうにひとえ)を身に纏う艶やかな長い黒髪と朽ちた木の葉のような色の目をした女性がおり、その背後に太刀を佩いた五人組がいた。彼女が桜小路陽輪で、周囲にいるのが『天下五剣』かな。


 着流しに羽織、詰襟シャツに着物、袴羽織、兜のない鎧武者、陣羽織と五人で思い思いの格好をしている。ここに来るまでにすれ違った御剣衆は腰に刀を差した軍服姿で統一されていたが、『天下五剣』は自由な服装を許されているようだ。


 部屋の右側には豪華な漢服姿をした威厳のある男性と隣に巫女服姿の少女がいて、その背後に護衛が五人ほど控えている。ヤン獣王国の国王に『付与の巫女姫』、そして『六煌刃(りくこうじん)』の人たちだ。


 国王と『付与の巫女姫』は同じ狼の耳と尻尾をしているし、もしかしたら親子なのかもしれない。


 となると左側にいるのがジャウハラ連邦王国の人たちということか。国王らしき色黒の男性は頭にターバンを巻いていて、いかにもアラビア風な格好なのだが、その護衛をしている『モルタザカ』が少々問題だった。


 個人によって細かい違いはあるが、ビキニに半透明の腰布を巻いただけの、まるでアラビアの踊り子のような格好をしているのだ。


 もしかして、あの格好で即位式に出たのか?

 肩とか腹とか太股とか丸見えなんだけど?

 よくもまぁそんな格好で式典の護衛を許可してもらえたな。


 健康的で艶めかしい褐色の肌は目に毒なので努めて視線を逸らす。


 ちなみにクレハたち『灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)』はセツナと共に俺の後ろにいて、千鶴さんは部屋の隅に移動して腕を組んだ状態で壁に背中を預けていた。


 各国の重鎮が勢揃いで場違い感が凄い。何で引き止められたのかは分からないけど、早く帰りたいなぁと思っていると陽輪陛下が口を開いた。



「まずは、即位式で危ない所を助力してくれたこと、そして呪いを解いてくれたことに礼を言わせてもらうわ。けど、いささか得心がいかない。今回の襲撃、()たちは『おそらく来るだろう』と予想はしていたけど、これは公になっていないこと。なのにどうして、汝らは分かっていたかのように戦力をこちらに寄越すことができたの?」



 予想していた? 陽輪陛下は襲撃があると分かっていたってことか?


 聞けば、今回の即位式はヤマト、ヤン獣王国、ジャウハラ連邦王国の三大国合同の作戦だったらしい。


 伝説級魔道具所持者殺害事件はヤマトだけではなくヤン獣王国とジャウハラ連邦王国でも起きていた。三大国はこれを、国を股にかける大きな組織がバックにいるのではと睨み、どうにか犯人がゲノム・サイエンスであることまでは掴んだものの、決定的な証拠を入手するには至らなかった。


 だから時期的にちょうど良かった即位式を利用し、陽輪陛下を囮に使うことでゲノム・サイエンスを釣ろうとした。これは陽輪陛下から提案したことらしい。豪胆な人だ。


 狙い通りに即位式は襲撃者に襲われた。しかし想定以上に向こうの戦力が強く、危うく作戦は失敗に終わるかと思われたが、クレハたちが介入したおかげで結果往来となったわけだ。


 犯人がゲノム・サイエンスだと分かったのは、犯人たちと行動を共にしていた騎士が現場に居合わせた者をこっそり逃がしており、そこから証言を得たかららしい。


 この騎士ってテオドールのことだよな。……何だ。悪行に手を染めたとか、悲劇を見過ごしたとか言っていたけど、ちゃんとできる限りのことはしていたんじゃないか。


 思わず笑みが零れそうになったが、不審がられるのでどうにか堪えて陽輪陛下の質問に答える。



「別に分かっていたわけじゃありません。そちらと標的が被っているので言いますけど、ちょっと頼まれたんですよ。ゲノム・サイエンスに囚われている仲間を救ってほしいと」


「何と!? では、汝らもゲノム・サイエンスに用があるの?」


「えぇ。ゲノム・サイエンスの本拠地を下見した帰りにたまたまあの魔術師たちが即位式を襲撃すると話していたのを聞きまして。万が一を考え、クレハたちを助力に向かわせたんです」



 身柄を引き渡せと言われても困るので椎奈とテオドールのことは伏せておく。



「そのおかげで我々は助かったというわけね。なら、余たちと手を組まない?」


「申し出はありがたいのですが、謹んでお断りします」



 引き受けると思っていたようで、セツナたちも含めたその場にいる全員が『なっ!?』と驚きの声を上げた。



「何故? 敵が同じならば手を取り合えると思うのだけど?」


「かもしれません。ですが、協力するということはそちらの下につくということですよね? 申し訳ありませんが、縛られるのは性に合わないんです」



 嘘だ。


 たしかに組織に縛られるつもりはないが、必要なら手を組むことも厭わない。しかし今回はちょっと気になることもあるから、向こうとは別行動を取った方が良いと判断した。



「冒険者とは自由を謳歌する者、だったわね」



 陽輪陛下が確認するように口ずさむ。


 聖戦時代の英雄たちが組織したのが冒険者ギルドだが、それも聖戦が終わった後に戦うことしかできない者たちの受け皿となるためだ。


 故に、『社会に適合できない者』、『規則に縛られることを疎む者』、『公益よりも個人の感情を最優先する者』。そういった『組織人として機能しない者たち』が集い、どこの組織にも国にも迎合しない組織として形作っているのが冒険者ギルドである。


 むろん、一切の制限を設けないとなるとただの無法者たちの集団に成り下がるので最低限のルールは存在するが、自らの自由を謳歌しつつ社会に貢献しているからこそ、冒険者は『自由の代名詞』と呼ばれているのだ。


 千鶴さんと友達だという話だし、陽輪陛下もそのことは理解しているらしい。俺の言葉を信じたみたいだ。



「そういうことなら無理に引き込むのは止めておくわ。それと襲撃してきた魔術師たちだけど」


「そちらで好きなようにしていただいて構いません」



 こっちにはテオドールがいるからな。彼から必要な情報を得ることはできる。


 念のためゲノム・サイエンス側に不審がられないように千鶴さんに頼んで、テオドールは千鶴さんによって殺害されたことにして偽造した。戦闘で禿げたあの山をそのままにして血まみれにした兜を放置すれば、Sランク冒険者の夜月千鶴との戦闘によってテオドールは死んだと見なされるだろう。



「では彼らの身柄はありがたくいただきましょう。尋問すれば何かしら情報は拾えるでしょうからね。そうなれば我々も大手を振ってゲノム・サイエンスにガサ入れができるわ」



 俺たちがすでに必要な情報を得ていると判断したのか、それとも深掘りするつもりはないのか。陽輪陛下は追及しなかった。



「ただ、今回の件について褒美を与えたいから、明日またこちらに来れる?」


「問題ありません」


「では、明朝に迎えを寄越すわね」



 俺たちが宿泊している宿の名前を伝えれば、もう用事は終わりだ。とっとと部屋から出ようとして、でも思い直したように止まる。


 さすがに何も言わずに、っていうのは寝覚めが悪いか。



「……上級の暗黒属性魔術なんてものを封入した魔水晶なんて簡単に用意できないでしょうから、もう呪いの心配はしなくて良いでしょう。とはいえゲノム・サイエンスが襲撃を諦めたとも思えません。別の手段を使ってくる可能性は充分にあります。どうかご用心を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 その場にいるほとんどの者が首を傾げたが、それ以上は言わない。

 一礼し、今度こそ俺たちは部屋から出た。

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