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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第5章 東方魔境の悪鬼編
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第139話 即位式、襲撃

 阿頼耶たちがテオドールと戦い始めた頃。

 帝都では執り行われていた即位式が終盤に差し掛かっていた。


 すでに国の内外に即位を宣明する即位の礼は行われたので、残るは『三種の神器』の継承のみとなる。ここまで来ると一般公開されている部分は終わる。


 というのも、ここからは皇居内にある儀式場で『三種の神器』の継承を行うので一般人は見ることができないのだ。


 例外はこのヤマトで要職に就いている華族や、各国の首脳陣たち、他は護衛の任で来た者たちくらいだろう。


 だから儀式場の扉の前にある広間には、ヤマトの重鎮の他、ヤン獣王国とジャウハラ連邦王国の国王やそれぞれの国の護衛である御剣衆の『天下五剣』、ヤン獣王国の『六煌刃(りくこうじん)』、ジャウハラ連邦王国の『モルタザカ』がいた。


 ちなみに和洋折衷の服装がヤマト、豪華な漢服を身に纏っているのがヤン獣王国、アラビア風の服装をしているのがジャウハラ連邦王国の一行だ。


 しかし、ここにはもう一人、どの国にも属さない者がいた。


 袴姿に打刀と脇差の二本差しという典型的な侍の格好をしている、ボーイッシュなショートの黒髪が特徴的な女性の名は夜月(やづき)千鶴(ちづる)。冒険者ギルド『アルカディア』に所属する女侍だ。


 指先で前髪をいじる千鶴は思案する。



(陽輪姫に頼まれたけぇ、しゃーないけど、護衛の任を請け負ったんはちょいと早まったかの?)



 影響力が大き過ぎるため、国は今回のような国政が絡む依頼を冒険者ギルドに出すことはできない。しかしギルドを通さず個人へ依頼する分には個人の裁量で受けて構わないことになっている。その場合はギルドの仲介料などは発生しないので同じ依頼でも高額の報酬が入る。


 ただし、依頼主の素性やら依頼内容の精査などの手間が省かれているので、騙されて痛い目を見ても自業自得。冒険者ギルドもフォローなんてしない。


 今回でいうと、千鶴は友人である陽輪姫から個人的に依頼を受けたという形になる。



(『天下五剣』の小太郎殿は不満そうじゃな)



 ちらりと視線を動かすと、詰襟シャツの上から着物を着用して腰に『鬼丸国綱(おにまるくにつな)』を佩く眼鏡の美丈夫――安心院(あじむ)小太郎(こたろう)が仲間に愚痴を零していた。


 声を潜めているので『武人』という上位種に進化している彼女でも聞こえないが、唇の動きから何を言っているのかは察しがついた。



(何であの女が護衛に来ているのですか。外部の者に護衛を任せるなど前代未聞です、か。随分と嫌われとんな)



 唇の動きから内容を読み取った千鶴は内心で苦笑する。



(『天下五剣』トップの宗次郎殿は気にしとらんみたいじゃな)



 小太郎が愚痴を零しているのは無精髭に着流しの上から羽織を着た、どこか遊び人のような風貌をした男性――古手川(こてがわ)宗次郎(そうじろう)だった。


 さすがに今は控えているが、一日中酒を飲むくらいの飲兵衛で遊郭通いが趣味の、見た目通りの男だ。だが、こんなでも『童子切安綱(どうじぎりやすつな)』の所持者で『天下五剣』トップの実力を持つ剣豪だ。



(……しゃーないか。ウチはあくまで部外者じゃし。規則や規律を重んじよる小太郎殿からすりゃ気分のええことじゃなかろうけん)



 小太郎にとっては、自分たちだけでは護衛を全うできないと言われているようなものだ。腹が立つのも仕方がないと言える。



(陽輪姫がウチを呼んだ、ほんまのこと知ったらキレるじゃろうな。……宗次郎殿は知っとりそうじゃけど)



 千鶴がそう思ったのも無理はない。


 何せ名目上は護衛として陽輪は千鶴を雇ったが、本当は友達に自分の晴れ舞台を近くで見てほしかっただけという、公私混同も甚だしい理由なのだから。受けた千鶴も千鶴だが、それだけのために依頼を出した陽輪も大概である。


 陽輪の奇行に振り回される『天下五剣』たちを気の毒には思うが、かといって気遣ってやるつもりはない。依頼したのは彼らの主人である陽輪なので、文句があるのなら本人に言えというのが千鶴の考えだった。


 というかわざわざ説明するのが面倒臭い、というのが基本的に物臭な性格をしている千鶴の本音だ。



(あー……みたらし団子が食いたい)



 緊張感ゼロだ。


 仕事が終わったら食べに行こうと考えている時だった。燭台で照らされる広間の影からずるりと、ローブを着た九人の魔術師がまるで這い出るようにして現れた。



「「「「「!?」」」」」



 それを察知した『天下五剣』は魔術師たちが現れた出入り口とは真逆にある儀式場の扉の前で固まり、それぞれ腰の太刀を抜く。間にいるヤン獣王国の『六煌刃』とジャウハラ連邦王国の『モルタザカ』も自国の要人たちを守るような位置取りで構えた。


 前兆も何もなかったのに即応したのはさすがと言えよう。千鶴も油断なく腰の打刀を抜いて構える。



「貴様ら何者だ! ここをどこだと心得る!?」



 小太郎が誰何の声を上げる。


 しかしローブの魔術師たちは答えない。代わりに、九人の中の一人が懐から何かを取り出し、それを相手に向かって放り投げた。


 反応したのは、一番近くにいた『六煌刃』を率いる『付与の巫女姫』(ヤン)梨花(リファ)だ。式典だから『三大巫女姫』にとって公的な衣装である巫女服を身に纏う人狼種(ウェア・ウルフ)の彼女は、両腕に装備した籠手で放り投げられてきた『何か』を反射的に殴る。


 バキンと割れた音を聞き、放られたのが魔水晶だったことを認識した梨花は、己の判断が誤りであったことを悟る。



「しまっ……!」



 迂闊な行動に後悔するが、もう遅い。砕かれた魔水晶から、封じられていた魔術が解放された。魔法陣が展開され、術が行使される。途端に、『天下五剣』、『六煌刃』、『モルタザカ』、ヤン獣王国とジャウハラ連邦王国の重鎮たち、そして千鶴に途轍もない倦怠感が襲った。



(こりゃあ……ステータス値が急激に下がりょおる?)



 正確には、時間経過と共にステータス値が下がっている。【衰退の呪刻(ディクライン・クロック)】という、相手のステータス値を一時間で一割にまで下げる効果を持つ()()()()()()()()()()


 九人の魔術師たちが攻撃を仕掛ける。ヤマトに三人、ヤン獣王国に二人、ジャウハラ連邦王国に三人だ。護衛たちは反撃に出るが、加速度的に低下していくステータスのせいで想定した動きと実際の動きに齟齬が出てしまい、襲撃者相手に苦戦を強いられている。


 襲撃者たちは効果を受けている様子はない。おそらく何らかの魔道具で無効化(ディスペル)したようだ。


 その中で魔水晶を投げた魔術師が、仲間たちに護衛の相手をさせて儀式場へと繋がる扉に向かう。『天下五剣』たちが真っ先に阻止しようとするが手が回らない。このままでは陽輪や玄慈の身に危険が及ぶ。



(それは避けんとな)



 本当ならば、お互いの領分のためにも余程のことがない限り千鶴は手を出すつもりなんてなかった。だが現状ではそうも言っていられない。余程の事態が起きてしまった以上、『天下五剣』が動けないなら自分が動くより他ない。


 襲撃者が儀式場の扉に手を伸ばす。触れそうになったその瞬間、千鶴は目にも止まらぬ速さで肉薄し、その腕を両断せんと刀を振り下ろした。



「っ!?」



 間一髪。ギリギリ反応した魔術師は腕を引っ込めて下がる。攻撃してきた千鶴を見て、魔術師は驚愕の声を上げた。



「なっ!? 夜月千鶴だと!? Sランク冒険者がどうして!?」



 そう。夜月千鶴はただの冒険者ではない。


 この世で五人しかいない『最高位に至る者(ハイエストナンバー)』の一人で、ヤマトを拠点にキュアノス東方大陸で活動している、『剣聖』の異名を持つS-2級冒険者だ。


 千鶴が気配を消していたからもあるだろうが、儀式場へ行こうと急いでいたからかもしれない。今の今まで魔術師は彼女の存在に気付いていなかったようだ。



「貴様がいるなど、聞いていないぞ!」


「そりゃあそうよ。ウチは陽輪姫から個人的に依頼を受けただけなんじゃし」


「チッ! 忌々しい!!」



 毒を吐き、魔術師は指揮棒(タクト)タイプの魔法杖を取り出す。Sランク冒険者を相手に戦うつもりのようだ。


 とはいえ、あながち無謀とも言い切れない。襲撃者以外の全員は現在進行形でステータスが低下している。時間が経つにつれて護衛側が不利になっていき、いずれは対処不可能なほどになる。


 Sランク冒険者である千鶴ならば襲撃者全員を倒すこともできるが、代わりに帝都が半壊する。何しろSランク冒険者は化け物レベルの力を持つ。共闘・市街地戦などは苦手なのだ。だから基本的に『最高位に至る者(ハイエストナンバー)』たちはソロで活動している。



(ったく。これじゃけん護衛はメンドクサイんよ。陽輪姫の頼みじゃなけりゃあ護衛依頼なんか断っとったのに)



 襲撃者の魔術師が放つ初級闇属性攻撃魔術【闇球(ダーク・スフィア)】を【魔力流し】で刀身に魔力を流して斬り伏せていくが、内心では不満タラタラな千鶴であった。



(せめてもっと開けた場所に行けりゃあなぁ)



 ここは人が多過ぎる。そもそも近くには儀式場があって、そこには護衛対象の陽輪がいる。依頼を受けた以上、派手に暴れて護衛対象を危険な目に遭わせるような真似はできない。


 格上の相手を倒すにはそもそも全力を出させないのがセオリー。千鶴はまさにその状態に陥っているわけだ。


 戦況は不利。刀の能力を使おうかと考える千鶴だったが、そこで状況が動いた。


 広場にまた別の集団が現れたのだ。


 数は四人。服装はローブではなくマントだが、フードを目深に被っているのは襲撃者たちと同じ。しかし、その四人だけは左胸に鴉の紋章が描かれていた。



(新手か?)



 このタイミングで千鶴たちの側に味方する者が現れるとは思えない。素性を隠していることから護衛側は警戒を強めたが、それは杞憂に終わる。


 マントを翻し、両袖から装備したリストブレードの刃を伸ばした四人の暗殺者たちは分散。ヤマト、ヤン獣王国、ジャウハラ連邦王国、千鶴に一人ずつ加勢して、襲撃者たちに向かって攻撃したのだ。


 ガンッッ!!!! と。


 振るわれた殺しの刃は九人の魔術師がそれぞれ展開した【魔力障壁(マナ・シールド)】によって防がれた。



「「「「「は?」」」」」



 動揺が走る。護衛側は現れた暗殺者が加勢したことに、襲撃者たちは予想していなかった勢力の存在にと、それぞれが全く違った種類の反応を示した。


 訳が分からない。混迷を極める現状に護衛側は、現れた第三勢力が敵なのか味方なのか判断できずに警戒する。それを察したのか、千鶴に加勢した暗殺者が口を開いた。



「冒険者パーティ『鴉羽(からすば)』のクレハと申します。わたくしたちのリーダーの命により、助力いたしますわ」



 千鶴は眉をひそめる。



(ウチと同業? けど何でウチらに加勢しよるん? そのリーダーは、今回の襲撃を知っとったんか?)



 何故知っていたのか。何故リーダーは姿を見せないのか。信じても良いのか悩む。が、



(敵なら襲撃者側に加勢しちょる、か)



 もしも敵であるならばこちら側につく必要がない。この四人の暗殺者が加わればここの守りは突破できるのだから、最初から襲撃者側に加勢するのが道理だ。ついでに言うなら、先ほどの迷いなく放った一太刀からも、暗殺者たちは自らの立ち位置を証明している。


 千鶴はそう判断した。



「信じてもええんじゃな?」


「ご自由に。信じて頂かなくとも、わたくしたちはわたくしたちでリーダーからの御命令(オーダー)を遂行し、桜小路陽輪姫様をお守りするだけですわ」



 悪くない答えだ。


 初対面でいきなり信じろと言われるより、ずっと好感が持てる。敵の敵は味方、なんてことは言わないが今は信じても良いかもしれない。というよりも状況的に信じるより他ないのだが。


 ともあれ協力体制は敷かれた。これで形勢逆転だ。



「これでは計画の遂行は無理かっ!」



 クソッ! と千鶴が相手をしていた魔術師は出入り口に向かって駆け出す。判断が早い。不利と見て早々に逃げるつもりだ。


 そうはさせまいと追おうとする千鶴だったが、その行く手を遮るように仲間の魔術師たちが立ちはだかる。


 魔術師は止まらない。広間から飛び出し、そのまま逃げ出した。……仲間を置いて。



「仲間を囮にして自分だけ逃げるつもりかっ」


「はっ! 私さえ生き残ればどうとでもなる!」



 仲間を置き去りにすることに何の良心の呵責もない発言だった。すぐさま追いたい千鶴だが、出入り口を固める八人の魔術師たちが邪魔だ。千鶴は刀を振るおうとしたが、それよりも先に両サイドから誰かが躍り出た。『天下五剣』の古手川宗次郎と『鴉羽』のクレハだ。


 二人は太刀とリストブレードを振るい、魔術師たちを抑え込む。結果、外へ出る通り道ができた。クレハは陽輪を守るために追跡する気はないが、宗次郎は自分たちが行くよりも千鶴が行った方が確実だと判断したのだ。


 意図を察し、千鶴はすぐさま駆けた。



「千鶴殿、頼みます」


「残りの襲撃者たちはこちらで対応しますわ」



 通り過ぎ様に二人の言葉を聞き、わずかに頷きを返した千鶴は逃亡した襲撃者を追った。








 即位式でお祭り騒ぎになっている帝都内を、皇居の広間から出た千鶴は屋根伝いで駆ける。


 すぐに標的は捕捉した。


 しかし中々捕まえることができないでいる。ステータスが今も低下し続けていることもそうだが何より、



「何なん、あの移動の仕方は!?」



 襲撃者の魔術師は影に潜ったと思ったら少し離れた場所にある影から出る、という不可思議な移動方法をしていたのだ。



(たぶん、影の中を移動する闇属性魔術じゃな。移動できるんは……半径一〇メートルほどってところか。じゃけど、影の中におる間は気配が消えるけん、上手く追跡できんっ!)



 襲撃者が影の潜るたびに気配が消えるので、その場で立ち止まって相手が出てくるまで気配を探らないといけない。これでは一向に捕まえることはできない。



(広間に現れたんも、同じ魔術を使ったんじゃろうな)



 ふと空を見上げる。


 陽は傾いており、空は暗くなり始めていた。もう数分もすれば真っ暗になる。今は影が出ている場所が限られているが、真っ暗になってしまえば相手の移動の自由度は跳ね上がる。



(そうなったらさすがに逃げられるわな。その前に捕まえんとっ!)



 侍である千鶴に追跡の技術はなく、精々が気配を辿るだけで本職には劣る。逃がさぬために追う千鶴。しかし帝都から少し離れた所にある小高い山まで来たところで襲撃者を見失ってしまった。



「クソッ。山ん中じゃと障害物が多過ぎじゃ」



 木や草むらなどでそこかしこに影はある。こちらが捕捉する前に次の影に潜られたら見付けるのは困難だ。


 もはやここまでかと諦めかけたが、そこで彼女は複数の人の気配を感じ取った。



(あの魔術師か?)



 気配のした方に向かう。だが気配がした場所にいたのはあの魔術師ではなかった。黒髪の少年に、少年と同じ装いの外套を着た女性が四人。それに騎士の大男が一人だ。



「……」



 息を潜め、草むらに隠れて様子を窺う。


 先ほどの魔術師とは似ても似つかないが、かといって無関係とは思えなかった。帝都で即位式が行われていてお祭り騒ぎなのに山の中に入っているのも不自然だ。


 怪しさに千鶴は目を細める。



(今のウチのステータスじゃ、集団を相手にするんはちょいとメンドクサイのぉ。最悪、ここが禿山になるかもしれんけど、しゃーないか。集団を崩すにゃ頭を倒すんが定石。じゃったら……)



 魔術師本人は見失って他に手掛かりはないのだ。頭を倒して他の連中を捕まえてからゆっくりと話を聞けば良い。


 即座に判断した千鶴は黒髪の少年の首を落とすべく、その白刃を振り抜いた。

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