第9話 色褪せぬ想い
明日も更新します。
私は優秀だった。昔から他の子たちよりも物覚えが良くて運動神経も良かったから。
でも優等生じゃなかった。紗菜をいじめる男子といつも喧嘩ばかりしていたから。
ねぇ、阿頼耶。アンタは覚えているかしら?
初めて会った時、アンタは天狗になっていた私の鼻っ柱をへし折ってくれたわよね。
結果としてはアレのおかげで他人を見下すような女にならずに済んだけど、でも普通、本人が言ったからって言葉の通りに手加減なしでなんてやらないわよ?
なのに容赦なくボコボコにして、でも生意気だった私の友達になってくれた。
出会った時から、ずっと私を対等に扱ってくれた。私の方が才能は上でも、決して特別視しなかった。女の子だからって、手を抜いて差別しなかった。いつだって一個人として接してくれて、いつだって本気で誠実に私と向き合ってくれた。
それが何より嬉しかったのよ?
困ったことに、アンタの傍は居心地が良いのよ。ありのままの自分でいられる。いざという時に頼れる安心感がある。
それなのに、アンタは私に何も言わずいなくなった。
悲しかった。今度会った時は問い質してやろうって、そう思っていたのよ。でもそれはできなかった。私がストーカーと痴漢の被害に遭っていて、それどころじゃなかったから。
誰にも言えない。一人でどうにかしようって思っていたのに、あんな土足で踏み荒らすようなやり方で踏み込んで来ちゃってさ。そんな方法で聞き出してくるなんて思いもしなかった。あまつさえ問題を解決しちゃうなんて、誰が予測できるっていうのよ。
しかもただ立ち向かっただけじゃない。アンタは自身の弱さを自覚して、それでも理不尽をどうにかするために手を打って、私の抱えていた問題を解決してしまった。
純粋に凄いって思った。
力で勝れないなら策を弄する。常に最悪を想定して、望む結果に辿り着くためにありとあらゆる手段を用意する。
言うだけなら簡単だけど、実践できる人は果たしてどれだけいることか。
本当は、すぐにでも恩を返したいんだけど、生憎とこんな返し切れない恩を返す方法に心当たりなんてない。だったらせめて何があっても彼の味方でいよう。いつか彼が困った時に、今度は私が彼を救う側に回れるように強くなろう。
ひとまずは……そうね。委員長でもやってみましょうか。
アンタはヒーローみたいに私を救い出してくれたけど、決してヒーローなんかじゃないから、いつかきっと助けが必要になる時が来るでしょ。
集団をまとめられるくらいのリーダー性を養えば、その時にアンタも少しは私のことを頼ってくれるわよね?
アンタはきっと、気付いていないわよね。
パティさんはああ言ったけど、実は助けられたことは好意を自覚するきっかけに過ぎないのよ。
ずっと前から私の中でアンタは特別な存在だった。それを、今の今まで自覚してなかっただけ。
とは言っても、アンタは首を傾げるだけでしょうね。
どうして好意を持たれているのか分からないって。
何せアンタは、自分に向けられる好意には酷いくらい鈍いし、自己評価が低いんだもの。
けど敢えてこう言わせてもらうわ。アンタは素敵な人よ。
ヒーローみたいに私を助けてくれたから、なんて理由じゃないわよ?
確かにアンタはヒーローみたいに常人には中々できないことを成したけど、でもきっと本質的にはヒーローなんかじゃない。アンタ自身でもそう思っているように、見た目も普通で、覇気もなくて、目立った才能もない凡人よ。
でもね、そんなのは些細なこと。アンタの良い所はちゃんとある。
アンタは弱者の気持ちが分かる。傷付いた人の気持ちを察することができる。相手の痛みをまるで自分のことのように理解してくれる。助けるために、当人よりも必死になることができる。吐き出した弱音や醜い本音を受け止めてくれる。
それに、ほら。私に陰下先生へトドメを刺させたのだって、そうじゃない。
アレってさ。私が変なトラウマを抱えないように、私自身の手で乗り越えさせようとしたんでしょ?
その場しのぎで助けて、後は放置するなんてことはしない。ちゃんと後のことも考えて、明日を笑って過ごせるようにする。
こんなことができる人なんて、そうはいない。とても優しくて素敵な人よ。
私が醜い本音を吐き出した時だってそう。
あの時、アンタはずっと私の手を握り続けてくれていた。
たったそれだけのことで、私が一体どれだけ救われたと思う?
ふふっ。
長い人生の中で、自分が絶対他人に見せられない汚くて醜い部分や弱い所を見せて、それでも好ましいって言ってくれる人って、一体どれだけいるのかしらね。
アンタにとっては数多く救ってきた中の一人に過ぎないのかもしれないけど。
それでも私は、アンタのことが好きよ。大好き。
この想いは決して変わらない。
今も、昔も、そしてこれからも。
色褪せることのないまま、ずっと。
閑章 追慕:椚優李~色褪せぬ想い~編 完




