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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
閑章 追慕:椚優李~色褪せぬ想い~編
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第5話 神出鬼没の少年

 



  ◇◆◇




 翌日になり、今日は文化祭当日。


 私――(くぬぎ)優李(ゆうり)は無事に熱も下がったので学校に登校した。お母さんは大事を取って今日も休ませたかったみたいだけど、さすがに今日は文化祭だもの。初日から休めないわ。


 せめて登下校はお父さんの車に乗せてもらいなさいって言われたから、通学に使っている電車で痴漢に遭うこともなく平和に登校できた。過保護ねとは思ったけど、久々の平穏に登校できたから良かった。


 文化祭での出し物だけど、私たちのクラスではメイド・執事喫茶をすることになった。メイドと執事の格好をしているのはホール担当の子たちだけど、私はホール兼料理担当だからメイド服を着た状態で料理をしないといけないのよね。



「三番テーブル、Bセットを二つ!」


「八番テーブルは食後に紅茶とコーヒーだよ!」


「一番テーブルに水がいってないぞ! 早く持って行け!」



 そして今現在、ベニヤ板でホールと仕切られた料理スペースでは怒号が飛び交っていた。



「もう! こんなに忙しくなるなんて聞いてないよぉ!!」


「口を動かす暇があるなら手を動かしなさいっ!!」



 同じ料理担当の女子が泣き言を言ったので注意する。


 とはいえ、彼女の文句も理解できるのよね。こんなに忙しくなるなんて私も予想外だったし。今がお昼時だってことを差し引いても異常の忙しさだわ。



「優李ちゃん! ホールが人手足りなさそうだから、料理は切り上げてホールの援護に行って!」


「分かったわ!」



 ホール担当のまとめ役をしている子から指示が出たから私はすぐさまホールに行く。



「うわぁ」



 仕切り代わりのベニヤ板から顔だけ出してホールの光景を見て思わず呻く。目が回るような忙しさで、ホール担当の子たちが忙しなく動いて注文を取っていた。その中でも一番忙しそうだったのが、私の親友の紗菜だった。



「お待たせしました。ご注文を承ります。……はい。ホットドッグとコーヒーですね? かしこまりました」


「紗菜さーん。こっちも注文おねがーい」


「あ、はーい。すぐ行くね! では、少々お待ちください」



 人当たりの良い眩しい笑顔で丁寧に接客する紗菜はあちこちから指名されている。同じクラスのあの子は料理をやりたがっていたけど、料理が壊滅的に下手くそなあの子にやらせたら死屍累々の地獄絵図ができるわ。だからあの子にはホール担当に回ってもらったの。


 人懐っこくて可愛らしいあの子なら集客効果を見込めると思ってミニスカのメイド服に加えて猫耳のカチューシャを着けさせたんだけど……まさかここまで効果的とはね。



「ご注文は以上でよろしいですか? このクレープもおすすめですよ」


「あ……そ、そうなの? じゃ、じゃあこれも貰おうかな」


「ありがとうございます」



 ……あのお客、紗菜に笑顔を向けられて舞い上がったみたいね。デレデレしているし、見事にカモられているわ。


 分からなくはないけどね。女の私から見ても、紗菜の笑顔は魅力的に見えるもの。



「……そういえば」



 紗菜は阿頼耶がウチに来たことを知っているのかしら? と、そんな疑問が頭を過ぎる。


 紗菜が来たのは朝方で、それ以降は来ていない。だから夕方に来た阿頼耶とばったり会ったなんてことにはなっていないと思うけど。それにもし会ったなら私に阿頼耶の話題を振っているだろうし。


 じゃあ会っていないのかしら?


 そう思っていると、グロッキーになった紗菜がフラフラとした覚束無い足取りで私の所にまでやって来た。



「疲れたよう、優李ちゃーん」


 両手を広げて飛び込んできたから優しく受け止め、頭を撫でる。



「お疲れ様、紗菜。大変だったわね」


「うん。まぁまたすぐに行かなきゃだけどね。今はようやくある程度捌けたから小休憩を兼ねて引っ込んだだけだもん」



 言いながら、お水~と私から離れて紗菜は水分補給する。



「それで優李ちゃんは何をしているの? 料理しなくて大丈夫?」


「ヘルプが入ったから料理は一旦中止してホールの手伝いに来たのよ」



 そっかー、と納得する紗菜を見る限り、特にこれといった変化は見られない。やっぱり阿頼耶とは会っていないと考えるべきかしら。



「ねぇ、紗菜」


「んー? なぁに?」


「……いいえ。何でもないわ」



 きょとんとしながらも「そう?」とだけ言って深く追及はしなかった。コップに注がれた水を飲んで、彼女は続ける。



「でも良かった」


「良かったって、何が?」


「最近の優李ちゃん、何だか元気なかったから」



 隠していたつもりだったんだけどね。紗菜には感付かれていたわけか。阿頼耶にも気付かれていたし、私、隠すのが下手なのかしら。



「私ってそんなに分かりやすい?」


「そんなことないよ。北条君や他のみんなは気付いている感じはしなかったから、たぶん気付いたのは私だけじゃないかな?」



 コップ片手に、唇に人差し指を当てて考える素振りを見せて答えた。長い付き合いだから分かった、ってことなのかしらね。



「でも元気になったみたい。だから、良かったって」



 ニコニコと嬉しそうに紗菜は笑う。


 それはきっと、阿頼耶のおかげでね。拒絶した私は見捨てることなく、彼は手を差し伸べてくれた。風邪を引いて精神的に弱っていたからってうっかりアイツに弱音を吐いたけど、却って良かったのかもしれない。何だか肩の荷が下りたような感じがするもの。


 昨日のことを思い出して、自然と顔が緩みそうになる。いけない、と気を引き締める意を込めて両頬を叩いて堪えると、また客足が増えたので私たちはその対応をするためにホールへと向かった。








 それからしばらくして午前中が自由時間だったクラスメイトたちと交代した。


 紗菜も交代の時間だったけど、彼女は文芸部の方でも出し物があるからそちらに行くことになっている。私が所属している剣道部ももちろん出し物があるけど、私は今日のシフトに組み込まれていないので、適当にブラブラと校内を一人で回ることにした。


 いつもは紗菜と一緒だけど、まぁたまには一人で行動するのも悪くはないわね。



「見てみろ、スッゲー可愛い子がいるぞ」


「でもちょっと気が強そうじゃね?」


「メイド服着てんな。ここの生徒か」


「お前話しかけてみろよ」



 ……やっぱり一人で行動するのは間違いだったかしら。


 横目で辺りを確認すると、他校の生徒らしき見慣れない男子の姿が目に入った。


 文化祭ということもあって一般公開はされているけど、実際には名ばかり。このご時世だと不審者の問題があるからその対策として、本校生徒が配る入場チケットがないと入ることはできないようになっている。


 けど逆に言えば、この学校と繋がりのある人がいれば、その伝手で他校の生徒だって入ることができる。彼らもそういった繋がりでウチの文化祭を見に来たんでしょうね。


 メイド服姿だからっていうのもあるでしょうけど、でもこんなに注目されると辟易する。鬱陶しくて仕方ないわ。


 ナンパされても面倒だから、私は人混みから離れて校舎裏へと移動する。


 ここなら誰も来ないでしょうからゆっくりできるわね。紗菜も作品を出しているって言っていたから後で文芸部の展示は見に行くとして、しばらくはここでジッとしていましょう。


 緊張の糸を緩めるように息を吐く。すると、



「お疲れ様」


「ん、ありがとう」



 後ろからスッと何かを差し込まれ、何気なくそれを受け取る。


 あら、カフェオレじゃない。しかも私の好きなメーカーのヤツだわ。



「忙しそうだな」


「えぇ。思った以上にお客が集まってね。売り上げが伸びるのは喜ばしいことだけど、こうも忙しいとまいっちゃうわ」



 内容量一八五ミリリットルというお手軽サイズの小さな缶のプルタブを開けて喉を潤す。



「紗菜に猫耳を着けさせたのは、やり過ぎたわね。異様に人が集まっちゃったわ。そのせいで大忙しよ。着けさせたのは私だから文句を言える立場じゃないんだけど」


「ははっ。それは災難だったな。でもまぁ、紗菜の容姿なら猫耳はかなり似合うだろうな」


「その通りよ。その影響がここまで出るなんて、見込みが甘かった――って、何でアンタがここにいるわけ?」


「気付くのが遅過ぎやしないか?」



 改めて声の下方を見ると、何故かそこにはこの学校の制服を着た阿頼耶が、反応が遅かった私を呆れるような顔で見ていた。



「ツッコミどころが満載過ぎる。何でここにいるのかとか、どうしてウチの制服を着ているのかとか、そもそもどうやって入り込んできたのかとか」


「それはもちろん、忍び込んだんだよ。入ろうとしたけど入場チケットなんて持ってないから苦労したけどな」


「忍び込んだって……校門には入場者をチェックしている係員がいたはずなのに一体どうやって」


「いくら生徒や教師、警備員が入場者をチェックしていようとも、人の手でやっている以上は付け入る隙なんていくらでもある。入る時にちょっと意識を余所に逸らしてやればその隙に入り込むことはできる」



 話によると、どうやら彼は校門で他の人がチェックを受けている時に軽く騒ぎを起こして、その隙に入り込んだらしい。



「まぁ入ったのは良いものの、チケットを持っていないことに変わりはないから、用心して保健室から男子用の制服を拝借したってわけ」


「無茶するわね。誰かに見られたらどうするのよ。ただでさえ保健室の場所なんて分からなかっただろうに」


「それは大丈夫。彼女にこの学校の学内ローカルネットに入ってもらって校内の見取り図を取得してもらったから一発で保健室の場所は分かった」



 は? 彼女って?


 疑問に思っていると、彼は自分のスマホを私に見せた。ビデオ通話になっていて、そこにはアッシュブロンドの髪が特徴的な二〇代前半くらいに見える外国人女性が映っていた。



「パトリシア・ミラー。警察庁警備局公安特殊サイバー犯罪対策課で働いているホワイトハッカーだよ」


『Hey、阿頼耶! 私のことは本名じゃなくて「灰かぶり姫(サンドリヨン)」って呼びなさいって言ったでしょ!』


「自己紹介なんだからハンドルネームじゃなくて本名を教えるに決まっているだろ」


『傍受されたらどうするのよ』


「どうせ安全な回線を使っているくせに」



 二人のやり取りに思わず目を白黒させる。

 何だか仲良さげだけど……ちょっと待って。今、こいつ何て言った?



「公安のホワイトハッカーって……何でそんな人と知り合いなの?」


「去年くらいにちょっとしたいざこざで知り合ってな。今回みたいな時にはこうして度々協力をお願いしているんだ」


「じゃあアンタ、これまでも私の時みたいに相手の事情に首を突っ込んできたわけ?」


『そりゃもう何回もやっているわね。私が知っているのはこの一年の間の面倒事だけだけど、それ以前からも同じようなことをしていたみたいだし』



 サンドリヨンさんの言葉を聞いてジト目で彼を見ると、阿頼耶はバツが悪そうに頬を掻いた。


 彼がまだ道場にいた頃にはそんなことはしていなかったはず。していれば、私が分からなかったはずがないもの。だからきっと私の知らないこの二年の間に、他人の事情に首を突っ込んではどうにかしてきたってことかしら。


 ……あぁ、だからか。

 妙に彼の言葉に『重み』を感じたのは、そういう経験があるからなのね。



『で、そっちが阿頼耶のお友達の?』


「あ、はい。椚優李って言います。よろしくお願いします」


『Yeah、こっちこそよろしくね。ムフフ。あの阿頼耶が土下座してまで手を貸してほしいっていうから一体どれだけ大切な子なのかと思ったら、まさかこーんなに可愛いお友達がいるなんてね。阿頼耶も隅に置けないわねー』



 え? 土下座? 阿頼耶、アンタそんなことをしてまで……?


 感極まってちょっと目尻に涙が浮かびそうになったのをどうにか堪えると、阿頼耶は気恥ずかしそうにして「それは別に良いだろ?」と話題を打ち切った。



「それよりも本題に入ろう」



 その一言で、まるでスイッチが切り替わったかのように弛緩した場の雰囲気が一変して空気が張り詰めた。あまりの緊張感に自然と背筋が伸びる。いつの間にかスマホの画面に映るサンドリヨンさんの表情も真面目なものになっていた。



「優李、俺はお前の『助けて』の言葉を『承った』。お前の願いを引き受けた。だから問題を解決するために尽力するつもりだ。サンドリヨンに協力を要請したのはその一環だ。けど、お前がどんな問題を抱えているのかは、ある程度予想はできるけど確証がない。大抵の問題なら自力で解決できるお前が追い詰められているってことを考慮すると、ストーカーか、痴漢か、セクハラや盗撮をされての脅迫辺りじゃないかとは思っているけど」



 あぁ。それを聞くために無理をしてでも侵入してきたってわけね。予想が当たっているのはさすがといったところかしら。



「そう、ね。話すわ」



 助けてって、言っちゃったんだもの。ここで意地を張っても仕方ないか。

 観念したように一つ息を吐いた私は、二人に全てを話した。

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