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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
閑章 追慕:椚優李~色褪せぬ想い~編
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第3話 キミ想うが故に傷付けて

 私たちの声を掻き消す勢いで降る豪雨の中だけど、四阿(あずまや)にいたおかげで雨に濡れることはない。ただ、私たちの間には不穏な空気が流れていた。



「嘘じゃないわよ」


「いいや、嘘だ」


「嘘じゃないってば!」



 顔を背けた時点で、後ろめたさがある証拠だった。彼は確信を持って断言している。それでも認めたくない私は癇癪を起したように叫んで、阿頼耶はそれを痛ましそうな目で見る。



「正直、今のお前は見ていられない」


「だから、何もないって言っているでしょ!」


「本当に何もないヤツは、あんな風に無理して完璧な笑顔を作ろうとはしない」


「っ!?」



 指摘されて、喉が干上がった。


 気付かれまいと笑顔を浮かべていたのに、それが裏目に出てしまっていた。取り繕った仮面だと最初から気付かれていた。


 視線を泳がせるけど、彼はその夜の闇のように奥深い瞳で私を見据えている。



「どうせお前のことだ。自分一人でどうにかしようって思っているんだろ?」


「……」



 何を言っても自縄自縛になりそうで、肯定も否定もできずに口を引き結んで押し黙る。



「どうにかしようと思って、でもどうにもできなくて……だからそんな苦しそうなんだろ。一人で苦しむくらいなら話してくれ、昔みたいにさ」



 できるわけ、ないじゃない。


 言ったらアンタ、関わろうとするでしょ? 絶対に話を聞くだけじゃ終わらないでしょ?


 言葉や態度の端々からそんな雰囲気が見て取れるわよ。言ったら最後、問題を解決するために動こうとする。


 痴漢とストーカー問題なんて、関われば絶対に碌なことにならない。特にストーカーなんて場合によっては命にかかわる事案に発展しかねない。アンタの命を危険に晒すかもしれない。


 それが分かっているのに、首を突っ込もうとしているアンタに言えるわけないじゃない! 助けを求めることなんてできるわけじゃないじゃない!



「昔、お前に言ったよな。愚痴を言えば気が楽になることもあるけど、言いたくないなら無理には聞かないって。その気持ちは今も同じだ」


「……嫌」


「でも今のお前は明らかに無理をしている。そんなお前を放ってはおけない」


「聞きたくない!」



 両手で耳を塞いで、目蓋を固く閉じていやいやと首を横に振る。


 やめてよ。お願いだからもうやめて。


 アンタがそんな風に言うと、心が流されそうになるのよ。妥協しちゃいそうなのよ! 本人が言っているんだから良いじゃないかって! 本人の意思を尊重しろって! そうやって甘ったれた考えを許容しちゃいそうなのよ! 仕方ないって楽な方に逃げちゃいそうなのよ!


 嫌だ。嫌だ。


 どうやったら阿頼耶を諦めさせて、痴漢とストーカー問題を解決できるの?


 阿頼耶を危険な目に合わせたくない。痴漢とストーカーをどうにかしたい。どっちも妥協なんてできない。諦めたくない。



「う、うぅ……」


「俺はお前が何を抱えているのかは分からない。どうしてそんなに追い詰められているのかは分からない」



 両手で耳を塞いでいるのに、聞こえない振りをするのを許さないように彼の言葉が聞こえてくる。一言一言が、私の胸に突き刺さって来る。



「自分でどうにかしようとする責任感が強い所はお前の良い所だ。でも頼っても良いのに誰にも頼らず意地を張って強がるのはお前の悪い癖だ」


「……うるさい」


「一人じゃどうしようもないなら誰かに頼れ。誰かを頼ることは、何も悪いことじゃないだろ」


「うるさい!」



 耐え切れなくなった私は金切り声を上げて彼の言葉を遮った。



「私に何かあったら何だっていうのよ! そんなのアンタには関係ないでしょ! いくら友達でも踏み込んじゃいけない一線ってのがあるのよ! それなのにズカズカと踏み込んできて! 親しき中にも礼儀ありって言葉くらい知っているでしょ!」



 彼は何も言わない。ただ黙って私の言葉を聞いている。それを良いことに、私はありったけの感情をぶつけるように叫ぶ。



「絶対碌なことにならないって分かっているのに、巻き込めるわけないじゃない! 危険な目に合わせるかもしれないのに、どうにかしてほしいなんて言えるわけないじゃない! こっちの気も知らないで、ふざけたこと言わないで!」



 酷いことを言っている自覚も、醜態を晒している自覚もある。この期に及んでまだ頑固な私を彼は見限ることなく、親切心から根気強く手を差し伸べてくれている。それなのに私は恥知らずにも感情的になって正論っぽいことを言って台無しにした。



「もう私に関わらないで!」



 たまらなくなって、私はまだ雨が降っているにも拘らず四阿(あずまや)を飛び出す。



「優李っ!」



 呼び止める阿頼耶の声が聞こえたけど、私はその誘惑を振り切るようにひた走った。








 痛いくらいに全身を叩く滝のような大雨の中を走り続けて自宅に着いた時には、全身がびしょ濡れになっていた。



「お帰りなさい、優李ちゃん。……って、どうしたの!? ずぶ濡れじゃない!」



 玄関でスカートを絞って水気を抜いていると、リビングから黒髪をショートにした妙齢の女性――私の母親の(くぬぎ)明李(あかり)が出てきた。自分たちでも納得するくらいに私たちは似ていて、たぶん私が成長したらお母さんみたいな姿になるんだろうなって容易に想像が付く。


 まぁ、性格は全然似てないんだけど。私はキツい性格をしているけど、お母さんはおっとりとした優しい性格をしているから。



「お母さん……」


「もしかしてこの大雨の中を帰って来たの? もうっ! 連絡してくれればお母さん迎えに行ったのに!」



 騒ぎつつパタパタとスリッパの音を鳴らして奥に引っ込んだお母さんはタオルを持って戻って来た。それを私の頭に被せて、



「ほら。お風呂は沸かしてあるから入っちゃいなさい。そのままだと風邪をひいちゃうわ」


「……うん」



 頷きを返し、ひとまず荷物を自分の部屋に置きに行く。階段を上って二階の一室。ベッドにクローゼット、部屋の中心にある楕円形のテーブル、その上に置かれた化粧品と折り畳みの鏡。ここまではおおよそ一般的な女子の部屋だと思う。


 違うのは、私の部屋には沢山のぬいぐるみが置かれている点。パンダ、ライオン、クマ、ウサギ、イルカ、クラゲといった動物系というよりは生物系が多い。昔から可愛い物が好きで、私はそういう、ぬいぐるみの専門店で買ったり、ゲームセンターのクレーンゲームで取ったりして集めている。


 この趣味を知っているのは家族を除いたら、よくウチへ遊びに来ている紗菜だけ。同じ幼馴染みの北条君や、阿頼耶は知らない。


 だって、こんな子供っぽい趣味はみんなが求める『椚優李』のキャラじゃないもの。がっかりされたり、揶揄われたりするかもしれない。そう思うと打ち明けられなくて、特に阿頼耶に知られたら恥ずかしさのあまり悶死しちゃうわ。


 今日は土曜日だけど、部活があったから学校に行っていたわけじゃない。


 明後日には文化祭があるから、その準備で学校に顔を出していただけ。だから持って行っていたスポーツバッグの中には教科書は入ってないから、雨に濡れてぐちゃぐちゃなんて悲惨なことにならずに済んだ。


 スマートフォンは……うん。防水仕様だから大丈夫そうね。


 確認した私はクローゼットから着替えを取り出して脱衣所に向かい、ぐっしょり濡れたせいで肌に張り付いて気持ちが悪い制服を脱ぐ。


 風呂場に入って、お湯が張られた湯船に浸かる。いつもなら緊張の糸が緩んで息の一つでも漏れるところだけど……駄目だった。さっきの公園での出来事が頭に張り付いてしまっている。



「やっちゃった」



 最低なことをした。いくらアイツに踏み込まれて頭に血が上ったとはいえ、「アンタには関係ないでしょ」「私に関わらないで」なんて相手の善意を踏みにじる言葉を言っちゃった。言っちゃいけない一言だった。アイツはお人好しだけど、さすがに謝って許してもらうことはできないでしょうね。


 人と人との関係が流動的である以上、縁が切れたとは思いたくないけど、そうなったとしても仕方ないと思う。少なくとも、彼は私のことを見限ったに違いない。救いようがないって、そう思われたに違いない。きっともう手を差し伸べてくれない。


 あんなことが言いたいわけじゃなかった。


 ただ私の抱えている問題を彼から隠したかった。そんなのとは別のところで、彼とは笑ってその一瞬を共有できれば良かった。


 もっと上手なやり方があったはずなのよ。そう……例えば、最後まで曖昧に笑って誤魔化すとか。なのに私は感情的になって台無しにしてしまった。



「――っ」



 胸が痛い。


 後悔の念が私の心を蝕んで、自家生産の感情に押し潰されるようだった。

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