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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
閑章 追慕:椚優李~色褪せぬ想い~編
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第1話 懐かしき記憶

PV数、一〇〇万人突破を記念して、急遽、第五章に入る前に小話を入れました。

小話というか本編とは別の過去編ですけど。なので、話数も1話からのカウントになります。

今回は椚優李のお話しですね。彼女がどうやって阿頼耶と出会い、そして救われたのか。

そう言ったお話しとなっています。

では、どうぞご覧ください。

 (くぬぎ)優李(ゆうり)雨霧(あまぎり)阿頼耶(あらや)と出会ったのは六歳の春。ちょうど小学校に上がったばかりの頃だ。


 その頃から優李は他の子供たちよりも物覚えは良く、運動も男子に負けないくらい良かったので優秀だった。


 だが、親友の姫川(ひめかわ)紗菜(さな)の気を引こうとして彼女をいじめる男子たちと何度も喧嘩をしていたので、優等生ではなかった。


 だから怪我なんていつものことで、そのことを紗菜は気にしていたが、彼女は大切な親友を守れるならどうってことなかった。


 しかし両親はそんな彼女を見兼ねたらしい。唐突に優李を道場見学に連れて行った。今思えば、武術を習うことで喧嘩っ早い彼女に自制心を養わせようとしたのかもしれない。


 いくつか道場を回ったが、どれもしっくりくるのがなかった。困った彼女たちは最後に近所にある道場に向かった。一番近い場所にあった道場だったが、彼女の両親は最後に回していた。それはきっと、その道場が他とは特色が違っていたからだろう。


 夜月(やづき)神明流(しんめいりゅう)


 歩法術、格闘術、剣術、小太刀術、抜刀術、槍術、薙刀術などを教えている、実戦に重きを置いた古流武術。


 自制心を養うだけならスポーツでも充分。実戦を重視した古流武術を習う必要なんてない。だから彼女の両親は、一番近くにあったにも拘わらず夜月神明流の道場を最後にしていたのだ。


 見学をしに道場に行って、練習風景を見ていると……そこに彼がいた。


 大勢いる年上の門下生たちの中で、ただひたすらに木刀を振っている彼は、優李の幼馴染みの北条(ほうじょう)康太(こうた)とは対照的だった。


 お世辞にも格好良いとは言えない平凡な顔立ち。低くも高くもない平均的な身長。中肉中背の普通な体付き。人混みに紛れてしまえば見付けるのは困難で、特徴の無さが特徴とも言える少年だった。


 けど優李は、道場でただ一人の同い年ということもあって彼のことが気になり、彼が素振りをやめて休憩に入ったタイミングで声を掛けた。



「ねぇ、アンタここの子? 私、椚優李って言うの。よろしくね」


「……僕は、雨霧阿頼耶。よろしく」



 これが二人の出会い。


 ロマンチックでもなければドラマチックでもない。日々の風景に埋没しそうな、そんなありふれた出会いだった。


 ただ、彼の反応は今までにないものだった。


 学校では話しかけると大抵の男子はテンションを上げるか、あるいはどもるかするのに、彼は非常に淡泊だった。無愛想、とはまた違う。愛想がないというよりは、優李には興味や関心がないように見えた。


 それを表すように、彼はそれだけ言うとすぐに素振りを再開してしまった。


 彼はそんなつもりなんてなかっただろうが、彼女は何だか「素振りの方が大事だ」と蔑ろにされたように感じて、あろうことか彼女は両親に頼んで彼と軽く試合をさせてもらった。


 この時の優李は、正直楽に勝てるだろうと高を括っていた。彼自身が全然強そうに見えなかったのもあるが、その辺りの男子よりは強い自負があったからだ。


 だから優李は、彼に対して物凄く生意気なことを言った。



「手加減なんていらないわ。全力で来なさい」


「分かった」



 言葉の通り、彼は一切手加減しなかった。


 最初は開始の合図と共に面を打ち込まれた。彼の動きが早くて何が起きたのか分からなくて、でも負けたことだけは理解できて……大見得を切っておきながらあっさり負けたことで彼女は羞恥心からカッと頭に血を上らせた。



「も、もう一度勝負して!」



 悔しくて、優李は何度も彼に挑戦した。


 だが彼女が振った竹刀を彼は軽々と躱し、阿頼耶は余裕綽々と優李に面、胴、小手と打ち込んだ。


 何度も何度も挑んで、何度も何度も負けて、結局手も足も出なかった。動けなくなるまで戦ったのに、彼は呼吸を乱している程度で、一度も勝つことはできなかった。


 当然だ。阿頼耶の方が経験者なのだから、優李が負けるに決まっている。


 それすら分からなかった当時の優李は、同年代の男子に初めて敗北と挫折を味わわされた。



「勝ち逃げなんて許さない! 絶対アンタに『まいった』って言わせてやるんだからっ!」



 本当に可愛げがない、と優李は思う。


 悔しくて悔しくて仕方なかった彼女は阿頼耶にそう吐き捨てて、彼に勝ちたい一心で両親に頼んで夜月神明流に入門した。


 夜月神明流に入門してまず始めにやったのは、本物の真剣を握ったことだった。


 彼女は後になって知ったが、これは夜月神明流では新人の入門者が必ずやっていることだ。


 何でも「剣は人斬り包丁。剣術は人殺しの技術。いくら時代が移り変わろうとも、それは変わらない。だからそれをきちんと自覚する必要がある」というのが夜月神明流の方針らしく、これはそれを教え込むためのものだった。


 もっと言えば夜月神明流にとっての通過儀礼(イニシエーション)で、これを突破できるかどうかで夜月神明流を教えるに値するかの分水嶺になる。


 初めて抜き身の刀を持たされて、優李は手が震えた。呼吸が荒くなって、心臓が痛いくらいに脈動したことを、彼女は今でも覚えている。


 持っていた刀を回収されたその後は、竹刀を持たされて阿頼耶と試合をすることになった。


 でも彼女は、竹刀を振ることができなかった。見学に来た当初はあれだけ振ったにも拘わらず、手に残ったあのずっしりとした生々しい感触が、優李に竹刀を振らせることを拒ませていた。


 武器の重さとは、それすなわち絶つ命の重さである。


 当時の師範が言っていた言葉だ。武器を人に向けるということの意味。彼女はそれを、六歳の身で知ることになった。


 人に向けるどころか握っていることすら怖くなった優李は、阿頼耶と相対しながらずっと震えていたが、そこで彼が口を開いた。



「気負う必要はないよ」



 それは穏やかな声音で、



「だって、キミじゃ僕をどうにかすることなんてできないから」



 でも気遣いとは程遠い言葉だった。


 今でこそ「アレはきっと発破を掛けるための言葉だったのね」と優李は理解を示すが、単純だった当時の彼女はそれを挑発と受け取って、いつの間にか彼に打ち込んでいた。


 彼に助けられた形になったが、通過儀礼(イニシエーション)を無事に通過できた優李は正式に夜月神明流の門下生になった。


 本格的に夜月神明流を習ってから、彼女は週一ペースで阿頼耶と試合をした。始めこそ勝てなかったが、何度も試合をしているうちに彼の癖みたいなのが分かり、次第に互角の戦いをすることができるようになった。


 それが嬉しくて、優李は学校帰りに道場へ行くのが楽しみになっていた。彼と一緒に強くなりたい。彼と一緒に剣を振っていたい。そう思うようになっていた。


 同時に、彼女は阿頼耶という人間のことが分かってきていた。


 興味や関心がないように見えた彼も、別に機械みたいな人間ではなかった。楽しければ笑うし、嬉しければ喜ぶし、軽口だって叩く。至って普通の男の子だった。



「今日は私の勝ちね」


「これで通算、一七三勝一七三敗か」


「ふふん。このまま勝ち越してやるわ」


「はっ。言うじゃないか、この貧乳」


「貧乳は今関係ないでしょ!」



 ……女の子に対して胸のことを指摘するのはどうかと思うが、それでも気軽に軽口を言い合えるくらいにはお互いに気を許していた。


 それと、彼は妙に察しが良いというか、勘が鋭いというか、細かい所に気付く時がある。


 小学校に上がってから優李や紗菜に対して急激に増えた男子からの告白や、それを僻んだ女子たちの小言や陰口に疲れた時なんて、



「どうした? 何かあったのか?」


「……顔に出ていたかしら?」


「いいや全然。ただ、何となくそう思っただけ」


「……そう。まぁ、当たりよ。ちょっといろいろあってね」


「ふ~ん? なら今日は話をしようか」


「え? でも……」


「愚痴ってしまえば気が軽くなることもあるけど、言いたくないなら無理には聞かない。このまま世間話をしても良い。それは優李に任せるよ」



 そう言って阿頼耶は道場の縁側に座ってしまったから彼女も座らざるを得なくなって……言うつもりなんてなかったのに結局阿頼耶に愚痴を零してしまった。


 道場に学校のことを持ち込むつもりなんてなかったのに、決して面白い話じゃなかったはずなのに、彼は文句一つ言うことなく、ただジッと話を聞いてくれた。


 話し上手ではない阿頼耶だが、聞き上手ではあったようだ。時折相槌を打つ彼に、気付けば優李は誰にも言わなかった鬱憤を彼にぶちまけていた。


 それがきっかけで、彼女はストレスが溜まると彼に愚痴を言ったり、ストレス発散を兼ねて彼と試合をしたりするようになった。


 こうしたらどう? という選択肢を増やすような助言もあったが、大半はただ優李の話を聞くだけだった。けど彼女は、それでも充分だった。話していると不思議と心が軽くなったから。


 寄り掛かっても大丈夫という安心感があって、初めての感覚で妙にこそばゆかったけど、彼女は嫌ではなかった。


 だからだろう。


 いつの間にか優李にとって阿頼耶は尊敬できる兄弟子で、一緒にいて心安らぐ男友達になっていた。

 さすがに恥ずかしくて、それを表に出すことはしなかったが。


 道場で何気ない会話をして、たまに愚痴を聞いてもらって、稽古に励んで、試合をして勝敗を競う。そんな日々がずっと続くと、幼い優李は信じて疑わなかった。


 だから、師範からその言葉を聞いた時は衝撃を受けた。



「阿頼耶は昨日、辞めたぞ」



 小学五年生。一一歳になった時、阿頼耶は彼女に何も言わず夜月神明流を辞めてしまった。

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