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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
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第129話 歯痒い思い

 思わず護衛の騎士が剣に手を掛けたが、やって来た人物を見て即座に警戒を解いた。優李と紗菜は誰が来たのか分かっていたらしく、護衛の騎士と違って慌てた様子はない。やって来た人物を見つつ、優李は口を開く。



「また来たのね、谷君」



 やって来たのは、短い髪を掻き上げた、細見で長身の少年――(たに)良哉(りょうや)だった。


 彼も一六代目異界勇者であり、優李や紗菜と同じく円卓の騎士の名を関した称号を持ち、勇者系スキル【勇者美手(ブレイブ・ボーマン)】を保有する『円卓の勇者』の一人だ。そして同時に立川(たてかわ)隼人(はやと)を筆頭に、工藤(くどう)(まなぶ)藤堂(とうどう)(じゅん)と共謀して阿頼耶を貶めてきた一人でもある。



「ダンジョン探索の帰りに私が紗菜と合流して戻るんだから、別に来なくて良いって言ったのに」


「え、えっと……その、さ。女だけじゃ、いろいろと危ないだろ?」



 彼女の言葉に、谷はしどろもどろになって答える。また、と優李が言っていたのでおそらく彼は何度もこうして迎えに来ては同じことを言われているのだろう。だからか、優李は『ふーん』とだけ言ってそれ以上追及しなかった。


 様子を見ながら、ヘルマンとカミラは、二人のステータスを見る。



「『湖の勇者(ランスロット)』ユウリ・クヌギに、『美しき手の勇者(ガレス)』リョウヤ・タニか」


「女の子の方は兄様(あにさま)の幼馴染みの一人、男の子の方は兄様(あにさま)を虐めていた一人ね。女の子の方のレベルは二五で、男の子の方は一五。……随分と差があるわね」


「もしかしたら本当に今代の異界勇者のレベルは低いかもしれねぇな」



 確認したのが三人だけとはいえ、『円卓の勇者』のステータスがこれなのだ。他の勇者たちのステータスがこの三人よりも突出しているとは考えにくかった。



「……まぁいいわ」



 一瞬だけ、優李は懐疑的に目を細めた。一瞬のことだったので気付いたのはヘルマンとカミラだけで、谷は全く気付かなかった。


 ほどなくして優李たちは王城へと戻るために広場を後にする。もちろんヘルマンとカミラは彼らの尾行を開始した。








 優李一行から充分に距離を開けて尾行しながら、ヘルマンとカミラは彼女たちの会話に聞き耳を立てていた。



「どうやらあのリョウヤ・タニって子、ユウリ・クヌギとサナ・ヒメカワのことが好きみたいね」


「そうなのか?」


「声の緊張、頬の紅潮、二人を見る時の視線。どれも好きな人を前にした時の反応だわ。でも彼女たちにその気はなさそうね。彼から一定の距離を保っているわ」



 カミラの言う通り、優李も紗菜も彼から一定の距離を維持していた。およそ一.二メートルほど。


 これはパーソナルスペースにおいて社会距離と呼ばれる、相手に手は届かないが会話できる程度の距離とされている。


 この社会距離は会話域とも呼ばれ、日常の会話が行われる距離とされているが、一方でこのゾーンに入ると会話しなければいけないと思わせる距離圧力を受ける。すわなち会話がない時には『居ることの理由』が必要となる距離である。


 彼の言葉には応じていることから輪を乱すほど邪険にするつもりはなさそうだが、かといって近付いてくることを良しとはしておらず、一線を引いているようだ。



兄様(あにさま)の話だと、ユウリ・クヌギは面倒見が良いから集団を引っ張るような存在で、サナ・ヒメカワは場を和ませるムードメーカーみたいな存在なのよね?」


「大きく逸脱はしちゃいねぇが、ちょっと違和感があるよな」



 二人は首を傾げる。


 阿頼耶から聞いていた話と、実際に見た二人の対応にはズレが見受けられたのだ。阿頼耶の話が本当ならば、あの二人はもう少しあの少年に対して社交性のある対応をしているはずだ。少なくとも、あんなあからさまに一線を引くようなことはしない。



「ユウリ・クヌギとサナ・ヒメカワは兄様(あにさま)の幼馴染みで、リョウヤ・タニは兄様(あにさま)を虐めていた。その兄様(あにさま)が死んだことで彼女たちの心に何かしらの変化があって、あの少年に対して一線を引いているって感じか?」


「だとしたら納得ね。仲の良かった幼馴染みが死んだんだもの。心境に変化があって当然だわ」



 話していると王城にまで辿り着いた。カミラは王城の中へと入って行く彼女たちの後ろ姿を見送りつつ思案する。



(正確にどんな変化があって、今どんな気持ちで幼馴染みを失った日々を送っているのかしら。まぁ十中八九、内心は穏やかじゃないだろうけど、知るには当人たちと直接話をする必要があるわね。……でも、それは任務内容には入ってないのよねぇ)



 知りたくはあるが、それは任務の枠を超えてしまう。二人の仕事は異界勇者とオクタンティス王国の動向を調べることまでで、彼女たちの心境を知ることは蛇足に他ならない。何より彼女たちの心境を知るにはこちらの情報も流す必要がある。それは避けなければならない。



「良いのか? このままアイツらを行かせちまって」


「仕方ないじゃない。王城の警備は厳重そうなんだもの。潜入するには圧倒的に装備が足りないから準備しなくちゃならないわ」



 もちろん、異界勇者とオクタンティス王国の動向を調べるためにも王城へ潜入する必要がある。だがそれは万全を期して望まなければ、以前のように足元を掬われて捕まってしまう。前の事件も、ちょっとの油断で捕まったのだ。同じ轍を踏まないためにも慎重に行動しなければ。



「俺の『牙』を使うか?」



 そう言って、ヘルマンは自身の歯を指差す。


 彼は黒龍系統の龍族(ドラゴン)である『怒り()に燃えてうずくまる者(ーズヘッグ)』。


 北欧神話において、フヴェルゲルミルの泉に多くの蛇と共に棲み、世界樹ユグドラシルの三つ目の根を齧り続けている龍だ。故に彼の牙には強力な破壊力がある。王城の外壁など、破壊するなんて造作もない。


 だが、それはあくまでも龍状態になった場合の話だ。人状態の今では使えない。



「却下よ。こんな所で龍に戻ってみなさいよ。一気に大騒ぎになって、情報を集めるどころじゃなくなるわ」


「けどよ」



 彼も今、王城へ潜入を試みるのはリスキーだというのは分かっているだろうに、なおも食い下がってくる。



「なに? ヘルマン、もしかしてあの子たちに兄様(あにさま)のことを話そうと思っているの?」



 そのことを不思議に思ったカミラがもしやと思って聞くと、彼は不満そうな顔で肯定した。



「だってよぉ。これじゃ兄様(あにさま)があまりにも不憫じゃねぇか。このままだと兄様(あにさま)はずっと死んだってことにされるんだぞ。せめて幼馴染みの二人には言ってやるべきだろ」


「忘れたの? その兄様(あにさま)自身が『俺のことは異界勇者に言う必要はない』って仰ったのよ?」



 カミラの指摘に、ヘルマンは閉口する。



「言葉こそ消極的だったけど、アレは絶対に言うなって意味よ。それに、あの子たちに話してその情報が兄様(あにさま)を殺そうとしたヤツにまで知られたらどうするのよ」



 気持ちは分かる。でも、それでもできない理由があるのだ。



「分かったでしょ? 彼女たちとは接触しない。何も教えない。私たちの役目は一六代目異界勇者とオクタンティス王国の動向を調べて、それを兄様に伝えることよ。余計なことをして兄様(あにさま)を窮地に立たせるなんて本末転倒なんだから」


「……そう、だな。悪ぃ、カミラ」



 落ち込んで謝罪するヘルマンに、カミラは肩に手を置く。


 カミラだって、できることなら伝えてやりたい。あの幼馴染みや、親友だと言っていた少年の三人にくらいには、阿頼耶が今も生きていると教えてやりたい。自分たちを介してでも良いから、連絡をさせてやりたい。


 けれどそれはリスクが大きい。異界勇者たちのステータスレベルを見れば彼が負けることなんてないだろうけど、それは阿頼耶を危険に晒して良い理由にはならない。阿頼耶を殺そうとした者がいる以上、彼が生きていることが知られたら、また殺そうとしてくる。


 それこそ今度は、阿頼耶と仲の良い三人を人質に取るなど、卑劣な手段を使ってくるかもしれない。


 歯痒いが、そういったリスクが残っているうちは迂闊にこちらの情報を漏らすわけにはいかないのだ。



「行きましょう」


「あぁ、そうだな」



 名残惜しいが、二人は王城から立ち去ることにした。


 自分たちの頭目であるクレハを介して阿頼耶から『異界勇者たちが死ぬようなことになったら即刻知らせてほしい』と追加の任務が伝えられたのは、それから数日が経った後だった。

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