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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
131/214

第128話 潜入と遭遇

 



  ◇◆◇




 時は遡り、阿頼耶たちが瘴精霊(ミアズマ)を倒した翌日の地の月の二八番(八月二八日)


 阿頼耶の指示で『灰色の闇(グラウ・シュヴェルツェ)』所属の暗殺者が二人、オクタンティス王国の王都アルバへと訪れていた。


 本来ならフェアファクス皇国のカルダヌスからオクタンティス王国の王都アルバまでは三週間近くかかるのだが、この二人は驚くことに一週間ほどで辿り着いている。


 というのも、二人は普段使用している【人化】スキルを解除して龍状態に戻り、人に見られて騒ぎが起きないように高高度で飛行。王都アルバ近郊の人気のない場所に着陸して再度【人化】スキルを使用して人状態になってから王都入りしたのだ。


 二人は揃って王都を散策している。


 目的は情報収集ではなく、その前段階として溶け込むのに必要な『街の色』を見たり、表通りから死角になるスポットや、表向きの拠点にしている安宿が駄目になった時の第二第三の潜伏先の候補などをピックアップしたりしている。


 暗殺者のような隠密活動する者にとって一番の見せ場は『小細工』だ。真正面から戦うのは騎士や武士の仕事だ。卑怯な手段で姑息に勝つ。気付いた時には全てが終わっている。これが暗殺者にとっての理想形だ。


 だから二人も冗談抜きで自分たちの生命線になるので、念入りに下調べをしているわけだ。


 貧民街(スラム)のようなアンダーグラウンドを候補に入れなかったのは、あそこはあそこで余所者には敏感なので、縄張りにしているリーダー格に真っ先に標的にされるからだ。二人なら一網打尽にするなんてわけないが、無用な騒ぎは避けたかった。


 それに、良くも悪くも裏社会は弱肉強食だ。いつ誰が裏切るか分かったものではない。



「にしても」



 と、龍特有の瞳孔が縦長に割れた金色の瞳とツーブロックの黒髪、簡素な革鎧(レザーアーマー)にロングソードを腰に差した青年――ヘルマン・ニーズヘッグが口を開く。



「噂には聞いていたが、本当に人間族(ヒューマン)以外の姿が見えねぇな」


「仕方ないわ。何せここは人間至上主義の国だもの」



 右耳のピアスを弄る彼に答えたのは、同じ金色の瞳にウェーブがかった緑色の長髪、自身の背丈ほどある魔法杖に魔術師のローブを身に纏った女性――カミラ・リンドヴルムだ。


 彼女は自身の頭の左側に付けた羽根飾りを揺らしながら言葉を続ける。



「冒険者ギルドにも顔を出したけど、兄様(あにさま)が言っていた人猫種(ウェア・キャット)の受付嬢はいなかったわ。この国にいるのが限界にきたのでしょうね」


「まぁ、周りが人間族(ヒューマン)ばっかりだと浮いちまうからな。それにここだと異種族は白い目で見られる。居心地が悪くなったのかもな」


「多分ね。私たちも油断できないわよ。私たちの目を見ただけで龍族(ドラゴン)だって分かる人なんて、人間族(ヒューマン)しかいないこの国じゃそうそういないだろうけど、用心するに越したことはないわ」


「分かってるよ。兄様(あにさま)にも『自分の身を第一に考えて、危険だと判断したら迷わず撤退しろ』って言われてっからな」


「優しいわよね、兄様(あにさま)って」



 兄様(あにさま)とは、彼らの頭目であるクレハが慕っている阿頼耶のことだ。


 彼らもまた、一人ひとりが阿頼耶のことを認めて膝を突くことを良しとしている。だから本当は『主様』とか『ご主人様』とか、そういう呼び方で上下関係を明確にしたかったのだが、それは阿頼耶自身が嫌がったので、彼らは『兄様(あにさま)』と呼ぶことにした。


 クレハが阿頼耶のことを『兄上様』と呼んだから、というのも理由の一つだったりする。



「けど兄様(あにさま)に任された以上は、何か有力な情報は持ち帰りたいわね」



 せっかく彼が頼ってくれたのだ。前回の事件で失敗を演じた自分たちの汚名を返上するためにも、期待に応えたいと二人は思う。



「調べるのは一六代目異界勇者たちとオクタンティス王国の動向、だったな。なぁ、カミラ。オクタンティス王国はどうして勇者召喚なんてやったと思う?」



 問われ、少し考える素振りを見せてからカミラは答える。



「やっぱり戦力の増強じゃないかしら? 元々オクタンティス王国は戦争で領土を拡大して、このクサントス中央大陸の列強国の一つになった国だから」



 アストラルは全部で五つの大陸に分かれている。


 クサントス中央大陸を中心とし、北のメラス北方大陸、東のキュアノス東方大陸、南のエリュトロス南方大陸、西のレウコテス西方大陸の五つで、阿頼耶たちがいるのがクサントス中央大陸だ。


 現在このクサントス中央大陸には、オクタンティス王国、フェアファクス皇国、妖精王国アルフヘイム、サムンドラ技国の四つの大国がある。どの国も独自の特色を持っている強国なのだが、数十年前までオクタンティス王国はただの小国に過ぎなかった。


 当時は他にも様々な小国が存在していたのだが、王がカーエルになってからオクタンティス王国はその小国へ向けて幾度も戦争を仕掛け、勝利し、今では他の三国に後れを取らない大国にまでなったのだ。


 そういう背景があるため、カミラはオクタンティス王国の目的が侵略で、そのために強力な力を持つ勇者を召喚したのではないかと考えたのだ。



「妖精王国アルフヘイムは妖精族(フェアリー)の国で、フェアファクス皇国とサムンドラ技国は多種族国家。人間族(ヒューマン)以外の種族なんてクソ喰らえって考えのオクタンティス王国からしたら目障り極まりないだろうし」


「長年の戦争でオクタンティス王国も疲弊しているはずなんだけどな。それを勇者の力で補おうって腹か。大陸制覇でも狙ってんのかねぇ?」


「野心だけは人一倍あるカーエル王ならあり得なくはないわね。……もしかしたら本気で魔王全員を倒す気でいるのかも」



 いや、さすがにそれはないか。とカミラは自分の考えを即座に振り払った。


 何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 一人ならまだしも、それを七人も倒すなんて現実的じゃない。アストラル勇者も集めて九九人総出で戦うならまだ可能性はあるだろうが、異界勇者四〇人だけでは到底不可能だ。


 そもそも魔族(アスラ)は全てで、悪魔種(デーモン)堕天使種(ダウン・フォール)吸血鬼種(ヴァンパイア)妖怪種(スペクター)夢魔種(サキュバス)人魚種(マーメイド)歌魔種(セイレーン)の七種類に分かれているのだが、その各種族で魔王が擁立し、それぞれが国を統治している。


 その七人の魔王がそれぞれ統治する七つの国で形成されているのが、魔国領だ。


 加えて魔国領には、高レベルで練度の高い戦闘職や魔術師が何百人もいると聞く。七つの国全て合わせてではない。一国に付きだ。


 オクタンティス王国のバックアップがあるとはいえ、単純に考えれば異界勇者四〇人で七つの国を相手にしなければならないのだ。しかも一国を相手している間に他の六つの国が攻めてこないとも限らない。


 魔王一人倒すのに、異界勇者は一体どれだけの犠牲を払うことになるやら。


 そう考えていた時だった。


 会話をしながらも周囲に耳を澄ませて人々の会話を聞いていると、



「勇者様が?」


「あぁ、広場に来ているんだって。あの『聖杯の勇者(ガラハッド)』のサナ様が」


「ってことは今日も治療にいらしているのか! めちゃくちゃ可愛いって噂だし、行って一目見ないとな!」


「はっ! お前みたいな野郎なんて相手になんかされねぇよ!」


「んだと!?」



 二人組の青年がそんなことを言い合いながら歩いて行く。



「「……」」



 まさかこんな早く勇者の情報を得るとは。

 しばし顔を見合わせた二人は、気付かれないようにその男たちを尾行した。








「はい。治りましたよ」


「ありがとうございます、勇者様」


「いえいえ。お大事になさってくださいね。……それでは次の方、どうぞ」



 広場では多くの怪我人や病人が列をなしており、その列の先にいる一人の少女が場を仕切っていた。お馴染みの風景なのか、この場にいる人たちは何一つ文句を言うことなく彼女の指示に従って行動している。


 小柄の割に大きく育った胸に、赤く細いリボンでハーフアップにしたセミロングの黒髪、ゆったりとしたローブに身を包んでいるので分かりにくいが腰に聖剣を帯剣している少女は、咲き誇るような笑顔が特徴的だった。


 姫川(ひめかわ)紗菜(さな)


 アストラルに召喚された一六代目異界勇者の一人だ。


 治療した老婆を見送って次の患者の対応をしている彼女の頭上には聖杯が浮かんでいた。どうやら彼女の持つ勇者系スキル【勇者聖杯(ブレイブ・グレイル)】の力を使って治療を行っているようだ。



「彼女が、異界勇者?」


「みたいね」



 その様子を、ヘルマンとカミラは気配を消しつつ物陰から覗き見る。


 衛生面を考えると外での治療は天幕などで仕切りを作って一人ずつ行うべきなのだが、そういったことはしておらず、見晴らしが良い状態で行っていた。あるのは精々、彼女が座っている椅子と患者が座るための椅子があるくらいだ。


 感染症などの緊急性があるような状況ではなく、ボランティアで治療行為をしているらしい。



「宣伝効果を期待して、敢えて姿を見せてんのか」


「良いパフォーマンスになるわね。あんな可愛い子が治療してくれるってなったら、そりゃ誰だって治療を受けたくなる。お金を取っていないのも、噂が噂を呼ぶ状態になっているのかもね」



 だからか、患者の他にも遠巻きに彼女の姿を一目見ようと集まった野次馬たちが噂話をしていた。



「サナ様だ。やっぱ可愛いな」


「明るい笑顔が魅力的よね。こっちまで笑顔になっちゃうわ」


「そういえば彼女、身分や性別に限らず、誰でも治療しているって話よね?」


「らしいぜ。この前なんて貧民街(スラム)のヤツらもタダで治したんだと。俺もあんな可愛い子に治療してもらいてぇぜ」



 上手いやり方だ、と二人は思った。


 このやり方なら勇者のイメージアップに繋がるし、スキルの練度を上げることもできるばかりか住民の心を掴むこともできるため、メリットが大きい。


 デメリットとしては、治療を受けて()()()()()不埒な輩が彼女に近付く危険性があるくらいだが、彼女の傍には護衛として騎士が佇んでいる。いざという時はあの騎士が対応するのだろう。それに聖剣を帯剣していることから、彼女自身もそれなりに戦闘もこなすのかもしれない。



「どんな相手だろうが無償で治療する可愛くて優しい異界勇者の女の子。なるほど、人気が出るわけね」


「あの子、兄様(あにさま)の幼馴染みの一人なんだよな?」



 彼らが異界勇者とオクタンティス王国の動向を調査する上で、阿頼耶は自分の知る限りのことを二人に伝えてあるので、ヘルマンとカミラは今代の異界勇者に関する情報を有している。


 だから彼女が阿頼耶の幼馴染みであるということも、【鑑定】スキルでステータスを見て名前を確認することですぐに分かった。



兄様(あにさま)から聞いた特徴、スキル、名前からするとそうなんでしょうね」



 肯定するカミラに、しかし【鑑定】スキルで紗菜のステータスを見ているヘルマンは渋い顔をする。



「……本当に勇者なのか? レベル二一って、低過ぎだろ」



 彼らがアストラルに召喚されてから約三ヶ月が経っている。一般人であれば三ヶ月でレベルを二〇近くも上げるなんて驚くべきことなのだが、勇者の場合だとこれは遅いと言わざるを得ない。


 歴代最強とされる初代異界勇者は一年でステータスレベルを一〇〇〇、つまり単純計算だと三ヶ月で二五〇ほどステータスレベルを上げていたことになる。初代でなくとも、歴代の勇者たちは三ヶ月でステータスレベルは五〇にはなっていたとされている。


 なのに目の前にいる少女のステータスはその半分にも満たない。

 低い。これはあまりにも低過ぎる。



「三ヶ月も経つってのにこのレベルってどういうことだ? それに獲得しているスキルも随分と少ねぇ。ユニークスキルの勇者シリーズは除くとして、エクストラスキルどころかレアスキルも持ってねぇぞ」


「このステータスだと、初心者用ダンジョンの【魔窟の鍾乳洞】ではどうにかなっても、それ以外じゃ全然通用しないわ」



 彼女も【鑑定】スキルを使っていたようだ。紗菜のステータスを見つつ、カミラはそう評価を下した。



「でもステータスを見る限り異常はないから、何かに成長を阻害されているってわけじゃなさそうね」


「ってことは」


「まだ彼女のだけしか見てないから断定はできないけど、単純にこれが彼女たちの実力ってことかしら」


「……」



 思わずヘルマンの脳裏に『歴代最弱』の一文が浮かんだ。



「まさか他の勇者も似たようなレベルじゃねぇだろうな」


「それも調べる必要がありそうね」



 否定しない辺り、カミラもその可能性が高いと思っているようだった。

 そうして紗菜を観察していると、広場に勇者がもう一人現れた。



「紗菜、迎えに来たわよ」


「あ、優李ちゃん」



 現れたのは、紗菜とお揃いの赤くて細いリボンで濡羽色(ぬればいろ)の髪をポニーテールにした長身の少女だった。残念ながら胸はないが、モデルのようにスラリとした体型をしており、吊り上がった目尻が彼女の勝気な印象を強めている。


 そんな彼女はタイトなパンツに要所を守るだけの簡素な軽装鎧(ライトアーマー)に身を包んでいた。防御よりも動きやすさを重視しているようだ。


 紗菜と同様に、腰に聖剣を帯剣している彼女はどこかで戦ってきたみたいで、鎧や服が少々汚れていた。



「今日のダンジョン探索は終わったの?」


「えぇ。成果はいつも通りだけど」


「そっか。ちょっと待ってね」



 一言断りを入れ、紗菜は広場にいる人たちは終了の旨を伝える。少しばかり不満の声も上がったが、明日も来ると告げたことで大人しくなり、ぞろぞろと帰り始めた。



「それじゃ、私たちも行きましょうか」


「うん」



 二人が撤収の準備を始めた時だった。広場から立ち去って行く人々の波に逆らうように、二人の元に一人の少年がやって来たのだ。

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