第13話 生きるために必要なこと
なんとか10月中に更新できました。
いや、ホントすいません。
部署移動やら何やらで小説を書く暇が……
あ、ごめんなさい。言い訳ですホントすいませんしたぁぁぁぁ!!
夕食を食べた後はもう寝るだけ。他にやることもないのでさっさと寝袋に入った。明日は更に下に潜るし、戦闘も激しくなるからさっさと寝よう。そう思って目を瞑ったのだが、セツナがふと口を開いた。
「ねぇ、先輩」
顔をそちらに向けると、彼女もこちらを見ていた。
彼女の青い瞳が、何やら好奇心に染まっているように見える。
「先輩の世界って、どんな所なんですか?」
「どんなって言われてもなぁ」
問われ、少し考える。
「人間しかいない世界だ。俺がいたのは日本っていう国でな。人が飢えることもない、争いもない平和な国だよ。魔物も魔術も存在しない。空想の御伽噺でしか登場しない。そんな世界だ」
「飢えないし、魔物がいない世界なんて、まるで夢のような世界ですね」
「実はそうでもないぞ。俺の国じゃ戦争こそなかったけど、年間で三万人近くの自殺者がいるしな」
「三万人……そんなに」
「失業だったり、鬱状態になったり、社会の重圧に耐え切れなくなったり、人間関係に嫌気が差したりと、まぁそんな理由だな」
「でも、そんなに自殺者がいたら国が滅んでしまいませんか?」
「それはないよ。俺のいた国の人口は一億人ほどだから」
「い、一億人っ!? 先輩のいた国って、大きな国なんですか?」
「いや、小さな島国だよ。そもそも地球全体で人間の人口は七〇億人もいる。まぁ、自殺者の多くは十代や二十代で、そのせいで少子化問題を抱えていたよ」
日本だけじゃない。世界各地で少子化は重い問題だった。個人の問題というよりは、社会の問題だろうな。女性も働きやすくなった地球だったが、その反面で忙しすぎて子供の面倒を見るのが難しくなった。待機児童の問題、男性の長時間労働による子育て不参加、若い世代の所得の伸び悩み、依然として厳しい女性の就労継続。そういった問題の対策が不充分だから少子化問題は今も解決してない。
「でも、飢えることも争いもないんですよね?」
「そうだけど、それは俺のいた国ではってだけだな。世界的に見れば争いは絶えなかったよ。資源、宗教、民族の問題。領地問題から始まった紛争なんかも少なくなかった。そんな地域じゃあ、日常的に命の危機にあるこっちの世界と変わらない。いや、もしかしたらもっと酷い所もあるかもしれない」
実際に見たことがあるわけじゃないけど、世界中の情報を一瞬で得られるネットの世界にちょっと潜っただけで凄惨な画像、映像、情報なんていくらでも目にした。法治国家の日本にだって、俺が見たことないだけで暗く深い闇はある。俺が経験してるイジメ問題なんてその代表格だ。
「どうしようもない理不尽があるのは、どこの世界も変わらないんですね」
「そうだな」
理不尽なんてどこにでも転がってる。こっちの世界に来ても相変わらずクラスメイトたちに下に見られてる俺然り、悪魔に呪われて周囲から拒絶されたセツナ然り。世界が汚いのは、どこでも変わりはしない。
「先輩の世界には魔術もないんですよね?」
「魔術っていうか、魔力そのものがないな」
「そんなので生活なんてできるんですか?」
ん? あぁ、そうか。
こっちの世界だと魔道具が普及してるから、魔力があること前提になるのか。
「魔力以外にもエネルギーになるものがあるからな。それを使って生活してる。魔術がない代わりに科学技術――こっちで言う錬金術が発達してて、馬よりも速く走れる乗り物や、世界中の出来事を一瞬で知ることもできた」
「こちらの世界だと魔術で成り立つことが、錬金術で成り立っているんですね」
興味深そうにセツナは頷く。その後、俺はセツナが眠るまで話を続けた。
ようやっとセツナが眠ったのは良いのだが、ちょっとした問題が生じた。
「むにゃむにゃ……アラヤさん……」
幸せそうな顔で寝言を言うセツナがあざと可愛すぎて眠れないのだ。
ていうか普段は『先輩』って言ってるのに寝言は本名で呼ぶとか可愛すぎるだろ。悶々して眠れねぇよ。そしてやっぱり寝言で本名を言ってたんだな。まぁもう良いんだけどさ。とっくに呪われてるから。
う~む。だけどこうして見ると、セツナは本当に魅力的だ。顔だけじゃなくて、性格も。真面目で、直向きで、一生懸命で。呪われてることがとても辛いっていうのに、それを感じさせないほど明るい。まるでそんなことではめげないと言わんばかりの明るさだ。辛い思いをしてきただろうに、まだ希望を諦めていないんだな。
「……レベル上げ、するか」
こういう姿を見せられると、呪いをどうにかしてやりたいって思ってやる気を出してしまうのは、仕方ないことだと思う。うん。別にセツナの寝顔が可愛かったからとか、そんな理由じゃないぞ。
俺は寝袋から出て、剣を手にレベル上げに向かった。
ずっとダンジョンに籠っていたから暗闇に目が慣れているとはいえ、何でも見えるわけじゃない。結界の外に出てしばらく散策していると、トレントという木の魔物とエンカウントした。ゴブリンより得られる経験値が多い魔物だ。即座に剣を抜き、戦闘に入る。
「ゲゴバゴエオオ」
地面に松明を突き立て、【身体強化】を自身にかけると、俺の姿を捉えたトレントがわけの分からない声と共に動き出した。トレントはその太い右腕を振り抜いて殴りにかかる。俺はそれを横に跳んで躱したのだが、これは直撃してもヤバいな。俺の微弱な【身体強化】だと防御も紙みたいなものだから、攻撃を受けたら死に直結することもあり得る。少なくとも、大怪我を負うことは間違いないだろう。なら【身体強化】をかける意味はないのではと思うだろうが、防御面だけじゃなく攻撃面でも強化されるので、かけないという選択肢は存在しないのだ。
振り下ろされた腕はそのまま地面に直撃。俺はすかさず剣で攻撃するが、傷を付けただけで切り落とせていない。更に2撃目の攻撃で半分辺りまで切れたが、そこでトレントからの左フック。俺は急いでトレントの右腕から剣を引き抜き、手元まで引き戻して楯にする。ガンッ!と強烈な攻撃に手が痺れる。が、体勢を崩すことはなかった。続いてトレントが右腕で攻撃してくる。
「ちっ」
後ろに下がってやり過ごそうとしたが、駄目だ。微妙に射程内だ。回避は不可能だと察した俺は剣を斜めに構える。トレントの腕が剣身に接触し、攻撃が俺を避けるように右へと流れる。後方へと攻撃は抜け去り、トレントの右半身が隙だらけになる。そこを狙わない理由はない。一気に踏み込み、剣を振る。
「グギャアアアアア!!!!」
人体で言うなら肩甲骨辺り。そこを切り裂かれ、トレントは叫び声を上げた。すかさず俺は剣をトレントの胴体に突き刺す。だがそれで終われなかった。更に悲鳴を上げたトレントが体を回転させ、俺はあっさり剣を手放してしまった。
「がっ!」
投げ出された俺の体は鍾乳洞の壁に強かに打ち付けた。痛ぇ。けど、尖った所でぶつけなくて良かった。そうじゃなかったら、今頃串刺しになってあの世行きだった。体を起こし、ナイフを抜いて構える。トレントは怒りの心頭、とでも言えばいいのか。雄叫びを上げていた。顔は分かりにくいから、怒っているのかどうかは分からないけど。
トレントは左腕を振り回し、近くの岩を破壊した。その衝撃で破壊された岩が礫となって俺に襲い掛かる。マジか!と叫ぶ暇もない。俺は横っ飛びで転がるように、近くの岩陰に隠れてやり過ごす。
「……っ」
脇腹に鈍い痛みが走る。
避け切れなかったか。
けど、耐性を上げる【虐げられし者】の称号の効果のおかげでこれくらいなら何の問題もない。
礫の雨が止んだのを見計らって、浅く息を吐いた俺は跳び込んだ方とは反対側から躍り出る。俺の膂力では、一瞬で肉薄することはできない。だからナイフを投擲して意識を逸らそうとしたのだが、運が良いのか悪いのか。ナイフはトレントの目に突き刺さった。叫び声を上げるトレント。その隙を見逃さず、俺はトレントの背後に周り、突き刺さったままの剣を握る。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
雄叫びを上げ、俺はトレントの肩甲骨辺りに付けた傷をなぞるように切り上げた。腹部から右肩にかけて切り裂かれたトレントは、消え入るような声を漏らして息絶えた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
――レベルが上昇しました。
荒く呼吸を乱していると、脳内に無機質な女性の声が響いた。レベル2に上がった時にも聞いた声だ。どうやらレベルアップに必要な経験値が溜まっていたらしい。この声、どこかで聞いたことがある声なんだよな。どこで聞いたんだっけか?
考えてみるが、どうにも思い出せない。
「セツナにでも聞いてみるか」
何か知ってるかもしれないし。
呼吸を整え、周囲に魔物がいないことを確認した俺は魔石とトレントの死体を回収してステータスを確認することにした。
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雨霧阿頼耶 17歳 男性
レベル:3
種族:人間族
職業:学生、魔術剣士、冒険者
HP :62/62(+15)
MP :66/66
筋力:61(+15)
敏捷:63(+15)
耐久:102(+20)
スキル:
言語理解、鑑定Lv.1、隠蔽Lv.1、剣術Lv.2、無属性魔術Lv.1
称号:
異世界人、虐げられし者
補助効果:
隠蔽Lv.1
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ふむ。とりあえずは、着実にステータスは上がってるな。
スキルも増えたのは無属性魔術だけだし、こんなもんか。
でもステータスは芳しくないし、強力な武器かアイテムが欲しいな。俺が今使っている剣は鍾乳洞内でも充分使える少々小振りの剣だ。最初は騎士団長に貰った剣で戦っていたのだが、さすがに壁に当たったりして邪魔だったので、宝箱から手に入れた剣に変えたのだ。この剣も悪くはないのだが、この先のことを考えると、やはり心許ない。聖剣、魔剣とまでは言わないが、せめて魔法剣は欲しい所だ。
「もう一つくらい魔術系のスキルでも覚えていれば、少しは変わるんだろうけどな」
スキルと言えば、この【隠蔽】スキル。どうやら『ステータスオープン』と唱えた時に現れる半透明のウィンドウを隠すことができるらしい。前に【隠蔽】スキルを使ったままの状態でステータスを確認していた時に、それを修司に見られて「何してんだ?」と不可解な目をされたことがある。それでやっと【隠蔽】スキルの特性を理解できたんだよなぁ。このスキルの特性を知っていれば、謁見の間でクラスメイトたちに俺のステータスが晒されることもなかったのに。
言っても詮無い事ではあるが、それでも思わず溜め息が出てしまう。
「あー、やめやめ。今はそんなことを考えてる暇はないだろ」
安全確認をしたとはいえ、ここはダンジョン。戦場だ。ちょっとの気の緩みが、死に直結する。これはダンジョンに潜る前に、あのネコミミ受付嬢に言われたセリフだ。俺自身もそう思う。
邪心を振り払うように両手で頬を叩き、俺は次の魔物を探しに歩みを進めた。
そろそろセツナが起きるかもしれない。そう思って戦闘を切り上げて結界の方に戻ると彼女はまだ寝ていたのでさっさと起こし、ダンジョン探索の続きを行った。ゴブリンのような人型の魔物を殺すのにはまだ些か抵抗があるが、最初の時のような吐き気は起こさなくなってきた。幾分か慣れてきたらしい。
俺が異変を感じたのは第5層にまで降りた時だった。最初に感じたのは、思わず顔をしかめてしまうほどの異臭。何かは分からなかった。何かが腐ったような臭いで、嗅ぎ慣れた臭いじゃない。だからそれが何から発せられているものかを理解できなかった。
臭いする場所は、この道の先か。
そちらに足を進めた時、引っ張られる感覚がした。振り返ると、セツナが俺の服を掴んで引き止めていた。
「ダメです、先輩」
俯いた状態で言うセツナ。
「ダメって、何がダメなんだ?」
「それは、えっと……」
どう説明すれば良いのか分からないような困った表情で、彼女は視線を泳がす。
「どの道、ここを通らないと先に進めないだろ」
「それはそうですけど……でも、そっちに行っちゃダメなんです」
「そんなこと言われてもな。何がダメなのかちゃんと説明してくれよ」
じゃないと、俺だって困る。
ダメだって必死になってることは伝わるんだけどさ。
「じゃ、じゃあ私が先に見に行ってきます! 先輩はここで待っててください!」
「いや、ずっと俺が先頭で進んできたのに何で今になってお前が先に行くんだよ」
「うっ……うぅ~」
唸るセツナを放って俺は通路を進んで突き当たりを右に曲がる。曲がった先は少し開けた空間で、体育館くらいの広さがあった。そこに広がる光景を見て、俺の頭は真っ白になった。
そこは、地獄だった。
赤。
目の前に広がる色彩のほとんどはそれで満たされていた。床も壁も天井も、何もかもが赤で染め上げられている。セツナの無属性魔術【光源】によってそれがはっきりと見えた。
「っ!?」
後ろで彼女が「あ、ちょっと!」と慌てたような声が聞こえたが、俺の意識はそんなことに構っていられなかった。
「……なんだよ、これ」
思わずそんな言葉が漏れ出る。
眼前に広がるのは死体の山。ただの死体じゃない。体の一部が欠損している死体、白骨化した死体、蛆虫が湧いている死体、抉られたような痕を残す死体。それらがまるで食い散らかしたかのように散乱していた。その中に見覚えのある顔がある。名前を知るほどの仲ではないが、前に世間話をしたことがある、C-1級の冒険者だ。
「先輩、大丈夫ですか?」
心配そうな顔でセツナは顔を除き込んできた。
「……武器の類は、もうダンジョンに取り込まれたみたいだな」
「え? あ、はい。そうですね。死体の方も、しばらくしたら取り込まれると思います」
面食らったように目を丸くしたセツナだったが、俺の言葉に答えて死体のことも話してくれた。
「そうか。じゃあ、このままにして問題ないか」
「はい。ここは魔力濃度も薄いみたいなのでアンデッドになる心配もないと思います」
「魔力濃度?」
セツナに問いながら、俺たちはこの場から移動する。
「空間中に存在する魔力量のことです。これが薄い場合は大して問題はないんですが、濃いと死体がアンデッド化したり、魔石が作られたりするんです」
「なるほど。で、ここの魔力濃度は薄いと?」
「はい。でも下の層へ行くにつれて魔力濃度が濃くなっているので、おそらく第十層より下になるとアンデッド系の魔物が出てくると思います」
「へぇ。そんなことまで分かるのか」
……さて、この辺りで良いかな。
「悪いセツナ。ちょっと向こうに行ってくる」
「? あちらに何か用でもあるんですか?」
俺が示した方向は、先ほど死体があった方ではなく、かといって進行方向でもない脇道に逸れた方向だ。
「私も一緒に行きましょうか?」
「いや、大丈夫だから」
「でも一人になるのは危ないですよ? 何の用かは分かりませんが、二人でいた方が」
「トイレなんだよ。言わせんなって、恥ずかしい」
「うえっ!? ト、トイレですか。えっと……その、すいません。待ってますので、どうぞごゆっくり」
恥ずかしげに顔を真っ赤にしてセツナは俯いてしまった。
……ごゆっくりはちょっと違う気がするけど、まぁいいか。
セツナと別れ、俺は道を逸れてしばらく歩く。ここまでくれば、セツナの方にまで声が届くことはないだろう。それを確認した瞬間、俺はついに耐え切れなくなり、体をくの字に折り曲げた。
「う、げぇ!」
込み上げる感覚が走ったと思ったら、胃の中のものが口から飛び出す。喉は焼けるように熱く、視界はぼやけ、頭はクラクラし、胃はねじ切れるようだった。それでも嘔吐は止まることはない。しばらくそうしていると吐き気が治まり、俺は壁に寄り掛かって蹲る。
セツナは、分かってたんだな。死体があるって。
だから俺を先に進めたくなかった。平和な国に住んでいた俺じゃあ耐えることができないって分かってたから、だからあんな必死になって引き止めたんだな。
死体なんて見るのは、警察や病院関係者くらいだろう。それなのに、この世界では日常的に死体を目にしてしまうことも充分にある。これが……これがこの世界で生きるっていうことなのか。
情けない。
こちらの世界に来る前は、アストラルがこういう世界だっていうことを分かった上で、アストラルで生きると決めていたはずだった。地球になんていたくない。新しい世界で第二の人生を歩む。そう覚悟をしていたはずなのに、いざこういうことになるとへこたれてしまう。転移する前に抱いていた思いなんてまるで塵芥で、現実に打ちのめされるようだった。
「もっと、強くならないと」
口先だけの男にならないために。
覚悟を成し遂げるだけの男になるために。
それがきっと、この世界で生きるために必要なことだと思うから。
阿頼耶が未だに活躍できない。
そろそろ彼に無双させてやりたいなぁ。




