第122話 取るべき責任
翌日の正午過ぎ。
俺たち『鴉羽』の面々はアルフヘイムの王城内を歩いていた。
昨日の瘴精霊とアルキンによる事件は無事に終息し、アルフヘイムは大きな混乱は起きておらず、みんな落ち着いている。というか瘴精霊が討伐されたことを祝して祝杯が挙げられていた。
S級災害指定精霊が出たのに死傷者ゼロで討伐。加えて瘴精霊のせいで予定されていた精霊祭の締めと武闘大会の祝賀を兼ねた後夜祭も潰れたこともあって、余計に騒いでいるらしい。
らしい、というのも俺たちはその光景を直接見たわけじゃないから知らないのだ。何せ昨日は事件が終わった後、全員が治療を受ける羽目になったからな。
ミオとクレハは軽く瘴気を受けただけなので比較的軽傷だったのだが、俺とセツナが重傷だった。神聖属性の魔力で瘴気を相殺してはいたが、その神聖属性の魔力で自身の体を焼き続けていた。命に係わるほどではないにしろ、だからって軽視して良い状態ではなかったわけだ。
とはいえ自分で言うのも何だが、俺もセツナも普通ではない。俺は【天斬阿頼耶】を解いて龍特有の高い回復力で、セツナは回復薬と自前の回復魔術を併用することで、それぞれ自力で治療してしまい、一夜明けた今朝方には全快した。
俺たちの治療を担当した医者は俺たちの姿を見て呆然としていたけど。
今朝、というかつい先ほどのことだが、全快した俺たちの所にティターニア女王と『精霊の巫女姫』アザレアさんの二人が来て、アルフヘイムの状況や別室で治療を受けているセリカの状態を教えてくれた。瘴精霊の憑依から脱したという極めて異例な状態なので、彼女だけは別室で治療と検査を受けていたのだ。
診察と検査の結果、心身ともに問題はなく、体から完全に瘴精霊は消え去り、後遺症もない。再発などの危険性もないだろうとのことだ。ただ体力はかなり消耗しているようで、今はまだ眠っているらしい。
問題がないなら何よりだ。目を覚ましたら会いに行くとしよう。
他にもティターニア女王たちとはいろいろと話をしたのだが、どうやら今回の事件に関する責任の所在を明らかにするためにも、これから会議をするらしい。その会議に参加するメンバーがこれまた凄い。
ティターニア女王とアザレアさんの他、中年森妖種の『宮廷精霊魔導士』シャムロック・スカルラッティ、モノクルを掛けた暗森妖種の『宰相』ハイドランジア・ファブリツィオ、エルダードワーフの『軍務大臣兼妖精兵団団長』ジスルフィド・カルドーネ、そしてエルダーで構成された各種族の長老会という錚々たる顔触れだ。
戦時下かと思うような面子であるが、何せ内容はアルフヘイムが滅びる一歩手前までいったことだからな。当然と言える。
なので、ついでに俺が精霊祭初日に『灰色の闇』に頼んで調べてもらったことをティターニア女王とアザレアさんにそのまま伝えた。その内容は簡単に言えばダンデライオンを含めた長老会が今まで行い、隠蔽してきた犯罪の証拠だ。
ダンデライオンを一例に挙げるが、これがまた酷いもので、今までダンデライオンが成したとされる功績の数々は本来は誰かのものであって、ダンデライオンが自力で立てた手柄なんて何一つなかった。
そしてその犯罪の中には、あろうことかダンデライオンの妹でありセリカの母親であるヴェロニカ・ファルネーゼが投獄されることになった事件もあった。
この事件は前の財務大臣であったヴェロニカさんが、当時起きた戦争での戦災復興費用を誤魔化したことで多くの餓死者や病死者を出したため、その責任を追及され、投獄されたというものだった。
だが実際には、ヴェロニカさんは必要な復興費用を捻出していたが、それをダンデライオンが裏から手を引いて金額を誤魔化し、着服していた。しかもヴェロニカさんに責任がいくように、わざと食料や薬品などの支援を行わず餓死者や病死者を増やした。
そうしてダンデライオンがでっち上げた証拠でヴェロニカさんを糾弾し、投獄。自分はそれを功績として財務大臣のポストへ就いたのだ。
他の長老会メンバーも似たり寄ったりだ。横領を始め、手柄の横取り、口封じ、敵対派閥の失脚を目論んだ裏工作などなど、挙げればキリがない。
自分さえ良ければ実の妹さえ踏み台にするその精神性に、俺は素直に吐き気がした。
本来なら、冒険者は国政に関与してはいけないということもあったので、がっつり国政に関与してしまう証拠の数々を提出するかしないか悩んでいたのだが、あの闘技場での戦いで『ちょっと思い知ってもらおう』と決めたからな。結局、提出することにした。
少し無理がないわけではないが、冒険者としてではなく個人としてということでゴリ押しすれば問題ない。
ティターニア女王は『良い機会です。一気に大掃除をするとしましょう』と言っていたから、今頃会議室では大騒ぎになっているだろう。一斉摘発しているだろうから。
まぁ、冒険者という立場だと国政に関与できないし、個人では尚のこと部外者である俺たちはアルフヘイムの今後を左右する会議には参加できないから、その様子を確認することはできないけど。
さて、そんな俺たちが向かっているのはセリカが寝かされている場所……ではない。王城内にある応接室。そこにダンデライオンに付き添ったことで王城に訪れた人物がいる。その人に用事があるのだ。
しばらく歩いていると応接室に着いた。上質な扉を前にして三回ノックすると、『はい』と女性の声がした。
「失礼します」
一言断りを入れてから扉を開けて中に入る。そこにいたのは、四〇代から五〇代くらいの、顔立ちがブルーベルさんと似ているおっとりとした雰囲気の女性――ダンデライオン・ガリアーノの妻にしてブルーベル・ガリアーノの母親であるサフィニア・ガリアーノだった。
「まさか救世主の御子息とフェアファクス皇国第三皇女のセツナ様、龍国ドラグニアのクレハ姫に魔剣使いのミオ様までいらっしゃるとは。大したおもてなしもできませんが、どうかご了承ください」
「いえ、押し掛けたのはこちらです。どうぞお構いなく」
「それで、私に一体何の御用でしょうか?」
ソファーに対面で座る俺たちに、サフィニアさんはのんびりとした口調で聞いてきた。
一つ息を吐いてから、俺は切り出す。
「アナタの娘さんのブルーベル・ガリアーノさん。彼女が瘴精霊を封入した魔水晶を使用した件についてはご存知ですか?」
「えぇ。そのことで今日は夫が会議に呼ばれたのですから。当然、私も知っています。それが何か?」
「単刀直入に言います。アルキン・カルドーネが用意した、瘴精霊を封入した魔水晶。アレをブルーベルさんに渡したのはアナタですね?」
俺の言葉に驚いたのはサフィニアさんだけではなかった。俺の隣に座るセツナ、ミオ、クレハの三人も同様に驚いている。
「何故、そう思うのですか?」
「ただの消去法です。アルキン・カルドーネはブルーベルさんと同じ選手です。いくら敗退したとはいえ、そんな相手から怪しい物を受け取ることはしない。ダンデライオンは選民思想が強いからこそ、瘴精霊を使うなんて手段は取らない。そんなのはプライドが許さない。友人の線も考えましたが、彼女の立場上、友人に弱みを見せるなんてことはしない。友人には見栄を張りたくなるものですからね。となると、残るのはアナタだけなんですよ」
「そうでしょうか? 私はダンデライオンの夫ですよ? 同じく瘴精霊を使うことを良しとはしないのでは?」
「アナタがダンデライオンと同じ思考回路をした人ならそうなるでしょう。でもアナタは違う。アナタはダンデライオンとは違って、本当にブルーベルさんの幸せを願って愛している。予選通過者発表の際に見たアナタとブルーベルさんの雰囲気から、私はそう感じました」
一度そこで区切って、
「アナタは、そこをアルキン・カルドーネに付け込まれたんじゃないですか? 『これを使えば娘は勝ち進むことができる』とか言われて。そうして魔水晶を受け取ったアナタは、それをブルーベルさんに渡した。ブルーベルさんも、母親であるアナタからなら何の疑いもなく受け取った。違いますか?」
きっと、サフィニアさんも思い詰めていたんじゃないかな? じゃなきゃ、そう易々と魔水晶を受け取って娘に渡すなんて真似はしない。封入されているのが瘴精霊なら尚更だ。
言うなら、罪を犯した我が子を守るために匿う親の心境と似たようなものか。愛しているからこそ、可愛い娘のために彼女は犯罪に手を染めたのだ。
サフィニアさんは沈黙していた。顔色こそ変わっていないが、目は揺れている。不安と焦りの色が見て取れた。
これは、図星のようだな。
確信した俺はソファーから腰を上げる。それに続くようにセツナたちも立った。
「アナタの娘への愛情は本物でしょう。ですが、アナタはやり方を間違えた。本当に娘のためを思うなら、どうか恥じない行いをしてください」
私からは以上ですと、それだけ言って、俺たちは応接室から出た。
「サフィニアさんはどうするでしょうか?」
応接室から出て歩いていると、俺の隣に並んで歩調を合わせてきたセツナが聞いてきた。
「さぁな。あれこれ言ったけど、結局は何の証拠もない、あくまでも俺の推測に過ぎないことだからな。向こうが知らぬ存ぜぬを決め込めばそれまでだ。立証することなんてできない」
ダンデライオンの場合とは違って、サフィニアさんの場合は確かな証拠がない。俺の推測は当たっているだろうが、それを証明するための手段がないから、これ以上は追及できない。
クラウドから妖精兵団へと受け渡されて尋問を受けているというブルーベルさんも黙秘を続けているようだし、彼女が誰から魔水晶を貰ったのかを言うこともないだろう。言えば実母を差し出すことになるから、このまま黙り続けるに違いない。
ちなみに、ブルーベルさんを保護していたクラウドは血気盛んになっていた妖精兵団から逃げるためにブルーベルさんを庇っていたらしいが、事態が終息したのを皮切りにジスルフィドさんが現れて場を収めたのだとか。
まぁそういったことなので、サフィニアさんには自分がしたことの重さを自覚してもらうためにも俺の推測を言ったのだが、これ以上はもう俺にはどうすることもできないのだ。
はぁ、と疲れたように息を吐くと、後ろを歩いていたミオが【獣化】スキルで子猫状態になり、俺の肩に乗ってくる。
慰めてくれているのだろう。彼女はすりすりと頬に顔をすり寄せてきた。
「……ありがとう」
礼を言ってミオの頭を撫でていると、前方が何やら騒がしくなった。
「クソッ! 放せ! 私はエルフ長老会メンバーにして財務大臣のダンデライオン・ガリアーノだぞ! こんなことをしてただで済むとでも思っているのか!」
「……」
「先輩、『うわぁ。面倒臭ぇ』って顔をしていますよ」
だって実際に面倒臭そうだし。このままわざわざエンカウントすることもないし、別の道から進むか。
そう思って踵を返そうとしたが、一歩遅かった。廊下の先にある十字路の左側から妖精兵団の兵士たちに連行されるダンデライオンと長老会の面々が出てきた。
護衛という感じではなく長老会の面々が槍で牽制されているので、投獄のために連行している途中のようだ。どうやらティターニア女王は言った通り、彼らを罰したらしい。
良かった良かった、と思っていたその時だった。
「あ、アナタは!」
ダンデライオンが俺たちに気付き、兵士たちを振り払って俺の元まで来ようとした。しかし兵士はそれを許さない。すぐに男性兵士が動き、ダンデライオンは廊下に組み伏せられてしまった。
「ぐっ! この! 放さんか!」
「お騒がせして申し訳ありません、『鴉羽』の皆様」
喚くダンデライオンなんて全く意に介さない。ダンデライオンの腕を捻って組み伏せていると、その男性兵士は本当に申し訳なさそうな顔で言ってきた。
「いえ、構いません。連行している最中ですか?」
「はい。皆様のおかげでこの者たちが過去に侵した罪の数々が明るみになりましたので。皆様にはご協力いただき、感謝に堪えません」
……うん、まぁ。それ自体は別に良いんだけど、目の前で男を組み伏せた状態で言われると何とも言えなくなるなぁ。
男性兵士の言葉に返事をしようとしたが、それよりも先に男性兵士の下にいるダンデライオンが叫んだ。
「そう! それです! 何てことをしてくれたのですか! アナタが提出した資料のせいで我々は投獄される羽目になったのですぞ!」
いや、何でさも俺のせいみたいな言い方をしているんだ? 罪を犯したから牢屋に入れられるっていう至極単純な話だろ。自業自得じゃないか。
「何故なのです! 何故、我々エルダーではなく、あんな半端者の半森妖種なんぞの手助けをするのですか! アナタは彼の救世主、『大帝』アドルファス様と『聖騎士』ミシェル・ローラン様の御子息なのでしょう!? 救世主の御子息であるなら、我々の手助けをするのが筋でしょう!!」
「……はぁ」
もう、何て言うか。ここまで来ると呆れを通り越して感心するよ。
ここまで自分のことしか頭にないなんてな。
「俺がアナタたちに味方をする理由はありませんけど」
「何を馬鹿なことを! 救世主の御子息ということは、ティターニア女王陛下とも無関係ではない! ならばティターニア女王陛下が治めるこの国に関しても無関係ではないということ! つまりアナタは、この国を支える我ら長老会を支持する義務があります! アナタという存在は、薄汚れた混血風情のためにあるのではないのです!」
「『俺』という存在をアンタが勝手に決めるなよ」
見当違いどころか頭のねじが数本くらいぶっ飛んでいるんじゃないかってレベルのことを言うダンデライオンに、俺は後頭部を掻きながら言う。
言っても無駄そうだけど、これ、わざわざ言わなきゃいけないのかなぁ?
「アルフヘイムと無関係ではない? 長老会を支持する義務がある? 知ったことか、そんなもの。アルフヘイムとは無関係だし長老会を支持する義務なんか俺にはない。アンタらの手前勝手な言い分だろ。誰の味方に付くかは俺が決める。セリカを手助けしたのだって、彼女が『助けたい』と思わせるだけの価値があると思わせてくれたからだ」
「それはまるで、我らにはそんな価値がないと言っているようではありませぬか」
「だからそう言ったんだよ」
なっ!? と切り返した俺の言葉にダンデライオンは驚きの声を出す。余程腹に据えかねたらしい。顔を真っ赤にした。
「価値がない!? 我々には価値がないだと!? あんな混血の方がよっぽど価値がないだろう!!」
……中位種だからって価値があることにはならないんだが、それを言ってもコイツや奥にいる他の長老会の連中は納得しないんだろうな。仕方ない。なら別方面から納得させるか。
「クレハ」
「はい。兄上様」
呼ぶと、背後にいたクレハが俺に一枚の紙を渡してくれた。
「これが何だか分かるか?」
ダンデライオンに見やすいように屈んで紙を見せると、彼は頷いて肯定した。
「無論です。それは精霊祭で売買を行っていた各店舗を対象とした売上ランキング表です。日付からして一昨日の物のようですが」
それは仕方ない。最終日だった昨日の分は瘴精霊の事件のせいでおじゃんになったからな。最新の売上ランキング表は一昨日の夕方に発表されたこれしかない。
「ここ、第五六位に『黒猫雑貨店』と記載されているな? これ、実は俺たち『鴉羽』のことで、ちょっと参加させてもらったんだ。まぁ、実際に売ったのはミオとクレハ、クレハの配下たちなんだけど」
「それが何だと言うのですか? 『黒猫雑貨店』は一級品の代物を売っていると話には聞いていましたが、それは今とは関係のない話では? というか事前に申請が必要なのに、どうやって店を出せたのです?」
それはクレハが暗殺者としての技量を遺憾なく発揮してくれたからなのだが、そこを言及されたくないので無視する。
「実を言うとな。売っていた商品は全部セリカ個人が作製したものばかりなんだよ」
「何っ!?」
「分かるか? アンタは以前、セリカはガラクタばかり作ると言っていたが、そんなことはなかった。彼女は大勢の客が求めるほどに質の高い代物を作る実力があった。アンタがさっき一級品と言ったことからもそれは明らかだ」
「そ、それは! 作成者が半森妖種だと事前に分かっていれば結果は違ったはずです!」
「かもしれない。けどそれはつまり、アンタはそういう制限を設けなければセリカの価値を下げることができなかったってことだよな? 他者から奪うだけで自分では何も成せなかったアンタとは違って」
「っ!?」
「彼女は違うぞ。彼女は狩人としても、弓兵としても、精霊魔術師としても、生産者としても自らが有能だと証明してみせた。それはこの精霊祭でも明らかだったはずだ。対して、アンタはどうだ? エルダーエルフということだけに縋りつくばかりで、持っていた権限も権力も誰かから簒奪したもの。それに一体どれだけの価値があるんだ。全てを失った時、アンタには何が残る? 何が成せる? 後世に何を示せる?」
「ぐ、うぅ……」
今がまさに、権限も権力も失った状態だ。だから否が応でもダンデライオンは理解していることだろう。自分には最早何も残っていないと。
まったく。よくもまぁ自分のことは棚に上げてセリカのことを無価値と言えたものだ。こいつらの方がよっぽど無価値じゃないか。
「爾に出ずるものは爾に反る」
善悪を含め、仁や不義といった自らの行いはいずれ自身に跳ね返ってくるという意味の諺だ。彼らにはお似合いの言葉だろう。
売上ランキング表を丸めて腰を上げる。
「これが、アンタたちが選んだ行動の結果だ。しっかりとその報いを受けろ」
最後にそれだけを言い残し、俺たちはその場を立ち去った。




