第12話 ゲテモノ的思考?
よくよく考えれば、どの道俺は残り二週間のうちに城から出ないと殺されてしまうので、今更『一ヶ月後に死ぬ呪い』をかけられた所で大差無いのだった。ちょっと仕事が増えるくらいでやることは変わらない。
そんなわけで朝食を食べた俺は早速準備をして王城を出る。途中、リリア姫に依頼の関係でしばらく城に戻れないと伝えた。
『しばらくとは、厳密にはどれほどの期間なのですか? え? ダンジョンに潜るから分からない? ちょっとお待ちください。今までダンジョンに潜るなど、微塵も感じさせませんでしたよね? それなのになぜ突然ダンジョンに潜るなど無謀な真似を……って、ちょっ! なぜ無言で逃げようとしているのですか?! ちゃんと説明を! アマギリ様?! アマギリ様ー!』
伝えた直後にリリア姫が質問してきたけど、説明するのも面倒だったのでスルーした。戻ったら説明を求められそうだが、仕方ない。適当に誤魔化すか。
リリア姫を振り切った俺が向かったのは、セツナに教えられた宿屋だ。昨日の時点で来訪の時間も伝えてあるので、起きているはずだ。目的地の宿屋は一階が受け付け兼食堂で、2階が個室の部屋になっている。宿屋に入るとすでにセツナは起きていたようで、椅子に座って待っていた。相変わらずあの不審者のようなマントを着ている。俺が来たことに気付いた彼女はフードを取って笑みを向けた。
「おはようございます、先輩」
「おはよう、セツナ」
昨日と変わりない態度から察するに、彼女は俺が呪いの対象になったことに気付いていないようだ。だとすると、無意識に呼んだか、寝言で呟いたかなのだろうな。
「それじゃあ先輩。今日からよろしくお願いします」
その証拠に彼女は呪いのことは一切触れず、生真面目に頭を下げてきた。騙しているようで若干居心地が悪いが、だからといってわざわざ言うことでもないだろう。そう結論付けた俺は肩を竦めて応え、「行こう」と一言だけ言って、俺とセツナは宿屋を出た。
とりあえず道具屋で必要なアイテムを買い揃えた俺たちはダンジョンに潜った。現在地は【魔窟の鍾乳洞】の第一階層だ。ダンジョンはこの世界に多数存在し、洞窟、地下墳墓、地下道、鉱山、迷宮など様々な形態があるらしい。広さも深さも千差万別で、共通項は地下にあることくらいだ。この【魔窟の鍾乳洞】は三十階層しかない。これはダンジョンの中では小規模であり、中には百階層近いダンジョンもあるようだ。
「はぁっ!」
そのダンジョンで俺は剣を振り回していた。
相手にしているのは緑色の肌を持つ小人の魔物――ゴブリンだ。ギギッと不愉快な声を漏らしながら俺にナイフを振り下ろしてくる。俺はそれを半身になって躱し、横薙ぎに剣を振るってゴブリンの脇腹を切り裂く。肉を裂く不快な感触が手に伝わり、思わず吐きそうになるがどうにか堪えて剣を持っている手を返し、ゴブリンの心臓を突き刺した。
「ギ、ギィ……」
苦悶の声を上げ、ゴブリンは絶命した。
呼吸の乱れを自覚する。これで三体のゴブリンを倒したのだが、いくら相手が魔物とはいえ生物を殺すのは慣れない。戦争とは無縁の日本にいたから当然と言えば当然なのだが。
ふと後ろを見てみると、回転式拳銃を派手にぶっ放しているセツナの姿が見えた。魔法銃と呼ばれる代物で、実弾も撃てるのだが、魔力で形成された弾丸――魔弾も撃つことができる。マントを優雅に翻して戦う彼女は魔法銃と魔術を併用してゴブリンを倒していた。その数は七体で、俺よりも多く倒している。皇女という職業に似合わず、戦闘はお手の物のようだ。むしろ魔術銃士の方が本業じゃないのか?
戦闘が終了し、俺は後ろ腰に装備していた短剣を抜いて、倒したゴブリンから魔石を取り出す。魔石は魔物の体内で生成されているもので、いわゆる魔力の塊である。魔物の体内の他にも魔力が溜まりやすい場所だと採掘できる。魔物が強ければ強いほど魔石はその大きさと純度が高くなり、それに応じて高値で取引される。ゴブリン程度だとその値段もたかが知れるのだが、いまだにレベル2である俺にはこれくらいでちょうどいい。
魔石と魔物の体を【虚空庫の指輪】に放り投げる。魔物の体も素材になるから売れるのだ。
「先輩って、今レベルはいくつなんですか?」
残り二体のゴブリンから魔石を取っていると、セツナが聞いてきた。彼女も彼女でゴブリンから魔石を取り出していた。
「今はレベル2だな」
「えっ!? そうなんですか?」
驚いたような声を出すセツナ。
「思っていたよりも弱くてガッカリしたか?」
「え? いえ、そんなことは微塵も思っていませんけど」
「じゃあ何で驚いていたんだ?」
てっきり俺は、自分が思っていたよりも助けを求めた相手が弱かったことに驚いたのかと思ったんだが。
「普通は、レベル2でゴブリンを倒すことなんてできないんですよ。ステータス値の関係で、レベル4にならないと相手にできないんです」
「つまり、筋力とか耐性とかそういうのが足りないから倒せないってことか。あれ? でも俺は三体倒したぞ」
「だから驚いたんです。レベルに比べて体捌きも素人とは思えませんし、魔物を倒す時も負担に感じているような顔をしていましたけどきっちり倒す胆力と戦闘技術も持っていますし。……先輩、戦闘経験があるんですか?」
「いや。向こうの世界で剣道をしていたくらいだ」
殺し合いなんてしたことはない。そんなことをすれば警察のお世話になってしまう。
「う~ん。それくらいでしたら、初戦であれほど動けるとは思えないんですけど。だとしたら、よほど先輩の戦闘センスが良いってことなんですね」
「……」
…………あれ?
もしかして今、褒められたのか?
「そ、そうか」
「あ、先輩。もしかして照れました? 顔、真っ赤ですよ」
わざわざ指摘しないでくれませんかねぇ!
余計に恥ずかしくなるからさぁ!
「先輩って、意外に純粋なんですね。照れている先輩、可愛いです」
……可愛いと言われてもな。
俺、男だし。微妙な気持ちになる。
「男に“可愛い”は褒め言葉にならないぞ」
「そうですか? 男の子ならやっぱり“格好良い”って言われたいですか?」
「まぁ、それはな」
とは思うものの。俺は自他共に認める一般的な顔なので格好良いなんて言われることなんてないんだが。イケメンに生まれたかったと思うのは、男なら当然だよな。
魔石の回収作業が終わり、先へと進むと、俺が顔のことを気にしていると思ったようでセツナが隣に並んで覗き込んできた。
「そんなに気にすることですか? 先輩、全然ブサイクじゃないですよ?」
「普通の顔だけどな」
「まぁそうですね」
ハッキリ言うね、キミ。
「良いじゃないですか、普通で。普通が一番ですよ? 格好良い人が一緒だと、それだけで息苦しくなっちゃいますし」
「俺が相手だとそうでもないのか?」
「先輩はとても話しかけやすいですから、一緒にいて落ち着きます。……ドキドキもしますけど」
「ん? ごめん。最後聞こえなかった。何て?」
「あ……い、いえっ。な、何でもないですっ……! 気にしないでください」
「? ……まぁ、お前がそれで良いなら」
別に無理に聞くようなことでもないだろう。
そう結論付けて、俺たちは更に第二階層、第三階層と進んでいく。その途中にコボルト、リザードマンと戦ったり、宝箱に化けていたミミックに襲われもしたけどダンジョン探索は概ね順調だった。
「しっかし、宝箱の中に武器まであるなんてな」
周囲の安全確認を行ってから宝箱の中身(ミミックではない)を見てみると、魔道具やポーションの他に剣や弓、盾なんかも出てきた。
「そもそも、この宝箱ってどこから湧いて出てきているんだ?」
数え切れないほどの冒険者たちがすでに探索に入っている。それなのにこうして宝箱が放置され、魔物も現れている。一体どこから出てきているのだろうか。
「ダンジョンが生んでいるんですよ」
隣で宝箱の中身を物色しながらセツナが答えた。
「ダンジョンが?」
「はい。死んだ冒険者やトレジャーハンターたちの装備品をダンジョンが食べるんです。壁や床に沈むみたいに。そうやって取り込んだ物を宝箱の中に入れているんです」
「ていうことは何か? これっていわゆる遺品ってことになるのか?」
そう考えると、何だかこの剣を使うのも躊躇われる。
「気が引けるのも分かりますけど、使えるものは使わないと損ですよ。武器は使ってこそ意味があるものですし。それに遺品だとしても持ち主が分からないから、関係者に渡すことなんてできないですよ」
「……まぁ、それはそうなんだけど」
こういう考え方の違いが、やっぱり異世界なんだなぁと思う。
カルチャーショック?的な感じだ。
「さすがに持ち主が分かる物は返さないとですけどね。それでもダンジョンに関しては物がごちゃ混ぜになっていますし、場所が場所なので、使える物は使っちゃおうっていうのが常識なんですよ」
生き残ることが第一というわけか。
まぁ、死んだら元も子もないと委員長も言ってたしな。
「ならこれもありがたく使わせてもらおうか」
一応、剣に一度手を合わせてから【虚空庫の指輪】へと保管した。
「それで、そっちは目当ての物は見付かったのか?」
聞くと、彼女は首を横に振った。
彼女が探しているのは【能天使の首飾り】という魔道具だ。これは中級以下全ての魔術を一度だけ防御あるいは無効化することができる。セツナはこの魔道具を使って呪いを解こうとしているのだ。彼女が入手した情報屋からの話によると、第十階層、第二十階層、第三十階層にいるボスモンスターのどれかを倒すとドロップアイテムとして出てくるらしい。だから宝箱を見る必要はないのだが、それでも金になりそうなのがあるかもしれないから見ておくことに越したことはない。
「やっぱりボスを倒さないとダメなのか」
「かもしれませんね。そのためには後七階層も降りないとダメですけど」
「果てしないなぁ」
今日だけでもうグロッキーなんだが。
単純計算して、最初のボスと戦うのは二日か三日後か。もし第十階層のボスでドロップしなかったら、次は第二十階層のボスを倒さないといけないんだよな。てなるとそこから更に三日ほど、第三十階層までとなると、十日はかかりそうか。そもそも、ボスと遭遇しても倒せるかどうか分からないんだよなぁ。どうにかして遭遇する前に倒せるくらいレベルを上げないと。
片っ端から魔物と戦ってレベルを上げるしかないか。
「とりあえず、今日はここで野営をしましょうか」
「ここで? 魔物に襲われやしないか?」
普通にダンジョンの中なんだが。
「それなら心配ありませんよ。これがありますから」
そう言って彼女が【虚空庫の指輪】から取り出したのはランタンだ。彼女が旅をしている時に使っていた物らしいのだが、何故これがあれば心配ないのだろうか。
「これは長距離旅行用のランタンでして、ここに魔石を入れると明かりが灯る仕組みになっているんです」
キャンドルランタンの魔石版といったところか。どうやらこれも魔道具の類らしい。
「それでこのランタンに明かりを灯すと、特殊な結界を張って魔物に襲われなくしてくれるんです」
なるほど。それで心配ないって言っていたのか。
便利な物があるんだな。
「まぁ安物なので少し燃費は悪いんですけどね」
言いながらランタンに魔石をセットすると魔法陣が展開され、結界が張られた。
「さて、結界も張ったことですし、準備を進めましょう」
「そうだな」
彼女の言葉を皮切りに準備を始めた。寝る時は寝袋なので、二人して夕食の準備だ。魔物の接近に注意しなくていいので、心に余裕を持って準備ができた。昨日ゼンマイの佃煮を食べた時は岩に腰掛けて食べていたが、今回は折り畳み式のテーブルと椅子を買っておいたので、尻を痛めることなく食べることができる。岩に座ると尻が痛くなるんだよなぁ。硬いから。
互いに向かい合って夕食を食べているのだが、俺はふと気になったことがあったので彼女に聞いてみることにした。
「なぁ、セツナ」
「何ですか、先輩?」
「ゴブリンの肉って美味しいのかな?」
「……はい?」
「いや、だからゴブリンの肉って美味しい……」
「聞こえていますよ! わざとですよ! なに意味不明なことを言っているんですか!」
意味不明とは失礼な。
素朴な疑問だ。
「だって気になるじゃないか。普段食べれるものじゃないし。もしかしたら美味しいかもしれないし」
俺の主張を聞いたセツナは「はぁ」と呆れたように溜め息を吐いた。
「先輩はおかしな人ですね。ゴブリンの肉を食べてみたいだなんて普通は思いませんよ。毒こそありませんが、肉付きは良くないですし、食あたりも起こしますから」
ふむ。
細菌のせいで食あたりを起こすのかな?
それなら火を通せば食べられるような気がしないでもないんだけど。
「そうか。それで、美味いのか?」
「…………あの、先輩? 私の話、聞いていましたか?」
「もちろん聞いていた。でも、美味いかもしれないだろ?」
「お願いですからやめてください」
ガチな声で止められてしまった。
「残念だ」
でも食あたりを起こすって情報があるってことは、実際に誰か食べたことがあるんだな。
「あ、でも龍の肉は絶品だって話は聞きます。今では龍殺しもいないので高位の龍族を倒せる人はいませんが、砂竜や小竜といった下位の龍族を狩れる人は少数ですが存在するので、そういう人たちに依頼して討伐してもらっているんです。私は食べたことないんですけど、物凄く美味しいらしいです」
なるほど。そうやって討伐した龍の肉を市場で売るというわけか。食べてみたいなぁ。でも、最強の種族とも言われる龍族の肉だからなぁ。お高いんだろうなぁ。
「ん? でも同じトカゲならリザードマンの肉も美味しいのかも。いや、コボルトの肉も捨てがたいな。犬の肉は炒めたら美味いらしいし」
「だからやめてくださいって! もう黙ってご飯を食べてくださいっ!」
セツナに怒られてしまい、俺は渋々黙って食べることにしたのだった。
 




