表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
116/214

第113話 従姉妹ゲンカ

 開始の合図と共に両者はほぼ同じタイミングで魔矢を射った。放たれた両者の魔矢は舞台の中央で衝突して霧散する。



『そもそも! 昔からアンタのことは気に入らなかったのよ!』



 叫びながらブルーベルさんは魔矢を連射し、それをセリカは躱し、撃ち落として対応する。まだ完治していない左腕と肋骨がまだ痛むようで、魔矢を射る度にセリカはわずかに顔を歪めた。



『ガリアーノ家に生まれた私は、次期当主として相応しくなるために必死に勉強をした! 強くなるために辛い訓練もした! 父の期待に応えるために毎日必死に生きてきた!』



 魔矢のみならずブルーベルさんが精霊魔術も使用する。彼女の周囲に火精霊(サラマンダー)水精霊(ウンディーネ)風精霊(シルフ)土精霊(ノーム)光精霊(ウィル・オー・ウィスプ)が顕現した。


 それを見たセリカも対抗すべく風精霊(シルフ)のルルを呼び出すと、火の爆発、水の鞭、風の刃、土の礫、光の光線、そして魔矢が次から次へとセリカに殺到した。



『――【暴風の鎧(カタフラッタ・ディ・テンペスタ)】!』



 自身の周りに暴風を吹かせる風の防御系精霊魔術を展開することで攻撃を逸らすが、足りない。



『それに比べてアンタはなに!? 私が必死に弓の腕を磨いても嘲笑うみたいに軽々と追い縋ってきて! 私の今までの努力は何だったのよ!』



 完全に感情的になっているブルーベルさんが放つ精霊魔術と魔矢のいくつかがセリカの防御を突破してくる。どうにか回避していくセリカだったが、物量的に全てを躱すことはできない。躱し切れなくて何度も精霊魔術と魔矢が被弾する。



『弓術だけじゃない! 狩り、弓作り、酒造、服飾! 挙句の果てには霊木の栽培にまで手を出した! 一体何様のつもりよ! 人間族(ヒューマン)の男と結婚した叔母様との間に生まれたハーフのくせに! どっちにも成れない半端者のくせに! そんなに私を馬鹿にしたいの!?』



 魔道の申し子であるセツナのような規格外の才能がない限り、別属性の魔術を同時展開することなんてまずできない。それは精霊魔術だって同じことで、ブルーベルさんも五つの属性の精霊魔術を毎回切り替えることで使用している。


 普通ならそこで生まれるタイムラグを狙えば良いのだが、ブルーベルさんはそのタイムラグを魔矢で射って牽制することで埋めている。



『アンタには分からないでしょうね! 娘なのにエルダーじゃないからって実の父親から冷めた目で見られる! ガリアーノ家に相応しいように振る舞い続けなきゃいけない! 父親の機嫌を損ねないように顔色を窺い続けなくちゃならない! 毎日毎日、そんな息苦しさに耐えなくちゃならない私の気持ちなんて! ハーフのクセに家族と仲睦まじく過ごしてきたアンタなんかに分かるはずがない!』



 ……きっと、彼女にもいろいろあったのだろう。中位種の家系で生まれたのだから、それなりのプレッシャーはあったに違いない。残念ながらその情景を正確に想像することはできないが、大事な試合であそこまで感情的になるほどの『何か』はあったということだけは分かる。


 セリカに八つ当たりしているのも、従姉妹同士で年齢も近かったからだろうな。


 誰よりも身近な存在だったからこそ、嫌でも目に付く。気にしないなんてことはできない。いっそ他人同士であったなら、あれほど怒りを抱くこともなかったかもしれない。


 そして、それはきっとセリカも同じだ。


 この準決勝に上がるまでに、セリカは何度も罵倒された。アルキン・カルドーネはもちろん、試合中の観客席からだって何度も挑発された。それでなくても、彼女は二〇〇年もずっと理不尽に耐え続けてきた。抱えるストレス量は計り知れない。



『アンタとは背負っているものが違う! 私は勝たなくちゃならないのよ! だからここで負けろ! 私に勝ちを譲れ! どうせアンタになんて誰も期待なんかしていないんだから!』



 だから、セリカは溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように腹の底から叫んだ。



『ごちゃごちゃとうるさいのよ!』



 ドガガガガガガガガッッ!!!! と、さながらショットガンのように魔矢が一気に放たれた。


 火水風土光の五属性の精霊魔術が、連射される魔矢が、セリカによって射ち込まれた大量の魔矢によってかき消され、空白の時間が生じた。その隙を突いてセリカは前へ駆け出す。



『チッ!』



 風の精霊魔術で移動速度を強化しているらしい。通常よりも速い速度で迫るセリカに驚くブルーベルさんは土精霊(ノーム)に命じて土の精霊魔術を展開する。舞台上の地面が隆起して、セリカの行く手を阻むように壁がいくつも作り出された。


 セリカは止まらない。


 彼女は作り出された土の壁を逆に足場にした。身軽に何度も跳躍することでブルーベルさんの頭上を位置取り、体を宙に投げ出した状態で雨の如く魔矢を射掛ける。ブルーベルさんも魔矢で応戦して射ち落とすが、ブルーベルさんの直撃コースになかった魔矢が彼女の周囲に着弾し、土煙を巻き上げた。



『小賢しい真似を!』



 風精霊(シルフ)に命じて不自然に起こった風が土煙を吹き飛ばす。迎撃しようと姿を確認するために視線を空に向けるが、もうセリカはそこにいない。彼女はすでに自身の風の精霊魔術で起こした突風によって、自然に落ちるよりも早く地面に着地して、ブルーベルさんに迫っていた。


 『ロビン・フッドの弓』を後方へ放り投げたセリカは腰に装備した二本の短剣を抜いて逆手で持つ。ようやく気付いたブルーベルさんが『イチイの合成弓』を構えるが、セリカの放った蹴りが当たって彼女の手から『イチイの合成弓』が離れた。



『っ!?』



 至近で煌めく二本の短剣。ギョッと顔を驚愕の色に染めたブルーベルさんは急いで土の剣を作り出す。土の剣を振り下ろし、セリカは短剣を交差させることで受け止め、二人は鍔迫り合いの状態になる。



『私は今まで碌にコミュニケーションを取らなかったから、他の人と比べて人付き合いは下手だと思う。だから、もしかしたらアナタが私に対して怒っているのは、私が気付かないうちに気に障ることをしたからかもしれないと思っていた。もしそうなら、アナタの怒りが正しいものなら、それを認めて謝るつもりでいた。……でも』



 ギリッとセリカが短剣を握る手に力を入れると、ブルーベルさんがわずかに押されて後ろへ下がる。



『さっきから聞いていれば何よ! まるで私が何の苦労もなくのうのうと生きてきたみたいな言い方をして! 正当性なんてどこにもないじゃない! 私が少しも辛い思いをしていないとでも言いたいの? ふざけるな! アナタこそ! 二〇〇年近くも孤独を味わってきた私の気持ちが分かるとでも言うの!?』



 交差させた短剣を左にズラしたことで、力をかける支えを失ったブルーベルさんは体制を崩してしまい、そこをセリカは右足で蹴り飛ばした。ブルーベルさんは風の精霊魔術で勢いを止め、舞台に着地する。


 すかさずセリカは距離を詰めて短剣を振るうが、ブルーベルさんは蹴り上げることで回避して続けざまに光の精霊魔術で光を発することで目晦ましをする。眼前での閃光に思わずセリカは目を瞑った。


 土の剣で突きを放つブルーベルさん。けれどセリカが発動していた風の防御系精霊魔術によって軌道がわずかに逸れる。それを感じ取ったセリカは体を捻って完全に回避する。


 そこから二人はさらに短剣と土の剣を振るった。



『父は人間族(ヒューマン)だったから私が生まれて八〇年もしないうちに死んだ! 母は仕事で重大なミスを犯した責任を取るために独房に入ることになった! そのせいで、混血だから友達も頼れる人もいない私は独りになった! ……でもアナタは違うじゃない!』



 二本の短剣と土の剣が交差し、立て続けに剣戟の音が奏でられる。



『アナタには家族がいた! 仲の良い友達がいた! 頼れる人がいた! 味方をしてくれる誰かがいた! 孤独じゃなかった! 弓の腕も精霊魔術も弓作りも何もかも! 全部誰と繋がりがほしくて必死にやって来たのよ! それなのに「嘲笑うみたいに軽々と」って? そんなわけないでしょうが!』



 片や、孤独ではなかったが出自のせいで誰よりも多大な期待を背負わされてきた者。

 片や、過剰な期待はされなかったが出自のせいで誰よりも孤独を味わわされてきた者。


 互いが自分にないものに価値を見出し、羨んだ。どちらが悪いわけじゃない。どちらも被害者であった。でもそれで『相手も辛い思いをしたんだから仕方ない』と割り切れるほど、人の持つ感情は都合良くも単純でもない。


 聖人君子でもあるまいに。


 分かっていても、どうしても許せないものだってある。



『背負っているものが違う? 勝たなくちゃいけない? そんなのは私だって同じよ! あの人たちへの恩返しだけじゃない! 私は、このアルフヘイムにいる全ての混血たちの「想い」を背負ってここにいるのよ!』



 度重なる剣戟の応酬の末に互いの武器が弾き飛ぶ。


 ブルーベルさんは思わず自分の手から離れた土の剣の行方を視線で追う。しかしセリカはブルーベルさんを見据えていた。彼女は武器を拾いに行こうとも精霊魔術を使おうともせず、逆に力強く一歩を踏み出し、素手でブルーベルさんの横っ面を殴った。


 ゴキッという骨同士がぶつかり合う嫌な音が響き、ブルーベルさんの口の端から血が出る。口の中を切ったらしい。殴られて頭に来たのだろう。ブルーベルさんは目付きを鋭くしてセリカを殴り返した。



『何が「混血たちの想い」よ! くだらない! そんなものに価値なんてないわよ! アンタらは私たちよりも劣っている! だから純血の私たちが上に立ってやろうって言っているのよ! そんなことも分からないからアンタら混血は下等種なのよ!』


『純血だからって有能な証拠なんて何一つないでしょ! そのお偉い純血サマが一体何をしてくれたって言うのよ! ただ威張り散らして! 蔑んで! 見下して! 私たち混血を毛嫌いするだけじゃない! 私たちよりも上等な種族だって言うのなら私たちを受け入れるだけの度量を見せなさいよ! 上に立つ者が聞いて呆れるわ!』



 そこからは、もはや試合なんて呼べるものじゃなくなった。



『な、殴り合い!? 何と両選手、至近距離でステゴロの殴り合いを始めましたぁぁ! 優雅さの欠片もありません!』


『あっははは! 良いですね! お綺麗な試合なんかつまらない! こういう剥き出しの感情でやり合うのが一番楽しいんですよ!』


『何でそんなテンション高いんですか、アナナスさん!?』



 楽しそうに笑うアナナスにケトルは思わずツッコミを入れた。しかし観客も観客で二人の殴り合いを見て熱狂的な歓声を上げていた。



『アンタさえいなければ、こんな面倒なことにはならなかったのよ! アンタが大人しくしていれば!』


『何もかも私のせいするな! 責任転嫁も甚だしい!』



 状況はもう、何というか……殴り方を知らない子供の喧嘩よりも酷い。殴る蹴る以外にも、膝蹴り、回し蹴り、肘打ち、ラリアット、踵落し、頭突きと何でもありだった。そのせいで二人ともボロボロだし鼻血まで出している。女の子が晒して良い顔じゃない。



『『ハァ……ハァ……ハァ……』』



 絶え間ない殴り合いで疲弊した二人は肩で息をしていた。二人とも口元を袖で拭い、ペッと口の中に溜まった血を吐き出す。もう仕草が完全に不良のそれだが、やはり従姉妹なんだな。さっきから同じ動きをしている。



『クソッ』



 苛立たしげに吐き捨てるブルーベルさんの顔はどこか追い詰められているみたいだった。まるで断崖絶壁に立たされたような顔付きだ。



『……、……』



 顔を俯かせて、ブルーベルさんは何か呟いているようだった。スピーカーが拾う音声でしか判断できない俺たちでは上手く聞き取れない。対面しているセリカならもしやとも思ったが、彼女も怪訝な顔をしているのでどうやら聞き取れてはいないようだ。


 異様な雰囲気を醸し出すブルーベルさんはポケットから何かを取り出した。アレは……魔水晶?


 一瞬、『魔窟の鍾乳洞』で俺たちを襲ったカルロスも魔水晶に封じられていたことを思い出し、反射的に警戒心を強めた。しかしその一方である疑問を抱いた。


 ブルーベルさんの持っていた魔道具は『イチイの合成弓』と『魔矢の腕輪』とネックレスだったはず。大会で持ち込める魔道具は三つだけで、魔水晶も魔道具だから明らかにルール違反だ。


 それに気付いた大会係員が止めに入ろうとしたが、間に合わない。



『私は……負けるわけにはいかないのよ!』



 ブルーベルさんは魔水晶に魔力を流し、舞台に向かって叩き割った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ