第112話 ハーフたちにとっての『希望』
◇◆◇
武闘大会四日目。精霊祭全体だと最終日である今日、俺――雨霧阿頼耶は闘技場の外周で行われている簡易的な賭博場で空を見上げていた。ここ連日は晴天だったが、今日は生憎の曇り空だ。
本日は準決勝と決勝、優勝者の表彰と近衛侍女並びに妖精兵団へのオファーが来ている者の発表が一気に行われる。決勝に進んだ者は今までと違って今日だけで二試合もこなさないといけないようだ。
夜になると精霊祭の締めと武闘大会の祝賀を兼ねて後夜祭もあるらしい。
そんな準決勝の対戦カードだが、まずは俺たち『鴉羽』のメンバーであるセリカ・ファルネーゼと、従姉妹であるブルーベル・ガリアーノ。もう一組は暗森妖種の魔術弓兵であるキャラウェイ・ロッシーニと、森妖種の魔術剣士であるマリーゴールド・コンスタンツォだ。
この面子に、近衛侍女と妖精兵団からオファーが来ることになる。ベスト四入りの選手には間違いなくオファーが来ると聞くしな。
ただ、マリーゴールド・コンスタンツォは去年でも似たような成績を残したが、彼女はあくまで優勝が目的らしいのでオファーは断ったらしい。今年も優勝できなかったら断るかもしれないな。
「それじゃあアラヤさん。今回も同じように?」
「あぁ。よろしく頼む」
俺に話し掛けてきたのは、ツンツンに尖った金髪に青い目をした、フェアファクス皇国護国騎士団第八部隊所属の少年騎士――クラウドだ。俺たちと第八部隊との連絡要員として派遣されていて、俺たちと共に御者の名目でアルフヘイムに来ていた彼だが、どうやら彼は彼で精霊祭を楽しんでいたらしい。
俺たちは闘技場の前で会話しているのだが、実は彼に俺が賭けで得た配当金の受け取りを頼んでいたのだ。本選ではずっとセリカに賭けているのだが、倍率はセリカの方が劣勢だったこともあってぼろ儲けしている。
ただ、賭けていることをセツナたちにバレると怒られそうなので、気取られないようにクラウドに賭けの手続きやら配当金の受け取りやらを頼んでいたのだ。
「悪いな。せっかく精霊祭を楽しんでいたっていうのに」
「いえいえ! とんでもないですよ! おかげで自分も賭けて勝たせてもらっていますから」
クラウドもちゃっかり賭けていたらしい。
「アラヤさんも賭博とかするんですね」
「普段は全く興味ないけどな。今回は絶対に勝てるって目途が付いているからやっているだけだ」
「賭博なんかして仲間の方に怒られたりしないんですか?」
「だからバレないように頼むよ。バレたら説教確実だ」
言うと、クラウドは顔を強張らせる。バレたらとばっちりを食らうのでは? と思っているのかもしれない。
一旦咳払いをした彼は気を取り直すように話題を変える。
「それはそうと聞きましたよ、アラヤさん。今回はカルダヌスへ来た使者の護衛をしていた、セリカ・ファルネーゼさんを助けるために動いているらしいじゃないですか」
「……誰から聞いたんだ?」
「クレハさんとミオさんですよ。お二人が店を開いていろいろと売っていたんで、せっかくだからと立ち寄らせてもらったんです。で、その時にお聞きしたんですよ」
二人が店を開いていた時ということは初日か。以降は俺が頼んだ『調べ物』を終えた『灰色の闇』のメンバーが持ち回りで販売をやっているとクレハから聞いているから。
クラウドになら話しても問題ないと判断したのか? まぁ隠すようなことじゃないけど……でもだからってわざわざ言わなくても良いだろうに。
「たった一人の女性のために偏見そのものと戦うなんて……流石ですよ、アラヤさん!」
何やら絶賛して憧憬の念がこもったキラキラとした瞳で見てくるクラウドに、俺は何とも言えない気持ちになって苦笑を浮かべる。
「そんな上等な物じゃないよ」
軽く否定してから、俺は手をひらひら振ってその場を後にした。
クラウドと別れた後、セツナとクレハとミオと合流してセリカがいる控え室へと向かった。その道中、ふと俺は違和感を覚えた。何やら観客の毛色が少しばかり違うように思える。セツナたちもそれに気付いたようで、俺が抱いた違和感を言葉にしてくれた。
「何だかハーフの人が多いですね」
「ハーフが?」
改めて周囲を見渡してみるとセツナの言う通り、セリカと同じ半森妖種を始め、半暗森妖種、半土妖種、半妖精種など、ハーフの妖精族があちこちにいた。
中にはクォーターもいたので、アルフヘイムのあちこちにいる混血たちが集まっているみたいだ。
「にしても、何でだ?」
疑問に対する答えを持っていたのはクレハだった。
「どうやら運営の方で些か動きがあったようですわ。おそらくセリカさんが勝ち抜いたのが影響しているのでしょう。観客の半分が混血の者になるように運営側が急遽手配したようですわ」
ふむ。さすがにハーフといえど、武闘大会で準決勝まで勝ち進んだとなれば、それなりの待遇で扱わないと外聞が悪いということなのかな。それか純粋にセリカに対する見る目が変わったのか。
なんにせよ、待遇が良くなるなら願ってもない。ただでさえセリカは従姉妹であるブルーベルと戦うことになって緊張しているみたいだから。彼女と同じ境遇にいるハーフが半分も観客席にいるなら、少しは緊張も和らぐだろう。
そう納得していると控え室に着いた。三回ほどノックして扉を開けると、もちろんそこにはセリカがいたのだが、彼女は何やら視線を下に向けていた。よく見ると、何かを読んでいるようだった。
アレは、手紙か? テーブルの上にも沢山あるな。
「セリカ」
名を呼んで再度開いた扉をノックすると、ようやく彼女は俺たちが来たことに気付いた。
「アラヤさん」
「どうし……本当にどうしたんだ?」
訊ねながら控え室に入って、すぐに俺は別の意味で彼女に問い掛けた。彼女が読んでいる手紙についてではなく、この控え室の有り様についてだ。
「何でこんな花束で一杯に」
開いた扉が死角になって気付かなったが、何故か彼女の控え室には色とりどりの花束が大量にあった。それも、控え室の半分を埋め尽くすほどの量だ。その様子に、セツナとクレハとミオも目を丸くしている。
「それが、私が案内された時にはすでにこうなっていまして。部屋を間違えているんじゃないかと案内をしてくださった係員の方に聞いたのですが」
セリカの話によると、係員に案内された控え室は最初からこの状態だったらしく、係員に聞いても控え室を間違えたというわけでもなかった。嫌がらせだろうかとも考えたが、不吉な意味合いを持つ種類の花もなかったからそういうわけでもなさそうだった。
係員が言うには、何とこの花束の山はアルフヘイムにいるハーフやクォーターたちから贈られたものなのだとか。訳が分からなかったが、直後に渡された大量の手紙を読んで、疑問が氷解したらしい。
「これを」
差し出された手紙の山々を受け取り、俺たちは一つずつその内容を読んでみる。そして驚いた。
『アンタはあのガリアーノ財務大臣の姪で有名だから、アンタが他の混血たちよりもずっと辛い境遇にいたことを知っている。なのにそこから這い上がるなんてな。「諦めたくない」って気持ちを思い出したよ』
『もうちょっとで、自分で自分の人生を見限るところでした。でも、もう少しだけ頑張ってみようと思います。アナタの戦う姿を見て、そう思えるようになりました』
『わしの孫が、アナタの試合を見てまた笑うようになったんじゃ。ありがとう。孫から笑顔を取り戻してくれて』
『アルキン・カルドーネとの試合、とても感動しました。詳しいことは分からないけど、混血の僕たちに肩入れしてくれる人がいるのは分かりました。それなら生きていける。僕たちは前を向いて生きていけます』
『私、ハーフだからって俯いて生きてきたけど、もうやめます。背中を丸めなくていいって、あの試合は私に勇気をくれました』
『混血でも純血を倒すことはできる。アナタはそれを体現してくれました。そのおかげで、ハーフである私たちの息子は捨てたはずの夢をまた語ってくれたんです。「俺もあんな風になれるかな」って』
『アナタは私たちハーフにとっての希望です。どうか勝って。勝って私たちの価値を証明してください』
『セリカさん、しあい、がんばってください! おうえん、してます!』
幼い子供が書いたと思わしき物から年老いた老人が書いたような達筆な物まで、年齢層は幅広かったが、どれもこれもがセリカを応援したり感謝している内容の物ばかりだった。
純血の者だけじゃない。人間族と交わって生まれた混血たちも、セリカの試合を見ていたのだ。
「私、ただ必死だっただけなのです」
ポツリと、セリカは呟くように言う。
「相手は誰も彼もが私よりも格上の相手。いつだってギリギリの戦いでした。それでも皆さんの期待に応えたくて、胸を張っていられるように、負けるわけにはいかないと。ただそれだけのために戦っていたのです。少なくとも、誰かの希望になりたくて戦っていたわけではありません」
花束や手紙を贈ってくれた、自分と同じ境遇にいる混血たちからの応援。誰一人として味方はおらず、今までずっと独りだった彼女の心境は、果たしてどれほどのものか。
「でも、それでも……私が戦うことで誰かが少しでも救われるなら、私は……!!」
胸中に渦巻く感情を、どう言葉に表せば良いのか分からないのだろう。筆舌に尽くしがたい。そんな表情をする彼女の肩に手を置く。
「負けられない理由が、一つ増えたな」
「……はいっ!」
俺がそう言うと、彼女は満足そうな顔で力強く答えた。
同じ境遇にいるハーフが半分も観客席にいるなら、少しは緊張も和らぐだろう?
とんでもない。彼らの存在は、セリカにとって確かな心の支えとなっていた。
試合の時間となったのでセリカと別れた俺たちは関係者用の観客席へと移動した。この数日ですっかり馴染みの場所となった席にそれぞれ腰掛ける。俺の右にはセツナ、左にはミオ、その隣にクレハだ。
ここからではさすがに見えないが、一般の観客席のどこかにはクラウドもいるだろう。
『さぁ! 本日はこの武闘大会の優勝者が決まります! 果たして優勝するのは誰なのでしょうか! アナナスさんは誰が優勝すると思いますか?』
『難しいところですね。順当に考えれば去年で惜しくも優勝を逃したマリーゴールド・コンスタンツォ選手でしょうが、かといって他の選手も軽視できません。風精霊としか契約していないにも拘らずここまで勝ち抜いてきたセリカ・ファルネーゼ選手。火水風土光の五属性を使うブルーベル・ガリアーノ選手。土の上位精霊である樹精霊と契約しているキャラウェイ・ロッシーニ選手。いずれも一筋縄ではいかない相手です』
『油断大敵、ということですね! 誰もが並々ならぬ実力の持ち主! 誰が優勝しても不思議ではありません! そんな栄えある武闘大会準決勝第一試合の対戦カードはこちら!』
司会兼実況のケトルの言葉の後に、会場の両サイドからセリカとブルーベルさんが入場してきた。
狩人姿のセリカは左手に『ロビン・フッドの弓』を握り、腰には二本の短剣を装備している。すでに彼女の持つ弓が伝説級の代物で『魔矢の腕輪』が不要であることが知られてしまっているし、本来彼女は短剣の方が得意ということもあって、近距離と遠距離の両方に対応するためにも今回はこの三つの装備にした。
対するブルーベルさんは、セリカと同じく狩人姿で左手には『イチイの合成弓』という、イチイとミスリルを組み合わせた魔法弓がある。右腕にあるのは『魔矢の腕輪』だが、他にもネックレスをしているな。おそらくアレも魔道具だろう。
『今大会初出場であるにも拘らず、意表を突く戦術と勝つためなら道連れも厭わない覚悟で準決勝まで勝ち抜いてきた半森妖種の魔術弓兵! 今日は一体どんな戦いを見せてくれるのでしょうか!? セリカ・ファルネーゼ選手!!』
ケトルによる選手の紹介がなされると、舞台へと歩いて行くセリカの背後から大歓声が沸き起こった。歩みを止めたセリカが振り返って手を振ると、さらに歓声が大きくなる。
あの反応から察するに、あそこにいるのがセリカを応援する混血たちなのだろう。
『対するは! ガリアーノ財務大臣の娘にして火水風土光の五属性を操る森妖種の魔術弓兵! ブルーベル・ガリアーノ選手!』
セリカの反対側から、ブルーベルさんを応援する歓声が響いた。あちらは純血ばかりだな。
ただ、歓声に混ざって混血に対して何やら喧嘩腰に挑発しているのが聞こえる。これも運営側の仕業なのか、それともダンデライオンの企みかは分からないが、意図的に混血に対する偏見を持っている者たちを集めているようだ。
試合を盛り上げるためにわざと両極端な観客の構成にしたのか?
そう考えていると、舞台に上がった両者が向かい合った。視線を背けない二人。口を開いたのはブルーベルさんだ。
『武闘大会に出るなんて、一体どういうつもりなのかしら?』
『どういうつもりも何も。ちょっと自分を取り巻く環境を変えたくて出場しただけよ』
相手が従姉妹だからか、セリカの口調が砕けたものに変わっていた。
『まさかとは思うけど、優勝しようだなんて身の程知らずなことを考えちゃいないでしょうね?』
『だったら? 出場する以上、優勝を狙うのは自然な流れだと思うけど』
『思い上がるな、半端者。どうやら勝ち上がったことで随分と調子に乗っているみたいね。まぐれのクセに図に乗って。その驕り、私が直々に正してあげるわ』
『いつまでも自分が上だなんて思わないで。今まではアナタに遠慮して身を引いていたけど、そんなのはもう終わりよ。全力でアナタを倒す』
『やれるものならやってみなさいよ、ハーフ風情が。できもしないことは口にしない方が身のためよ』
『そっちこそ、今日は随分と口数が多いじゃない。饒舌なのは負ける不安の表れなのかしら。ねぇ、臆病者の純血サマ?』
ピシィ! とガラスに亀裂が入ったかのような張り詰めた空気がこちらにまで伝わってくる。
まさに一触即発。今にも戦い始めてしまいそうな、緊張感が漂うピリピリとした雰囲気を感じ取ったのだろう。早く始めた方が良いと判断したケトルが少し焦ったように開始の合図を鳴らす。
『りょ、両選手、準備はよろしいですね? それでは! 武闘大会準決勝第一試合! セリカ・ファルネーゼ対ブルーベル・ガリアーノ! 試合……開始!』
戦いの火蓋が切って落とされた。




