第109話 VSアルキン・カルドーネ
翌日の武闘大会三日目。二回戦の第一試合であるセリカとアルキンの戦いが幕を開けた。
『さぁ始まりました、武闘大会三日目! 二回戦第一試合のカードは、隠れた実力を発揮して見事に一回戦の対戦相手カトレヤ・プロネル選手を倒したダークホース、セリカ・ファルネーゼ選手! 対するはこのアルフヘイムの妖精兵団団長にして軍務大臣であるジスルフィド様の甥、アルキン・カルドーネ選手です!』
昨日のセリカの戦いを見て見解が変わったのか、それとも他国に対する体裁を意識し始めたのか。今度の紹介文は割と真面な内容だった。
試合の状況は芳しくない。実力が拮抗しているようで、二人の戦いは一進一退だった。
『死ねオラぁぁああ!!』
物騒な雄叫びを上げながら、全身鎧の土妖種アルキン・カルドーネは魔法戦斧を振るう。それを狩人姿の半森妖種セリカが、ロングソードでいなしていた。
開幕速攻はやはり警戒されていた。開始の合図の直後に放たれたセリカの魔矢は避けられてしまい、接近を許してしまったのだ。そこからセリカは腰に装備しているロングソードでアルキンの魔法戦斧を防いでいる。
とはいえ彼女は【短剣術】スキルは持っていても【剣術】スキルは持っていないし、そもそも彼女の本職は弓兵だ。近接戦は護身レベルまでの実力しかない。接近戦は圧倒的に不利だ。何とかして間合いを空けて遠距離攻撃に切り替えたいところだが、意外にもアルキンが追いすがって来る。
そのせいで間合いを空けることができず、セリカは苦悶の表情でどうにかアルキンの攻撃を防いでいる状況だ。
現在セリカが使っているロングソードの魔道具は、昨日使っていた物を俺とミオでアップグレードした物だ。
【戦士たちの地下修練場】でモンスターハウスの罠にかかった際に手に入れた大量のアイテムの中の一つを、俺がエステルさんの所で鍛冶場を借りて打ち直し、ミオが新たに獲得した【付与魔術】スキルで【筋力増強(小)】の効果を付与した。
本当は射撃威力を強化する効果を付与した魔道具を用意したい所だったが、手に入れたアイテムの中にはなかったし、ミオの実力的にも射撃威力を上げる効果を付与するのはまだ無理だったので妥協した。
エステルさんには場所を貸してもらう時に渋られたが、鍛冶体験コーナーの時に俺が打ったオーバースペックのロングソードを提供することで納得してもらった。
けれど慣れていない【付与魔術】スキルを使って無理をしたからか、ミオは疲れてしまい、今は【獣化】スキルで子猫状態になって俺のフードの中で眠っている。丸まって眠る姿は大変可愛らしかった。
ともあれ、そういったバックボーンがあってセリカには【筋力増強(小)】の効果が付与された魔法剣があり、それのおかげでアルキンの攻撃を捌けているというわけだ。アレがなかったら筋力差で負けていただろう。
右、左、また左、そして大きくターンとセリカは【軽業】スキルも使って軽快に回避していくが、それでも躱し切れなくて攻撃を受けてしまう。
左の二の腕を切り裂かれ、血が舞った。加えて攻撃を受けた勢いでセリカの体が真後ろへ吹き飛ぶ。舞台上を何度も転がるセリカは体を捻って跳ね上げることで体勢を整え、舞台に魔法剣を突き立てた。
ガガガガッ! と舞台に一筋の直線を刻みながらブレーキをかけ、舞台のギリギリで止まる。
攻撃を受けてしまったが、逆にそれが戦況を好転させた。アルキンのパワーアタックによって吹き飛ばされたことで、彼との距離が開いた。
セリカは舞台に突き立てた魔法剣をそのままに、即座に魔法弓で魔矢を射掛ける。
『甘ぇんだよ!』
ヒュンと風を切る音を奏でて飛ぶ魔矢は、しかしアルキンの振るう魔法戦斧によって弾かれた。単発では対応される。セリカは連射へと切り替えたが、アルキンの魔法戦斧を潜り抜けた魔矢は全身鎧によって防がれ、あえなく霧散した。
『はっ! んなヒョロい矢が通じるわけねぇだろ!』
『関係ありません。防がれるなら、効くまで射るだけです』
セリカはさらに魔矢の数を増やして物量に物を言わせる。それでもアルキンの動きは止められないが、セリカの顔色は全く変わらない。ダンジョンでの訓練でも思ったが、彼女は冷静に状況を判断することに長けている。始めて会った時は無気力な感じで、彼女から『助けて』の一言を引き出す時は感情的だった。
まぁその時は俺が言わせたんだけど、始めて会った時のセリカは変異個体種のミノタウロスに襲われたが、冷静さを失うことはなかった。
きっと、二〇〇年近く置かれた境遇が彼女を無気力で諦観めいた状態にさせていただけで、慌てず冷静に対処できるのが彼女本来の姿なのだろう。
怜悧な眼差しも相まって、段々クールビューティーな女性になっていっている。
クールビューティーと言えば、元クラスメイトの佐々崎鏡花もそんなイメージがあったな。彼女の場合はいたずらな笑みを浮かべるから、そこはセリカとは違うけれど。
「……」
一瞬、『彼女たちはどうしているだろうか』と頭を過ぎったが、脇道へ逸れそうになる思考を努めて本筋へ戻す。
元クラスメイトたちの動向は、【灰色の闇】のヘルマン・ニーズヘッグとカミラ・リンドヴルムに任せてある。何かあれば二人から連絡が来る。今は元クラスメイトたちのことを考えている時じゃない。余計なことに思考を割くな。セリカのことを最優先に行動しろ。
息を吐き、改めて試合に目を向ける。
大量の魔矢を射掛け続けるセリカ。まるで雨のような攻撃の中、戦況に変化が見られた。
『ごほっ! がぶぁあ!?』
セリカの魔矢を意気揚々と防いでいたアルキンが、突然膝を突いて苦しみ出したのだ。
『おっとぉぉ!? これはどういうことでしょう!? カルドーネ選手がいきなり膝を突きましたー!』
何度も苦しそうに咳をするアルキンはセリカを睨み付けながら絞り出すように言う。
『テ、テメェ……! 何を、しやがったぁ!!』
『毒ですよ。イチイの毒です』
答えたセリカは魔法弓を構えて警戒しながら言葉を続ける。
『私の弓には【毒付与】の効果があります。私はずっと、毒性を持った魔矢を射っていたのですよ』
『っざけんな。俺の鎧の守りは鉄壁だ。現に俺は、一つも直撃しちゃいねぇぞ』
『えぇ。業腹ですが、私の魔矢では威力不足でアナタの鎧を突破することは叶いません。【狂飆の刳】を使えば可能性はありますが、それでも発動までに時間がかかるので現実的ではありません』
『だったら何で!』
『簡単です。アナタが何度も私の魔矢を弾いたからですよ』
『それが一体、何の関係が……』
『魔矢としての形は失っても、魔力そのものが丸ごと消えるわけではありません。私の魔矢を弾くことで飛散した毒性を持った魔力がアナタの周囲に漂っていたのです。魔矢を弾けば弾くほど、アナタは毒に侵されていったというわけです。まぁ、風の精霊魔術でアナタの周囲に滞留するように細工はしましたけど』
如何せん、アルキンの着ている鎧の兜がフルフェイスタイプだったら、ここまで効果的に毒を投与することはできなかっただろう。だが彼の兜は顔がはっきりと見えるタイプで、口元も外気に晒されている。空気中の毒なんて簡単に吸い込んでしまう。
明かされた事実に、それでもアルキンは否定したいらしく吠えた。
『嘘吐け! テメェが持ってる『イチイの長弓』程度の毒性なんざ、俺には効かねぇ! でたらめ言ってんな!』
『私が持っている魔法弓が『イチイの長弓』だなんて、いつ言いました?』
今度こそ、アルキンの顔が硬直した。
『『ロビン・フッドの弓』。それが私の持っている弓の名前です』
自身が手に持つ魔法弓を軽く揺らして存在を強調しながら、彼女はその名前を口にした。




