第108話 試合を終えて
今日は一回戦全ての試合を消化する予定らしいので、セリカの試合はまた明日になる。対戦相手は、次の第二試合のどちらかなので、一緒に第二試合を見て対策を練るためにも俺たちはセリカと合流するべく関係者の観客席を出て選手控え室へ訪れた。
……のだが、
『本当に見事だったわ。まさか開幕と同時にアレだけ正確な射撃をするなんて。その後もこっちの攻撃がなかなか当たらないから、アレでこっちが焦らされたわね』
『それは、どうもありがとうございます』
何やら会話が聞こえる。一人はもちろんセリカだが、相手は一体誰だ?
「極夜」
『了解。声紋を照合します。……該当データあり。セリカ様と話されているのは、先ほどの対戦相手のカトレヤ・プロネルです』
カトレヤが? セリカと? まさか負けた腹いせに文句を言いに来たわけじゃないだろうな?
顔を見合わせた俺たちは控え室へと入る。中は特に凝った作りにはなっておらず、長テーブルが一つに椅子がいくつか並べられているだけの簡素なものだ。その椅子に座っているのは、翡翠色の髪をアップヘアーにした半森妖種のセリカ・ファルネーゼだ。
その対面には緑系統の髪をした森妖種の魔術師カトレヤ・プロネルが座って何やらテンション高めでセリカに話しかけていた。
……何これ? どういう状況なんだ?
思わず傍にいるセツナたちに視線を向けるが、彼女たちも首を傾げた。ですよね。
「セリカ」
「あ、アラヤさん」
呼び掛けると、こちらを向いたセリカが安堵の表情を浮かべた。
「これは、どういう状況なんだ?」
「えっと、それが……」
聞けば、控え室に戻って一息吐いていた所をいきなりカトレヤが来訪してきたらしい。始めは警戒していたのだが、どうやら単純に会話をしたいだけだったようで、こうして先ほどの試合の話をしていたのだとか。
「本当にしてやられたわ。初出場で、混血だからって軽く見て……まんまと足元を掬われた」
「最初から全力全開で戦われていたら、私は確実に負けていました。私は運が良かっただけですよ」
「あら、その運の良さも込みで実力の内でしょ。チャンスをものにできないヤツに勝利は舞い込まないわ」
「……恐縮です」
彼女の言葉から察するに、ハーフに対する偏見は少なからず持っていたようだ。けれど実際に戦ってみて、その認識に変化がみられる。と判断して良いのかな。今は何だか好意的で、下に見ていたことを恥じているようだし。
どうやら、俺のやり方は間違っていなかったらしい。良かった良かった。
このままセリカが勝ち進んで、彼女の有用性が証明されれば、アルフヘイムでの居場所もできるはずだ。焦る必要はない。少しずつで良い。ハーフに対する偏見が薄まれば、彼女の味方になる人だって現れる。
心の片隅でずっと燻っていた不安が少し払拭されて、俺は誰にも気付かれないようにそっと息を吐く。
「それで、アナタは?」
「B-2級冒険者の雨霧阿頼耶と言います。セリカの仲間です」
「そう。知っているだろうけど、私はカトレヤ・プロネルよ。さん付けも敬語もいらないわ。私もアラヤって呼ぶし」
「じゃあそれで」
フレンドリーな彼女が差し出した手を握り返し、俺たちは握手を交わす。
「仲間ってことは、作戦を立てたのはアナタたちなの?」
「半分はな」
前置きしてから勘違いを正しておく。
「開幕速攻をするように言ったのは俺だけど、その後の猛攻から武器破壊はセリカの判断だよ」
「武器破壊が可能ならそれに越したことはありませんでした。しかし実現性はかなり低いので、本当はあのまま魔法杖を弾いてさらにもう一撃食らわせて場外にしようと思っていました」
セリカもセリカで楽観してはいなかったようで、もしもの時に備えて対策は考えていたらしい。するとセリカはカトレヤの方を向き、頭を下げた。
「そういえば謝罪がまだでした。試合とはいえ、魔法杖を壊してしまい、申し訳ありません」
「良いわよ、別に。試合だしね。恨みっこなしだわ。けど、アラヤの作戦もセリカの判断も、どっちもとんでもない発想ね」
「まぁ、アラヤさんと関われば仕方ないかと」
「ですよね」
「ですわね」
「……ん」
何だか腑に落ちない評価を頂いてしまった。解せぬ。集まる視線に居心地が悪くなっていると、大会スタッフの声が聞こえてきた。
『一回戦第二試合を開始します。選手の方は準備をしてください』
おっと、もうそんな時間か。
「俺たちは次の試合を見に行くけど、アナタはどうする?」
「自分の所で見るわ。待たせている人もいるしね」
じゃあね、とカトレヤはこちらの返事も聞かずに立ち去ってしまった。
本当にあの人は何をしに来たのだろう? いきなりセリカの所に来たりほとんど一方的に話をしたりと、何だか台風を思わせる。根っからの悪人ってわけではなさそうだが、随分とマイペースな人だと俺たちは思った。
一回戦第二試合の対戦カードは土妖種の斧使いアルキン・カルドーネと嘆妖種の女性魔術剣士だ。二人とも近接戦闘タイプだからか、白熱した戦いだった。
豪快に振るアルキンの戦斧を女性魔術剣士は魔法剣で巧みにいなしている。
「嘆妖種って人の死を叫び声で予告する嘆きの妖精だよな。あまり戦うイメージはないんだけど」
「そうですね。戦闘が得意な種族ではないはずですけど……まぁでも、解説をしているアナナス・チェコンさんだって雨妖種っていう、戦闘とは無縁の種族なのに妖精兵団第一部隊の副隊長をしているんですから、人によって得意不得意があるってことじゃないですか?」
それもそうか。アルキンだって鍛冶が得意な種族なのにガッツリ戦っているんだし。
アルキンの振り下ろした戦斧が舞台の石畳を叩き割る。バックステップで攻撃を躱した女性魔術剣士は何故か大きく口を開けた。
『――!!!!』
「っ!?」
闘技場全体に響き渡る、耳を劈くような大音量に思わず顔をしかめる。
何だ、今のは? 舞台上の音を拾っていたスピーカーさえ破壊しかねないほど危険な爆音だったぞ。風の精霊魔術で空気を震わせたのか?
『否定。解析の結果、たしかにあの女性魔術剣士は風の精霊魔術を使用していますが、それはあくまで補助的なものと断定します』
俺の視界に彼らの戦闘データの解析結果を表示させている極夜から訂正が入った。セツナたちにも聞こえている極夜の声に反応したのはセリカだった。
「おそらく嘆妖種としての能力を風の精霊魔術で増幅させたのではないでしょうか?」
「どういうことだ?」
「嘆妖種はその叫び声で相手に死の予告をする妖精です。つまり、その声には特殊な力があるのです」
「……応用すれば声による音波攻撃も可能ってわけか。それを風の精霊魔術で増幅したと」
だとすればアルキンはかなりのダメージがあるんじゃないか? 距離のある俺たちでさえも思わず怯むほどなんだ。眼前にいるアルキンにはたまったものじゃないはずだ。
それを証明するように、近距離で音波攻撃を食らったアルキンは足をふらつかせている。頭を振って混乱を解こうとしているが、その隙を突いて女性魔術剣士が斬り込んだ。全身を覆う鎧が功を奏した。どうにか反応したアルキンが右腕を振ると、籠手が相手の魔法剣に当たって弾いた。
『報告。全身鎧から発せられる魔力から、あの鎧は魔法鎧です。加えて個体名:アルキン・カルドーネは鉄妖精の力で鎧の強度を上げている模様』
魔法剣でも突破は難しい防御力か。アルキンが相手となったら、その辺りがネックになりそうだな。あの女性魔術剣士の場合でも、音波攻撃が厄介だ。集団戦では味方まで巻き込みかねないが、一対一ならやり放題だ。耳栓程度じゃ、防ぎ切れそうにないしな。
どちらが相手でも一筋縄ではいかなさそうだ。
「先輩」
どちらが当たっても良いように極夜の解析結果から対策を練っていると、右隣りの席に座っているセツナが声を掛けて来た。
「ん?」
「先輩の視界には極夜さんが解析した戦闘データが表示されているんですよね? それ、私たちにも同じように表示できないんですか?」
ふむ。たしかに、セツナたちにも表示できれば情報共有もスムーズになるな。
「どうなんだ、極夜?」
『否定。解析結果の投影はマスターと同質の魂を持っているからこそできるのであって、他者へ同様に投射するのは不可能です』
そう上手くはいかないか。
ともあれ、できないのであれば仕方ない。解析結果を俺から口頭で伝えながら試合を観戦する。アルキンはようやく混乱から脱したらしい。戦斧の刃部分に炎を纏わせて攻撃を仕掛ける。
火の精霊魔術で纏わせているのか? いや、極夜の解析結果を見るに、あの炎は戦斧本体から出ている。ということは、あの戦斧は火属性の魔法戦斧なのか。
一瞬の気の緩みも許さない白熱した激戦に、観客たちも高揚して沸き立つ。魔術戦もそれはそれで盛り上がるが、やはりこういった『分かりやすい戦い』の方が観客たちもテンションが上がるのかもしれない。
『どうしたぁ! この程度か! あぁん!? 処女臭ぇ魔術剣士サマよぉ!』
『黙りなさい! この下衆男!』
『黙らせてみろよ! 女のクセに武器なんか持ちやがって! 女は黙って男に股でも開いてりゃ良いんだよ!』
『このっ!? クソ野郎が!!』
…………………………。
偏見しかない言葉だった。相手を挑発するために煽ったのだとしても酷過ぎる。セクハラなんてレベルじゃないぞ、アレ。種族差別のみならず男女差別もしているとか救いようがないな、アルキン・カルドーネ。
この様子だと、女は嫁に行って家事をしていればいいなんて古臭い亭主関白のような考えを持っていそうだ。
横目でセツナたちの様子を見てみると、相変わらずミオは無表情だしセリカは昨日のことがあったからか苦笑を浮かべているが、セツナとクレハはまるで虫けらを見るような目でアルキンを見ていた。アルキンを女の敵認定している。試合じゃなかったら一発殴りに行っていたかもしれない。
アルキンもアルキンだ。考えずとも、こんな大観衆の前で言うことじゃないって分かるだろうに。他国からの観光客だって見ている中であんなこと言うなんて度し難いアホなのか?
何て考えている間に決着の時が訪れた。息も吐かせぬ攻撃の応酬の中、先に集中を切らせたのは女性魔術剣士の方だった。疲労が足にきていたのか、ガクッと膝を折ったのだ。その隙を突くようにして、アルキンが魔法戦斧を振りかぶる。
『っ!』
女性魔術剣士にできたのは、精々が魔法剣を盾代わりにすることだけだった。自分との間に差し込んだ魔法剣がアルキンの魔法戦斧とぶつかる。ガギィィイイン!! という激しい金属音を打ち鳴らして、女性魔術剣士は容赦なく吹き飛んだ。
舞台に足を付けて勢いを殺すことも叶わない。舞台から飛び出た彼女の体は背後にある壁に背中から直撃し、女性魔術剣士はそのまま気を失った。
『カルドーネ選手の一撃が効いたぁぁ! 場外により、勝者はアルキン・カルドーネぇぇぇぇ!!』
司会兼実況のケトルの宣言により、一回戦第二試合の勝者――つまりセリカの次の対戦相手が決まった。
決着が着いたことにより響く大歓声の中で、それに応えるようにポーズを決めるアルキンの姿を見ながら、背もたれに体重を預けて短く息を吐く。
「戦い方は至極単純な力技だな。ひたすら押せ押せといった脳筋の戦い方だ」
「魔術もどちらかというと近接型が多いですね。昨日セリカさんに絡んだ時には遠距離攻撃をしていたので全く使えないわけではないでしょうけど、それも初級レベルといったところですね。遠距離攻撃に気を配る必要はないと思います」
「となるとやはり接近を許さずに遠距離から攻撃をするのがベストですわね」
「……ん。あのパワー、ちょっと厄介」
だな。戦い方は脳筋で単純だが、かといってあのパワーは油断できない。対戦相手の女性魔術剣士も、アルキンの重い一撃を受け過ぎたせいで体力を削られた印象がある。パワータイプに真っ向からぶつかるのは得策じゃない。下手すれば一発食らっただけでセリカは負けてしまう。
セリカもそれなりに耐久値はあるが、アルキンの攻撃を受け切れるかと聞かれるとノーだ。
遠距離からちまちまと攻撃するのが一番なんだが……決め手に欠けるよなぁ。かといってカトレヤ相手にやった開幕速攻は警戒されているだろうし。
「あの全身鎧と魔法戦斧で二つ。最大でも後一つは魔道具を持っている可能性がある」
「持っていないのか出し惜しんでいるのか。ちょっと分かりませんね。彼の性格を考えると、出し惜しむようなタイプには見えませんけど」
「極夜。それらしい魔力は感知できるか?」
『否定。全身鎧と魔法戦斧の魔力に紛れているのか、それらしい反応は確認できません』
となると、少なくとも全身鎧と魔法戦斧より強力な魔道具は持っていないと考えて良いだろう。
「セリカ、あの全身鎧の防御力を突破できるか?」
「無理、と言わざるを得ません」
彼女は口元に手を当てながら難しい顔をして言葉を続ける。
「貫通力を強化する【狂飆の刳】であれば可能ですが、通常の魔矢ではとても突破は叶いません。その【狂飆の刳】も、発動までに時間と集中が必要となります。誰かが相手の注意を引いてくれる状況ならまだしも、一対一では格好の的です」
あぁ。俺の左肩を撃ち抜いたあの精霊魔術か。たしかにアレならアルキンの全身鎧でも防げないな。なら、それを活用できるような戦術を組むべきか?
「う~ん」
『提案。何も今ここで作戦内容を決定する必要はないのでは? まだ見なければならない試合はあるのですから、それを見つつ情報を精査し、随時作戦を練って修正した方が効率的です。試合の様子はマスターのみになりますが、映像を再生することも可能ですので』
おや? そんなこともできるのか?
たしか、スピーカーを使って拡声したり、魔術で遠くのものをライブで映したり、光属性魔術や光の精霊魔術で紙に光を焼き付けることで写真を作ることはできても、映像そのものを何かの媒体に記録するのはまだ実用レベルに達していないはずだ。
素材や術式の関係で大型化してしまい、記録する装置本体だけでちょっとしたコンテナくらい、記録した媒体自体でもバスケットボールくらいの大きさなのだとか。再生装置にしても以下略だ。
それなのに極夜は映像の記録と再生を可能にするのか。
『解答。私の場合はマスターの記憶から再生しているだけなので、記録するための装置も媒体も不要であることが大きく影響しています。再生に関しても、解析結果をオーバーレイしたのと同じ要領で行えばそう難しいことではありません』
俺の記憶から? ……そういえば、人の脳って一四〇年分くらいは記憶できるんだったか。
知り合いの医大生から聞いた話だと、人の脳というのは何度もその出来事や物事を思い出すことで神経細胞間での信号の伝達が頻繁に行われ、神経細胞同士の繋がりが強くなり、記憶が思い出しやすくなるんだとか。
つまり記憶は脳に保存されているが、思い出せないのは神経細胞の繋がりが弱いかららしい。おそらく極夜はそういった神経細胞間の繋がりを無視して、俺の脳から直接記憶を抽出しているのだろう。
大変便利だが、一つ言わせてほしい。……俺のプライバシーどこ行った?
ともあれ、極夜の言う通り今無理に作戦を決める必要はないか。相手はアルキンだけではない。今後のことも考えれば、他の選手の戦い方も知っていた方が良い。
試合を眺めながらその時その時に浮かんだインスピレーションをもとに何度も作戦を練ってはリテイクしていくと、一回戦の全試合が終了した。
一回戦を勝ち抜いたのはセリカを始めとして、俺とセツナが注目していたマリーゴールド・コンスタンツォ、ピーコック・ベラルディ、キャラウェイ・ロッシーニと他二名にアルキン・カルドーネ。
そして、ブルーベル・ガリアーノも二回戦進出を果たしていたのだった。




