第107話 VSカトレヤ・プロネル
翌日の精霊祭五日目。今日は武闘大会の二日目であり、本選初日だ。
現在地は闘技場にある関係者用の観客席。どうやら一口に観客席といっても種類があるようで、一般、関係者と選手、VIPの三つで構成されている。無論、関係者・選手席やVIP席の方が広くてよく見える場所に設置されている。
俺たちがいる所もそこそこ広く、闘技場中央の舞台が一望できる。これなら試合風景を見逃すことはなさそうだ。
今この場にセリカはいない。彼女はここに来る道中にあった控え室で自分の名前が呼ばれるのを待っている。最初の方こそ戦々恐々としていたが、昨日のトーナメントの抽選が終わった後にした作戦会議の内容を再度伝えて、何度も大丈夫だと言ったらどうにか落ち着いた。
彼女の不安は当然だ。何せ相手は予選通過第一位のカトレヤ・プロネル。最有力の優勝候補と言って良い。余程の奇跡や幸運がなければ、ここで敗退してしまう。
いくら作戦会議をして備えたとしても、世の中に『絶対』なんてものはない。本当に失敗しない人というのは幾重にも策を巡らせ、どんな不測の事態が起きても対応できるように備えた人のことを指すが、それだけ備えても失敗する時は失敗する。……はてさてどうなるか。
「凄い熱狂ですね」
右隣の席に座るセツナの言葉に頷く。
視線を舞台から観客席の方へ向けると、密集した人の群れが騒ぎまくっている。試合を楽しみに、ではない。この試合で彼らが手にするだろう配当金に夢を膨らませているのだ。
武闘大会は公的にギャンブルを行っているわけではないが、それでも娯楽は必要なようで、金に目が眩んだ拝金主義者どもが勝手に賭けを行っているのだ。運営側も積極的に取り締まることはないらしく、問題を起こさないなら黙認する方針のようだ。
セリカが初出場であることも関係しているのか、賭けの倍率なんて酷いものだった。誰もセリカが勝つなんて思っていないようで、彼女に賭けて勝てば小金持ちになれるくらいだ。
片や初出場で、片や優勝候補。彼らがカトレヤ・プロネルに賭けるのも分かるが、ちょっとイラッとしたので手持ちのほとんどをセリカが勝つ方に賭けてやった。はっはっは!
……バレたらセツナたちに怒られそうだから気付かれないようにしないとな。
『さぁ、お集まりの紳士淑女の皆様! 待ちに待った武闘大会本選の時間となりました!』
昨日と同じ司会者の声がスピーカーから発せられる。闘技場の上空には四方に分けて四枚の光の枠が浮かび上がっており、そこにはあの家妖種の顔が映し出されていた。
『毎年のことですが闘技場の外では賭けの胴元がいろいろと仕切っているようですね、朝からご苦労様です! ギャンブルは禁止していませんが、度が過ぎれば運営からストップがかかるので、皆様礼節を持って楽しんでくださいね!』
司会者が大々的に注意喚起するくらいには、ギャンブルは認められているわけか。まぁ、頭から抑え付けても逆に反発して賭けをやる人は一定数出るからな。むしろ大っぴらにやって経済を回すようにする方が有益だ。
『司会と実況は私、ケトル・マネリが! 解説は妖精兵団第一部隊副隊長、雨妖種のアナナス・チェコンさんが務めます! アナナスさん、よろしくお願いします!』
『はい。よろしくお願いします』
光の枠の映像が横へとずれ、司会者のケトルの隣には長い金髪を頭の頂点でまとめた、パイナップルを連想させる髪型をした綺麗な女性がいた。愛想の良い笑顔を浮かべている。
「セツナ、雨妖種っていうのは?」
「妖精族の一種ですね。家や農園を守護する妖精で、雨の降っている日にびしょ濡れの姿で人家の戸口を訪ねて来て、雨宿りを頼むんです。この時に雨妖種の頼みを受け入れると、その家には幸運が来ると言われています」
聞けば思った以上の内容を説明してくれるセツナ。
これでも父さんと母さんから神話やら伝承やらの話を聞いたことがあるし、ファンタジー系の物語が好きだからその類のライトノベルを読み漁っているから、伝説上の生物についてもそこそこ詳しいのだが、それでも雨妖種という名前に馴染みがなかった。
マイナーな種族なのかもしれない。名前は格好良いんだけどな。
『さてさて! それでは選手の紹介をさせてもらいましょう! まずはこちら! 今年が武闘大会初参加の半森妖種! 森林地帯に住む引きこもり! 一体どんな手を使って本選へ進んだのでしょうか! セリカ・ファルネーゼぇぇぇぇ!!』
……おい。何だその紹介文は!
悪意しかないじゃないか! 一体誰が紹介文を用意しやがった!
『そのセリカ・ファルネーゼと相対するのは、予選通過第一位! その数多の精霊魔術で多くの魔物を屠った美しき精霊魔術師! カトレヤ・プロネルぅぅぅぅ!!』
しかもセリカのよりカトレヤの紹介文の方があからさまにマシだし歓声が大きい。
改めて視線を舞台の方へ向けると、ちょうど両者が入場して舞台へ上がったところだった。カトレヤは片手で持てるほどの長さの魔法杖を持ち、ローブで身を包んだ典型的な魔術師スタイルだ。ネックレスと腕輪もしている。
対する狩人姿のセリカは魔法弓に魔矢を生み出すための『魔矢の腕輪』、腰にはサイドアームとしてロングソードを装備している。
本選では魔道具の使用は三つまで認められている。カトレヤの場合はおそらく魔法杖とネックレスと腕輪が魔道具なのだろう。セリカの場合は魔法弓と『魔矢の腕輪』とロングソードだ。
上空にある光の枠には、向かい合うセリカとカトレヤの顔がそれぞれアップで映されていた。カトレヤの方は自信ありげな表情で、セリカは随分と落ち着き払っている。
『やれぇ! カトレヤ!』
『こっちは全財産賭けてんだ!』
『そんな素人なんか一発で片付けちまえ!』
俺たちの所は個室にはなっているが、舞台が見える前面は鏡張りというわけではなくそのまま吹き抜けになっているので、観客席から不躾な野次が飛び交うのが聞こえた。俺たち以外、誰も彼もセリカが勝つだなんて万が一も思っていない。常識的に考えて、それは当然な判断なのかもしれない。だが――
『それでは! 精霊祭武闘大会一回戦第一試合! セリカ・ファルネーゼ対カトレヤ・プロネル! 試合……開始!』
ドンッッッッ! と。
開始の合図が出た直後、カトレヤのいたところが爆発した。
『『『………………』』』
あまりにも唐突な出来事に、観客も司会も解説も言葉を失っている。そんな中、俺は舞台の端でモクモクと立ち込める煙を眺め、自分が笑みを浮かべていることを自覚しながら口を開く。
「セリカは武闘大会初参加で、対するカトレヤは最有力の優勝候補。なるほど確かに、誰もがカトレヤが勝つと分かる。火を見るよりも明らかな対戦カードだ」
この世に『絶対』はない。歴戦の猛者だって、ちょっとした油断で命を落とすこともある。手練れの冒険者がゴブリンの子供を相手に「可哀想だから」と始末せずに立ち去ろうとしたら背後から頭をかち割られて死ぬこともないわけではない。
「だが裏を返せば、誰もセリカを脅威だと思っていない。取るに足らない相手だと油断している。その油断が、こちらの勝機となる」
何より、戦いはゲームと違って『とりあえず武器を抜いてから』『とりあえず魔術の準備をしてから』用意ドンでスタートを切るわけじゃない。戦場に立った瞬間からすでに戦いは始まっている。
「試合が始まればとりあえず魔術を発動する準備はある。そう考えている時点で甘い」
各属性を扱う魔術師であれ、精霊を介する精霊魔術師であれ、魔術の発動には程度の差はあれどタイムラグが生じる。魔術師、魔術がなければただの人。生粋の術師タイプの魔術師は総じてフィジカル面が弱いんだから、魔術を使わせる前に倒してしまえば良い。つまり、
「セツナ直伝の早撃ちで開幕速攻。魔術を使う暇もなければ、どれだけ腕の立つ魔術師でも意味がないだろ?」
立ち上る煙が晴れると、そこにはしっかりと二本の足で立つカトレヤの姿があった。さすがにアレで決着が着くほど簡単ではないらしいが、かといって無傷というわけでもなさそうだ。
前方に翳している彼女の魔法杖。攻撃を受けたような痕があることから、ギリギリで反応してセリカの矢を魔法杖で受け止めたようだ。惜しいな。折れるとまでは言わないまでもヒビでも入ってくれれば動作不良を起こして魔術行使の妨げになっただろうに。
カトレヤが魔法杖を構え直すと、彼女の周囲に四体の精霊が顕現する。頭上には風精霊、肩には火精霊、腰元には水精霊、足元には土精霊だ。
精霊魔術が来る。それを察知したセリカは舞台を駆け出した。そのセリカの背後を立て続けに火の玉が着弾していく。火精霊を介した火の精霊魔術だ。
『プ、プロネル選手、火の玉でファルネーゼ選手を牽制します! 一方、ファルネーゼ選手は避けながら魔矢をプロネル選手に射っていますが、これをプロネル選手が土の壁を築くことで防いでいます! し、しかし先ほどのは一体何だったのでしょうか? 私にはいきなりプロネル選手が爆発して煙に包まれ、いつの間にかファルネーゼ選手が弓を構えた状態で立っていたとしか分からなかったのですが』
『ファルネーゼ選手の魔矢ですね』
『どういうことでしょう?』
『ファルネーゼ選手は試合開始の合図が鳴った瞬間、即座に魔法弓で矢を射ったのです。魔術師は魔術を発動するまでのタイムラグがありますからね。普通なら魔術師はそれを防ぐためにまずは移動して安全を確保してから魔術を放つのですが、プロネル選手は相手が初出場だからと油断したのでしょう。回避行動も取ろうとせずのんびりと構えてしまったため、その隙をまんまと突かれた、というわけです』
『しかしプロネル選手はピンピンしているようですが?』
『彼女の魔法杖に攻撃を受けた痕があるので、ギリギリ直撃は避けたのでしょうね。しかし、ファルネーゼ選手に対する評価は改める必要がありそうです。アレだけの速攻を可能にするには、魔矢の生成、照準の合わせ、弓の弦を引いてから射るまでの動作といったアクションを瞬時に行わなければなりません。それを実戦レベルで可能にしているとは……いやはや、まさかファルネーゼ選手がこれほどの実力を持っているとは思いませんでした』
解説のアナナスが言った通りだ。先ほどのが、昨夜のうちに俺たちが対カトレヤ用に立てた作戦だ。
セリカの速攻は、実は彼女が元々持っていた技ではなく、ダンジョンでの訓練で行ったタイムアタックで必要に駆られて彼女がセツナにコツを教えてもらいながら修得したものだ。
これで決着が着けば楽だったんだが、付け焼き刃に近い技術だから仕方がない。あの早撃ちがカトレヤにちゃんと向かっただけでも充分な成果なので、そう何度も使える手でもないのだ。
一応、速攻が防がれた場合の策もいくつか用意しているが、カトレヤは四大精霊と契約を結んでいる――いわゆる火水風土を操る四元素使いだ。風精霊のルルとしか契約していないセリカでは使える手札の数も種類も少ないので圧倒的に不利だ。
より効果的に、相手の虚を突くような戦い方をしなければ勝機はない。
『ファルネーゼ選手、舞台を縦横無尽に駆け抜けて魔矢を射ますが、プロネル選手の土の壁に阻まれて魔矢が届きません!』
カトレヤは土の壁をわざわざ防ぐたびに解除している? ……あぁ、なるほど。前衛もしくは観測手でもいれば別だが、今は一人だからな。視界が塞がるなんてデメリットしかないから、土の壁を常に出しておくことができないのか。
戦況を見る限りセリカに焦りはないが、どうにか意表を突けないか探っているように見える。交互に襲ってくる風の弾と火の玉を躱しながらセリカは隙あらば魔矢を射っていた。
「……何だか相手の魔術の軌道が妙だな。狙いが雑過ぎる」
「おそらくセリカさんが防御用の魔術で相手の魔術の軌道を逸らしているんでしょう。ただ避けるだけでは限界がありますから」
「となると、風の通り道でも作っているのか。そのせいか、カトレヤの方はちょっと苛立っているな」
「楽に勝てる相手だと思ったら先制攻撃されて危うく大敗するところだったんです。加えて今も中々決定打を与えられない。頭に血が上っていくのも当然ですね」
さすがに観客たちはまだ大人しいが、これも時間の問題かもしれない。なまじ観客たちもセリカのことを侮っていたからな。優勝候補のカトレヤが決着を着けるのに時間をかけてしまえば、不満が蓄積されて野次がカトレヤに向きかねない。
ともすれば、カトレヤは内心穏やかではないだろう。期待されている分、心の重圧も相当なものなはず。一刻も早くセリカを倒さねばと焦っているはずだ。
「その焦りで凡ミスしてくれたら良いんだけどな」
さすがに楽観的過ぎるか。
どうしたものかと考えていると、セリカの様子に変化が見られた。変わらず舞台を走り回ってカトレヤからの攻撃を躱しているが、セリカの攻撃のテンポが増している。それこそ、カトレヤが土の壁での防御が間に合わず魔法杖で直接魔矢を弾くほどの猛攻だ。
弓のクセに何であんな連射ができるんだと不思議に思うが、もしかしたら精霊魔術で補助でもしているのかもしれない。
「極夜。戦闘は見ているか?」
『肯定。マスターの視覚を介してモニタリングしています』
「セリカの狙いを知りたい。彼女の戦闘データを解析してくれ」
『了解。…………解析完了。結果をマスターの視界へオーバーレイします』
極夜の言葉の後に、俺の視界に解析結果がずらりと表示される。セリカのこれまでの移動経路や反撃のタイミング、回避行動パターン、魔矢の軌道と着弾位置、使用した精霊魔術などなど、膨大な情報量だ。けど、全てを見る必要はない。セリカが猛攻を始めたところから見れば充分だ。
だけど、これって……そういうことで良いのか? また無茶なことをしようとしているな。
『肯定。セリカ様の魔法弓の性能ならば可能ですが、現実問題として実現は不可能でしょう。おそらくセリカ様はそこまで拘っているわけではなく、隙ができれば良い、くらいの気持ちでやっていると予想されます』
その隙を突いて勝利をもぎ取ろうとして、あんな猛攻を実行しているのか。
解析結果から推察されるセリカの『狙い』と彼女の思い切りの良さに驚いていると、さらに状況が動いた。
『おおっとファルネーゼ選手! ここで前へ出たぁ!!』
意識を解析結果から舞台へと戻すと、あろうことかセリカは遠距離後衛タイプなのにカトレヤへ突進していた。
迫り来る火の玉をセリカは自身を守る風の壁のみならず、体を左右に振ることで躱す。躱した先へ狙いすましたように風の刃が来たが、今度はくるりと回転することで避け、振り返り様に魔矢を斉射する。
危なげなく攻撃を回避したセリカに目を剥くカトレヤだったが、そんな暇なんてない。反撃の魔矢をカトレヤは土の壁では間に合わないと判断して魔法杖で弾いていく。
躱して、攻撃して、セリカは確実にカトレヤに接近していた。傍から見れば無謀な突進。けれどカトレヤは危機感を覚えたのか、水の鞭を作り出して地面に思い切り叩き付ける。それによって生み出された石礫がセリカを襲った。
『っ!?』
ギョッとしたセリカはほぼ反射的に真横へと跳んだ。そこで止まってしまったら、この距離だ。カトレヤからの追撃に対処できない。それをセリカも理解したのだろう。風の精霊魔術によって不自然に吹いた風がセリカの体を支え、それにとどまらず加速させた。
近距離。ここまで近付いてしまってはセリカも魔法弓での攻撃はもちろんのこと、カトレヤも自身を巻き込んでしまうので迂闊に魔術を使うことはできない。どちらも手詰まりなこの状況。だが、忘れてはならない。
セリカは魔法弓の他に一体何を装備していた?
『――っ』
息を呑んだのは果たしてどちらだったのか。
腰に装備されたロングソード。それをセリカはまるで居合切りのように一息で抜き放つ。ぎらりと凶悪に煌めく刃に対してカトレヤは魔法杖を掲げたが、それがいけなかった。セリカの放つ刃を受け止めた途端、カトレヤの魔法杖はバキッと音を立てて真っ二つになった。
『な、なななな何とぉぉ!? プロネル選手の魔法杖が折れてしまったぁぁ!?』
『これは……驚きですね』
驚愕に染まる司会兼実況と解説の二人。けれどそれは観客たちも同様だったようで、騒がしいくらいにざわついている。
「これは、一体何がどうなっているんですか? いくら木製の魔法杖で耐久が低いとはいえ、それなりの強度はあります。ロングソードの一撃くらいなら防げるはずなのに」
「セリカのあの猛攻が原因だよ」
セツナの疑問に答えると、彼女を含めた三人が怪訝な顔をした。なので、俺は極夜の解析結果から導き出したセリカの戦術を教える。
「セリカは開幕速攻で攻撃したよな」
「はい。ですがそれは防がれましたよね? カトレヤさんが魔法杖でギリギリ防御したことで」
「あぁ。セリカはそこに勝機を見出して魔矢を大量に射ったんだ。魔法杖で防がれるほどの猛攻で、それこそ魔法杖の耐久が限界になるまで」
「ちょ、ちょっと待ってください! じゃあ何ですか? セリカさんは相手の魔法杖をへし折るために魔矢でずっと攻撃していたんですか? 初撃で当てた所を重点的に? 相手がどう動くかも分からないっていうのに!?」
「完璧に相手の動きを読んでいたわけじゃないだろうな。そこに当たればめっけもん。魔法杖で防御させれば良い。それくらいの感覚で猛攻していたんだろう」
一点集中でやれば確実に折ることはできる。けどそれを実現するのは至難の業だ。だからセリカはとりあえず魔法杖で防御させることに注力し、最後はロングソードを使って力づくでへし折ったんだ。もしくは、折ることはできなくても弾き飛ばせることができればと思っていたのかもしれない。
そう伝えると、セツナは感心したような呆れたような、そんな感情が入り混じった顔をした。
「無茶をしますね」
まったくだ。
試合開始からずっと魔法弓を使っていたことで、セリカがサイドアームとして装備していたロングソードの存在がカトレヤの意識から抜け落ちていたからこそ成功したようなものだ。
相手の隙を突くという意味では効果大だが、見ている側からしたら冷や汗ものだ。心臓に悪い。
カトレヤの魔法杖をへし折ったセリカは、彼女にロングソードの切っ先を向ける。いつ反撃されても対処できるように、彼女は警戒しながらカトレヤに言う。
『チェックメイト、です』
『……魔法杖がなくちゃ、魔術は使えないわね』
折れた魔法杖を見ながら、カトレヤは一瞬悔しそうな顔をしてから諦めたように息を吐いた。
『アナタのことを舐めていた私の負けね。見事よ、セリカ・ファルネーゼ。アナタの勝ちだわ』
両手を上げて、カトレヤは降参を宣言する。
目の前の結果に会場の誰もが信じられず、誰一人として言葉を発さない。水面を波打つ波紋のように広がる静寂の中、いち早く立ち直ったのは司会兼実況のケトルであった。
『カ、カトレヤ・プロネル選手、降参! 勝者、セリカ・ファルネーゼぇぇぇぇ!!』
ケトルの言葉に少し遅れて観客たちも沸くように騒ぎ出した。けれど歓声はそこそこで、その多くは賭けに負けて大損した者たちの嘆きだったけど。
ロングソードを鞘へ収め、カトレヤへ一礼したセリカは俺たちの方を向いて手を振った。彼女も勝てて嬉しかったのだろう。表情は真面目なものだが、行動からその感情が容易に読み取れた。
そんな彼女へ、俺たちも惜しみなく手を振り返したのだった。




