第11話 呪詛
一通り話を済ませた俺とセツナは王都郊外へと出ていた。
ダンジョンに潜るのは明日の午後からで、午前中はその準備に当てたのだが、どうせなら俺だけでもCランクに上げておきたかった。
ランクに関係なくダンジョンに潜ることができるのだが、一応決められている推奨ランクはD-2以上。それ以下のランクでダンジョンに潜ろうものなら、他の冒険者から「低ランクのくせに生意気な!」と目をつけられてしまう。俺の現在のランクでも問題はないが、相方がEランクである以上、そういった面倒事に巻き込まれる可能性があるから、できることなら避けておきたい。故に、低ランク冒険者を随伴させても問題ないくらいランクを上げる必要があった。
まぁ、そのランク下位の者を連れたせいで死んだとしても自己責任なのだが。
「中々見付からないな」
「ですね」
王都郊外にある森の中で俺が呟くと、後ろの方にいたセツナが同意した。
現在、俺たちはDランクの依頼でシロバナシランという、地球にも存在する薬草を採取していた。受けたのは俺だが、せっかくだからパーティ登録してセツナも参加させたのだ。パーティ登録したと言っても、仮なのだけど。
パーティ登録をすると様々なメリットがある。
スキルを持っている者にしか使えない【念話】をパーティ間で使用することができたり、一部のスキルを共有化できたり、単純に戦闘が楽になったり、などなどだ。ただ、やはりメリットだけでなくデメリットもある。
ドロップアイテムの出現確率が人数によって変動したり、報酬の取り分で揉めたり、構成メンバーに女性がいたりしたら男女関係のもつれなどだ。まぁ、その辺は各パーティでちゃんと決めれば問題は起こらないんだけど。
そして仮のパーティ登録だとデメリットは特になくならず、メリットの部分では【念話】と【スキルの共有化】を行うことができなくなる。普通なら仮のパーティ登録なんてしないのだが、初めからパーティ登録するにはそれなりの信頼関係を築く必要もあるので、この仮のパーティ登録を行う冒険者も一定以上いる。
……仮のパーティ登録をする時にセツナの姿を捉えたネコミミ受付嬢にニヤニヤ顔をされたが全力で無視した。
「ふふっ」
探していると、セツナが笑ったような気がした。
振り返ってみると、俺と同じように屈んで薬草を探している彼女は肩を震わせて笑いをこらえていた。
「どうした? 何か面白いものでも見付けたか?」
「先輩、先輩」
こっちに来て、と手招きをされる。
本当に何かを見付けたのか?
「これ見てください。グルグルしています」
「あぁ。ゼンマイだな」
セツナが見付けたのは、先っぽが渦巻き状になっている草だった。これもシロバナシランと同様に地球に存在する草で、山菜として知られている。
「山菜……ということは食べられるんですか?」
俺がゼンマイについて説明するとそんなことを聞いてきた。
気にするとこ、そこなんだ。
「佃煮やお浸し、胡麻和え、煮物なんかが定番かな」
「食欲がそそられますね」
「せっかくだし、軽く作るか」
「今ここで作れるんですか?」
「一応、必要な調味料は持っているからな」
それにシロバナシランを探し始めてから三時間近く経っている。そろそろ休憩した方が良いだろう。
とりあえず佃煮にしようか。
「準備するから、セツナはゼンマイを採って来てくれるか?」
「了解です」
「俺の分も忘れるなよ?」
「はいっ」
元気良く返事をし、セツナはゼンマイの収集を始めた。
それを見届け、俺は荷物の中からフライパンやら調味料などを取り出して準備を始める。
「さっさとCランクになりたいな」
準備をしながら、俺はポツリと呟く。
【虚空庫の指輪】という、亜空間に物を入れることができる指輪の魔道具がある。Cランクになればギルド側から支給されるらしいのだが、これがあればわざわざ荷物を背負うこともなく、採集した物も指輪に入れてしまえば手ぶらで活動できる。便利な魔道具なので、欲しいところだ。
「魔力が扱えるようになっていて良かった」
魔道具は魔力を動力源にして動くからな。
魔力が使えなかったら魔道具はただのガラクタになってしまう。
鍋に醤油と味醂と砂糖を入れ、かき混ぜて蜜を作っていると、セツナが戻って来た。
「ただいま戻りました」
「おかえり。採って来たか?」
「はい。きちんと先輩の分もありますよ」
ニコニコ顔でセツナはゼンマイの山を俺に見せる。
おーおー。かなり採って来たな。
「それじゃあ一口サイズに切ってくれるか? ていうか、セツナって料理できるのか?」
「当然です。淑女たる者、料理の一つくらいできないとです」
淑女がどうのとかはさておき、冒険者ならある程度料理できないと困るしな。
二人で協力して準備に取り掛かるが、胸を張るだけあってセツナは慣れた手付きで調理してくれた。言う前に火を付けてくれたり、皿を用意してくれたりと、よく気も回る。
ちなみに、委員長も問題なく料理はできるだが、姫川さんに関しては壊滅的だった。地球にいた頃、学校の調理実習でクッキーを焼いてきたのだが、アレは悲惨なんてものじゃない。砂糖と塩を間違えたとか、分量をミスったとか、そんなレベルじゃなくて、最早ダークマターだった。
だって、真っ黒なんだぜ?
焦がしたとか、そんなんじゃなくて炭になっているんだぜ?
どうやったらあんなになるのか、甚だ疑問だ。
アレを食った生徒たちは、一人の例外もなく腹痛を起こしたっけな。かくいう俺もその一人だけど。
それと、セツナは火を付ける時に魔術を使っていたのだが、詠唱なしに素早く展開し、最小限の魔力量を使っていた。かなりの手練れのようだ。魔術学園でも優等生だったのではないのだろうか。とは思ったものの、実は彼女が手練れかもしれないことはある程度分かっていたことだった。
風精霊の風見鶏亭で彼女のステータスを【鑑定】スキルで覗いたからだ。
彼女のステータスはこんな感じだ。
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セツナ・アルレット・エル・フェアファクス 16歳 女性
レベル:7
種族:人間族
職業:フェアファクス皇国第3皇女、魔術銃士、魔導士、冒険者
体力:150/150
魔力:270/270
筋力:100
敏捷:102
耐性:110
スキル:
鑑定Lv.2、銃術Lv.3、舞踏Lv.3、社交術Lv.2、火属性魔術Lv.3、水属性魔術Lv.3、風属性魔術Lv.2、無属性魔術Lv.3
称号:
最年少の魔導士
状態異常:
【熱傷の呪い】、【名呼びの呪い】
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はい。まさかのお姫様でした。
水を飲みながら見ていたから、これを知った時に思わず吹き出しそうになった。
どうりで挙動の一つ一つにどこか品があると思った。
それに状態異常って項目。俺の方にないのを見るに、そういうのになったらこの項目が出てくるんだろうな。これで、彼女の言っていたことが嘘ではないということが証明された。
加えて、彼女がやはり手練れだということが伺える。この年齢で四つも魔術を覚えているし、称号にも【最年少の魔導士】とある。銃術がどれほどのものなのかは分からないが、少なくとも魔術師としては有能なのだろう。対して俺はまだ魔術系スキルを一つしか覚えてないし、それも【身体強化】だけ。
……うん。明日のダンジョン探索、俺が足手纏いになるんじゃね?
「中々美味しいですね」
そんな俺の気も知らずに、セツナは顔を綻ばせながら佃煮を咀嚼していた。
何だか毒気を抜かれた俺は、彼女をジッと見る。
「……」
……このセツナという少女は、もう二年も他者との関わりを絶ってきたのだろうか。
誰かに触れて熱傷させてしまわないように。
誰かの名を呼んで呪殺してしまわないように。
それはとても苦しいことだろうと思った。先ほどの反応からも、彼女は見るからにお喋りが好きそうで、活発そうな、どこにでもいる普通の女の子だ。そんな子が誰とも言葉を交わすこともできず、誰とも触れ合うこともできず、二年もの歳月を過ごす。その苦痛は計り知れないものだ。
俺とはまた別種の傷を抱えた女の子。
……だからかもしれない。
話している時の辛そうな表情が。
彼女が受けたであろう、その痛みが。
辛かったであろう、その苦しみが。
どうしても他人事のように思えなかった。
だから俺は、彼女を救ってやりたいと思ったのかもしれない。
大した力も持ってないくせに、勇者でもないのに、クラスの中で最弱だというのに、傲慢なことだとは思うけどな。
「どうしたんですか、先輩? 私の顔に何か付いていますか?」
「いや、これ食べ終わったら依頼の続きをしないとなって思っただけ」
「そうですね。そういえばシロバナシランって、どんな所に生えているんですか?」
「少し湿った岩とか、林の中とかに生えているらしい」
だからさっきも草を掻き分けて探していたのさ。
「食べ終わったら奥の方を探してみますね」
「……迷子になるなよ?」
「何気に失礼ですね、先輩は。年下ですけど、そこまで子供じゃないですよーだ」
べー、と舌を出したセツナは佃煮を食べるのに没頭してしまったのだった。
「ようやくCランクか」
王城に戻った俺は首の関節を鳴らしながら自室へと向かっていた。
ちなみにシロバナシランの依頼をこなした後、もう一つ依頼を受けてCランクになった所で夕方になってしまったので、セツナとはそこで別れた。明日は俺が迎えに行く手筈になっている。
「あら。イレギュラーではございませんか」
王城の長い廊下を歩いていると、幼い声が聞こえてきた。
そちらを見ると、金髪ツインテールに豪華なドレスを身に纏った少女が立っていた。
「これはカーラ王女殿下。ご機嫌麗しゅう」
わざとらしく、俺は恭しく頭を垂れる。
カーラ・カーリー・オクタンティス。第二王女か。
こんな時間に遭遇するとは思わなかった。てっきり北条の所に行っているものだと。
「私に何かご用でしょうか?」
「イレギュラーなどに用などあるはずがないでしょう。身の程を弁えなさい」
十三歳のくせにクソ生意気だな、おい。
しかもイレギュラーって俺のことかよ。
「申し訳ございません」
「それでイレギュラー。コウタ様がどこにいるか知りませんか?」
……やっぱり用があったんじゃねぇかよ。
「北条ですか? 残念ながら私は存じ上げません」
「そうですか。使えませんね。これだからイレギュラーは」
ほんっとうに生意気だな! この毒舌姫!
王族じゃなかったら説教をしていたところだぞ!
「ふん。どうしてお姉様はアナタのような下賎な者を気に入っているのでしょう。全くもって理解できません」
は?
リリア姫が俺のことを気に入っている?
「それは何かの誤解かと。リリア王女殿下は、他の勇者より弱い私のことを気にかけてくださっているだけです。リリア王女殿下はお優しい方ですので」
「そんなこと、アナタなんかに言われなくても分かっています。何せ私のお姉様ですもの」
あー言えばこう言う。
こういう手合いはまともに相手にしないに限る。
「誰かと思えばカーラ王女と雨霧君じゃないか」
面倒臭いから会話を切り上げて去ろうかなと思っていると、廊下の曲がり角から北条が現れた。ここ最近は朝食と夕食は自衛のために自室で食べているし、日中は冒険者として活動しているから、こうして顔を合わせるのは久々だ。って、何か違和感があると思ったら、学生服じゃなく白を基調とした、中世ヨーロッパの貴族が着るような服装を着ている。
さすがに顔立ちが整っているだけあって様になっているな。
「久しぶりだね、雨霧君。元気だったかい?」
「まぁな。立川たちの時はお前が割って入ってくれたらしいな。遅くなったが、礼を言うよ」
「構わないさ。アレはさすがにやり過ぎだと僕も思ったからね」
こういったやり取りだけなら、北条もそこまで悪いヤツじゃないんだけどな。
「それにしても、その服は何だ?」
「あぁ、これかい? しばらくしたら勇者の存在を発表する式典があるらしくてね。勇者たちにはこういった服装で参列しないといけないんだって」
そこは単純な礼服で良いような気もする。
おそらくは周辺諸国に勇者の存在を誇示するためのものだろう。異世界から召喚された勇者が、その国の貴族の服を着る。それはその国に属するということを意味する。条約や契約で決められたものではないが、他国は暗黙の了解でそう認識するだろう。
予想通りというか、これはまた面白い具合に周りに流されているな、北条は。
「人数分作っているから、式典は二ヶ月ほど先になるんだって。僕のは見本も兼ねて先に作ってくれたらしくてね。さっきサイズ調整をしていたんだ」
あぁ、だからそんな服装なのか。見本っていうことは、他のヤツらも似たような恰好なのかな。修司も口は若干悪いがイケメンだから、あーいう服装も似合うだろう。
委員長と姫川さんはどうだろう?
同じような服装なのだろうか。女性だから、ドレスのような感じなのかもしれない。少しだけ、見てみたいような気もする。
「とても良くお似合いですよ、コウタ様」
カーラ王女はあからさまな笑顔を振り撒きながら北条の腕に抱き着いた。
先ほどの見下すような態度から一変し、デレデレ状態だ。
すんげぇ変わり身。さっきまでと同一人物だとは思えないほどの変わりようだ。
これを平然とやるから、女って怖い。
「採寸が終わったのでしたら、少しお話ししませんか?」
グイグイ、とカーラ王女は北条の腕を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。
おそらく北条の部屋にでも行くつもりなのだろう。
「あ、ちょ、ちょっと! 雨霧君、またね!」
引っ張られつつも北条は何とかそれだけ叫び、対してカーラ王女は俺のことを憎々しげに睨み付けて立ち去ったのだった。
「北条も大変だな」
あんなお転婆娘に気に入られるなんて。まっ、北条なら仕方ない気もするけど。
ていうか、勇者じゃないからって俺のことを嫌いすぎじゃないか? カーラ王女は。
そこまで嫌われるようなことをした覚えはないんだけど。まぁ好かれるようなことをした覚えもないんだけどな。会話をしたのも、さっきが初めてだし。
長い廊下を歩いて自室に着き、扉を開けるとインクの匂いが流れ出てきた。部屋を満たすのは大量の本。これでも整理しているのだが、量が量だけに足の踏み場が半分ほどなくなっている。不要な本はそろそろ蔵書室に戻した方が良いかな。でもまだ調べたいことは山ほどあるしなぁ。
大量の本を避けて移動し、荷物を机の脇に置いてベッドに寝転がる。上質なベッドだけあって体が深く沈み込み、気を抜けばそのまま眠ってしまいそうだ。ポケットに手を突っ込み、そこから単純な細工がされた指輪を取り出す。
【虚空庫の指輪】だ。
そもそも魔道具とは、魔術的に処理が施され、魔力を動力源として動く道具のことだ。その種類は千差万別で、日常的に使用されるものから軍事目的に開発された兵器まである。この【虚空庫の指輪】もそう珍しいものではなく、道具屋で買うこともできる。造った人物はギルドカード製造にも貢献した二代目勇者の一人らしい。どうやらその人物は物造りが大層好きだったらしく、様々な魔道具を作ってこの世界に繁栄をもたらしたようだ。
あらかたの勉強が済んだら、今度は二代目勇者について調べてみようか。
それか魔道具について調べるのも良いかもしれない。あぁ、何なら何か作ってみるのもありかも――
「――っ!」
思考を巡らしていると、唐突に胸に痛みが走った。
「な、何だ?」
痛み自体は大したものじゃない。針でちょっと刺された程度の、チクリとした痛みだ。だが場所が場所なだけに放っておくのも憚れる。痛みが走った胸――正確には心臓に位置する場所にそっと手を当ててみるが、特に痛むようなこともないし、違和感もない。心臓の鼓動も、規則正しく脈動しているようだ。
じゃあさっきの痛みは?
シャツのボタンを外して見てみると、禍々しい刻印のようなものが浮かび上がっていた。
これは、一体何だ?
魔法陣のようにも見えるけど。
痛みの原因はコイツなのか?
「って、そうだよ。【鑑定】スキルで見てみれば良いんじゃないか」
何かしらの情報は拾えるだろう。
気を取り直して胸の刻印を【鑑定】スキルで見てみると、驚くべきことが判明した。
呪詛:【名呼びの呪い】
対象者は一ヶ月後に死亡する。
一瞬、俺は目を疑った。
おいおい。
まさかセツナのヤツ、うっかり俺の名前を言っちまったのか。
「いや、まだ確定したわけじゃない。何かの間違いだってことも……そうだ。ステータスを確認すれば」
自分のステータスウィンドウを開いて、俺は愕然とした。
状態異常:
呪詛(名呼びの呪い)
……どうやら俺の命は、後一ヶ月しかないらしい。




