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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
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第105話 アクシデント

 



  ◇◆◇




 夕方になり、予選が終了した。陽はすでに傾き、空を赤く染めている。それによって彩られる闘技場周辺の景色は、祭りの賑わいもあって昼間や夜間とはまた違った趣がある。その闘技場の近くで俺――雨霧(あまぎり)阿頼耶(あらや)は仲間たちと共にセリカの帰還を待っていた。


 結局、闘技場の上空に映し出されていた狩りの様子ではセリカの雄姿を見ることは叶わなかった。彼女なら大丈夫とは思っているが、やはり手応えの程を本人から聞きたい。


 闘技場には出場選手たちがぞろぞろと戻って来ている。自信がありそうな顔をする者や不安そうな顔をする者とさまざまな反応を示す彼らは、合流した身内らしき人物と会話をしながら闘技場へと入って行く。


 予選が始まる時にも集まっていたが、選手は会場へ、関係者は観覧席の方へと案内されていたが、今回はどちらも会場の方へと案内している。この後に予選の結果発表があるから、それを共に分かち合ってもらおうという配慮なのだろう。


 まぁ、ただ単に予選が終わった後の今なら不正も何もないから問題ないと見なされているのかもしれないが。



「遅いですね、先輩」


「そうだな。もう戻って来ても良い頃なんだが」


「何かあったのでございましょうか?」


「どうだろう? 何かあってもどうにかできるとは思うけど」



 両サイドにいるセツナとクレハの言葉に答えながら、【獣化】スキルで胡桃色(くるみいろ)の子猫状態になって俺の肩に乗っているミオを撫でる。


 にしても遅いな。まさか本当に何かあったわけじゃないよな?


 探しに行った方が良いだろうかと真面目に考え始めたその時、祭りには似つかわしくない怒号が俺の耳朶を打った。



「何でテメェみたいなのがここにいるんだよ!」



 音源の方を見てみると、すでに人だかりができていた。



「ケンカでしょうか?」


「かもな。まぁ国外からも人が来ているわけだし、トラブルの一つや二つは当然出てくるさ」



 わざわざ首を突っ込むこともないし、野次馬根性で見学に行って巻き込まれてしまってもつまらない。距離を取ろうとした時、聞き覚えのある落ち着いた怜悧な声が聞こえてきた。



「何で、と仰られましても。私も武闘大会の出場選手なのでここにいるのですが、何か問題でもございましたか?」



 はて。俺の聞き間違いじゃなければ、この声は翡翠色(ひすいいろ)の髪をした弓兵の声ではなかろうか?


 全員で顔を合わせ、俺たちは人だかりに突貫する。人を掻き分けて、諍いを起こしている当人たちが見える位置を陣取ると、そこには土妖種(ドワーフ)の男性と、案の定セリカがいた。


 遅いと思ったら面倒事に巻き込まれていたのか。



半森妖種(ハーフエルフ)が武闘大会に出られるわけねぇだろうが! ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ!」


「武闘大会の参加条件は『アルフヘイム在住者であること』のみです。種族による制限がない以上、私のも参加資格はあります」


「うっせぇよ、雑種(ミックス)が! お高く留まった顔で偉そうに講釈垂れてんじゃねぇ! 調子に乗んな!」



 ……何、あの『吠えるしか能のない頭の悪いヤンキー』って感じの男は。周りの野次馬たちもさすがに彼に共感できないようで、「何でそこまで食って掛かるのだろう」と戸惑ったような顔をしている。


 セリカと相対しているのは土妖種(ドワーフ)の男だった。


 無精髭を生やし、全身を覆う金属製の鎧の上からでも分かるよく鍛えられた体をしている。不機嫌そうに眉間へ皺を寄せた眉に、目付きは鋭い三白眼だ。兜は面当てがないタイプなので、顔がはっきり見える。


 その兜は頭から二本の角が生えたデザインをしており、ただでさえ顔付きからして犯罪者面なのに余計に威圧感を醸し出していた。


 背中に背負った戦斧(バトル・アックス)から察するに斧使いか。あんな重そうな装備で森の中を動き回ったのか? よほど膂力とスタミナに自信があるとみえる。


 アルキン・カルドーネ。


 アルフヘイム軍務大臣兼妖精兵団団長ジスルフィド・カルドーネの甥で、去年の武闘大会で惜しくも本選出場を逃した土妖種(ドワーフ)だ。あんな小者っぽい雰囲気を出してはいるが、あと数ポイントあったら入れ替わりで本選へ出場できていた人物なので、油断はできない。


 クレハもそう考えていたようで、本選出場者のみならず彼のように本選に手が届きそうだった者も調べてくれていたのだ。


 顔を真っ赤にして苛立ちをぶつけるアルキンに対してセリカはというと、かなり度胸が付いたらしい。


 アレだけ大声で心の傷を抉るようなことを連呼されて噛み付かれても完璧なポーカーフェイスだ。痩せ我慢でも何でもなく涼しい顔をして、淡々と言い負かしている。……むしろその態度のせいで火に油を注いでいるんじゃないのか?



半森妖種(ハーフエルフ)の分際で大会に出場なんかしてんじゃねぇよ! 空気読んで不参加を決め込め! この半端者が!」


「論点をすり替えないでください。アナタは先ほど「半森妖種(ハーフエルフ)が武闘大会に出られるわけがない」と仰られました。つまりは出場資格を論点とした言葉です。それを私はルール上、問題はないと指摘しただけ。それなのに何故、私が出場したこと自体を問う話になっているのですか? そもそも、出場するしないを決めるのは私の自由です。見ず知らずのアナタに指図される謂れはありません」


「ただでさえ武闘大会の予選は三桁規模の中からたった十六人の本選出場者を決めるほど倍率がやべぇんだぞ! ちったぁ俺様たちに遠慮して身を引きやがれ! テメェが出場したせいで俺様の本選出場が遠退いたらどう責任取るんだよ! あぁん!?」


「何故私が責任を取らなければならないのですか? みんな条件は一緒なのです。であれば、本選に出場できるかできないかは当人次第。自分以外の誰かに責任なんて発生しません。それ以前に、アナタは先ほどの予選で散々私の妨害をしたじゃないですか。それなのに終わった後で文句を言われても困ります。アナタの理屈には、一つも筋が通っていませんよ」



 セリカの反論に思わず腹を抱えて笑いそうになった。ぐうの音も出ないほどの弁舌だ。野次馬たちも彼女の言葉に目を丸くしている。



「舐めやがって。……どっちが上か分からせてやる」


「誰も上下関係の話なんてしていませんが?」


「うっせぇ! ――【石の弾(ピエトラ・プロイエッティレ)】!」



 こめかみに青筋を浮かべながら、あろうことかアルキンは自身が契約している土妖精(ノーム)に命じて土の精霊魔術を展開する。空中に砂が現出し、それが集まって石の礫となる。数は五つ。それが弾丸の如く一斉にセリカに向かって殺到する。


 周囲の野次馬たちすらも巻き込むような暴挙に、周りは両手で顔を覆ったり、逃げ出そうとしたりと思い思いに行動を始めるが、セリカが冷静に対処することで杞憂に終わる。



「――【風の弾(ヴェント・プロイエッティレ)】」



 展開したのはアルキンが使ったものと同系統の精霊魔術だ。同じ数だけ圧縮した風の弾丸を生み出し、セリカはその全てを逃すことなく撃ち砕いた。


 巧い対処法だ。回避してしまえば周囲の野次馬たちに当たってしまうし、防御したとしても流れ弾の心配もある。だから撃ち落とす方を選んだのか。しかも自分の魔術が相手の魔術を撃ち抜いてしまうことも考慮して、同系統の魔術にすることで相殺するように仕向けた。実に完璧な対処だ。


 あんな短時間でそこまで考えて、それを実現するとはな。ただでさえ動く的に当てるなんて、俺じゃなくても中々できることじゃないっていうのに。クレー射撃の選手も真っ青な命中率だ。


 彼女が対処したことによって被害を免れた野次馬たちは、そのやり方に驚愕している。彼らの視線を受ける中、砕け散ってパラパラと地面へ落ちていく石の礫の残骸を見遣りながらセリカは呆れたように口を開いた。



「こんな往来で攻撃系の精霊魔術を使うなんて。周りの人たちに当たったらどうするつもりだったのですか」


「テメェ……!」



 魔術を全て防がれたことか。それとも彼女の言葉に対してか。さらに頭へ血を上らせるアルキンが性懲りもなくまた精霊魔術を展開しようとしたので、ここで割って入ることにした。



「その辺りにしてもらおうか」



 仲間を伴って人混みから出ると、アルキンは「あん?」と威嚇するような態度でこちらを見てきた。こちらに意識が逸れたからだろう。展開された、精霊魔術の特徴である精霊文字で書かれた魔法陣は効果を発揮することなく消えた。



「んだ、テメェ。部外者はすっこんでろ」


「なら尚更黙っていることはできないな。彼女は俺たちの仲間なんでね」



 言いながら、俺たちはセリカを庇う位置取りでアルキンと対峙する。



「俺たちは冒険者ギルド・アルカディア所属Bランク冒険者パーティ【鴉羽(からすば)】の者だ。彼女、セリカ・ファルネーゼは俺たちのパーティに所属する大事な仲間なんだが……さっきから聞いていれば、随分と言いたい放題言ってくれたな?」


「はっ! だったら何だってんだ! あぁん!? 俺はここにいる連中全員が思っていることを代弁してやっただけだぜ? 本当のことを言って何が悪いんだよ!」



 と彼は意気揚々と盛大に言い放つが、野次馬たちは首を横に振っている。誰もそこまで思っていない。そう言っているようだったが、残念ながらアルキン自身は気付いていなかった。



「全員が思っている、ね。ざっと見て、いるのは十数人くらいか。お前はここにいる全員にセリカのことをどう思っているのか直接聞いたんだな? 一人ひとりに直接聞いて、全員がお前と同じ考えを持っていると確認したんだな? 代弁したということはそういうことになるんだが、それで構わないんだな?」


「え? あ、いや……」


「まさか聞いていない? これは驚いた。本人たちに直接聞いてもいないのに、自分の個人的な考えをまるで総意であるかのように語ったのか。これはこれは、他者の考えを無視して集団を巻き込んで語るとは……随分と傲慢だな」


「そ、それは……」


「あと、お前はこう言ったな。セリカが出場したせいで自分の本選出場が遠退いたらどう責任を取るんだ、と」


「だ、だったら何だ! 本当のことだろうが!」


「つまりお前は『彼女の方が強くて自分じゃ叶いません。彼女が出場したら自分は予選通過できる自信なんてないんです』と宣言しているわけだが、その自覚はあるのかな?」



 なっ!? とアルキンは反論しようとしたが、俺はそれより先に言葉を続けた。



「まぁ、負けた時の理由に半森妖種(ハーフエルフ)であるセリカを引き合いに出している時点で程度は知れるけどな」


「……何だと?」


「理解できなかったか? 彼女が出場した程度で本選出場が危ぶまれるなら、お前の実力も底が知れると言ったんだよ」


「テメェ! 言わせておけば!」



 堪忍袋の緒が切れたようにアルキンは拳を振りかざして俺たちに向かって駆け出したが、直後にバチィィィィ!! と彼の目の前に雷が落ちた。より正確に言うなら、真横から伸びた雷が途中で曲がって地面に落ちたのだ。突然のことにアルキンは反射的に動きを止めたおかげで難を逃れたが、その顔は驚愕に満ちている。


 雷が落ちた場所からは煙が上がり、青臭い異臭が立ち込める。オゾン臭だ。


 天気は晴天。雷が落ちるような雨雲は発生していない。そもそもその軌道からして自然発生した雷ではなかった。魔術かスキルによるものだが、かといって俺でもセツナでもクレハでも、ましてや風精霊(シルフ)のルルとしか契約していないセリカでもない。


 やったのは、俺の前に立ってバチバチと体から青白い稲妻を帯電させているミオだった。【獣化】スキルで子猫状態になって俺の肩に乗っていたはずの彼女は【獣化】を解除して一瞬で獣人状態に戻り、召喚系のユニークスキル【雷帝招来】でケラウノスを放ったのだ。



「……動いたら、次は、当てる」



 電圧か電流か。ともかく雷の威力を上げつつ、ミオは無表情なままで言う。以前は剣や腕を使って狙いを定めていた彼女だったが、何度も練習するうちに照準なしでも狙った所にケラウノスを打てるようになっていた。


 ミオの威嚇にアルキンは後退りする。雷を回避するなんて、それこそ達人級であるAランク冒険者くらいの実力じゃないと不可能なのにこの距離だ。間違いなく直撃する。



「ミオ」



 呼びかけると、可愛らしい猫耳をピクンと反応させた彼女はケラウノスを解除して俺に駆け寄り、腰に抱き着いてきた。それを見て安全になったと思ったのだろう。アルキンが吠える。



「へ、へっ! 俺様に危害を加えたらどうなるか分かってんのか? 俺様を誰だと思ってやがる! 俺様は――」


「アルキン・カルドーネ。アルフヘイム軍務大臣兼妖精兵団団長ジスルフィド・カルドーネの甥で、去年の武闘大会で惜しくも本選出場を逃した土妖種(ドワーフ)だろ」



 契約している精霊は土精霊(ノーム)の他に火精霊(サラマンダー)鉄精霊(フェルム)の三体だが得意としているのは土の精霊魔術で、主に戦斧を使った近接戦闘を好むということも知っている。けど、ここで言っても余計に警戒されてしまうだけなので黙っておく。



「だったら偉そうにしてんじゃねぇよ! 敬意を払え! こうべを垂れろ! 半森妖種(ハーフエルフ)なんぞに肩入れしてんじゃねぇ!」


「くだらない。お前がこのアルフヘイムで要職に就いている者の甥であろうと、それはお前の伯父が凄いのであって、お前自身が凄いわけじゃない。お前を敬う理由にはならない。そもそも、俺たちは『自由の代名詞』である冒険者だぞ。権力に物を言わせた脅しが通用するとでも思ったか。しかもそれが虎の威を借る狐のようなものなら尚更」


「う、うっせぇ! このタイミングで俺に危害を加えたら、そこの半森妖種(ハーフエルフ)の出場だって危なくなるんだぞ! 予選じゃ妨害は容認されちゃいるが、それ以外は明確なルール違反なんだからな!」



 実を言うと彼の言うことは正しい。たしかに予選での妨害は容認されているが、たとえば今のように予選終了後に危害を加えることは禁止されている。そんなことを認めてしまえば、それこそ何でもありの殺し合いに発展してしまう。


 俺たちは参加者ではないが、セリカの関係者である以上『セリカが俺たちにやらせた』と見なされ、出場停止処分になってしまう可能性も充分にありえる。


 だが、それが何だというのだろう。


 俺たちの目的は武闘大会ではなく、セリカを孤独から脱却することだ。そのために一番手っ取り早くちょうど都合が良かったのが武闘大会への参加だけなのであって、別に固執する理由はない。


 それこそ、時間はそれなりにかかるだろうが、彼女をアルフヘイムから連れ出してカルダヌスで生活してもらうだけでも、彼女の居場所はできるのだ。何せフェアファクス皇国は多種族国家として有名な国だ。すぐに受け入れてもらえるし、友達もできるだろう。


 そういったこちらの事情をわざわざ言う必要もないのだが、どうしたものかと少し逡巡していると、野次馬の外側が何やら騒がしくなってきた。



「警備の者だ! 道を開けなさい!」



 んー? どうやら騒ぎを聞き付けてようやっと警備担当がやって来たか。随分と遅かったな。


 アルキンも同じように気付いたようで、警備担当の声がした方を向いている。人混みを掻き分けて現れたのは、礼服を着た人物をそれに随伴する鎧を着た二人の合計三人だ。妖精兵団所属の兵士なのだろうが、俺は礼服を着た人物を見て目をわずかに見開く。


 身に纏っている礼服の左胸にはいくつもの勲章が輝いており、立派な髭と小柄な体躯が特徴的なその男性は、アルフヘイム軍務大臣兼妖精兵団団長のジスルフィド・カルドーネその人であった。

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