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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
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第104話 変わる者、変わらない者

 



  ◇◆◇




 雨霧(あまぎり)阿頼耶(あらや)たちが喫茶店のオープンテラスで話し合っているちょうどその頃。翡翠色(ひすいいろ)の髪をアップヘアーにした、革鎧(レザーアーマー)の上にマントを纏った半森妖種(ハーフエルフ)のセリカ・ファルネーゼは予選会場である【シルワ大森林】の一区画で息を潜めていた。


 革鎧(レザーアーマー)とマントは訓練の際に持って行っていた物で、彼女はダンジョンでの訓練からそのまま予選に参加している。着替えもシャワーも浴びていないので臭いが若干気になるところではあるが、すぐに今はそんな場合じゃないと考えを振り払う。


 草むらに身を隠している彼女はある一点を見詰めている。その翡翠色(ひすいいろ)の瞳が見ている先にいるのは、二体のミノタウロスだった。


 耐久値にはそれなりに自信はあるセリカだったが、かと言ってあの筋骨隆々とした剛腕の餌食になりたいとは思わない。気付かれないうちに遠距離から仕留めることにする。



(あまり手の内は見せるな、ってアラヤさんは言っていたわね)



 アルフヘイムへ戻るその道中、超特急飛行の中でセリカは阿頼耶からそう忠告されていた。情報は武器である。漏れる度に相手に対策を練られ、勝算が遠退いてしまう。


 ここにはセリカ以外にも出場選手はいるし、それでなくとも都市の方ではこの光景が映し出されている。優勝候補でもない自分の狩りの様子が映し出されるとは思えないセリカであったが、かと言って他の選手が見ていないとも限らない。


 今はまだ予選で、本番は本選だ。無駄に情報を流して対策を練られるなんてことは避けなければ。


 愛用の『イチイの長弓』を静かに引き絞り、魔矢を番えたセリカは傍に侍る風精霊(シルフ)のルルに命令を送る。



「――【陣風の矢(アルカーレ・ディ・フリオーソ)】」



 小さな声で唱えたと同時に矢を放つ。速力を強化された魔矢は気取られることなくミノタウロスの脳天を的確に射抜いた。



(次っ!)



 相方が突然死んだことに動揺するもう一体のミノタウロス。間は置かない。この隙を見逃すまいとセリカは即座に二射目を射る。まだこちらの位置を特定できていなかったミノタウロスは碌に抵抗も反撃もできないまま、先に死んだ同胞と同じように頭に矢を受けて絶命した。


 セリカはすぐ草むらから出ることはせず、【鑑定】スキルでミノタウロス二体のHPがきちんとゼロになっているのを確認してから近寄った。



(ダンジョンで訓練した時は、確認せずに近寄っちゃって酷い目にあったものね)



 特に酷かったのはゴブリンだ。何せ殺したと思って近寄ったら実は死んだふりでした、なんてことが何度もあったからだ。その度にセリカは反撃を食らって危うく死にかけ、阿頼耶に「残心を忘れるな!」と怒鳴られ、【鑑定】スキルで確認することを肝に銘じたのだ。


 つい思い出して身震いしそうになったセリカだったが、そこで一体の精霊が姿を現した。ルルとは別の風精霊(シルフ)だ。彼女がセリカに協力している、なんて都合の良いことにはなっていない。彼女は運営側の立場にいて、顔を出したのはセリカが狩った魔物を回収するためである。


 いくら魔物が蔓延る【シルワ大森林】といえど、三桁もの出場選手が競うように狩りを続ければその数も相当なものになり、放置すれば疫病の問題が出てくる。なのでこうやって回収のために出場選手の傍には運営側の精霊が張り付いているのだ。


 付け加えて言うなら、実は出場選手に張り付いている精霊たちは公平を期すために【精霊の巫女姫】アザレア・フィオレンティーナ・ニコレッティの管理下にある。一人でそれだけ多くの精霊を掌握できるのかと問われれば、そこは精霊から特別に好かれる【精霊の愛し子】でもある彼女だから可能と言えよう。


 三桁の出場選手をカバーできてしまうのだ。【精霊の愛し子】がどれだけ特別な存在なのかは論じるまでもない。


 そんなこんなで、現れた風精霊(シルフ)はセリカが狩った二体のミノタウロスを風で浮かせた。



「よろしくお願いしますね」



 セリカの言葉に頷きを返した風精霊(シルフ)は森都メグレズの方角へと飛んでいった。それを見送ったセリカは、いつまでも同じ所にいるわけにもいかないので歩き出す。同時に、ずっと使っていた【気配察知】と【魔力感知】の感度を上げつつ、ルルに命じて風の精霊魔術も行使した。



「――【涼風の揺(チュルラーレ・ディ・ブレッザ)】」



 彼女が使ったのは広域探査用の精霊魔術で、魔力を伴った風を広範囲に広げることでそれに触れたものを感知するという、レーダーに似た効果を持っている。ダンジョンで魔物を探す時にもかなりお世話になった精霊魔術だ。



(さて、これで狩猟数は五十七体。ポイントだと……千五百ポイントくらいになるかしら?)



 歩きながら自身が狩った魔物とそれに対応するポイント数を思い出して計算するセリカだったが、如何せん彼女は今まで精霊祭に参加どころか満喫したこともない。出場選手だから魔物の配点は分かってはいるものの、今までの本選出場者が過去にどれだけのポイントを稼いでいたのかなんて知らない。


 そのため、自身のポイント数が高いのか低いのか判断が付かなかった。



(判断できない以上は常に最悪を想定して冷静に対応しないと。とりあえず得点は低い方だとして、もっと高得点の魔物を狩ることにしましょうか。幸いなことに、アラヤさんのおかげで魔物の大まかな強さは分かるようになったもの。――っと、早速見付けた。あっちにいるわね)



 実は本選出場レベルどころか優勝候補にまで迫る勢いで狩りまくっているのだが、それに気付くこともなく、セリカは風の精霊魔術で加速しながら察知した魔物を狩りに向かったのだった。








 精霊祭運営本部。精霊祭の運営に携わる者しか立ち入ることは許されず、警備が厳重な場所だ。もっとも、普段は妖精兵団の屯所であるため、常日頃から警備レベルが高い場所ではあるが。


 七日間行われる精霊祭は国を挙げての一大イベントだ。他国から訪れる者も多く、それに伴ってトラブルも増えるため、その対応に追われてスタッフや警備に駆り出された妖精兵団の騎士や兵士たちが運営本部内をあちこち駆けまわり、時には怒号が行き交っていた。


 そんな大忙しの精霊祭運営本部の一室――いつもは部隊長の執務室で、今は精霊祭最高責任者の部屋となっているそこには、いつもとは違う主がゆったりと椅子に腰かけていた。立派な髭に子供と見間違うほど小柄な体躯をした初老の男だ。


 あまりにもゆったりしているものだから、周りは目まぐるしく動いているというのにまるでこの部屋だけ周囲から切り取られたように時間の流れが異なっているように錯覚してしまう。


 左胸にいくつもの勲章が輝く礼服を着用した初老の男は、阿頼耶がティターニア女王と謁見した時にいた土妖種(ドワーフ)その人である。あの時、阿頼耶は彼のことを騎士団長と判断していたが、半分外れだ。


 妖精王国アルフヘイム軍務大臣兼妖精兵団団長ジスルフィド・カルドーネ。それが彼の正式な身分であり名前だ。実は土妖種(ドワーフ)ではなく、その中位種のエルダードワーフなので、土妖種(ドワーフ)側の長老会の一人でもある。


 スタッフを集め、妖精兵団から警備の人員を出していることもあって、精霊祭運営の最高責任者を務めている彼は部下たちでは対応できない事案が発生した場合に備えて待機しているのだが、トラブルが発生しても全て部下たちが滞りなく対処してしまっているので、やることがなくて暇を持て余していた。


 部下が優秀なのも考えものである。


 随時部下から上げられる報告書を退屈そうに眺めていると、外が騒がしくなっていることにジスルフィドは気付いた。元から騒がしかったが、これは少し毛色が違う。



『お待ちください、ダンデライオン様! 今は精霊祭の真っ最中です! いくら運営関係者と言えど、突然の訪問は……』


『黙れ! ジスルフィドのヤツには聞かねばならんことがある!』


(……また面倒なのが来たのぉ)



 聞き耳を立てて来訪者が誰なのか察したジスルフィドは、しかし放置もできないと諦めた。

 そして、ゆったり流れる穏やかな空間をぶち壊すかのように正面の扉が勢い良く開いた。



「ジスルフィド! これはどういうことなのか説明しろ!」



 入って早々に部屋の主に食って掛かるのは、緑色系統の長い髪を一つに纏め、森妖種(エルフ)よりも長く伸びた耳をした五十代くらいに見える男性だった。


 ダンデライオン・ガリアーノ。アルフヘイムで財務大臣のポストに就いているエルダーエルフであり、精霊祭の運営費を出した人物だ。精霊祭運営の関係者であるため、彼がこの場にいることに不思議はないのだが、その顔は怒り一色に染まっている。



(これはまた、随分とご立腹のようだの。はてさて、何がこやつの機嫌を損ねたのか)



 考えを巡らせつつ、ジスルフィドは彼の後ろでアタフタしている部下に向かって手を振り、部屋から退出させた。


 執務机を挟んで至近から怒りをぶつけられているジスルフィドは、むしろ鬱陶しそうな顔をしてどこからともなく酒瓶とコップを取り出して飲み始める。酒好きで有名な種族であるとはいえ、仕事中に酒を飲むとはこれ如何に。



「どういうこととは、何のことじゃ?」


「決まっている! あの半森妖種(ハーフエルフ)が武闘大会に出ていることだ!」



 バン! とダンデライオンは一枚の紙を執務机に叩き付ける。それは武闘大会出場者のリストであり、そこには当然セリカ・ファルネーゼの名前も記載されていた。


 阿頼耶はダンデライオンから妨害がなかったことを不思議がっていたが、なんてことはない。ダンデライオンは今の今まで知らなかったのだ。セリカが武闘大会に出場することを。それだけではない。阿頼耶がセリカに肩入れしていることも、阿頼耶の仲間が数多くあるセリカが作った作品を代理で販売していることも、いまだ知りえていなかった。


 セリカが武闘大会に出場することを知ったのも、大会の開会式で偶然選手たちの中にセリカの姿があるのを目撃したからに過ぎない。



「ふむ。半森妖種(ハーフエルフ)が大会に出場してはならんというルールはないがの? アルフヘイム在住者であれば、等しく出場資格を持っておる。おぬしも知っておろう?」



 ダンデライオンの方には視線も向けず、酒を注いでは飲むジスルフィド。


 事実、出場資格はアルフヘイム在住者というだけで、種族による制限は存在しない。なので極端な話、アルフヘイム在住者であれば人間族(ヒューマン)でも獣人族(シアンスロープ)でも参加できるのだ。


 話は逸れるが、セリカが精霊祭二日目の午前中に出場登録をする時に担当スタッフに渋られたが、そこを阿頼耶がルール上問題はないことを指摘して登録させたという背景もあったりする。


 ジスルフィド自身、種族どうこうで出場の枠を狭めるつもりはない。強者に種族は関係ないことを職業柄よく知っているからだ。だが、目の前のダンデライオンは違う。彼は極端な選民思想の持ち主だ。だから知ればこうなると分かっていたので、ジスルフィドは部下からの報告でセリカの出場を知っていたが、あえてダンデライオンには情報を伏せていた。


 というか、わざわざ出場選手に誰がいるのかなんて教える義理などないのだが。



「そんなことを言っているのではない! 武闘大会は【精霊の巫女姫】であるアザレア様の護衛兼世話役の近衛侍女を決める神聖な祭事でもある! それを! あんな穢れた血を流す半森妖種(ハーフエルフ)が出るなどあってはならんのだ! 冒涜以外のなにものでもない!」


「そうは言ってものぉ。ルール上問題はないんじゃ。認めぬわけにもいかぬじゃろうて。そもそも、問題があるようならばティターニア様やアザレア様から忠告を受ける。それがないということは、問題ないということ。まさかとは思うがおぬし、ティターニア様とアザレア様の決定に異を唱えるわけではあるまいな?」



 空になった酒瓶の口から中を覗き込み、中身が残っていないか確認するジスルフィドの言葉にダンデライオンは「うっ」と言葉に詰まる。選民意識の高いダンデライオンも、さすがにティターニア女王には逆らえない。


 いや、むしろ選民意識が高いからこそ、ティターニア女王を誰よりも神聖視し、至上の存在と仰ぎ、崇敬しているのだ。異を唱えるなど以ての外。そんなこと、考えもしない。



「とはいえ、彼女は今年が初参加。本選まで進めるとは限らんがの」



 ダンデライオンの主張を肯定するつもりはないが、武闘大会は手練れが多く参加するイベントだ。予選の『狩り』からしてふるい落としは厳しく、突破は並大抵のことではない。彼女の生い立ちには同情するものの、かと言って肩入れするつもりもないジスルフィドは勝ち進むのは無理だろうと冷静に判断した。



「であれば、わざわざ目くじらを立てることもなかろう?」


「ぐっ……ぬぅ! ……クソッ!」



 彼の言葉に言い返せなかったダンデライオンは悪態を吐く。



「だが! もしもの時は貴様に責任を取ってもらうからな!」


「好きにすると良い」



 できるものならな、と心の中で続けた。それが聞こえたわけでもないだろうが、ダンデライオンは苛立ちを隠そうともせずに荒々しく部屋から出て行った。それを見送ったジスルフィドは、うんざりしたように重い溜め息を吐く。



「全く。セリカ・ファルネーゼは変わろうとしておるというのに、おぬしは少しも変わらんな、ダンデライオン」



 何を思って、今まで精霊祭に足を運ぶこともなかったのに今年になって参加を決めたのかは分からない。何かしらのきっかけがあったのだろうが、それを知る術をジスルフィドは持ち合わせていない。


 それがどんなきっかけで、どのような結果をもたらすのかは予想できないが、セリカが武闘大会に出場したことはジスルフィドにとっても好ましい流れだった。



「ティターニア様はセリカ・ファルネーゼが大会に出場することを容認なされた。それに、違法奴隷にされた同胞たちを連れ帰るという重要な役割を彼女に与えたのもティターニア様じゃ。であれば、ティターニア様が何を望んでおられるのかは言うまでもなかろう」



 いくら【シルワ大森林】を踏破する実力が必要になるとはいえ、普通ならそんな重要な役目はもっと身分の高い者にやらせる。セリカは長老会メンバーの姪という立場にあるが、彼女へ向けられる周囲からの評価を考慮すると足りない。


 それでもセリカに任せた。そこから導き出される答えは一つ。



「ティターニア様は種族による差別をなくそうとしておられる」



 ならば自らの行動はティターニア女王の望みに叶う形となるとジスルフィドは確信している。


 ティターニア女王を頂点と仰ぎ、畏敬の念を抱く妖精族(フェアリー)であれば、セリカが武闘大会に出場することはティターニア女王の意向に沿うことなので本来は歓迎すべきなのだが、中位種なのだから他は下等と短絡的な考えに凝り固まっているダンデライオンはそこまで思考が及ばなかった。


 だから、そんなことには決してならないのに「もしもの時は責任を取ってもらう」などと口走ってしまうのだ。見当違いも甚だしい。



「選民思想は結局治りはせんかったか。おぬしの妹のヴェロニカは、そんなおぬしの性根を心底嘆いておったぞ」



 かつて我が子のように可愛がっていた少年と少女の面影を思い出しながら、ジスルフィドは二本目の酒瓶を取り出したのだった。

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