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異界渡りの英雄  作者: 暁凛太郎
第4章 精霊祭の妖精編
106/214

第103話 予選突破を願って

諸事情により、『第99話 翡翠(ひすい)の涙』での精霊魔術の定義を変更しました。

読者の皆様にはご迷惑をお掛けして申し訳ありませんが、どうぞご了承ください。

 



  ◇◆◇




 精霊祭四日目。武闘大会当日の早朝。わたくし――クレハ・オルトルート・クセニア・バハムートは森都メグレズにある一際大きな闘技場の前でミオちゃんと共に立っていました。


 周りには大勢の人がいて、闘技場へと入って行く者や闘技場周辺の出店で食べ物を買っている者、果ては何やら賭け事をしている者たちと様々です。


 本日は武闘大会の予選。参加者は三桁に達するため、この闘技場だけでは入り切りません。なので小規模ですが他の六つの都市にも闘技場はあるので、そこで同様に選手たちを集合させています。


 出場選手であるセリカさんの集合場所はこのメグレズの闘技場なのでここにいるのですが……



『後三十分で開会式を始めます! 出場選手の方はスタッフの指示に従って闘技場へ入場してください!』



 かつてこの世界に渡ってきた異世界人の一人が作ったとされる、大きな箱に何やら円形の金属板を取り付けた、スピーカーと言う魔道具から武闘大会スタッフの声が響きます。



「……お師匠様たち、遅い、ね」


「そうですわね」



 本当、何をなさっているのでしょうか。もう開会式まで時間がありませんのに。兄上様のことですから、うっかり時間を間違えた、なんてことはないでしょうけど。


 パーティ登録の恩恵で、パーティ間でのみ使用できる【念話】を使えば状況を知ることもできますが、残念ながら【念話】は結界に阻まれていると通信ができなくなります。国土防衛結界【妖精郷(アヴァロン)】で覆われているこのアルフヘイムの中にいる以上、国外にいる兄上様やセツナさんに【念話】を繋げることはできません。


 困りましたわね、と思っていると、どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえてきました。



「会場の入り口はどっちだ!?」


「こっちですよ、先輩! あぁ、もう! まさかこんなギリギリになるなんて!」



 こんな喧騒の中でも不思議なほどに聞き取れる、良く通る声。そっちを見ますと、染髪効果を持つ魔道具で黄金色(こがねいろ)から黒に染めた長い髪を揺らしながら走るセツナさんの姿が見えました。よく見ると、その後ろには兄上様がいて、彼は背中にセリカさんを背負っていました。


 どうしてこんなに遅れたのか疑問ですが、間に合った良かったですわ。



「こっちですわ、兄上様!」



 手を振って声を張ると、それに気付いたセツナさんと兄上様がこちらへやって来ました。



「時間は?」


「大丈夫、ギリギリセーフですわ。しかし、ゆっくりする時間はありませんわよ。もう会場入りしなければなりません」


「分かった」



 人ひとりを背負って走ってきたにも拘らず息一つ乱していない彼はセリカさんを背中から降ろしました。


 目立つ登場の仕方をした兄上様を見ていた周囲の何人かは、彼が降ろした人物が誰なのかを理解すると、ギョッと目を剥きました。きっとアルフヘイム在住者ですわね。二百年近くも精霊祭に顔を出さず、メグレズにさえあまり近寄らない彼女が今年に限って姿を見せたのですから、驚くのも当然と言えるでしょう。


 奇異の目と懐疑的な視線に晒された彼女がどんな反応をするのか気になって横目で見ましたが、そこでわたくしは「おや?」と首を傾げました。


 顔付きが二日前とは随分と違いますわね。自信なさげで諦めが顔を覗かせていた雰囲気は無くなり、瞳は鋭さが増して、キリッとした表情は冷静沈着という言葉が似合いますわ。全体的な雰囲気は静かなものですが、確かな芯の強さが滲み出ています。


 かなり印象が変わりましたが、悪い意味ではありません。覚悟が決まった。そんな雰囲気になっているだけですわ。事前に兄上様から訓練内容は聞いていましたが、随分と大幅な意識改革がなされたようですわね。


 肝が据わったというレベルではありませんわよ?


 兄上様から降りたセリカさんは闘技場へと目を向けます。彼女の視線の先にいるのは、彼女が越えなければならない壁たちであり、同時に今まで彼女を蔑ろにしてきた者たちでもありますわ。これから彼女はそこへ、たった一人で跳び込まなければなりません。


 この場はまだしも会場入りしてしまえば、いくら助けを呼んでもわたくしたちが助けに入ることはできませんわ。周りに味方は誰もいない。四面楚歌の孤独な戦場。そんな場所を見据えた彼女の心境は如何ほどのものか。


 見据えていたのは、ほんの数秒にも満たなかったでしょう。けれどその間に何か心の折り合いを付けたのか、一つ頷いた彼女は言います。



「アラヤさんの訓練に比べれば、これくらいどうということはありませんね」


「兄上様!? アナタ一体何をやらかしたんですか!! 訓練内容は聞いていましたけど! 長年抱えてきた心の傷(トラウマ)を「どうということはない」と言ってしまえるほどの訓練とかやり過ぎですわよ!」



 衝撃的な言葉に、思わずわたくしは兄上様の胸倉を掴み上げて叫んだのでした。








 それからしばらくして、闘技場へと向かったセリカさんを見送ったわたくしたちは近くにある喫茶店に移動し、そのオープンテラスで一息つくことにしました。お茶をするため、なんて理由ではなくお互いの状況の情報共有をするためですわ。


 そして兄上様からダンジョンでの活動報告を聞いて、わたくしは溜め息が出ました。



「まったくもう、兄上様ったら。訓練内容は聞いてはいましたが、何度も死線を潜らせるなんて何を考えていらっしゃるんですの? つい先日まで戦闘は狩りくらいしか経験しかないセリカさんをいきなりダンジョンに挑ませるだけでも異常だというのに」



 本当に何を考えているのやら。一体どこの世界に、死にかけるまで鍛える人がいるというのでしょうか。唯一の例外は、子供のうちから何度も瀕死に追い込むことで【龍の栄光】による成長・強化・進化・適応を促して力を付けていく龍族(ドラゴン)くらいなものですわ。



「まぁそれはそれとして……到着が遅れたのは、帰還の際にダンジョンで他の冒険者に嵌められてモンスターハウスに入ることになり、その対処に追われる羽目になったから、ですか。まさかそんなことになっていたとは思いもよりませんでしたわ」



 モンスターハウス。ダンジョンに存在する罠の一つで、迷い込んだ者を部屋に閉じ込めて出られなくし、大量の魔物が出現するという悪夢のような罠ですわ。ただし、その悪夢を乗り越えることができれば沢山のアイテムを手にできるというハイリスクハイリターンの罠でもあります。


 あくまで乗り越えることができれば、ですが。



「しかし、何故そのようなことに? ダンジョン探索中に不興でも買ったのでございますか?」



 聞くと、彼は「まさか」と否定しました。



「それに関しては充分に気を遣ったつもりだよ。他の冒険者の邪魔にならないように離れていたし、階層主戦でも他の冒険者が来たら譲ったりもした」


「そうですね。気になるようなマナー違反はしませんでしたね」


「大体予想は付くけどな」



 そう言ってミルクも砂糖も入れていないコーヒーを飲む兄上様の言葉に、私たちは顔を見合わせて首を傾げます。彼は何やら思い当たる節があるようですが、わたくしたちにはさっぱり分かりません。


 疑問に思っていると、彼は苦笑を浮かべて答えを提示します。



「簡単な話さ。アイツらはセツナやセリカみたいな美少女美女を、俺のような平凡な顔付きの野郎が連れ歩いていることが気に入らなかったんだよ」


「え? じゃあ何ですか。私たち、そんなくだらない理由であんな死にそうな目に合ったんですか!?」



 心底不満そうにプリプリ怒るセツナさんは、注文していたホットケーキを口に運びます。


 彼女の不満も分かりますわ。いくら気に食わないからって他人を危険に晒すなんて馬鹿げていますわ。



「事情は理解しましたわ。ですが、他の冒険者の命を脅かすのは明瞭な犯罪行為です。もちろんギルドでも禁止されているはず。通報はなさったのですか?」


「一応はな。【鑑定】スキルでヤツらのステータス情報は確認済みだし、その情報と嵌められた経緯はギルドへ報告している。けど物的証拠はないから、ヤツらが罰せられることはないだろうな。モンスターハウスの対応に追われたから現行犯で捕まえることはできなかったし。厳重注意されていれば良い方だろう」



 まるで始めから何も期待していないような口振りですわ。証拠がない以上は仕方のないことではありますが、ままならないものですわね。



「そっちはどうなんだ? というか、店から離れていて大丈夫なのか?」


「ご心配なく。手の空いている配下の者に任せていますから」



 でなければ、こんなところでのんびりなんてできませんわよ。



「こちらが昨日と一昨日の夕方に発行された売上ランキング表ですわ。さすがに一昨日は順位入りできませんでしたが、昨日は二百位以内に入りましたわ。この調子ですと、最終日には上位に食い込むのも夢ではありませんわね」



 大会運営側が出しているランキング表を兄上様に見せながら説明すると、彼は納得するように頷きました。



「セリカの自宅にある倉庫。その中に保管されている彼女が作った作品を見せてもらったけど、やっぱり品質は一級品か」


「ですわね。あれほどの物を作れるようになったのも、ずっと誰とも関わることなく作品作りに没頭できたからでしょう。独りだったから一級の品を作れるようになったなんて、とんだ皮肉ですけれど」


「結果的に彼女が救われる一助となるなら何でも良いさ。この分だとかなり繁盛したのか?」


「それはもう。最初の方こそ中々お客様は来ませんでしたが、最初に購入した人の口コミが広がったのでしょうね。行列ができるほどでしたわ」


「良い品なら客は買うからな」



 と楽しそうに兄上様は笑います。結果としてセリカさんの品が売れていることが嬉しいのでしょうね。



「あ、そうですわ。実はヴァイオレット様がこちらに来まして」


「ヴァイオレット令嬢が?」


「えぇ。何やら兄上様にご用があったようです。本人に伝えたいとのことでしたので、手紙を預かっていますわ」



 預かっていた手紙を渡すと、彼は中身を確認します。読み進めていく彼の表情は変わらないので何が書かれているのかは分かりませんが、全てを読み終わると彼は「なるほどね」と苦笑を浮かべました。


「何が書かれていたので?」


「前にヴァイオレット令嬢とマリーさんにシャンプーと石鹸を渡しただろ? 使ってみたら気に入ったみたいで、独占販売をしたいけど問題はないかってさ」



 彼の言葉に、わたくしたち三人は「あぁ」と納得した声を漏らしました。兄上様の作るシャンプーや石鹸は、彼の世界からするとそう良い物ではないらしいですが、こちらの世界では品質が良いですからね。それで商売をしたいということなのでしょう。


 商魂逞しいですわね。



「クレハ。ヴァイオレット令嬢には独占販売を認めるということと、それについての話はまた後日にしてほしいと伝えてくれ」


「よろしいのですか? 兄上様個人が売ってしまえば、かなりの利益は出ますわよ?」


「商売に手を出すつもりはないさ。それほど難しい製造方法じゃないから、やろうと思えば誰にでも真似できるものだしな。あの程度の物で良いなら構わない。それに、ヴァイオレット令嬢のことだから、こちらにも利益が出るように条件を出すだろうし」


「ではそのように伝えておきますわ」


「よろしく。……話は変わるが、店の方で妨害はあったか?」


「いいえ。それが全くありませんでしたわ」



 精霊祭二日目の午前中、お店の準備をしている時に兄上様から「もしかしたら妨害があるかもしれないから注意するように」と言われていましたが、そんな気配は全くありませんでしたわね。


 それが意外だったようで、兄上様は眉をひそめて首を傾げました。



「妨害がなかったんですか? 全く?」


「えぇ。これっぽっちも」



 セツナさんも意外に思ったようで問い掛けてきました。紅茶を口に含みつつわたくしがそれを肯定すると、兄上様は思案顔で言います。



「ダンデライオン辺りが妨害してくると思っていたんだけどな。対談した時に何度もセリカのことを悪く言っていたから半森妖種(ハーフエルフ)に対して良い感情を持っていないのは確実だし。……もしかして、俺たちが売っている商品を作ったのが誰なのか把握していないのか?」


「……それか、私たちと、事を荒立てたく、なかった?」


「ありえますわね。ティターニア女王陛下と謁見が叶い、同胞である森妖種(エルフ)をここまで送り届けましたから。アルフヘイムとしてもそれなりに重要な人物と諍いを起こすなんて愚の骨頂ですわ」


「となると考えられるのは、セリカさん本人への妨害ということになりますね」



 全員が一様に頷きます。


 セリカさんを貶めるにしても、表立ってわたくしたちと対立できない以上は、直接本人へ嫌がらせをするのが最も効果的と言えるでしょう。



「ということは武闘大会での妨害か」


「スタッフ、は考えられませんわね。ダンデライオンは財務を担っているので精霊祭全体の運営費を管理してはいますが、所詮はそこまで。スタッフや警備員を手配している者は別で、その者はダンデライオンとは対立していますわ」


「わざわざダンデライオンさんが敵視しているセリカさんを不利にするようなことはしない、というわけですか。そんなことをしてもダンデライオンさんが喜ぶだけですから」


「……じゃあ、他の選手は?」


「ダンデライオンが他の選手を金で買収して手駒にしてセリカを妨害する、か。むしろそっちの方が正道か?」


「常套手段ですよね。ただ、そうなると厄介です。ダンデライオンさんに雇われたのが何人でそれが誰なのかなんて分かりませんし、三桁もいる出場者全員を一人ひとり調べるなんて現実的じゃありません。そもそも予選の『狩り』は妨害有りが前提です。実際に妨害されたとしても予選ではよくあることとして処理されて、問題にすることすらできませんよ」


「それに、すでに予選は始まっていますわ。今更どうこう言っても介入することはできないのではなくて? まさか予選会場である【シルワ大森林】の一区画に忍び込むわけにもいかないでしょう?」


「……むぅ。じゃあ、予選は見て見ぬふり?」



 それで良いの? と言いたそうな目でミオちゃんが兄上様を見ると、彼は何てことないように言いました。



「予選に関しては問題ないだろう。ちょっとやそっとの妨害で敗退するような訓練はしていないからな」


「そうですね。先輩、セリカさんが魔物を討伐している最中に何度も気配を消して襲撃していましたから」



 ……訓練内容はともかく、確かにそんな経験を積んでいれば、そう容易く敗退することはないでしょう。



『おぉっと! ここで優勝候補の一人、マリーゴールド・コンスタンツォがさらに魔物を狩りました! これで狩猟数は六十一体! ポイントは千八百ポイントです! 速い! さすが去年ベスト四入りしただけはあります! 大会優勝に拘るあまり、近衛侍女と妖精兵団双方からのスカウトを断った彼女ですが、今年は優勝を狙えるのでしょうか!?』



 そう結論に至ったところで、わたくしたちの耳に大会司会者の声がスピーカーから聞こえてきました。そちらを向くと、闘技場の上空に大きな長方形の四角い枠が複数浮かんでいるのが見えます。


 そこには出場選手の動きが映し出されていて、それを司会者が実況しているようですわね。おそらく現地入りしている大会スタッフが出場選手を追従し、狩りの様子を光の精霊魔術を使って映し出しているのでしょう。


 ティターニア女王陛下が義体を使っている際に視覚を確保しているのと同じ方式ですわ。


 ただ、中々セリカさんの姿が映りませんわね。さすがに三桁もの出場者がいるから、本選通過が濃厚な選手が優先されて映し出されているようですわ。光や闇の精霊と契約できる者も珍しいようですから、そういう面での人員不足も理由の一つでしょう。


 ジッと映像を見ていた兄上様はわたくしたちに意識を向け直しました。



「クレハとミオは引き続き店の方でセリカが作った品を販売してくれ。俺とセツナは本選へ進みそうなヤツをピックアップして、そいつへの対抗策を考える」


「どうやってピックアップをなさるのですか?」


「あそこに映し出されている映像を見れば大体は分かる。何せ、本選通過が濃厚な選手を優先的に映し出されているんだからな。その映像から狩りの様子を観察すれば、戦い方のクセが出るだろうから対策も立てられるさ。後は、聞き込みでも何でもして、過去の本選出場者の情報を集めることができれば尚良い」


「それでしたら、わたくしの方で本選出場者の情報を集めましょう。ちょうど手隙きの者が一人いますわ」


「なら、過去の試合記録を重点的に集めてもらえるか?」


「承知しましたわ」



 それを合図とし、互いに頷き合ったわたくしたちはそれぞれの仕事を再開しました。

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