第10話 10の-18乗
最近、仕事の方が忙しくって中々更新できませんでした。
すいません。
やっとヒロイン登場です。
どうぞお楽しみください。
その日も俺は【アルカディア】へ来ていた。
最近は、日中はギルド、夜は遅くまで言語や歴史の勉強という生活を送っている。最低でも睡眠時間は5時間ほど取っているので、生活にはさして問題はない。が、王城での戦闘訓練はすっぽかしているので、ちょっと周囲から不審がられているかもしれない。
そろそろ王城の訓練にも顔を出した方が良いだろうか?
またリンチされるだろうから、できれば出たくないんだけどなぁ。
溜め息を吐いて俺は依頼書が貼りだされている掲示板の方へ足を運ぶ。現在の俺のランクはD-0級。あの受付嬢の無茶振りのせいで、一週間でこんなに上がってしまった。そして後二つほど依頼を達成したら、C-3級に昇格できる。そうなれば、やっと手伝いや採取系の依頼から討伐系の依頼を受けることができる。
「さて、今日は何をするか」
このギルドには掲示板が六つ存在し、各階に二つずつある。一階にはDとEランク専用の掲示板、二階にはBとCランク専用の掲示板、そして三階にはSとAランク専用の掲示板があるらしい。らしい、というのは俺がまだ上階の掲示板を見ていないからだ。上階にある掲示板を見るには、実力のある冒険者でないといけないのだと受付嬢が言っていた。だからまだDランクである俺は上階に足を踏み入れることができないのだ。
Dランクの掲示板に貼り出されている依頼書を眺めていると、不意に袖を引っ張られた。そちらを見ると、フード付きの茶色いマントに身を包んで姿を隠している人物が立っていた。
誰だろうか。フードを目深に被っているせいで男なのか女なのかも分からない。身長は少し見下ろすくらいだから、百五十cm後半くらいだろう。分かるのはそれくらいだ。
「何か俺に用?」
「え、えっと……その……っ」
高い声。女の子か。
可愛らしくて、綺麗な声だな。
耳に響く感じが、何とも心地良い。
それに若い。もしかしたら俺と歳が近いのかも。
「あ、あの! 最近、冒険者になった異世界人ってアナタのことですか?」
「まぁ、そうだけど」
この世界に黒髪黒眼の者は存在しない。どちらか一方ならいるのだが、両方ともなるとそれは異世界人以外にはあり得ない。だから俺が異世界人だということはネコミミ受付嬢にも知られているし、俺の見た目を見ればすぐに分かる。
加えて、最近冒険者になったヤツとなると俺しかいない。さて、この姿を隠している女の子は一体俺に何の用があるのだろうか?
「お、お願いです! 私を助けてください!」
必死な声音で、少女は悲痛な叫び声を上げた。
あのままではギルド内が変に騒がしくなってしまうので、俺は少女を連れて行きつけの酒屋に来た。
風精霊の風見鶏亭という酒屋で、俺がEランクの時によく昼飯を食いに来た店だ。人気の店らしくて大変賑わっており、朝食の時間が過ぎてもまだ大勢の客で溢れ返っている。そこの窓際の二人席で、俺と少女は向かい合うように座っている。
「落ち着いたか?」
「はい。いきなり大声を上げて、すいませんでした。それにご馳走になっちゃって」
俺が注文したサンドイッチを食べて一息ついた少女は申し訳なさそうに返事をした。
現在、彼女はフードを被っていない。マントは着たままだが、フードを被った状態はさすがに失礼だと思ったらしく、席に座ったと同時に脱いだのだ。
一言で言うなら、絶世の美少女だった。
陽光を思わせる黄金色の長いストレートの髪に、瞳は蒼穹のように奥深く澄んだ青色。素肌は顔部分しか見えないが、そこからでも絹のようにきめ細やかで白い肌に眩しさを感じる。思った通り、年齢は俺と同い年か少し下だろう。幼さが残る顔付きだが、それでも思わず見惚れてしまうほどに美しかった。
委員長も姫川さんもかなりの美人だが、この子も負けず劣らずだ。さぞ言い寄る男も多いだろう。あ、もしかして姿を隠していたのって、その対策のためか?
「私はセツナって言います。十六歳で、三日前に登録したばかりなのでE-3級の冒険者です。職業は魔術銃士です」
「俺は阿頼耶。D-0級冒険者で、歳は十七。職業は魔術剣士だ」
つい先日、俺はようやく魔力を操れるようになり、微弱ながらも【身体強化】を使えるようにもなった。それに伴って職業も剣士から魔術剣士に変更されたのだ。
「それで、さっきのギルドでのことなんだが」
「あ、はい。実は協力してほしいことがあって、それをお願いに来たんです」
協力、か。
その割には「助けてほしい」と切羽詰まった感じだったけど。
「この近くにダンジョンがあるのはご存知でしょうか?」
「あぁ、『魔窟の鍾乳洞』っていう初心者用のダンジョンだな」
「そこに私を連れて行ってほしいんです」
「……理由は?」
ダンジョンは危険な場所だ。地上の魔物よりも強く、場所にもよるが閉鎖的で不意打ちの危険性もある。そんなところに、登録したばかりの冒険者が行くにはそれなりの理由があるはずだ。
「……」
そう思って聞くも、彼女は口を閉ざしてしまった。
「言いにくいことなのか?」
だとするなら無理に聞こうとは思わないが、だが説明してもらわないと話が進まないし。困ったな。
「い、いえ。大丈夫です。ちゃんと、お話しします」
一度深呼吸をしたセツナは、辛そうな表情で説明を始めた。
「えっと、その……私にかかった呪いを、解いてほしいんです」
「呪い?」
この子、呪われているのか?
注意深く彼女の様子を見るが、顔色とか全然普通だし、呪われているようには見えない。
「それはどういった呪いなんだ?」
「【熱傷の呪い】と【名呼びの呪い】です」
その二つの呪いについては王城にある蔵書室で呼んだことがあるから知っている。
【熱傷の呪い】は中級の暗黒属性魔術で、生物限定で触れた相手を熱で焼く呪いだ。【名呼びの呪い】も、確か中級の暗黒属性魔術で、名前を呼んだ相手を一ヶ月後に殺す呪いだったか。どちらも自分にではなく、周囲に被害を撒き散らす類の呪いだ。また地味にエグい呪いをかけられたものだな。しかも二つも。顔色が悪くなかったのも、呪いの被害対象が自分にじゃなく周囲だからか。
男避けだと思ったあのマントも、アクシデントで誰かに触れることを避けるための対策だったのか。
「呪いをかけられた経緯を聞いても?」
はい、と返事をした彼女はやはり辛そうな表情のままで、しかし二回ほど深呼吸をしてから言い淀みつつ話してくれた。
「あれは学園の実地研修を行っていた時です」
話によると、彼女はオクタンティス王国東方にあるフェアファクス皇国という国から来たらしい。そこにはルメルシエ魔術学園という魔術を学ぶ学校があり、彼女はそこに在籍していたらしい。その魔術学園で戦闘経験を積むため、二年前に実地研修が行われたのだが、研修先で魔族の悪魔種と遭遇し、呪いをかけられたという。
「知り合いの神父様に光属性魔術での解呪をお願いしたんですけど、かけられた呪いが複雑過ぎて解呪できなかったんです」
魔族の魔術は既存の術式とは少し異なった方式を使っているらしい。魔族は閉鎖的な種族だと聞くし、おそらく解呪できなかったのはその方式が広まっていないせいだろう。
「けど、このオクタンティス王国支部の近くにある『魔窟の鍾乳洞』と呼ばれるダンジョンに呪いを解くことができる魔道具があるらしいんです」
辛そうな顔で経緯を話していたセツナの表情が少しだけ明るいものになる。
なるほど。そういうことか。
ダンジョンは基本的に誰が入っても問題ない。しかし効率良く探索するなら冒険者となってパーティを組んだ方がずっと良い。それ故に、彼女も冒険者登録をしたのだろう。彼女によれば、ここ三日間は運が良ければダンジョン近くで自分を受け入れてくれるパーティがあるかもしれないと思い、そのダンジョンの近くでウロウロしていたらしい。もし見付からなければ、最悪単身で乗り込む気でいたとも語った。
無謀だが、それも当然と言える。
二年もの間呪いに苛まれ、それがそうやっと解呪できるかもしれないとなれば、一刻も早く解きたいと思うのが道理だ。
「そうか。話は大体分かった」
相槌を打った俺は試しに彼女の手を握ってみた。もちろん、素肌で。
何をされたか一瞬分からなかったのか。セツナは呆けた顔をしたが、自身の手を見て徐々にそれを驚愕の色に変えた。
「な、何をしているんですか、アナタはー!」
手を撥ね除けられてしまった。
地味に痛い。と思ったら手のひらが真っ赤に焼け爛れていた。
「おー。凄い凄い。本当に焼けている」
「だからそういう呪いだって言ったじゃないですか! それなのに何の迷いもなく触ってきて! 馬鹿ですか! 馬鹿なんですか!?」
「馬鹿とは失礼な。体感するのが手っ取り早いと思ってやっただけだ」
「それが馬鹿だって言うんです! もし呪いがうつりでもしたらどうするつもりなんですか! それで困るのは先輩なんですよ!? もっとちゃんと考えて行動してください!」
胸倉を掴まれ前後に揺さ振られる。
う~む。いつの間にか呼び名が『先輩』になっている。まぁ年齢的に俺の方が年上だし、冒険者的にも先輩であることに変わりはないから別に良いんだが、【名呼びの呪い】って愛称とかアダ名とかはセーフなのだろうか?
「そもそも、呪いってうつるものなのか?」
問うと、彼女は「え?」と疑問符を浮かべて手を止めた。
「えっと、中にはそういうものもあります。例えば魔剣みたいな呪われている魔道具は触れることでその人を呪ったりします」
答えながら俺の胸倉から手を放した彼女は手袋をし、火傷をした俺の手を取って治療をしてくれた。
手袋をしたのは、【熱傷の呪い】対策かな?
ていうか治療するの上手いな。綺麗に包帯も巻いているし。
「【熱傷の呪い】もうつったりするのか?」
「……いえ、今までそんなことはありませんでした」
「なら別に問題ないじゃないか」
「で、でも、それでもむやみやたらと触れていいわけじゃないんです。【熱傷の呪い】は触れたら確実に相手を傷付ける呪いなんですし。ていうか、普通は呪われた人に触ろうと思う人なんていませんよ?」
「呪われた人は、やっぱり周囲から拒絶されるのか?」
「はい。対策を取っているとはいえ、忌み嫌われる存在ですから」
周りの人たちも、彼女が呪われたと知ったら見る目を変えたらしい。好意的な目から、蔑むかのような目に。そしてそれから数日もしないうちに学園側から強制的に退学させられた。それらのことが一気に起こって、彼女はあまりのことに呆けてしまい、しばらくは行動を起こせなかったという。
「人って、あそこまで態度を変えることができるものなんですね」
彼女は今まで敵らしい敵と出会ったことがなかったのだろう。いや、嫌われるくらいはあったかもしれない。彼女のように見目麗しい女の子は、同性から憎まれることも少なくはないから。だが、今まで仲の良かった者たちからいきなり裏切られて敵に回られることなんかなかったに違いない。だからこそ心を圧し折られ、しばらく呆然としてしまい、今もこうして思い出しただけで怯えたような顔をしているのだ。
呪いのことを説明しようとして口を閉ざしてしまったのも、俺が他の人たちと同じように自分を拒絶するのではと不安に思ったからだろうな。
「まぁ、人間は自分勝手な生き物だからな」
そのくせ、自分の思い通りにいかなかったら文句ばかり言う。本当、救いようがない生き物だよ。人間っていうのは。
「そういえば、その実地研修っていうのは一人でやるものなのか? 何人かで組んだりとかは?」
「五人で組んで行っていました。けど、うっかり私が一人になってしまって、その時に呪われたんです。まぁ、今ではそのメンバーの名前も思い出せないんですけど」
「思い出せないのか?」
「はい。魔術で記憶を封じたので」
記憶を封じた?
「正確には人の名前を、ですね。無意識に名前を呼んだり、寝言で呟いたりしたら【名呼びの呪い】の効果でその人が一ヶ月後に死んでしまいますので」
被害を拡散させないためとはいえ、そこまでするのか。
にしても、彼女の呪われた経緯には不可解な点が多いな。学園側がある程度の安全確認はしていたであろう研修先にどうして悪魔が現れたのか。悪魔がどうして彼女を呪ったのか。なんで二つも呪いをかけたのか。色々と気になることはあるが、まずは彼女の呪いを解くことが先決か。
「呪いを解く魔道具が『魔窟の鍾乳洞』にあるのは確かなのか?」
「はい。信用できる情報屋から仕入れた情報なので、まず間違いないです」
「分かった。ならダンジョンに潜る準備をしないとな」
「……え? そ、それって、仕事を受けてくれるんですか!?」
「そうだけど、何でそんなに驚いているんだ? そっちから頼んできたのに」
「だ、だって。まだ報酬の話もしてないですし」
「あー。そう言えばそうだったな。なら報酬はこの依頼で得た収穫の二割もらおうか」
三割だと高めだからな。二割ほどが、まぁ妥当な線だろう。
それに、この依頼でどれだけの収穫を得ることができるかは分からないってのもあるし、成功すれば彼女はその後にフェアファクス皇国まで帰らないといけないのだ。旅費がかかってしまうから、その分くらいは考慮しないと。それに、俺は今まで受けた依頼の報酬はほとんど手を付けてないから、金に困っているわけじゃないしな。
「それじゃあ、その情報屋から聞いた魔道具についての詳細を教えてくれるか? ダンジョンのどの辺りにあるのかとかも聞いているんだろ?」
「あ、はい。それはもちろんです」
その後、俺とセツナはダンジョンに潜る日程や必要なものの話し合い、魔道具についての情報の共有などを行った。
今回の話タイトルの意味、お分かり頂けましたかね?
 




