09 愛弟子
「ポーション、スキルポーションに妖精の帰還石。……ついでにこの際だ。聖なるベル、いや、聖女の像も買っとくか」
「まいどありー!」
アイテム屋の店主の声が嬉しそうに響いた。
大量にアイテムを購入したからだろう。緇雨一人で使う分には多すぎる量だが、備えあれば憂いなしと思うことにして、それなりの量を購入してしまった。つい弟子がいる感覚で購入してしまったのが問題だったと思い、反省はしている。
「さて、と」
ある程度の準備はした。ローズリーフもしっかりと持っている。
鉱山都市ピラカミオンからワープ屋を利用し、再びアルトグレンツェに戻ってきた緇雨。幸いにもシュテルツキンの姿は未だなく、ゆっくりと塔へ続く門をくぐった。
シュテルツキンを待つ、と言う考えははなからない。時間は有限也。少しの時間でも調べられることはあるだろうと先行する。
黄土色の煉瓦で作られた城門にも茨は絡みついていたが、巨大ないばらの塔はそれ以上の規模だった。呪いの根源とでも言うかのように、緇雨の胴体程の太さの茨が、幾重にも絡みついている。
縋りつくように。逃がさないように。閉じ込めるように。
様々な様子にも見られるが、人通りがある入口付近の茨はなぎ倒されており、城へ続く石畳には茨の姿があまりみられなかった。
「大きい、な」
小さく腰の神双剣ヤヌスを撫で、てっぺんが見えないいばらの塔を見上げた。
祈りの塔は、記憶違いでなければたった一棟の小さな塔だったはずだ。それが今はどうだろう。幾重にも連なる塔が天へ天へと高くそびえ立っている。
侵入を防ぐための鉄柵は今は上がっており、塔の門番たる鎧番が居心地が悪そうに、そわそわと扉を守っていた。
こうして塔の前に立っているだけでも、肌がピリピリと嫌な予感を告げている。常に見張っているとなると、その心も疲弊するだろう。少し、門番に同情した。
さて行くか、とローズリーフを握りしめ、一歩城へ近づいたその時である。
「し、師匠ーっ!」
聞き覚えのある声に呼び止められたのは。
「うわあああん探したんですよ師匠! よかった無事でぇえ!」
シュテルツキンやエインセールの声ではない。
涙で顔をくしゃくしゃにして、おまけに鼻水まで垂らしながら無事を喜ぶ少年。しっぽがあれば全力でぶんぶん振っているのではないかと思えるくらいに、全身で喜びを表しながら駆けてくると、銀色の癖のある髪がぴょんぴょんと揺れた。ぐしゃぐしゃに濡れた金色の丸い瞳に、緇雨の姿を映しながら駆けてくる少年は、まぎれもなく……
「鼻水が付くだろう、くっつこうとするな馬鹿弟子」
「うわあん師匠酷い!」
緇雨の、愛弟子である。
やっぱり無事だったか、と安堵した気持ちが半分。変わらない様子で合流出来てなにより、と少し呆れた気持ちが半分。なにはともあれ、こうして無事に再会できて良かったとは思う。
鼻水をつけられるのは勘弁してほしいので、決して抱き着かせはさせなかったが。
「泣き止めとは言わん。だが鼻水くらいはどうにかしろ」
「久々の再会なのに、よりにもよって言う言葉はそれですか師匠っ!?」
「大丈夫だ、ハンカチは貸さない」
「大丈夫の意味が分からないですよソレ!」
あぁでも師匠だ。まぎれもなく師匠だ! とぐしぐしと涙する弟子に、緇雨は大きく息をついた。
その様子に呆れられたと思ったのか、大慌てで鼻をかむ弟子の頭を緇雨はいつものようにぐしゃぐしゃと撫で回した。
「し、師匠?」
「よく頑張ったな、カラバ」
「師匠……」
くしゃりと顔をゆがめ、それから小さくはい、と答えた。
弟子に何があったのかは知らない。それでも、緇雨と同じように今まで生き抜いてきたのだ。たった一つの言葉を頼りに、師匠の言葉を信じて、魔物に負けず、それでも生きてきたのだ。
魔物の被害が増える現在、鍛えてきた弟子だから当然だとも思うが、それでも頑張ったなと褒めないわけがなかった。
「それでだ、ここにいると言う事は、だ」
「師匠、もう少し感動させて下さい」
「大丈夫だ、後でいくらでもできる」
「師匠の大丈夫って、大丈夫じゃないですよね……」
ぼやくカラバの頭を軽く叩いて黙らせ、あぁ、このやりとりも久しぶりだな、とそんなことを思った。
シュテルツキンのバカバカしい発言はすべてスルーしていたが、こうしてめげない弟子を構うのは嫌いではない。シュテルツキンとは違い、ちゃんと自分で考え、まともに行動できるとわかっているからこそ、こうして構っているのだと言う事に、緇雨は気づいているのか気付いていないのか。
それは匙たることとして、考えていないというのが正解なのかもしれないが。
「カラバ、お前は騎士になったな?」
「はい。師匠が『あの塔へ向かうために騎士になれ』と言っていたので」
「誰に仕えた?」
「リーゼロッテ様ですけど……。あれ、もしかして師匠と同じラプンツェル様の方がよかったですか!?」
「……私はお前に、ラプンツェルに仕えていると言ったことがあったか?」
「いいえ。師匠はピラカミオン出身だから、てっきりそうなのかと僕が勝手に思ってただけですけど」
あれ、違いましたか? と慌てだすカラバに、合っていると一言告げ、緇雨はエインセールの言葉を思い出していた。
革新派。アンネローゼを筆頭として、聖女に頼らない世の中を作ろうとしている一派。それに属していたのは、ピラカミオンのラプンツェルと、アンネローゼの幼馴染であり、ルチコル村の姫リーゼロッテ。諮らずしも、革新派に属する姫に仕える騎士が揃ったのなら、それほど大きな価値観の違いが生まれはしないだろう。
そんなことを考えながら、ふと、シュテルツキンのことを思い出す。
「……短い赤毛と、夕焼け色の瞳を持つ男が、リーゼロッテ嬢の元に行かなかったか?」
「えっ? ちょっと僕には分からないんですけど……」
「いや、分からなければ分からないでいいんだ」
「はぁ」
怪訝そうな顔をするカラバに、こちらの話だと気にしないように伝える。
この調子だと、シュテルツキンはリーゼロッテの元にはたどり着かなかったのかもしれない。緇雨が言ったアンネローゼに仕えたか、はたまた保守派の姫君に仕えたかは、ふたを開けてみなければ分からないが。
「さてカラバ」
「今度は何ですか師匠」
「私は今からこの塔の調査に入るが、お前はどうする?」
握りしめていたローズリーフを掲げてみせると、カラバは慌てて胸ポケットから同じ赤い花弁を取り出した。
「もちろん、お供させて下さい!」
師匠にはまだ教わっていないことが、たくさんあるんですから!
涙が残る顔に満面の笑みを浮かべ、そんな健気なことを言うカラバに、緇雨は小さく笑った。
「それでこそ、私の弟子だ」
いいだろう、着いて来い。
そうして、ぼんやりと輝くローズリーフを片手に、緇雨とカラバは、いばらが絡みつく不穏な雰囲気を放ついばらの塔へと、足を踏み入れた。
補足。
ポーション。HPを少し回復するアイテム
スキルポーション。MPを少し回復するアイテム
聖なるベル。魔物に多少出合いにくくなるアイテム
聖女の像。魔物にわりと出合いにくくなるアイテム