07 ピラカミオン
P-1も終わり、年末年始の忙しさからも解放されたので、再び執筆を続けます。
200位以内には入れませんでしたが、ラプンツェル様3位おめでとうございます!
シンデレラ様、1位おめでとうございました、やっぱりぶっちぎりでしたね…
「さっさと姫君に仕えてこい。そして、姫君から塔攻略の許可をもらって来い」
酷い、横暴だ! と喚くシュテルツキンを容赦なく蹴り飛ばして見送り、緇雨はようやく自分のすべきことを成すために動き始めた。
誰に仕えるか、は指定していない。一番近くのシュネーケンの姫君が一番時間が掛からないだろうと思い、アンネローゼと先ほどは言ったが、緇雨にとっては誰でもいいのだ。シンデレラでもアンネローゼでも、本人が希望するリーゼロッテでも、好きな姫君に仕えてくればいいとは思う。きっとエインセールの導きのランタンが、シュテルツキンに一番合う姫君の元まで導いてくれるだろう。
自分の用事が済むまでの間に間に合えば、それでいい。
世界の在り方、派閥。そんな俗物的なものなど緇雨にとっては些細なことである。
「はてさて。馬鹿弟子は塔攻略を進めているだろうか」
騎士になれ、とだけ伝えて別れた弟子はその意図をくみ取り、塔を攻略しているだろうか。
どこまで解明しているだろうか。未熟な腕で、どこまで挑めただろうか。
……今、どこにいるだろうか。
そこまで考えて、緇雨は自嘲した。
親馬鹿ならぬ弟子馬鹿だな、と。育てていた弟子のことが気になりはするも、まぁ、塔に登っていればわかるだろう。いずれ連絡がとれるだろうと楽観視している自分に気付くと、自分自身に呆れて乾いた笑い声が零れるだけだった。
「ワープ屋をご利用になりますか?」
「拠点……ピラカミオンまで頼む」
「すぐに転送致します」
白と紫を基調にしたローブを羽織ったワープ屋にいつものように声を掛ける。
呪いが蔓延し、茨で覆われる世界に変わっても、こうした職業の者たちが変わらずいてくれることにどこか安心感を覚えた。変わらないやり取りを得て、直ぐに転送呪文を唱えられる。
転送の光で、視界が真っ白になる。
光が明けた後、変わらない故郷の姿が見えればいい。
心のどこかでそう願いながら、ゆっくりと瞳を開く。
「……変わらないな、ここは」
山間部を駆け抜ける風が、都市内を流れる清流の爽やかな空気を運ぶ。傾斜が急な大通りに、二本の大きな滝。風車がからからと勢いよく回り、鉄鋼の粉塵をはるか上空へと高く高く舞い上げている。のどかな風景でありながらも、血の気の多い国民が多いため、あちこちから喧騒が聞こえるこの都市。
大きな木柵で囲われ、緑の蔦が生え伝っている城。背後には赤いシャルフォン峡谷に白いゴルトロンゲル鉱山がそびえ立っている。
変わったのは、人々に笑顔が増えていることくらいか。そんな些細な変化を嬉しく思いながら、乾いた土を踏みしめ歩き出す。背後から、またのご利用をおまちしています、とワープ屋の優し気な声色が掛けられた。
何もかも変わらないそれに、どことなく嬉しくなった緇雨は、らしくもないとは思いながらも浮足立っているのを感じた。
「おう、どいたどいた! 荷車が通るぜ!」
「そんなところでぼさっと突っ立ってると危ないよっ!」
「はいはいはい、薪はいらんかねーっ?」
人通りが多い目抜き通りは、来訪者よりも忙しそうに走り回っている鉱山夫の方が多い。
アルトグレンツェから来訪者が来るには、ピラカミオンは少し距離がありすぎる場所かもしれない。それはそれで構わない、と目抜き通りの石畳を足早に通り抜け、一息に石階段を駆け上がった。
店や住宅が立ち並ぶ一階層から、資源を加工する二階層へ。
「あら、珍しい顔じゃない」
階段を登り切ると、唐突に声を掛けられた。聞き覚えがある、艶がある女性の声。
声の方を振り向くと、ぴたりと体のラインが出る白い服をまとう、妖艶な肢体の金髪美女がいた。
はて、こんな美人の知り合いがいただろうか?
誰だろうか、とまじまじとその顔を見つめる。長い金色の髪に、垂れたサファイアブルーの瞳。右目の下に泣きぼくろがある知り合いは……だいぶ記憶と異なっているが、思い当たらない人物がいないわけではない。
緇雨は確認するかのように、恐る恐る言葉を返した。
「……お前、ヴァーリアか?」
「酷いわ。私のこと、忘れちゃったの?」
「忘れちゃったの……って、お前昔は」
「イヤね、若い頃の話はしないで下さる? ちょっとおてんばだっただけ」
そうでしょ? と目が笑っていない笑顔で凄まれてしまえば、緇雨はハイとしか言えなかった。
くすりと、気を取り直すように微笑まれる。昔の話をしなければいいのか、と苦笑しながらも懐かしいな、と再びヴァーリアを見つめた。
「それにしても、久しぶりじゃない。最後に会ったのは……えぇと、ラプンツェルが塔から解放される前、だったかしら?」
「あまりしっかりとは覚えていないがな、そのようなものだ」
「それなら、ビックリしたでしょう? 今のこの状態が」
「まぁな。風の噂で聞いてはいたが、ここまで人々が自由に生きているとは思わなかったさ」
ピラカミオンは、世界に呪いが蔓延するよりも前に、魔女ゴルテと言う存在に侵略されていた。
正しくは侵略、ではないが、ラプンツェルを塔に閉じ込め、人々に厳しい暮らしを強いていたのだからあながち間違ってはいない。緇雨はその事の顛末を風の噂で聞いただけであるが、なんでも民が結託し、魔女ゴルテを追い出し、ラプンツェルを解放したのだという。
「またアナタは、あちこちフラフラしていたんでしょう?」
「あながち間違ってはいないがな。なんだ、心配でもしてくれたのか?」
「心配、するわけないでしょう? だって緇雨だもの」
殺しても死ななさそうじゃない、と楽し気に言われたものだから、酷い言われようだ、と笑って返した。一体、ヴァーリアの中で自分はどんな存在になっているのやら。
「それで、今回はどうしたの? アナタのことだから、ただの里帰りってわけではないんでしょう?」
「まぁな。……ラプンツェルは城か?」
「えぇ、今頃は……執務室で書類と格闘していると思うけど……、そろっと飽きているんじゃないかしら?」
「さすが姉君は、妹のことならお見通しだな」
「だって、あの子。わかりやすいでしょう?」
それもそうだな、と笑って返すと、ヴァーリアも嬉しそうに微笑んだ。
ヴァーリアはピラカミオンの姫、ラプンツェルの姉である。何故姉であるヴァーリアが姫として、ピラカミオンを統治していないのか、という疑問については、一般都市民たる緇雨には知る余地もないが。
それでも、魔女ゴルテにラプンツェルがとらわれた際、一番彼女の身を案じていたのは他でもない彼女だった。それゆえの“おてんば”だったのかもしれないが、今はそれには触れないでおく。
「何が目的かは分からないけれど、緇雨なら会えるんじゃないかしら?」
「大丈夫だ、ラプンツェルの負担になるようなことじゃない」
「だといいけど」
信用されてないな、と苦笑する緇雨に、ヴァーリアはただ微笑んでいるだけで何も言わなかった。
ここで話していても始まらないか、と緇雨はヴァーリアに別れを告げ、城へと続く石橋を渡る。要所要所に鎧を着た兵が立ち、鋭い視線で通行する者たちを見渡している。
こんなところまで警備が入れるようになるとは……と、城としての警備ではそれが当たり前のことなのに、ピラカミオンでそれが見えたことに緇雨はひそかに感動していた。
「とまれ、何用だ?」
「ピラカミオン国民の緇雨だ。ラプンツェル様にお目通り願いたい」
「あぁ。ラプンツェル様は執務室にいる。行くならさっさと行ってきな」
ただし、用件は簡潔にな。そう簡単に通す兵に、これでいいのかと苦笑を浮かべた。
紫色の屋根に緑の蔦が這い生う白壁のピラカミオン城は、いばらの塔程ではないものの、いくつかの塔を連ねて構成されている城である。門をくぐり、薄い赤茶色で統一された落ち着いた城内を進む。ぐるりと渦を描く螺旋階段をいくつも登り、執務室へと続く控えの間に通される。
ベルベット地の上等なソファーに腰を下ろして待つべきかと悩む間もなく、入室の許可が下りた。
こつん、こつんとピカピカに磨き上げられている理石の床を進む。ゆっくり、扉を開いた。
「失礼す……ラプンツェル。室内に馬入れるのはどうかと思うぞ?」
「おいおい、開口一番に言う言葉がソレか?」
漆の塗られた黒茶色の執務机に頬杖をついて、呆れたように笑うのは赤いメッシュが入った女性。黄緑色の瞳が、楽しそうに緇雨の姿を映していた。
その笑みにつられるように、緇雨も頬を緩めた。
「仕切り直すさ。……ただいま、ラプンツェル」
「おう。おかえり、緇雨」