06 導きのランタン
「いいか、『導きのランタン』からはどんな武器や防具でも引き寄せることができる」
「どんな武器でも!? ってことは最強武器とか、伝説の武器とか、使い手を選ぶ武器とか出るかもしれないってこと!?」
「かもしれんな。ただ、引き寄せるには硬貨か輝晶石が必要となってくる」
「えっ。有料なのかよ!?」
「引き寄せるために、ランタンの明かりを煌々と燃やす必要がある。燃料は必要になってくるに決まっているだろうが」
そもそも、代償のない便利な道具などどこにも存在しない。そう続けてやると、シュテルツキンはさも嫌そうに顔をしかめた。
どうせ彼のことだ。バンバンいい武器や防具を引き寄せて、自分が英雄にでもなる妄想をしていたのだろう。エインセールもそれを予想していたのか、苦笑していた。
結局緇雨は、シュテルツキンに武器や防具について教えていた。
シュテルツキンは試験に合格したと言っても、最初の装備のままだったからだ。最初の装備、つまり『木の盾』と『鉄の剣』。申し訳程度の装備に、このままだとシュテルツキンはどこかで野垂れ死んでいてもおかしくない。
多少なりとも関わってしまった彼がそうなってしまったら、目覚めが悪いと、仕方なく。そう、本当に仕方なく教えてやっているのだ。そう緇雨の中で自己完結して納得したことにしていた。
「エインセールの『導きのランタン』でも引き寄せることはできるか?」
「もちろんです!」
「おぉ! じゃあ早速……あ、ちょっと待って心の準備を」
すーはーすーはーと深呼吸しているシュテルツキンだが、彼はさっき教えて内容を本当に理解しているのだろうか。
余計なことかもしれないが、と緇雨はあえて口にした。
「シュテルツキン」
「すー…うぇっほ、げっほ! な、なんだ師匠」
「お前、対価になるものは持っているのか?」
「……あっ」
そういえばと言った体で固まり、やがてギギギ、とぎこちなく緇雨の方へと体を向ける。
何が言いたいのか、何を頼みたいのかは口にしなくてもわかる。この流れでは十中八九そうだろう。
「師匠、貸してく」
「貸さんぞ」
言葉尻に被せるようにして断ると、なんでだよ! とシュテルツキンが頭を抱えて叫ぶ。何を当たり前のことをと緇雨は思うが、シュテルツキンは貸してくれると思っていたのだろう。わざとらしいほどのオーバーリアクションに、緇雨は呆れたような視線を向けた。
「お前は明らかに返す充てがないだろうが」
「出世払いで!」
「私の名前ですら忘れるやつが、覚えていると思えないな」
「ぐ、ぐぅぬぬぬ!」
「……私、ぐうの音が出ない状態の人、初めて見ました」
エインセールはしみじみシュテルツキンを見つめた。そんなに珍しいものではないだろうと緇雨は思うが、それ以上にたかだかこれくらいで言い返せなくなってどうする、と他人事なのにあきれ果てて何も言えなかった。
『導きのランタン』からは、望むものが確実に出てはこない。現に、緇雨はかれこれ色々な物を引き寄せてはいるが、未だに『大鎌』を引き当てたことはない。両手剣、双剣、弓、杖、メイスと言った種類のものはそれなりの属性のものを引き当てているが、大鎌だけは鈍らに近いものしか引き寄せることに成功していない。
大鎌は、他のどの武器よりも高火力を誇るもので、使用方法が大振りになりがちで使い慣れていない者でないと隙ができやすいと言う欠点はあるが、一撃が綺麗に入ると相手を即死できる程の威力を誇る。身軽さと手数の多さを利点とする双剣とは正反対の存在である。
出なければ出ないでもはや諦めてきている緇雨には割り切れるが、果たしてシュテルツキンにそれができるかどうか。……できないであろう、ことは予想ついているが。
「ちなみに、お前はどんな武器がいいんだ?」
「でかくてカッコいいやつ!」
「……」
「シュテルツキンさん、シュテルツキンさん。完全に呆れられていますよ」
「なんでだ!?」
もう少し絞って仰ってみるのは如何でしょう? とさりげなくフォローをするエインセールの助言を受け、シュテルツキンにしては珍しく眉根を寄せて考え込んだ。
シュテルツキンとしては、目立てるような大きさと、相手を軽くやっつけられる程の威力があればそれでいいと思っている。装飾がよければ、尚良い。現に今も、自分が手を出せる範囲で大きくてそれなりに目立つ武器であるからこそ、両手剣を使用しているのだから。
「うーん……遠距離は、ガラじゃない」
「とすると、両手剣、大鎌、双剣か」
「近接装備となれば、装備は精神力を高めるようなローブではなく、身軽に動ける軽装備か、防御に優れた鎧装備の方が好ましいでしょうね」
「そうだな。まぁ、それも運だが」
「なら師匠、俺の運を使い切るから貸し」
「貸さんぞ」
ついでに言うなら、そんなことで運なんか使い切るな。
そうばっさりと切り捨てると、シュテルツキンは再び深く項垂れた。なんでだよ、とごろりと緇雨を見上げる。
シュテルツキンは今まであまり気にも留めなかったが、ふと緇雨の装備が気になった。ついでだからとそのまま見上げると、緇雨は既にエインセールと話しており、意識は微塵にも向けられてなかった。ひどい扱いだな、と肩を落としながらも緇雨の装備の一つ一つを見つめた。
金色にまばゆく輝く二振りの短剣は、どこか神々しくも感じる双剣だった。持ち手から刃の中心に掛けて青いラインが走っており、柄には太陽を半分に割ったような簡単なデザインが輪になって施されている。
髪から落ちた滴は、革製にしては頑丈そうに見える裾の長い上着を滑って落ちていた。フード部分から前の留め具にかけて金色のふさふさとした毛が取り付けられている。動きやすいようにとした工夫だろうか、腕と細いブーツには細いベルトのようなものが巻き付いている。
どこか使い込まれたようなそれはローブだろうか、それとも軽装備だろうか。それを判断することはシュテルツキンにはできないけれど。
ただ純粋に、自分には手が届かないような……それでもいつか使えるレベルにはなりたいと思えるくらいの、傑作と言われる作品なのだろうということだけは理解できた。
そして、それを身に着ける緇雨も、ただものではない、ということも。
「何者なんだろ……」
「何か言ったか?」
「ケチって言っただけですー」
「ほう? 私にそんな口を利くのか、馬鹿のくせに」
「すんませんでしたーっ!!」
シュテルツキンさん謝って謝って、と必死に囁いてくるエインセールの言葉がなくとも、軽く威圧された状態のシュテルツキンは再び頭を地面につけた。
そんな様子を見て、呆れたように緇雨は己の『導きのランタン』に手を翳し、望みの物を引き寄せる。
「『導きのランタン』は、過去自分のものとして使用したものは、いつでも取り出せるようになる」
ぽう、と光を放ったランタンが、緇雨の手にソレを顕現させる。
その柄から刀身に掛けて緑色の輝石が美しく輝く『疾風の剣』。
「対価は貸さんが、この『疾風の剣』を貸してやろう」
「本当か!」
「ただし」
私を塔に連れて行け。
そこでお前を装備がまともに揃うまで、鍛えてやろう。
そう続けた緇雨に、シュテルツキンは目を丸くした。
「でも師匠、塔には騎士しか入れないんじゃ」
「そこはなんとかなるだろう。むしろ、お前がまだ誰の所属でもないことが問題だ」
「えっ」
「そうですよ! 師匠さんが付き合ってくれるというのなら、急いでお姫様に仕えに行けなければ!」
「ちょ」
「時間が惜しいな。近いから、隣のシュネーケンで白雪姫に仕えて来い」
「ええっ! 俺の意思は!?」
「借りている分際で、そんなものがあると?」
「師匠酷い!」
緇雨はくすりと意地が悪そうに笑いながら、ちょんとシュテルツキンの鼻先を突いた。
鼻先に視線を集め、ますます目を丸くしたシュテルツキンを見て、それからゆっくりと言い聞かせてやる。
「お前が私のことを師匠と呼んでいる時点で、お前は私の弟子のようなものだ」
「ええええっ!?」
「弟子は師匠の言う事を聞かなければいけない。そうだろ、エインセール?」
「はいっ! そうですね師匠さん!」
「なんでエイン頷いてるの!?」
裏切者ぉ! と嘆くシュテルツキンを、エインセールはそれはそれは楽しそうに笑って眺めていた。シュテルツキン本人もそこまで悲観的には見ていないらしく、やがてエインセールと一緒に笑い始めた。
はてさて、この判断が吉と出るか凶と出るか……。それに、未だ再会できていない一番弟子はどんな反応をするか。
未確定な未来に思考を巡らせて、緇雨静かに二人の様子を見守っていた。