05 派閥と姫君
色々とお姫様について書いていますが、筆者は各お姫様は大好きです。
クリスマスイベントの衣装替えに大変テンションがあがり、スクショを撮りまくったくらいには大好きです。
今回は、緇雨ならこう思うだろうとした内容を書いています。所属しているお姫様に関して、ご不快な気分になりましたら大変申し訳ありません。どうぞご了承ください。
「……試練はどうした、シュテルツキン」
「もちろん、合格だぜ!」
「そうか、よかったな。それでは」
「いやいやいや、ではじゃなくて! ちょっ、待って!」
関わることはもうないだろうと思っていたため、尚更何故わざわざ探し出したのだ、と言う気持ちが大きい緇雨は、これ見よがしに大きくため息を付いた。ここは素直に行かせてくれてもいいだろうに、とローブの裾を掴むシュテルツキンを見ながら、さも面倒くさそうに止まってやった。
「私とお前は、ただの道を共にした赤の他人だが? まだ、何か?」
「酷いっ! そんなこと言うなよ師匠ー」
「誰がお前の師匠だ、お前みたいな馬鹿を弟子にした覚えはない」
「だって、俺が頼れるのはエインかオズヴァルトかし……師匠くらいしかいないからさ」
「お前、私の名前忘れただろう?」
「ソ、ソンナコトナイゼ」
嘘付け。
明らかに視線が泳いでいる姿を見て、緇雨はじと目となってシュテルツキンを見下げた。エインセールもフォローはしきれないようで、苦笑している。
緇雨は乾いてはいない髪から滴が流れ落ちるのをうっとおしそうに払いのけ、ついでにわしわしと豪快に髪をかき上げた。気怠そうにゆっくりと口を開く。
「それで、今度は何だ? 私がお前に関わる用は、もう微塵にもないのだが?」
「えぇっ! 『袖振り合うも他生の縁』って言葉があるんだから、関わってくれよ積極的に!」
「……お前はその言葉の意味を正しく理解しているのか?」
「当たり前だろ! 互いに腕振ってりゃ多少は縁ができるんだから大事にしようぜ! っていうヤツだろ!」
「間違ってはいないのですが……正しいとも言えませんよねそれ」
「……馬鹿だもんな」
正しくは、人との縁はすべて単なる偶然ではなく、深い因縁によって起こるものだから、どんな出会いも大切にしなければならないと言う意味であり、シュテルツキンの言うような軽いあらましではない。どこか難しい言葉をむりやりにでも使いたい子供のような反応で、本当に何故関わることになってしまったのだろう、と緇雨は深くため息をついた。
己の弟子のことも馬鹿弟子と罵ってきたものの、同じ馬鹿と言う言葉でも、シュテルツキンに対するものとは全くの別物である。シュテルツキンに至っては、救いようのない愚かな馬鹿と言う前置詞がぽんぽん付いてしまう類のものだと勝手に思っている。
「エインセール、馬鹿の代わりに本題を教えてくれ」
「あれ、俺今軽くけなされた気がする」
「はい。シュテルツキンさんが騎士になるにあたって、仕えるべきお姫様を選ばなければなりません」
「えっ、エインもスルーするの?」
「シュテルツキンさんはハイルリーベ出身の方ですから、各国のお姫様のことは知らないも同然です。ならば誰かに情報を請うてからでもいいのではないかと」
「成程な。それで私を探していた、と」
煩く存在を主張する当事者のことは華麗にスルーし、エインセールと緇雨の間で言葉が交わされる。
オズヴァルトとエインセール、そして緇雨の三人しか未だ関わったことがないシュテルツキンには、頼れる相手もいない。それは他の来訪者とて同じであろうと思うが、使えるものは何でも使え、と言うその精神は嫌いではない。まして、
「エインに言われちまったけど、なぁ。俺に各国のお姫様について教えてくれないか? いや、教えてください!」
素直に教えを請われるのは、悪い気はしない。
そもそも、緇雨は弟子を一人持つ師匠である。人にものを教えることが嫌いではない上に、知ろうとするその姿勢は大変好ましいものであるとも思う。
どうしようもない馬鹿だが、嫌いではないタイプの馬鹿である。
まぁ、仕方あるまい。彼が言うように袖振り合うも他生の縁と言うのなら、ここで拒んでも意味がないことである。緇雨は再び一つ息をついて、どこまで知っている? と問いかけた。
「お姫様達に派閥があることはお教えしました!」
「派閥……?」
はて。茨が現れるまで、そんなことは聞いたことがないが。
と緇雨は考え込むように黙り込んだ。シュテルツキンに再度教えるつもりで、エインセールは派閥について、ゆっくりと語りだした。
「はい。シンデレラ様を筆頭とする『保守派』は、ルクレティア様救出を優先しています。反対に、白雪姫様の『改革派』は、世界の混乱を鎮める事を優先しています」
「『保守派』と『改革派』に属しているのはどんなお姫様か、ってのは全然わからねぇけど。その二勢力があるってのは理解してるぜ!」
「そうか」
派閥を作るのは女の習性なのだろうか、なるべくなら関わりたくはないものだ、とは思うものの、中心人物たる姫が派閥に所属しているのだから、避けられないものなのだろう。
これは自分の独断と偏見であり、所属している派閥はエインセールに確認すると良い、と前置きをしてから、緇雨はゆっくりと各国の姫君たちを思い描いた。
「城塞都市シュネーケンの姫は白雪姫。彼女は聖女ルクレティア姫の異母妹だったな」
「はい。白雪姫様は改革派の旗印ですね」
「ふむふむ、どんなお姫様なんだ?」
雪のように白い肌。黒檀のように黒い髪に血のように赤い唇。どこか高慢さを感じるようなその眼差しと、凛とした姿勢で民の前に立つ彼女は……。
「……腹ぐ、いや、実に為政者の鏡たる人物だ」
「ちょっと待て! 今確実に腹黒って言おうとしただろ!」
「そんな生易しそうなものではないと思うがな」
「余計悪いって!」
そんなお姫様やだ! と喚くシュテルツキンに、まぁ落ち着けと声をかけた。
確かに、これだけでは悪い印象しか与えないか、と言葉を再び選びなおす。
「私が知る彼女は、聖女に選ばれたルクレティア姫とは真逆の性格をしていると感じたそれくらいしか知らん」
「聖女、って言われるくらいだから、アレだよな。優しくて、ほわほわっとしていて柔らかそうな純粋なお姫様って感じだったのか? ルクレティア姫って」
「語彙が乏しくて残念だが、おおむねその通りだ。だが、為政者としては白雪姫の方が適任と言えるだろうな。その指揮の取り方や取り組み内容を見ても、この国は安心だろうと思えるほどにな」
「はい! 白雪姫様は、誰よりも民のことを考えて行動される方ですからね!」
「いや、でも偉い人って絶対たぬきで腹黒じゃん俺やだよ、ぼろ雑巾の如く使われるの!」
「お前が権力者にどんな偏見を持っているか、よくわかる発言だな、それ」
喚くシュテルツキンに、遠目からの印象と聞きかじっただけの内容だから、今はどうなっているか知らんがな。と付け足し、実際に自分の目で確かめることを推奨するよう、再度念押ししておく。
「神聖都市ルヴェールの姫はシンデレラ。港街ウォロペアーレの姫は人魚姫。魔法都市ノンノピルツの姫はアリス。都市……ではないがルチコル村からは赤頭巾。最後に鉱山都市ピラカミオンの姫はラプンツェル。……姫、と言うくくりでは、最後に聖女ルクレティアを加えなければいけないが、今は割愛しようか。以上六名がお前が仕えられるであろう姫君だ」
「おお……!」
「なお、『保守派』はシンデレラ様を旗印に、ルーツィア様とアリス様が所属なさってます。『革新派』はアンネローゼ様を旗印に、リーゼロッテ様とラプンツェル様が所属されていますよ!」
「お、おう……」
正直、シュテルツキン自身も派閥と言われてもピンとこないのだろう。
彼の目的が塔攻略にあるというのだから、保守派の考え方に近いのかもしれない。緇雨はそう思いはしたが、それを口にはしなかった。答えは自分で出すものであり、他人から教えてもらうものではないと考えているからである。
困ったように眉を寄せるシュテルツキンは、やがて緇雨にどんなお姫様達なのかもうちょっと詳しく教えてくれ、と戸惑いながらも続きを促した。緇雨は強く念を押すように、自分の偏見でもあるが、と前置きを繰り返して口を開いた。
「シンデレラ姫は、正義感の塊。強いカリスマ性を持ち、多くの者を惹きつける存在だ。潔いほど真っすぐで、己の信念をわかりやすく貫いている」
「へぇ、いいお姫様なんだな」
「そうだな。熱狂的信者が気付けば増えているくらいには、いい姫君なんじゃないか?」
「おそらく、シンデレラ様の騎士数は、他のお姫様の騎士よりも多いのではないでしょうか」
「……それって本当にいい、のか?」
熱狂的信者たちにとってはいいのではないか? こちらが引くくらいの熱意を持っているだけで、その真摯なる姿勢は非常に騎士らしい。騎士の手本となるようなものが多いとも言える。彼女を中心に、共に歩んでいこうとするその姿勢は、騎士からすれば大変好印象を受けるものであろう。
それに賛同できれば、非常に心地よい任務を行える場所であるのではないかと、緇雨は補足しておいた。
「ルーツィア姫は……、すまんが私はアレが苦手でな」
「えっ、そうなんですか?」
「人魚姫ってくらいだから、実は師匠魚が苦手とか?」
「私はお前の師匠ではないがな。まぁ、なんというか、彼女はシンデレラ姫を愛している。盲目的に慕っているとでもいうのか」
「えっ」
それなんて百合? と思わず呟いたシュテルツキンに、一種のヤンデレだろうな、と緇雨は補足してやった。最も、余計な補足だったかもしれないとは思ったが。
「ついでに言えば、アリス嬢もあまり好んで関わりたいとは思わんがな」
「意外と苦手な人多いんだな、師匠」
「いい加減名前覚えろ馬鹿。奇抜な発想に不可解な言動、まさにノンノピルツの鏡のような存在だからな。どうも馬が合わない」
「あぁ、確かにノンノピルツの皆さんは、奇天烈・奇想天外が地で行く方々が多いですよねぇ」
としみじみと呟いたエインセールの言葉に、ふと緇雨はシュテルツキンを見つめた。
奇天烈・奇想天外を地で行くのは、シュテルツキンも同じなのではないか、と。
ただし、彼の場合は数年後にだいぶ心に傷を負う痛い方ではあるが。
「ん? なんだ?」
「いや。あとはリーゼロッテ嬢とラプンツェルか」
「はい、革新派のお二方ですね!」
少し考え、話しやすいのは赤頭巾嬢の方かと考えたところで、あまりまともな説明ができていないな、と自嘲した。
そもそも、あまり姫と呼ばれる存在と関わることなんて、自国の姫を除いてそんなにないのだ。他国の姫など、あまりよくわからない中、自分でもよく話せているものだとも思う。
「赤頭巾嬢は……ルチコル村と言う果実の特産で有名な小さな村の代表でな。まぁ、なんというか、普通の少女だったように思う」
「普通の……? 腹黒でもヤンデレでも電波でもなく、熱狂的信者とかもいない、本当に普通の?」
「あぁ。元気の良い、普通の村娘だ。なぁ、エインセール」
「はい! とてもお可愛らしい、頑張りやな方ですよ!」
「よしっ! 俺そこのお姫様に仕える! 普通万歳!」
シュテルツキンの心が赤頭巾に向いているのなら、ラプンツェルの補足はいいか、と緇雨はあえて何も言わなかった。
代わりに、西のシュネーケンを通り過ぎ、南下していけば森の中にルチコル村はあるぞ、と道までを教えてやる。エインセールが導きのランタンを持っているから大丈夫だとは思うが、馬鹿のことだ。万が一のことを考えて一応教えておいて損はないだろうと考えての発言だ。
やっとシュテルツキンらと別れられることができるなど、そんなことはほんの少ししか考えてはいない。
「なにからなにまで、ありがとうな師匠!」
「誰がお前の師匠だ」
「師匠さんのおかげで、仕えたいお姫様が決まってよかったですねシュテルツキンさん!」
「エインセール、お前はさすがに私の名前がわかるだろうに」
「まぁまぁ、いいじゃないですか!」
はぁ、と大きく息をついた緇雨に、エインセールは笑って誤魔化した。調子に乗るな、とどついてやりたいが、手のひらサイズの妖精にそれは可哀想かと伸びかけた手をなんとか下した。
「あ、ついでに武器とか防具とかについても教えてくれよ師匠!」
「調子に乗るな」
「あだっ!?」
シュテルツキンなら問題ないだろうと、遠慮なくどついてやったが