03 来訪者たち
「フム、君もハイルリーベからの来訪者の一人、と言うわけだね」
「……キミ、も?」
エインセールから、シュテルツキンの話を聞いた後に、全てを見届ける者『オズヴァルト』の口から述べられたのは、そんな言葉だった。
予想外の言葉だったのか、エインセールとシュテルツキンの口はぽかん、と大きく開いたままだ。
成り行きで同行し続けていた緇雨は、二人のように思考停止するわけでもなく、ただ純粋に引っかかった言葉を繰り返した。
「も、と言うことは……ハイルリーベの出身者が、シュテルツキンの他にも今更になって姿を見せている、ということか?」
「その言い方には多少語弊があるけれども、そうだね。大体は合っているよ」
彼はかく語る。
最近……ルクレティアが眠りにつき、呪いが蔓延してから徐々にだが、「塔に呼ばれた」と茨の向こうからこのアルトグレンツェにやってくる者が多くいると。
彼らは一様に、茨の向こうから来た、と言うこといか覚えておらず、ただただ「塔に呼ばれたような気がする」や「助けを求める声が聞こえた」等と供述し、各々が塔を目指している。そして、この世界にいた誰よりも早く、巨大化した塔の攻略に尽力しているのだという。
「なんだよ、俺だけじゃないのか」
「でも不思議ですね。皆さんが同じようにどこから来たのかわからないだなんて……」
「本当にそうなんだよな。自分で言うのもあれだけどさ、気が付けばあそこにいたんだもんなー…」
「はっ!? もしや緇雨さんも……?」
「いや、それはない」
どこで何をしていたか、その記憶はおぼろげだが、それ以前は弟子と旅をしていたことは覚えている。自分が誰で、どこ出身だかもしっかりと言える。
ハイルリーベから来た「来訪者」の一味ではないのは間違いないのだが……それなら、何故記憶がおぼろげなのか。それに関しては緇雨も首を傾げるしかないのだが。
「で、えぇとオズヴァルトだっけか?」
「そうだよ、なんだい『金の糸』くん」
「金の糸……?」
唐突に出てきた言葉にきょとん、と目を丸くしたシュテルツキン。
あぁ、これは違ったね。とすぐに訂正するオズヴァルトだが、それにしてもするりと、まるでそれが当然のこととでもいうかのように自然に言葉にされていた。
……全てを見通す者。はてさて、一体何を見通しているのやら。
緇雨は知らず、小さく不敵な笑みを浮かべていた。
「君は、シュテルツキン、だったっけか」
「そうそう。俺はシュテルツキンって言うんだ……ってそんなことはどうでもいいんだって。塔に登るには騎士にならなくちゃならないって、エインに聞いたんだけど……。具体的には、どうすればいいんだ?」
「君は、騎士になりたいのかい?」
オズヴァルトの言葉に、そうだけどそうじゃないような、とシュテルツキンは曖昧に頷いた。
彼の目的は騎士になることではない。塔に登るための条件が騎士になることだったため、その過程として騎士になる必要がある。それだけである。
エインセールが塔について話した際、「塔の内部は、呪いが濃くて資格のない者は立ち入り禁止なのです」と言っていた。この時の資格に当たるのは、騎士であること。
「騎士になりたいっていうか、塔に登りたい。だから騎士になりたい……あれ、結局は騎士になりたいであってるのか」
「間違ってないないが、うむ……」
ただ、この微妙なニュアンスの違いを明確に表現する方法を、シュテルツキンは知らない。だからこそ、どこか引っかかっているように感じているのだろうが、それを指摘して教えてやるほど緇雨は優しくはなかった。そもそも弟子でもない他人に教える必要があるのか、と考えるほどである。
「そうだね、姫に認められた騎士でないと、塔へは入れない決まりだからね」
「ま、まぁ、とどのところそういうことなんだろ? だから騎士に……あれ、騎士になりたいって結論にたどり着いちまった」
「シュテルツキンさん……、思考が堂々巡りして混乱していますね」
「わかってはいたが、こんな単純なことで混乱するとは……ただの馬鹿だな」
否定できなかったエインセールの苦笑に、可哀想だから話を進めてやったらどうだ、と緇雨はオズヴァルトに視線を送ってやった。その意図を明確に読み取ったオズヴァルトは、頭を抱えだしたシュテルツキンに優しく声をかけた。
「シュテルツキンくん」
「だめだ、俺は騎士になりたいんじゃない。でも、騎士になりたいってことにたどり着いちまう、俺は一体……。はっ!? もしやこれが俺に課された隠された使命なのか!?」
「うん、そうだね。そういうことでいいから、僕に君の力と覚悟を見せてごらん」
「も、もしかしてお前は……、どこかの偉い賢者とかそんな役割の人なんだな!」
「……妄想力が高いのはスルーしてやってくれ、可哀想だから」
「緇雨さん、言葉に出して言ってしまえば、なおさらですよ……」
どこをどうすればそんな解釈ができるのか、一度その頭の中を開いてみてみたいものだ、と憐みの瞳でシュテルツキンを見つめてやった。オズヴァルトに至っては、失笑している。
そんな様子に気付かないまま、自分の妄想を爆発させているシュテルツキンに、エインセールは優しくランタンをかざして目の前へと移動した。そして優し気な微笑みを浮かべながら、容赦なく言い放った。
「勇者ごっこはそこまでですよシュテルツキンさん」
「勇者ごっこってなんだ!?」
「まぁ、いいじゃないですか! オズヴァルト様にシュテルツキンさんの実力を見せればいいのです。シュテルツキンさんのお力でしたら、あっという間に終わってしまうに決まってます!」
「ま、まぁな! 俺くらいになればそんなこと朝飯前だぜ!」
「微力ながら私もお手伝いいたします! ランタンでお導きしましょう」
「頼んだぜ、エイン!」
どうも、エインセールにいいように転がされているようにしか見えないが……本人たちが幸せそうならそれでいいか、と緇雨は二人の姿を見送った。
エインセールのランタンは『導きのランタン』だと言っていた。それならば、武器や防具を導き寄せることも可能のはずだ。それで少しはあのどこか危なっかしい馬鹿の怪我も減るだろう。
「おや、君は一緒に行かないのかい?」
「成り行きでここまで行動を共にしていただけだ。それより、実力を示すと言っていたが、どうやって? あれらにその方法を伝えていないだろう?」
「あぁ、それは問題ないよ。エインセールなら知っているからね」
「ほう?」
全てを見届けるものだから、エインセールが知っているのもわかっていると言いたいのか? と言外に匂わせると、オズヴァルトはただ黙って微笑みを浮かべたままだった。
動揺すらしない。いっそ清々しいほどに付け入る隙が見つからない。そんな姿勢を貫くオズヴァルトに、面白くないな、と緇雨は小さく肩をすくめた。
「彼は妖精に好かれる体質らしい。……まぁ、来訪者なら皆が皆、そう言った体質みたいだけれど」
「他の来訪者もそうなのか……。はてさて今どれほどの来訪者がいるのか」
「さぁね。人や時は動き続けているから、どうだろう」
それもはぐらかすか。自分から振っておいてなんともつまらない。
「なら、全てを見届ける者から見て、この呪いはどう思う……?」
「……そのことについては、僕の口から語ることはできない」
「あれもダメ、これもダメ。なんとも制約が多いことだな」
「……一つだけ言えることはあるにはあるけれど」
できないことはできない。曖昧にする部分ははぐらかす、流す。彼には思った以上に制約が多いのだろうか、それともただ相手にされていないだけか。
さて、そのどれに当たるか、それともどれでもないか、と思考している緇雨に、オズヴァルトは真っすぐ視線を向けた。
「君は、”何”だい?」
彼は、一体何を言っているのだろうか?
ゆっくりと瞬きを一つして、彼の言葉を待つ。
「ハイルリーベからの来訪者ではない。この国にいた住人にしても、やけに雰囲気が異なっている。全てを穿ってみるようなところがあるかと思えば、どこか違和感がある格好をしているしね」
「ふむ?」
「緇雨という名前も偽名なんじゃないかって、今は思い始めているよ。それくらいに、僕が知っている人物のどれにも当てはまらないのだから」
「なるほど。つまり、全てを見届ける者にもわからない存在が、私だと」
「まぁ、そういうことになるね」
オズヴァルトが素直に認めると、緇雨はにんまりと笑った。
「秘密だ」
「は?」
「お前には言えないことが多い。秘する部分も多い。だからこそ、私も緇雨と言う名前と、探究者をしていたこと、師匠をしていることだけしかお前には教えない」
そうでなければ不公平だろう?
楽しそうに笑いながらその場を後にし始めた緇雨の背中を、同意しかねるかのように苦い顔をしたオズヴァルトが見送っていた。