02 単純な男
「ま、まさかシュテルツキンさん……、アナタ呪いで閉ざされた森の奥にあるという古都「ハイルリーベ」からいらっしゃったのですか!?」
「いや、わかんねぇ。ただ、気付いたらあそこにいたんだよな……」
「もしや自力であの呪いに打ち勝って!?」
「ふっ、もしかしたら俺の第二の力が目覚めたのかもしれ」
「だ、だだだだだだとしたら大事件ですよぅ!」
「エイン、最後まで言わせろよ」
ジト目になって抗議するシュテルツキンなど眼中にないように動揺するエインセール。そんな二人の姿を見て、やはり漫才だよな、と思う緇雨であった。
エインセールが掲げ持つランタンが、ぼんやりと輝いて行く手を照らしている。
そう遠くないとは言っていたが、未だ着く気配がない。……無駄な漫才もどきのおしゃべりのせいで、歩みが遅々としているのが原因だとは思ったが、緇雨はそれを口にはしなかった。
「でもな、声が聞こえたんだ」
「声、ですか?」
「そう、助けてって。夢の中で、誰かに頼まれたんだ。ここへ来てって」
「はわぁ~、なんとも不思議なお話ですねぇ」
「たぶん、あの塔だと思うんだけど……」
そう言って、シュテルツキンは木々の間からそびえ立つ塔を見上げた。平和の象徴から、今や呪いの象徴と化したソレ。ソレを見つめた夕焼け色の瞳が、好奇心にくるりと輝いたように見えた。
本当に、ただの好奇心なのだろうか?
そこに打算は? 話のどこまでが本当で、どこからが嘘だろうか?
そう疑って見てしまうのは悪い癖だと思ってはいるが、口に出さなければ大丈夫だろうと緇雨は思っている。弟子が聞けば、思っているなら直してくださいよその悪癖! と言われそうだが。
「助けて、ね……」
「俺もしかしたら将来英雄とかになっちゃう存在かもしれないし? あ、サイン貰うなら今のうち」
「ルクレティア姫、の声と考えるのが正当なのかもしれない、が」
「そうですね。ルクレティア様は、呪いが蔓延してから、あの塔のてっぺんでずっとお眠りになっていますから……」
「なぁ無視? 俺の言葉に存在は無視されるものなの?」
ただ単に相手にするのが面倒くさいというそれだけなのだが。緇雨の心中など知らず、シュテルツキンは不貞腐れていた。
本当に扱いが面倒な奴だ、とエインセールに視線を送るが、エインセールは何も気にした様子がない。
やれやれ、と肩をすくめ、それから何かに気づいたようにハッと顔を上げる。
かさり、と近くで何かが揺れたような気がする。
この気配はゼリルーだろうか。ゆっくりと蠢くそれ。わずかに見える揺れる液体。
「シュテルツキン、一つ聞くが」
「いいんですー。どうせ俺の存在なんか無視されるんですー」
「お前、戦えるか?」
「何々? 俺のカッコいいところが見たいって?」
「……うん、まぁ、それでいい」
変わり身の早さに、都合よく聞こえる耳。面倒くさいのは始めからだったが、返事がおざなりになるのは仕方ないことだと思いたい。
シュテルツキンを調子に乗せるのはどうかとも思ったが、いばらの呪いを本当に超えてきたというのなら、その実力は推して知るべし、であろう。
どうしようもなければ、手を貸せばいい。それだけだ。
「あの草陰にゼリルーがいる。わかるか?」
「ゼリルー…、あのぷるぷるしていて、飲み込まれると溶けちゃう奴だな」
「その認識で大体あってる。奴を倒すには」
「核をぶった切ればいい、だろ?」
「その通りだ」
無知ではないらしい。それならば好都合、と緇雨は傍観の姿勢をとって一歩下がった。
「シュテルツキンさん、おひとりで大丈夫ですか?」
「大丈夫だ問題ない!」
「では、かよわい私は、緇雨さんと後ろで応援していますね!」
「任せと……かよわい?」
「ぷんぷん! どこからどう見ても、かよわいでしょう失礼な!」
はいはいかよわいかよわい、と適当にエインセールをなだめながら、鉄の剣を抜いたシュテルツキンの雄姿を見守る。
どっちも面倒くさいな、とは思ってなんかない。
「いっくぜぇ……くらえ、【シャープスラッシュ】!」
「ほう」
大剣のスキルが使えるのならば、ただの騎士ごっこの少年ではないらしい。
大きく振りかぶった大剣を、一息に一気に振り下ろす。それだけの単純な動作だが、掛けられる力は普段の1.5倍となる。
ずしゃり、と水音を交えながら切り裂かれたゼリルーは、真っ二つになった核を残して地面に液体を溶けさせて消えてしまった。
「見たか! これが俺の力だ!」
高らかに剣を掲げて自慢してくるシュテルツキンに、純粋にすごいすごいとほめるエインセール。
確かに、一撃で葬ったその力はすごいが……だが、まだまだだ。
両手を『神双剣ヤヌス』に掛け、強く地面を蹴る。
「【クイックスライサー】」
深く素早い斬り込みに、シュテルツキンにはただ一陣の風が通り過ぎたようにしか感じなかったのではないかと思われる。
瞬きをする一瞬。たったその間に間合いを詰め、彼の後ろに潜んでいたもう一体のゼリルーを切り裂いた。
斬、と音がしてから、始めてその存在に気付いたシュテルツキンの瞳が、大きく見開かれる。
「え」
「甘いな」
ずしゃり、と地面に溶け落ちるゼリルーだった物体。同時に双剣を収めた緇雨。
どれもがあっという間に終わった出来事で、シュテルツキンとエインセールは状況についていけず、ぽかんとした顔を晒していた。
間抜け面だな、と緇雨が小さく笑みを零したのを皮切れに、ようやく彼らが動き出した。
互いに、対照的な反応で。
「緇雨さん、すごいです!」
「なにそれずるくね!?」
俺の活躍何もないじゃん! と不貞腐れるシュテルツキンに、「シュテルツキンさんもかっこよかったですよ!」と一言エインセールが付け足すだけで、簡単に気分良くされていた。扱いは面倒くさいが、案外単純で簡単な奴なのかもしれないと、緇雨の中でシュテルツキンの認識を改めた。
まぁ、それもアルトグレンツェに着くまでの間の話なのだが。
「さて、私も本調子ではないし、そろっとアルトグレンツェまで本腰入れて歩こうか」
「はぁ!? それで本調子じゃないって、どんだけだよ!?」
こちらですよ、と先導するエインセールに続こうとして、緇雨は小さく振り返って笑った。
「私は師匠だからな。本当はもっと凄い」
「師匠どんだけだよ!? うわ、本気見てみたい!」
「機会があればな」
キラキラと瞳を輝かせる様子は、あの時別れた弟子を思い出させて……。そう言えば、馬鹿弟子はどうしているだろうか、と緇雨は漠然と思った。
それも数秒だけのことで、まぁ、なんとかやっているだろう。なにせ、手塩をかけて育てた弟子だ。ある程度のことは一人でも乗り越えられるだろう。
存外、自分の未来のことよりも、弟子の心配はしていなかった。