16 魔女アレクシア
「いやまぁ、なんつーの。姫さんが、あの不気味な笑い声する魔女が手伝いして欲しいって言ってたから、手を貸してやれって言われてさー、それからもう踏んだり蹴ったりで俺もうヤダ」
「アンネローゼ様からのご要望による初任務で、アレクシア様の依頼を請けてくれと言われまして、あとはご覧の通りです」
「なぁ、エイン。なんで言い直したの? なんで敢えて言い直したの?」
「ありがとうエイン。よくわかった」
「師匠も俺のことスルーなの!?」
酷い! 扱いの改善を要望する! と喚くシュテルツキンの言葉は華麗にスルーし、緇雨はエインに現状の報告をさせていた。
どうやら先ほどの拙い戦闘もアレクシアの依頼の一部のようで、ほとんどの依頼内容はこなせているらしい。聞けば、増えてきた魔物退治だけであったようだ。
変わった依頼ではないことに、緇雨は首を傾げたが、エインセールが「小難しいことはできないので、単純なことにして頂けると……」とお願いしたため、討伐依頼だけだったとのこと。
エインセールも、順調にシュテルツキンの取り扱い方を覚えてきているらしい。
「良かったな、エインにそう頼んでもらえて」
「おう! 俺の得意分野で活躍できる依頼にしてもらえて、助かったぜ!」
「アレクシアは普段、呪いの材料や薬の材料収集を頼むからな。解体するようなものや毒物を扱うものではなかったのなら、まともな分類だったんじゃないか?」
「エインセール様、本当にありがとうございましたーっ!」
「シュテルツキンさん、そんな大げさな……」
土下座する勢いでエインセールに礼を言うシュテルツキンのオーバーリアクションに、エインセールは若干引いていた。それほどまでに嫌だったのだろうが、いちいち反応が大きい奴である。
依頼された魔物討伐も、満身創痍になりながらあらかた数をこなしたため、あとはアレクシアに報告するのみだとのこと。緇雨は【クイックヒール】でシュテルツキンの外傷を癒してやりながらも、アレクシアの元へと移動を始めた。
弟子たちもゆっくりその後を追ってくる。
「あ、そうだ。さっきはありがとな、えーと……」
「師匠の一番弟子にあたる、カラバと言います!」
「よろしくな! 俺はシュテルツキン。で、こっちが」
「エインセールと申します!」
「エインセールさんも、よろしくお願いしますね」
「はいっ! こちらこそです!」
「あれ、俺は……?」
緇雨に右に倣えをしたのか、はたまたエインセールにシンパシーを感じたのか、カラバもエインセールに親しみを感じているようだ。一人疎外感を感じるシュテルツキンは、頬を膨らませて分かりやすいようにすねた。
こつん、と道端の小石を蹴ったりなんかして、酷く幼稚に見えるその様子に、仕方ないなぁとでもいうかのようにカラバとエインセールは顔を見合わせる。
「そういえば、カラバさん。先ほどのスキルはなんだったのですか? 急にシュテルツキンさんの動きが早くなったように見えたのですが……」
「【サイレントミリタンシー】だね。双剣の補助スキルで、敏捷……動きがよくなるスキルと言ったらいいのかな?」
師匠、どうですか? と緇雨に答え合わせを求めるも、自分で使うスキルのことは自分で知っていて当然だろう、と緇雨は答えてくれない。
不機嫌だろうか、とシュテルツキンはさておき、カラバは緇雨に駆け寄った。
「師匠?」
「どうした?」
「いえ、なんでもないです」
返答する緇雨の様子はいつもと変わらないように見えた。自分の勘違いだろうか、とカラバはそれ以上に緇雨に構おうとするのはやめた。
「えっと……シュテルツキンさん、僕一応キミの兄弟子にあたるから」
「兄弟子にも師匠にも、どうせ俺なんて無視される存在だもんな……」
「そんなことないですよ、兄弟子として、君のこと、フォローさせてくださいね!」
「カラバの兄貴……師匠が俺の扱い酷いんだけど……」
「それは諦めて下さい!」
「即答なんだ!?」
すぱっと言い切られて落胆するシュテルツキンに、諦めた方が楽になりますよ、と助言にもならない言葉を掛けるカラバ。弟子同士の他愛ないやり取りにさりげなく耳を傾けていた緇雨だが、やがてその歩みを止めた。
キッツカシータの森の奥。
こじんまりとした小さな家が、ひっそりと建っている。申し訳程度にある庭に、黒いドレスに黒い日傘を差した妙齢の女性が蹲っている。
「アレクシア」
緇雨がそっと声を掛けると、彼女はゆっくりと起き上がり、フリルに縁どられた黒い日傘をそっと傾けた。切りそろえられた濡羽根色の黒髪がさらりと揺れる。
伏せられた琥珀色の瞳が緇雨の姿を映すと、薄らと口元に笑みを浮かべた。
「おや、久しいねぇ」
「そうだな」
「どうしたんだい、珍しいじゃないか? このわるーい魔女に、何か用かい?」
目を細めて薄らと笑うアレクシア。
彼女はシュネーケンの女王エルヴィーネの一番弟子であり、才能ある優秀な魔女である。その笑い方と独特の雰囲気に呑まれなければ、良き魔女なのだ。本人が悪い魔女と自称し、それを手にするのが勇気のいるような材料を使って魔法薬を作らなければ、恐らくは人々に親しまれる魔女なのだろうが。いかんせん、本人が悪い魔女と言って台無しにしている。
「まぁ、そうだな。用はある。だが、先にこいつの依頼報告を請けてもらいたい。……シュテルツキン」
「う、うぇ!? ちょ、心の準備ってものをだな」
「イーッヒッヒッ!」
「ひぃっ!?」
この独特の笑い方も、人嫌いの怖い魔女と思われる原因の一つだろうが。
驚きのあまり緇雨の後ろに隠れてしまったシュテルツキンの首根っこをつかんで、無理やりアレクシアの目前に突き出すと、シュテルツキンは小さく縮こまってしまった。その様子を楽し気に見ているアレクシア。カラバは、緇雨もどこか楽しんでいることに気付いて、大きくため息をついた。
ここは兄弟子である自分が言うしかない。
「師匠、弟子いじめも程々にしてください」
「別にいじめてはいないぞ?」
「……目が笑ってます」
「用件をさっさと済ませない、この馬鹿が悪い」
「えっ、俺のせいなの!?」
「シュテルツキンさん、がんばです!」
責任転嫁されたシュテルツキンだったが、こうしていても仕方がないと腹をくくり、アレクシアの前に恐る恐る近付いた。
「あー、一応。その、なんだ。キッツカシータの魔物の間引き、言われた数以上は討伐してきたぞ」
「それは本当かい?」
「ひぃっ」
ずずい、とアレクシアが顔を近づけて覗き込むと、腰が引けていたシュテルツキンは思わずと言ったように後ずさった。
「そんなに怖がらなくても、別に食べやしないよ」
「だ、だよな!」
「筋肉質の大人の肉は、筋が多くて不味いからね」
「師匠! 師匠こいつダメだって!」
無理無理無理! と涙目になりながら緇雨の後ろに隠れるシュテルツキン。いつの間にか、そこにエインセールとカラバも加わっていた。
冗談に決まっているだろうに、と思いながらも、緇雨はアレクシアの悪ふざけに乗ることにした。理由などない、ただ面白そうだったからとでもいうところだろうか。
「まぁ。大人の肉よりは子供の肉の方がいいだろうな」
「し、師匠ッ!?」
「そうだろうそうだろう、やっぱり、柔らかいのは子どもの方だろうねぇ」
「シュテルツキンさん! ここは、逃げるしかないのでは」
「た、確かに! ここで食われておしまいなんて、そんなの俺嫌だっ!」
背後で弟子たちが逃亡の姿勢を取り始めた、その時。
「ぷっ、あはははっははははっ!」
「イーッヒッヒッヒッ!」
緇雨とアレクシアが笑い始めた。それも腹を抱えて、眦に涙までためて。
「えっ」
「本気にするなんて、可愛いじゃないか」
「そうだろう、私の弟子は可愛いだろうアレクシア」
「本当に人間を食べるはずがないだろうにねぇ、イーッヒッヒッ!」
「どんな動物の肉でも、まぁ、子どもの肉の方が柔らかいのは当然だろう?」
なぁ、カラバ? そう問い掛けられてようやく、からかわれていたことに気付いたカラバは、何処に向けようもない感情を持て余して、もう! と大きく地面を蹴りあげた。
たとえ苦情を言ったとしても直らないし、武力に訴えようにも実力の差が大きすぎる。それが分かっているカラバは自重できたが、シュテルツキンはそうはいかない。
「師匠たち、騙すなんて卑怯だぞ!」
「勝手に勘違いをしたのはお前だろう、シュテルツキン」
「イーッヒッヒッヒッ! ……ゲホッ、ゲホッ」
「だ、大丈夫ですかアレクシア様」
笑いすぎてむせるアレクシアの背を小さな手でさするエインセールの傍で、シュテルツキンは憤慨していた。だんだんと何回も地面を踏み鳴らし、子どものように顔を真っ赤にして。
そんな幼稚な怒り方をするシュテルツキンの額を強く指弾し、それからわしわしと乱暴に頭を撫でてやった。
「ちょ、何すんだよ師匠!」
「まぁ、機嫌を直せ。これからお前には塔の攻略と言う重大な使命があるんだ。ここらで気持ちを軽くするのも大事だろう」
「重大な使命か! そうか師匠俺に任せとけ!」
……扱いやすくて何よりである。
「さて、アレクシア。ここからが本題だが」
「あぁ。アタシに一体何が聞きたいと言うんだい?」
互いに落ち着いたことを確認し、改めて向き直る。
口元だけ微笑むアレクシアに、緇雨は釣り目がちなその瞳を細めて告げた。
「いばらの塔の源となっている魔力、アレは何だと思う?」