15 弟弟子
「ところで師匠。なんで二時間後ってラプンツェル様に伝えたんですか?」
ワープ屋さん使えば直ぐなですから、別に今からでも構わないですよね?
カラバがふと疑問を伝えると、緇雨は不思議そうに首を傾げた。
「お前、何も聞いてなかったのか?」
「えっ?」
「オズヴァルト」
「えっと……」
緇雨がぽつりと零した言葉は、おそらくヒントだろう。
そう辺りをつけて、カラバは緇雨とオズヴァルトとの会話を思い出す。
あの時、緇雨とオズヴァルトはどんな会話をしていただろうか。そう、確か二番弟子にあたるシュテルツキンと言う者について聞いていたのは覚えている。そのあとは、どんな問答をしていただろうか。何やら抽象めいたようなことを言っていたような気がしなくもないが、それはカラバには理解しえないことだからあまり覚えていない。塔のことについては答えられないと言っていた。その代わりに緇雨が問いかけたのは……
「あ、魔女さんだ。魔力に着いて詳しい人に聞きに行く……それでいて、直ぐに帰ってこれる距離にいるのは……シュネーケンのエルヴィーネさま、でしょうか?」
「おおよそは合っているが、エルヴィーネ女王ではないな」
さすがにシュネーケンの王族に謁見してまで聞くような、気軽な仲ではないのでな。
そう告げながらも、緇雨の足取りはアルトグレンツェからシュネーケンへと続く道のりである。それもそうかと思いながらも緇雨の後を追うカラバ。この先へと続く道の地図をぼんやりと思い浮かべる。
アルトグレンツェから、城塞都市シュネーケンへ。城塞都市と言われるシュネーケンはぐるりと都市自体が砦で囲まれており、堅牢な石造りの街並みが続いている。
迷わずにシュネーケンから外へと続く城門へと進む緇雨は、迷いない足取りであり、目的地は定まっているようだ。そこから推察するに……
「アレクシア様、ですか」
「あぁ。彼女も変わり者だが、ヒステリックや守銭奴に比べればまだ接しやすい方だと思うしな」
「ヒステリックや守銭奴って……師匠、意外と魔女さんたちと面識があるんですね」
でもちょっとその性格をしている魔女がいるってことは知りたくなかったです。
そう項垂れるカラバに、魔女なんてみんな変わり者だ、と緇雨は肩をすくめて答えた。
「まぁ、ついでにあの馬鹿が何処にいるかも確認できれば……」
「うわああああ!!」
「……確認はできたから良しとしよう」
「いやいやいや、良しじゃないですよ師匠! 今の悲鳴ですよ助けなくていいんですか!? 助けに行きましょうよ!」
タイミングよく聞こえてきた聞き覚えがある声の悲鳴に、緇雨はくるりと踵を返そうとした。それもカラバに止められ、忌々しそうに舌打ちを打ちながらも悲鳴が聞こえた方へと歩みを進めた。
その歩みの速度は、緇雨の心情を表しているかのように、とてもゆっくりとしたものだったが。
「師匠、もっと早く!」
「私はいい。行くならお前ひとりで行って来い」
「だめですよ! 師匠絶対一人にした瞬間、スルーして置いていくでしょう!? 分かってるんですよ僕!」
「カラバ……私がそんなことをする師匠に見えるか?」
「見えます! ていうかいつも僕それされてます!」
だから大人しく一緒に行きましょうね! と片腕を引っ張られながら進むと、夕焼け色の髪を振り乱して、翡翠色の大剣を振り回す男が見えた。満身創痍の彼の周りにはガルムが3体。地面に倒れ伏せているものも数体あるので、奮闘はした方なのだろう。
小さな光がふわふわと彼の周りに浮かんでいる。おそらくエインセールであろうその光は、戦闘では何ができるわけでもなく、攻撃が当たらない位置に動くだけで精いっぱいなのだろう。
「し、新人さんですかね! っていや違うアレがシュテルツキンさん、ですか師匠?」
「動きが拙いな……」
はあ、と思わず大きくため息をついてしまった緇雨は、今にも飛び出していきそうなカラバの腕を逆につかみ返し、制止させた。
「師匠?」
「まぁ、待て」
腕を噛まれたのか盾を構えることもせず、だらりと左腕を下げている。革の防具を身に着けているので、先に分かれた時よりはまだマシ、とでも言えようか。
息が荒く、肩が大きく上下しているのが遠目でもわかる。機動力にたけている四足歩行のガルムの連携した動きに、体も反射も追いつけていない。このままでは右手に構えてある大剣ですらも落としてしまうだろう。
ふむ、と一つ頷いた緇雨は『ディアボロスメイス』をゆっくりと取り出し構えた。
「カラバ」
「はい、師匠」
「二体は仕留めろ。一体はアレにやらせる。手を出すなよ」
「分かりました!」
元気よく返事をして、カラバは『黒曜石の双剣』を構え走った。と同時に緇雨が詠唱を始める。
【ライトニング】のように詠唱が短く、威力も低いが汎用性はとても高い呪文。短い詠唱で広範囲の人間を癒せるこの術は、どれだけレベルがあがっても重宝している一つである。
「【クイックヒール】」
悪魔の瞳のような赤い水晶が魔力を受けて光り、緇雨、カラバ、シュテルツキンの三人に淡い光が降り注ぐ。暖かな光はゆっくりと傷付いた体を癒した。
突然の光に、シュテルツキンはぎょっと目を見開いた。
「なんだよ、また敵かっ!?」
「違いますよシュテルツキンさん! 応援です、師匠さんですよ!」
「まぢか!」
暖かなその光は、魔力量とその行使量により、回復量を変える。ベテランの域にたどり着いている緇雨の力量での【クイックヒール】は、初心者たるシュテルツキンの傷を全快させるほどの威力だった。
エインセールが緇雨の存在に気付くと、シュテルツキンは嬉しそうに声をあげた。
「助太刀しますよ、弟弟子さん!」
「お、おう! 助かる!」
いつの間にやら距離を詰めたカラバが通り過ぎざまに、シュテルツキンにひと声かける。シュテルツキンから見れは誰だか分からない者だが、それでも助力してもらえるならありがたいと素直に一歩引いた。
それから傷付いていた左腕でしっかりと木の盾を構えて、『疾風の剣』を握りなおした。
「いよっしゃ、いくぜ!」
「シュテルツキンさん、頑張ってください!」
「おうよ!」
様子を伺うガルムに対し、真っすぐに『疾風の剣』を構える。
助太刀をしてくれる存在がいるのなら、こいつだけに集中すればいい。こいつを倒すことだけを考えればいい。
ゆっくり息を吐きだして、それから地面を蹴った。
「でりゃああ!」
『疾風の剣』を振り下ろす。何の捻りもない攻撃は、ひらりとかわされる。
それは予想済みであり、そのために軌道をやや斜めにした。振り下ろされた剣先は地面すれすれに掠められ、遠心力の力を借りて体を捻り、間をおかずに袈裟懸けに再度斬撃を繰り出す。
「グルウゥ!」
「避けるよな! 知ってた!」
素早い動きをするガルムに、大振りな攻撃方法は相性が悪い。
それでもこの武器を使いたくて、考えた。戦いの中で、どうすれば攻撃を充てられるか。どうすれば、大打撃を与えられるか。
だからこそ三回目の攻撃が回避された後、ぐっと脇をしめ、ガルムの足が地面に着くその瞬間を狙った。
「【シャープスラッシュ】!」
体全体をバネにして大きな斬撃を与えるその技を、敢えて脇をしめることで威力を落とし、素早く攻撃を放てるように考えたのだ。
着地の瞬間を狙えば、次の行動に移すまで多少のラグが出る。これで少なくとも、攻撃が当たる。
「はっ!」
「キャウンッ!」
後ろ脚をかすった。
一度地面に倒れ伏せたガルムだが、やはり威力が足りないらしい。致命傷にはならない。
ひょこ、と片足を折り曲げたガルムは、ためらうように鼻を大きくひくつかせた。
「次で決める!」
「急いでください! 逃げちゃいますよ!」
不利を悟り後ずさりをし始めたガルム。その様子を見てエインセールが叫ぶ。
そんなの分かっている。だからこそ、急いで仕留めようと……焦っているのだ。次の手を考えるには、時間が足りない。焦りばかりで、何も思い浮かばない。
それでも逃がすわけにはいかない。だからシュテルツキンは間に合わなくとも、その背に一撃を与えようと駆けだしながら剣を振りかざす。
「シュテルツキンさん、気にせず全力で行ってください! 【サイレントミリタンシー】」
「っ!?」
後ろから飛んできた声が、突如シュテルツキンの体を軽くする。
何が起こったかは分からないが、足が軽い。疲れから震え始めていた手の震えも止まった。
いける。
このまま、倒せる。あとは、目標に届けば……
「【ライトニング】」
「キャウンッ!」
ガルムの目前に、突然雷が落ちる。
思わず足を止めたガルムの背中は隙だらけで、シュテルツキンは遠慮なく、その背に『疾風の剣』を振り下ろした。
「くらえええええ!」
「ガァッ!?」
どさり、とガルムの体が力なく倒れる。
ふう、と大きく息をついたシュテルツキンに、様子を見ていたエインセールが勢いよく飛びついた。
「やりましたー! さすがシュテルツキンさんです!」
「だろっ! さすが俺だろ! 最後見たかエイン、俺カッコよかっただろ!」
「はいっ!」
ガルムを倒して盛り上がっているシュテルツキンとエインセールの様子に、緇雨は大きくため息をついた。ゆっくりと【ディアボロスメイス】を再び構え、小さく詠唱する。
恐る恐る近付いてきたカラバが、まずい、と思ったがそれも既に遅かった。
「【ライトニング】」
「ぎゃあああっ!?」
「きゃあ! シュテルツキンさんっ!?」
ガルムを足止めした稲妻がシュテルツキンに当たり、ぷすりぷすりと焦げ付くシュテルツキンだったものがその場に残る。
直撃したその姿に、思わず手を合わせたカラバだったが、緇雨が瞳が全く笑ってない微笑を浮かべているのを見て、被害が自分にまで飛んでこないように賢明に口を閉じた。
オロオロするエインセールをそっとどかし、【クイックヒール】を掛けてやる。
「はっ!? 俺は今一体……」
「シュテルツキン」
「あれ、師匠だ。師匠聞いてくれ、俺今姿も分からない誰かに雷を打たれたんだ。これはきっと俺が要注意人物として、悪の組織とかそんな感じの何かに目をつけられたに違いない」
「どうしてそうなったのか、甚だ不思議ではありますが……シュテルツキンさん、それは違うと思いますよ」
深刻そうな表情で己の頭を抱えるシュテルツキンは、まだ現実を分かっていないらしい。
笑みを深くした緇雨は、おもむろに『ディアボロスメイス』を振りかざし、その頭を叩きつけた。
「いっってえええええぇぇっ!」
「さて、シュテルツキン。私に言うことはないか?」
「師匠いきなりなにす……スミマセン、助太刀アリガトウゴザイマシタ」
「よろしい」
数日ぶりの再会となる二番弟子はやはり手が掛かると、緇雨はぽんぽんと『ディアボロスメイス』を弄びながらそんなことを思った。
その様子が、この馬鹿弟子どうしてくれようか、と弟子たちに思われているとは露にも思わなかったようだが。