14 調査報告
公式イベントが、途切れない……執筆をとるか、ランキングを……ぐぬぬ…
「つまり、そのシュテルツキンって言う人は、僕の弟弟子……ですか?」
「まぁ、そういうことになるな」
「師匠。そういうことは、もっと早くに言いましょうよ!」
カラバにかくかくしかじかとこれまでのいきさつを伝えると、金色の目をまんまるくして驚かれた。
そんなに驚くようなことだろうか、と首を傾げたが、思えばカラバ以外に弟子にした者はいなかったように思える。だからそんなに驚いているのだろうか、と漠然と思いながらも、大して重要なことではないと思い直してカラバの反応を切り捨てた。
「言ってどうする? 別に何かが大きく変わるわけでもあるまい」
「いや、まぁそりゃそうなんですけどでも!」
「煩いぞカラバ、少し黙ってろ」
「……すみません」
カラバを黙らせた緇雨は、大事にしまっていた『魔法の手鏡』を取り出した。ゆっくりと魔力を込め、己の主の姿を思い浮かべる。
やがて小さな鏡面部分が揺らいで水面のように歪むと、書類の山に埋もれ、がしがしと煩わしそうに髪をかき上げながらも執務に奮闘するラプンツェルの姿が映った。
「ラプンツェル」
『誰だ……って、なんだ緇雨か』
「忙しいのなら、改めるが」
『いや、いいよ。ちょうど気分転換しようと思ってたんだ』
どこか疲れた表情のラプンツェルが、無造作に羽ペンを投げ、鏡を覗き込んでくる。真っすぐに緇雨を視線が合った。
くすんだ金髪に、インクが所々に着いた手。目の下の隈が如実に疲労していることを語っている。その様子を見て、緇雨は苦笑を浮かべた。
「あまり無理はするなよ? ラプンツェルが根を詰めすぎるなど、全く以て”らしくない”からな」
『ははっ、言えてる。アタシも頭使い過ぎて疲れるよりは、体動かして疲れてる方がアタシらしいって思ってはいるんだ』
立場上そんなことはできないけどね、と苦笑したラプンツェル。己が疲れている自覚はあるらしい。
『塔の調査はどんな感じかい?』
「難航中だ。塔の強度は申し分ない上に、濃い魔力と呪いの力を内部に入るとよく感じたな。茨と塔の関係性も不明だが、あの塔の存在を形作っているものと呪いを蔓延させている力が、途方もなく大きな源であるものだということが推測できたくらいだ。……それが、魔力のものかどうかは別として、な」
『お前でもやっぱりそう思うか……』
「私でも、と言う事は、他の調査結果も同様のものか」
『大体は同じだね。呪いの源となっているものがなんだかは分からないけど、それがとんでもないもんだってことは、どこも同じ結論を出してる』
「まぁ、今のところはそう結論付けるしかないだろうしな」
分からないまま、と言うのが一番よくない状況になるのだろう。民の不安を取り除く、と言う点に関しては、異変の原因がわかり、解決策まで開示するのが最も有効な手段ではないかと、一探究者としても考えられる。為政者がどう考えているのかは、緇雨にはわからないが。
ふう、と鏡越しで同じように息をついた。そんな二人の様子を眺めながら、カラバはほう、と感嘆の息をついた。
「師匠、そこまで推測してたんですか。ただ弟子いびりをしているわけでも、塔を故意に壊そうとしていただけじゃなかったんですね……。あ。さ、さすがです師匠……!」
「今更取り繕っても遅いぞカラバ」
「違うんです師匠!」
「何が違うんだ? お前が日ごろ私をどういった目で見ているか、よく、わかったから安心しろ」
「うわああん違うんです師匠それ全然安心できません!」
あわあわと緇雨にすがるカラバの様子を鏡越しに見ていたラプンツェルは、始めの方こそぽかんとしてはいたものの、やがて肩を震わせて笑いを堪えだした。
『師匠って……緇雨、いつの間に弟子なんかこしらえたんだ?』
「子ども作ったみたいな言い方をするのはやめてくれ、ラプンツェル」
「はっ、はじめましてラプンツェル様! 一年前くらいにこしらえられました、今はリーゼロッテ様の騎士でもあります、カラバと言います! 師匠の弟子です!」
「カラバ、言葉には気を付けろ」
「すみませんつられました! って、待って師匠! こっちに杖向けないでください!」
『あははははっ!』
堪えていたのもつかの間。半目になった緇雨が静かにディアボロスメイスを向けたと同時に、ラプンツェルの笑い声が鏡越しに響いた。
おなかの底から声を出しているような、そんな大きな笑い声に、きょとんとカラバは目を丸くして動きを止める。その瞬間にぽかりと叩かれたが、それでも魔法の手鏡に向けられた目は、不思議なものを見たかのような純粋な驚きの瞳だった。
「ラプンツェル」
『あー、おっかしい。ごめんな緇雨、そう怒るなって』
「……まぁいい。本題だ」
『あれ? 調査報告以外にも何かあったのか?』
ただ単に気分転換のために連絡をしたわけではないんだがな……と、緇雨は小さく苦笑を浮かべながらも、ラプンツェルにローズリーフを何枚か融通して欲しいことを伝えた。一枚や二枚ではない。今後の攻略のことも考えて、多めにローズリーフを手にしていたい。ついでに言えば、この不思議なローズリーフについても調べてみたいが……、それは塔の調査がひと段落してからでもいいかと思っている。
呪いが広まったあの夜、何枚ものローズリーフが待っていたようにも思えたが、それをどうやって入手すればいいのか、緇雨には見当がつかなかった。
『ローズリーフを、ねぇ』
「あぁ。差し支えなければでいい。難しいようなら自分でなんとかする」
『いや、いいよ。こっちでなんとかしよう。ただ、約束してくれ。絶対に無茶はするなよ?』
ラプンツェルが真面目な表情で言うものだから、緇雨も真剣に答えようと、魔法の手鏡に向き直る。
過去の己の行動を少し振り返り……やや視線を逸らしながらも答えた。
「絶対にとは言い切れんが、なるべく気を付ける」
『おい緇雨』
「ラプンツェル様。無茶しそうなら、僕が体を張ってでも止めます!」
『そうか。緇雨のこと、頼んだぞ』
「お任せください!」
お前は私のなんだと言うのだ。弟子ではないのか、と言いたいところをぐっと堪え、緇雨は何も言わなかった。否、言えなかった。これまで調査のためと称して、至近距離で【セイントレイ】を行使したこと、魔法が炸裂する直前の敵に突っ込んだ過去の行動を思い出せば、これからも無茶や無謀な行動をしないとは、言い切れない自分がいる。むしろ積極的に行っていくであろう自分も予想できてしまっているのだ。
何も言わない緇雨に、小さく呆れながらもラプンツェルは言葉をつづけた。
『本来、このローズリーフは、塔を攻略する者……その中でも危険に対処できる実力と判断力に優れている者。または、騎士としての務めを果たしている者に渡す証でもあるんだ。だから、ローズリーフはほとんど国の代表者たちが管理している。塔に攻略して、負傷者たちを減らす意図もあってね』
だから、無茶はするな。
ラプンツェルは念を押すようにして、緇雨の視線を合わせようとした。
鏡の向こうの緇雨は、困ったように眉をさげながらも、恐々と顔を向けてはくる。緇雨、と促すように名前を呼ぶと、戸惑った様子の緇雨がようやく瞳を合わせた。
『いいか、緇雨。ハッキリ言うけどな』
「あぁ」
『アタシは緇雨が、心配なんだ』
その言葉に、緇雨の瞳が大きく開いた。
『緇雨は、アタシの騎士なんだ。自分の騎士を心配して何が悪い? そりゃ、緇雨の実力はそこらのサラマンダーの集団に単独で挑めるくらいに強いのは知ってる。それでもね、怪我しないか。ちゃんと塔から帰ってくるか。それくらいの心配は、アタシだってするんだ』
本当は一緒に肩を並べて、アタシが緇雨を守ってやりたいくらいなんだけどね。
そう真っすぐに続けられて、緇雨はやがて片手で顔を覆った。ラプンツェルの言葉の途中から動揺し、落ち着かなさそうに視線をさまよわせていたが、魔法の手鏡を片手で持っていればどこに隠れられるわけでも、ラプンツェルの言葉をさえぎれるわけでもない。
わずかに除いた耳が赤いことと、小さく口元が弧を描いているのが、カラバには見えた。
「あの、な。ラプンツェル」
『心配すらするなって言葉なら、聞かないよ』
「いや、そうじゃなくてな……」
師匠、頑張れ。と小さく拳を握った弟子の様子に気付くことすらできず、泳ぎまくった視線を恐々とラプンツェルへと向ける。
「私は、ヴァーリアに殺しても死ななさそうだと言われた存在だぞ?」
『ヴァーリアは、ヴァーリア。アタシが|自分の騎士(緇雨)の心配をして何が悪いんだ?』
「……」
『あっ、こら勝手に鏡を裏返すな!』
堂々と言い切られ、いたたまれなくなったのだろう。そっと魔法の手鏡を裏返して、隠しきれない真っ赤な顔をラプンツェルに見られないようにした。
そのことに怒りながらも、ラプンツェルは言葉を連ねた。
『塔の中にいたアタシを心配してくれたピラカミオンと同じように、アタシだって人を心配くらいしてもいいだろ? 心配しているんだから、怪我しないでほしいって思うのも、無事で帰ってきて欲しいって思うのも、いいだろう?』
「ラプンツェル。もういい、わかったから、もうそれ以上言うな」
『分かったからって、本当に分かっているんだろうね?』
「ラプンツェル様、師匠言われ慣れてないことだから照れているんですよ。だからその辺りを」
「【ライトニング】」
「うわああああああ師匠ごめんなさいっ!」
余計なことを言うカラバに光の稲妻を落としてやる。どうせいつものように避けるか、当たって地面と仲良くなっているかのどっちかだろうと予想を付けているので、結果は見ない。
そして何事もなかったかのように火照った顔を冷ましながら、ゆっくりと魔法の手鏡に向き合う。
「まぁ、そういうことだ」
『ニシシ。照れてたのか、そうか』
「違うそっちじゃない」
『分かってるよ。ローズリーフだろ? 今そっちに人をやる。何枚か持たせるから、受け取ってくれ』
「助かる。……二時間後くらいに塔の前にいるようにする」
『うん? あぁ、それも特徴と一緒に伝えておくよ』
それじゃ、また連絡する。そうして二人の通信は切れた。
ただローズリーフが欲しいと伝えるだけだったのに、どうしてこんなに疲労感があるのだろうか。深くため息をつきながら、緇雨は魔法の手鏡を大切そうに仕舞った。
「まるで、戦場へ行く旦那様を心配する新妻のような台詞でしたね」
「【ライトニ」
「なんでもないですよ師匠! 空耳空耳!」
カラバはそう言って、無謀にもからかってくるが、別に緇雨はそこに照れたのではない。
ヴァーリアのように、普段から死んでも死ななさそうだ、とか。絶対どこかでしぶとく生き残っているだろう、とか。どんな大けがをしても緇雨だしなぁ、また探究することに夢中になっての自業自得だろう。そんなことばかり言われ続けていたため、周りからも、いつしか自分でも“心配”なんて言葉はお世辞や常套句のものであると思ってしまっていた。
そのため、ラプンツェルのように真っすぐに、そんな言葉を向けられたこと。ましてそれが本心からの言葉だと言う事に、自分が言われていると思うのは違和感があり……それでいて、どこか恥ずかしかった。
それを弟子に指摘されるのは、はなはだ遺憾であったが。
「でも師匠。僕ラプンツェル様のこと誤解していたかもしれないです」
「ん? どういうことだ?」
「今までは、荒くれ者たちを束ねているような、なんでも武力で解決! と言った師匠みたいなピラカミオン人みたいな、怖い人なのかなって思ってました」
「……まぁ、姫なんて存在。それも他国の者なら勝手なイメージが独り歩きしているようなものだからな」
それで、実際のラプンツェルはどうだった?
緇雨の問いに、カラバは少しはにかみながらも答えた。
「師匠が仕えてることに納得の、素敵な人でした!」
愛弟子の回答に、誇らしくも、自分のような存在をも心配するような姫。自分が使える主を思いながら、緇雨はニヤリと笑った。
「ちなみに、リーゼロッテ嬢はどんな人なんだ?」
「え。えっと……弓攻撃(物理)」
「は?」
「弓攻撃(物理)」
※間違ってはいません